少年上忍中年中忍 B





「意地悪? 別にされてないってばよ」
 イルカの背をがしがしと洗っていたナルトはきょとんと首をかしげる。今夜はナルトと仲良くスーパー銭湯に来ていた。二人して会員になってちょくちょく来ている店だった。火の国はもともと温泉が多くわき出ているが、そんな中でもここは値段は良心的で施設の設備が整っているという優れものだった。
「そうか、それならいいんだけどな」
 イルカはほっとする。
 カカシがナルトの茶碗を勝手に捨てていたことに悪意を感じたイルカはナルトのことが心配になったのだ。ナルトに聞く前にサスケとサクラにもさりげなく修行や任務の様子を聞いていたから特にかわったことはないのだろうと安心していたが、直接本人の口から聞けると心底安堵できた。
「意地悪されないけど、でも俺がイルカ先生のこと話すと怒る。自慢するなって」
「自慢? お前ぇ何話してるんだよ」
「ええ〜? 別にイルカ先生のことかっこいいとかは言ってないってばよ。イルカ先生ただのおっさんだし」
 にしし、とナルトは笑う。
「イルカ先生と一楽行ったとか家でごはん食べたとか、アカデミーの頃の話とかすると機嫌悪くなる。自分から聞かせろって言ったくせに怒るってばよ。だいたいカカシ先生って俺らと3歳しか違わないんだろ? てーんでガキだってばよ」
 ナルトにガキと言われるとは、カカシの態度はよほど子供じみているのだろう。そういえばサスケとサクラもそのようなことを言っていた。
「カカシ先生なんか言ってたの?」
「言ってたというか、確かにあの人は上忍だけどまだ子供だから、お前らとうまくやってるのか心配でな」
 一緒に湯船につかってジャグジーでまったりしているとナルトはげらげらと笑った。
「心配性だなあイルカ先生。禿げるぞ〜」
「うるせえ」
 大人げなくイルカを湯船に沈めて、上がったあとは牛乳を飲み、仲良く銭湯を後にした。
 そろそろ夏に向かう季節だが、まだ夜の空気はさわやかで過ごしやすい。ナルトの修行の話をにこにことイルカは聞いていた。
「イルカ先生も修行したほうがいいってばよ」
「そうだなあ。でもちょっと今は忙しいな」
「でもイルカ先生ちゅーねん太りだぞ。腹つまめるじゃん」
 いきなりいたずらなナルトの手がにゅっと伸びてトレーナーの下に後ろから入りこむ。そしてイルカの腹をつまんだ。
「っわ。冷てぇえだろ! こら、やめろ!」
「へへーん。さっき風呂場で白髪見つけちゃったからな。イルカ先生おっさんだよな〜」
「お前ぇがいつまでも心配だから白髪も増えるんだよ」
「ヒキョー者―。人のせいにするなってばよ」
 ぎゃーぎゃーじゃれあいながらもつれるように歩いていたが、恐ろしいばかりのあからさまな攻撃的なチャクラに2人は身構える。
 手裏剣をかまえたイルカとナルトだが、闇の向こうから現れたのはカカシだった。
「カカシ先生」
 さりげなくナルトを後ろにかばいながら声をかける。確かにカカシだが、カカシから不穏なチャクラが立ち上っていることは間違いない。もしナルトに何かするつもりならイルカが闘わなければならない。
 しかしカカシはイルカのことをぎん、と睨み付けたままつかつかと近づいてきた。最近カカシはイルカの元にめっきり訪れないから、久しぶりに間近で見た。怜悧な美貌は表情をなくすとひどく冷たく映った。
「あの、何か?」
 ナルトではなく、自分のほうか、とイルカは少し安堵する。
「カカシ先生。なんだよ、どうしたってばよ」
 さすがに常と違うカカシの気配にナルトの声も小さくなる。カカシはナルトのことはちらとも見ないでひたすらイルカのことを見ていた。
 カカシは何も言わずに、ぎりぎりと歯をかみしめてイルカのことを見ている。沈黙に耐えきれなかったイルカはカカシの気持ちをほぐそうと目尻を細めて笑いかけた。
「こんばんは。散歩ですか?」
 それでもカカシは何も言わない。どうしたものかと考えつつカカシから眼を逸らさずにいたが、イルカを睨み付けていたカカシの眼が徐々に力を失い、ぶわあっと青い眼に涙が盛り上がった。
「俺も、俺もイルカ先生と銭湯に行きたい。どうしてナルトばっかりで俺のこと誘ってくれないのさ」
「はあ?」
 カカシはえぐえぐと泣き出してしまう。
「なんで、いっつも、ナルトばっかり。俺だってイルカ先生の家でごはん食べたいし、お風呂行きたいし、遊びに行きたいのに」
 イルカは思わずナルトと顔を見合わせる。そして小さな声で聞いた。
「カカシ先生、そんなに銭湯行きたいって言ってたのか?」
「知らないってばよ。でもイルカ先生が銭湯好きだってこと教えたときに、俺も好きってことは言ってた」
 もう、わけがわからない。だが通りがかる人たちがじろじろと特にイルカのことを不審そうな目で見ていくことは勘弁してほしい。
「カカシ先生、あの、泣かないでくださいよ。ね?」
 イルカがそっと手を伸ばすと、いつかの夜のように、また手を弾かれた。
「ばか! イルカ先生のばかっ」
 カカシは興奮してわんわん泣き出す。それにつられるかのようにイルカも大人げなくわめく。
「だってカカシ先生、口布してるし、片目は写輪眼だし、銭湯なんて入れないじゃないですか!」
「差別だっ。写輪眼差別だっ」
 ギャースと更にカカシは興奮する。
 いつの間にやら人だかりができはじめている。いい大人と、子供。子供は泣いている。明らかにイルカにとって分が悪い。イルカのことをあからさまに指さしてひそひそと囁いている人たちが視界に入る。
「わかりましたカカシ先生! 今から、風呂行きましょう!」
 やけくそで、イルカは叫んだ。





 かぽーんと風呂独特の音がする。もくもくと湯気が立ち上るファミリー向けの少し多きめの風呂場。
 何が悲しくて、入ったばかりの風呂に戻って、しかも貸し切り風呂など借りる羽目になってしまったのか。
 ナルトを帰し、カカシを連れて舞い戻ってきたイルカを見て馴染みの受付のおばちゃんは首をかしげた。
「イルカ先生。忘れ物じゃなくて、もう一回入るって言ったのかい? しかも内湯貸し切り?」
「ええそうですよ! 言いましたよ! 1時間、お願いします!」
 おばちゃんは腑に落ちない顔をしていたが、イルカの後ろに控えるカカシを見て納得したようだ。忍者もよく使う湯治の効果もあるスーパー銭湯。顔を公にできないわけありの忍のこともわかってくれていた。
「まあゆっくり浸かってきな」
 とおばちゃんに送り出されて、貸し切り風呂に入った。
 ずっと黙っていたカカシはそれでも機嫌の良さは伺えた。脱衣所でも、ちらちらとイルカのことを見て、眼が合うと笑う。何が楽しいのかとイルカは力なく笑う。
 やれやれとさきほど着たばかりの服を脱いで、ふと見下ろした己の腹部。確かにしまりがなく、ナルトに言われたわけではないがひとつダイエット…いや、修行が必要かもしれないとそっとため息をついた。
「カカシ先生。どうしました」
 カカシは、じっとイルカのことを見ていた。その刺さるような視線がどうやら下腹部に向かっているのを感じて、イルカははあとため息をつく。カカシはと言えば、しなやかな若竹のような体には完璧な配置で筋肉がつき、白い肌は磨かれたように艶めき、彫刻のように完璧な体をしていた。それが完全に大人になる前の危うさでコーティングされているから、客観的に見て、凶悪なくらいの色気を醸し出していた。
「カカシ先生。あんまりじろじろ見ないでくださいよ。しまりがないのは俺が一番わかってますから」
「え? は? いや、そんなこと、ないですよ? 柔らかそうでいいです」
 カカシはフォローのつもりなのか言ってくれるが、男の体が柔らかそうだなどと、決して褒め言葉ではない。だがまあこれから伸びゆく若者とおっさんの自分を比較しても仕方がない。
 とにかく銭湯を楽しむかと、ざんぶと湯に浸かって、腹の底から息を吐いてごくらくごくらくと呟いた。もし隣にいたのがナルトならいつものようにおっさんくせーと茶化してくれるのだが、なぜかカカシは顔をうつむけて、もじもじしつつもイルカにぴったりと寄り添っていた。
「あの、カカシ先生。適当にやってくださいね。ここファミリー向けの貸し切りですけど、露天もあるし、ジャグジーも、ほら、サウナもついてますから。せっかく来たんですからいろんなの楽しんでください。俺はここの常連だからゆったりやってますんで」
 カカシはふるふると首を振る。
「イルカ先生と入ります」
「はあ……」
 とっくに一緒に入っているのだが。
 ぴたりとくっついくるカカシが窮屈だと思わないでもなかったが、好きにさせていた。
「あの、イルカ先生。お背中、流します」
 イルカが体を洗い出すともそもそと近づいてきたカカシはいきなりとんでもないことを申し出てきた。
「そんな、カカシ先生に俺の背中流させるなんて申し訳ないこと」
「俺が流したいからいいんです。いいでしょ?」
 ね、とおねだりされるとイルカは弱い。では、と背中を向けた。
 何が嬉しいのか鼻歌を歌いつつ、カカシはわしゃわしゃと泡立てている。そしていきなり、あわあわな手を、ぬるりとイルカの背に這わせた。
「! ちょっ……と! カカシ先生?」
 ぬるーとカカシの手がイルカの背を滑る。
「タオル! タオルに石けんつけてがしがしやってくださいよ! 気持ち悪いじゃないですか!」
「ええ〜?」
 ぴたりとカカシの体がイルカの背に密着する。
「背中流すって、手で直にやるんじゃないですかあ?」
 カカシは耳元で低く囁く。ぞぞぞーとイルカは全身が鳥肌だつのを感じた。
「違いますっ。断じて違います! 男は、背中の皮をめくるくらいの力でがっしがしに磨くんです!」
「ふーん。そうなんですか〜」
 暢気に答えたカカシが次にとった行動は、ぬるぬるあわあわの手をいきなり今度はイルカの前に滑らせて、性器を、ひょい、と掴んだ。
「! うっ……ぎゃーーーーーーー!」
 思わず、忍者にあるまじきことだが、イルカは叫んでいた。うぎゃーうぎゃー……とエコーがかかる。
 温かな湯につかって体も心もほっこりと暖まっていたはずのイルカだったが、寒気にぶるぶると震える。
「な、なななななな、何を、するんですか!」
「え? あ、ごめんごめん。ほら、さっきナルトがイルカ先生のおなかのこと言ってたからどんなもんかと思って。滑っちゃったみたいだね。ごめんなさい」
 カカシは何事もなかったかのように手を離す。そしてイルカと並んで大人しく体を洗い出す。
 イルカは、至極楽しげなカカシが得体の知れない不気味なものに感じた。強ばった表情のままでカカシのことを見ていたら、不意にカカシが顔を上げた。いっそさわやかなくらいの笑顔をみせた。
「イルカ先生の、かわいいですね」
「かっ、かわいい? 何が? どこが?」
「え? そんな、どこがって……」
 カカシはさきほどイルカのあそこを掴んだ己の手を見て、再び視線をイルカのそこに向ける。
 そしてぽっと頬を染めた。
 がびん! と脳天に鉄槌をくらわされたようなショックを受けたイルカだったが、話の流れでにカカシのそこに眼がいってしまう。
「……」
 何も言うまい。
 イルカはこれ以上の自分の傷口を広げないために、無言でがしがしと体を洗った。
 ムキになって、皮膚が赤くなるくらいにがしがしに磨き上げた。








A。。。C