それが、運命なら 8
舌を長く絡めて吸い付くと、イルカは官能の色を深めて鳴く。
カカシの赤い舌が伸びて、自らの性器を舐め上げるさまをじっと見て、赤い顔をしたイルカは身悶える。
イルカはカカシとの交わりで、咬まれること、性器を舌で嬲られること、後ろから貫かれることを好んだ。カカシもイルカに舌を這わすことは好むところだが、後ろからはあまり好きではなかった。後ろからはケモノの交わりだ。カカシはイルカと人として愛し合いたいのだから。
だが、イルカが求めることにはいくらでも応えてやりたいから、求められるまま、カカシはイルカを抱きしめた。イルカはケモノとして交わった記憶が悪夢だと語っていたのに、結局どこかでケモノを求めている気がした。だからカカシは、後ろからの性交を求めて、咬まれることに悦びを見いだすイルカを見ると不安がこみ上げてきた。
そんな気持ちを抑えきれずに、イルカのことを少し乱暴に抱いてしまってから、イルカは変わった。後ろからの交わりを求めなくなった。忍犬たちのことは変わらず可愛がってはいるが、カカシより優先させることはない。労るようなイルカの愛情がくすぐったくもあり、不思議でもあった。イルカはカカシに対して時たま申し訳なさそうな顔をすることがある。それがなぜなのかわからないが、イルカが愛してくれるならそれでよかった。
三代目火影が亡くなった。
歴史の浅い木の葉の里のなかで最長の在位を記録した偉大な長。
両親亡きあと、イルカにとっては肉親のような存在だった長の死にさすがにイルカは打ちのめされているようだった。同僚や子供たちの前では気丈にしていても、家に戻ると何もかもを放り出してぼんやりと外を見ている。カカシは生活全般の世話を献身に行った。話かければもちろん見てくれる。返事はする。だがそこにはカカシが映っていないようで、カカシはせつなくて、甘えるように、まるでケモノのようにイルカに擦り寄った。
頭をこすりつけるとイルカは優しく撫でてくれる。その手をとって指を口に含んで噛み付けば、イルカはかすかに笑う。その笑った顔がどこか哀しくて、カカシは抱きついた。
「ねえイルカせんせぇ。俺がいるよ。俺だけじゃ駄目かな」
イルカはカカシの背中に手を回し、ぎゅうと力をこめて抱き返してくれた。
「ごめんなさいカカシさん。俺の世界は、カカシさんだけじゃないんです。たくさんの人がいる。その中でも、火影さまはとても、とても大切な方だったんです」
正直な心情を吐露するイルカが少し憎らしい。
「いいよ。イルカ先生は欲張りだから。でも俺の世界はイルカ先生だけだから。俺が一番にイルカ先生が好きだから。だから、いいよ」
イルカさえいればそれだけで。本当に、それだけで、よかった。
火影の死から、木の葉の里はまたたく間にきな臭いことになり始めた。
うちはイタチの襲撃で負傷したカカシが目覚めれば、五代目火影に就任した、三忍の綱手がいた。幼い頃から変わらぬその姿に一瞬カカシは時が戻ったかのような錯覚を覚えた。
綱手に軽口をたたかれたが、ぼんやりとした頭でもやはり浮かぶのはイルカのこと。カカシが目を覚まさない間、イルカはどうしていたのだろう。心配をかけてしまったことだろう。一刻も早くイルカに無事な姿を見せたかった。
数日後に検診を受けにこいと言われ、その日カカシは目覚めたあとしばしの休養をとると二人で住む家へと帰った。
イルカの顔が早く見たくて、目覚めたばかりの身をかえりみずに駆けた。
久しぶりの家の中は少し荒れていた。
二人がおもに居住していた居間は衣類が散らかり、台所には惣菜の容器やレトルトの食品の残骸などが溢れて、小さな虫も飛んでいた。
アカデミーは休校を余儀なくされ、教師であるイルカも里の情勢ゆえに任務へと借り出されているときいた。きっと毎日くたくたで家に帰って寝るだけのような日々を送っているのだろう。カカシはうちはイタチの手にかかったとはいえ、ようは眠っていたのだ。目覚めたばかりだが体調はいい。まだ日は高い。イルカが帰宅するまでに部屋をきれいにして、温かい料理で迎えてやりたいと思う。そう思うとカカシは気が張っていくのを感じた。イルカの為に何かをする。それはカカシにとっての喜びだった。
暗いままの部屋で、うつらうつらとしてしまったようだ。
玄関からの物音で目が覚める。カカシが壁から身を起こすとほぼ同時に、居間にイルカが飛び込んできた。
カカシの姿をみとめて硬直するイルカは少し痩せたかもしれない。暗がりでも鋭くなった頬の線が見てとれる。激務に加えて、ろくな食生活をしていなければ痩せて当たり前だ。
「イルカ先生、ただいま」
カカシは、なんとなくいつものように口にした。別れるときは行ってきます。戻るときはただいま。それがイルカとの挨拶になっていた。
動かない表情のままで、イルカはその場にへたりと腰をついた。あやつり人形の糸がいきなり切れたように、背中を丸め、かろうじてついた両手で体を支えていた。無言で近づいたカカシはイルカの手に自らの手を重ね、強く握った。
「心配かけたね。もう大丈夫。大丈夫だから、安心して」
イルカに頬をすり寄せて、懐かしい匂いを嗅ぐ。カカシの大好きなイルカの匂い。自分の匂いのようになってしまったそれがイルカの体からカカシの鼻腔を通して体に入ると、ふわりとした快感に心が包まれる。本当に生きていてよかったと思う。生きていることの証に感じられる。
カカシがイルカに酔っていると、イルカは頭を垂れたまま、小さく語り出した。
「俺、俺は……、お見舞いに行きました。でも、カカシ先生、死んでるみたいでこのまま目を覚まさないんじゃないかって嫌なことばかり考えて、だんだんお見舞いに行くのが辛くなりました。ごめんなさい。最近は全然行ってませんでした」
「いいよ、そんなこと。だって俺は意識なかったんだし、イルカ先生も大変だったんでしょ?」
正直目が覚めた時に最初に見る顔がイルカでないことに日常ではないことを意識はした。寂しさは感じた。イルカと結ばれてから、カカシが目を覚ます時は必ずと言っていいほどいつも傍らにはイルカがいたから。だが、里が大変な時にイルカ一人悠長にしていられないことは当たり前なのだから、罪悪感など感じて欲しくなかった。
「ねえ、顔をあげてよイルカ先生。俺に顔をきちんと見せて。イルカ先生の顔見せてよ」
頬に手を添えて無理矢理上向かせれば、頬がこけて、がさがさになった肌の感触のイルカが、黒々とした目でカカシを凝視して、笑おうと、口の端をあげようとした。だがそれが叶う前に、口元を痙攣させたイルカは涙とみずっぽい鼻水を同時に溢れさせ、そのまま身をふせてしまった。体を丸めて、重ねた両手の上に頭をのせて大声で泣きだした。
体を震わせて、しゃくりあげて、体の中を突き上げるような激情にまかせて泣きじゃくる。体中で泣いている。哀しい泣き声が聞くに耐えなくて、カカシは無理にでもイルカの顔をあげようとした。
「……き、です」
「何? イルカ先生、どうしたの……」
泣き声に交じって切れ切れにイルカの声が届く。
「好き、です。カカシ先生が、好きです。カカシ先生がいれば、俺も、それで、それだけで、いいです。もう、欲張りません。欲張らないから、そばに、いてください。ずっと、俺と、生きて、ください」
しゃくりあげながらもイルカが口にした言葉は、カカシの胸に鋭く刺さり、そして、とろかした。イルカからの愛の言葉は今までにももらったことはある。けれどこんなにも真っ直ぐにカカシを刺したものはない。
体中がリズムを刻む。鼓動が破裂しそうだ。
「もう……、もう、イルカ先生、何言ってるんですか。当たり前じゃないですか、そんなこと。俺たち、ずっと、一緒です。一緒にいさせてよ」
イルカの背に載せたカカシの手は震えた。イルカの激情が移ったようにカカシもこみ上げてくるものに顔が強ばる。イルカに被さるように背中から抱きしめてたった一つの必要なぬくもりに身を委ねる。愛しくて愛しくて、気持ちが破裂しそうで、カカシも目を閉じて、イルカの鼓動を感じた。
□□□
精密検査を終えたカカシはそのまま火影の執務室に呼び出された。
五代目火影に就任した綱手は机の上で組んだ両手に顎を載せて、真っ直ぐにカカシのことを見据えてきた。なんとなく居心地の悪いものを感じて、カカシは猫背の背をさらに丸くしそうになった。幼い頃からなんとなくこの女傑は苦手だった。昔も今も変わらない姿と透明な目の色が見透かされるようで嫌なのかもしれない。
「カカシ……」
明瞭な声で呼ばれてカカシも少し姿勢を正した。
「おまえ、うみのイルカと付き合っているのか?」
思いがけない問いだったが、カカシは首を振った。
「付き合っているわけじゃ、ないのかい」
綱手はいぶかしそうに片目を細めた。カカシは笑顔で応えた。
「付き合っているとかではなくて、イルカは俺の伴侶なんです」
カカシにとってはあまりに当然な事実ではあるが、目を見張った綱手は深い溜息を落とした。
「ったく……あのじいさんは。だから詰めが甘いってんだよ」
吐き捨てるように言った綱手は頭を抱えてしばし口の中でぶつぶつと言っていた。カカシがこの場を去っていいものかどうか躊躇しているうちに、綱手はとうとう顔を上げた。
その強い目の色と怖いくらいの固い表情にカカシはなんとなしに嫌な予感に体が竦んだ。とっさにこの場から去ってしまいたい衝動が心を波立たせる。
「綱手さま」
「カカシ」
綱手は間違いなく口にした。
「うみのイルカと別れろ。これは火影としての命令だ」
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