それが、運命なら   7







 晴れて恋人同士になった二人を周りは祝福した。
 もっともそれは頑ななイルカにくじけることなく求め続けたカカシに対する賞賛の意味が強い。とにかくイルカは、カカシが幸せそうに笑っているからそれでいいと思った。そんな中で唯一火影だけは、イルカに対してそれでいいのかと嘆息と共に念をおした。火影は二人の経緯を知っている。もしかするとイルカの歪んだ思慕も聡い長は気づいているのかもしれない。だから、それでいいのかと聞いたのかもしれない。
 イルカは諾と頷いた。後悔はない。イルカは逃げ続けていただけで、こうなることが決められていたのだろう。あの場所で、銀のケモノと出会った時から。
 イルカが決して無理をしているわけではないことはわかってくれたのか、火影は、しわがれた声で、幸せになれと、呟いた。
 イルカにとってはそれがなによりのはなむけの言葉だった。







「これ、イルカ先生の匂いがする」
 イルカの家を引き払う準備をしている時だった。
 押入から毛並みの深いシーツを取り出したカカシは鼻をうごめかせた。イルカが振り向けば、それは、イルカがケモノを思って自分を慰める時にいつも敷いていた敷物だった。勿論イルカはきちんと洗ってしまっておいた。精液の匂いがするとは思えないが、知らず頬にうっすらと血がのぼる。
「ずっと使っていたから、匂いがしみついたのかもしれないです」
「そうなの? 俺ケモノになっていたせいか、鼻がきくんですよ。これは、すごく、イルカ先生のいい匂いがする」
 カカシはシーツを抱えて微笑む。イルカはいたたまれなかった。カカシではなく。ケモノを思って出したものがこびりついているのかと思うとカカシに申し訳ない気が募る。
「ねえイルカ先生。これ、まだ使いますか? もしいらないものなら、俺、欲しいです」
 カカシは疑いなく真っ直ぐな目でイルカを見つめる。捨ててしまおうと思っていた。カカシだけを見つめると決めたのだから、ケモノを思い出すよすがは捨ててしまったほうがいいと。けれどカカシが望むのなら、イルカに拒むことはできなかった。
「いいですよ。そんな古いものでよければさしあげます」
「本当ですか? わあ、ありがとうイルカ先生」
 シーツを抱えたままのカカシにイルカは抱き込まれた。頬にあたるシーツからイルカも匂いをかぎとろうとしたが、洗剤と樟脳の匂いしかしてこない。こんなものからカカシは何をかぎとりいい匂いだなどと言ったのか。もし本当にそれが匂ったのだとしても、いい匂いのわけがないではないか。頬をすり寄せられ、隠すことのないカカシの愛情がイルカには少し怖かった。







 それから。
 二人は蜜月ともいえる時を過ごす。
 郊外のカカシの家で仕事がない日はいつも二人で過ごした。二人の周りだけは時が止まったようだった。家の中では服を着たり着なかったりと気ままに過ごすことが普通となり、昼夜の別なく、気がむけば愛し合った。里の辺境の森に遊びに行った時は懐かしい場所を思い出し、いつもよりも激しく求め合った。カカシはいつどんな時でもイルカを追い、溢れんばかりの愛情を注いだ。あの夜にカカシが言ったように、カカシの世界はイルカだけで完結していた。里の忍として生きているのだから勿論他の人間と接点を持ってはいるが、イルカがそばに居ればイルカだけをカカシは見つめた。
 勿論イルカとてカカシを愛している。心の奥底でケモノの面影を追っている引け目は確かにあるが、カカシを愛しく思っていることに嘘はない。カカシの望むこと、笑ってくれることなら何だって叶えてあげたいと思っていた。だがイルカをその目に映すだけで幸せそうに笑むカカシを見ると、イルカはいつも途方に暮れる。カカシの愛情にはどうやってもイルカは勝てないのだと、覚える必要のない敗北感を感じたりもした。
 イルカの望むままに、それ以上に愛してくれるカカシ。
 だがたった一度、他愛ないことだが意地悪をしかけたことがあった。
 それはやはりイルカを深く思うが故の嫉妬からくるものではあった。
 カカシの家に移ったイルカは、カカシの飼う忍犬をことのほか喜んだ。もちろんケモノのこともあるが、元々イルカが動物が好きなのだ。カカシに妬心をおこさせるほどには犬たちにのめりこみ、かまっていた。その様子を最初の頃はカカシは優しく見守ってくれていたが、イルカがカカシに対してあまり注意を向けずにいることに拗ねてしまった。



「イルカ先生。あいつらのことばっかり可愛がりすぎ」
「あい、つら・・・?」
「俺の忍犬たちですよ」
「ああ・・・・・」
 ふっとイルカは熱い吐息をついた。
 暗がりのベッドの上で、カカシはイルカを後ろから抱え込んでいた。
 後ろから結合したあと、動かずにカカシは座り込んだ。器用に自らの足をイルカの足に絡めて大きく開かせ、片手で胸を撫で、もう片方はイルカの打ち震える性器で蠢かせていた。その動きがゆるやかな快楽を呼び起こし、イルカはさっきから酩酊状態だった。決定的な刺激がないといけないが、こうしてずっとたゆたっているのもまた気分がよかった。
「カカシさんのことだって、可愛がってますよ」
「うそ。俺のことより、あいつらのほうばっかりかまってる。撫でたり抱きしめたり、キスしたり」
「カカシさんとはそれ以上のこと、今も、してるじゃないですか」
 カカシの幼稚な嫉妬にイルカはくぐもった笑いをこぼした。手を伸ばして肩にのるカカシの髪を撫でてやる。その手に噛みつかれる。
「ごまかさないでよ。今日だってさ、俺が遅く帰って来たら、家にいなくて、あいつらと散歩なんかに出ているし」
「それは、カカシさんを迎えに行こうとしたんです。でも、カカシさん、いつもと違う道で帰って来たから、会えなかったんです」
 目の片隅で、カカシが唇を尖らせるのがわかった。どうやら今日だけのことではなくて、積もっていたものが噴出してしまったのかもしれない。どうしたものかとイルカが小さく溜息をついたのをカカシは聞き逃さなかった。
「そんな、面倒くさそうにして、ひどいです」
 カカシは急に無言になり両方の手を動かし出す。乳首を摘んだり、押しつぶしたり、首筋や肩口を甘咬みしたり。肝心なところにある手は弱い部分を的確に攻めて、先端から液をこぼさせる。それをすくいとってイルカの胸に塗り込めて愛撫を施し続ける。カカシに慣れたイルカの体はちょっとした刺激ではいけなくなっている。もどかしい行為に自分で腰を動かしてみた。それをカカシは片方の手でおさえつけ、息のあがるイルカに前を見るように促した。
「……!」
 イルカは眼前の光景に体の中の血が沸騰しそうになる。
 目の前にはいつもと違う位置に姿見がおかれていた。二人の痴態を、薄暗がりの部屋のなかで、鏡はあまさず写し取っていた。カカシにもたれかかり、大きく足を開き、天を向く欲望は音をたてそうなほどに次から次に汁をこぼしていた。快楽にとろけた顔は、口の端からよだれを垂らしイルカの中の羞恥を煽る。イルカがいやだと目を背けると、ぬるりとしたカカシの手が思ったより強い力でイルカの顎をあげさせる。それでも目をつむったままのイルカの耳に懇願の声が響く。
 見て。愛し合っている姿を見て、と。
 それでも首を振るイルカをなだめるように性器を優しくすく。耳元ではお願いとすがりながら、顔を舐めて、歯をたてて噛みつく。イルカがこうされることを悦ぶとカカシは知っている。そのうちにカカシの息も上がりだし、変則的に腰を突き出し、唸るような声を漏らしだした。
 結局イルカを促したのは、ケモノを彷彿とさせるカカシの息づかいだった。ケモノに逆らうことはイルカには抗いがたいことだった。
 涙に潤む視界に、絡み合う姿をとらえる。網膜の奥に一瞬にして焼き付いた姿はイルカの脳をとろけさせた。一瞬光って見えたカカシの両眼と、尖った犬歯がイルカの肩に噛みつく姿がケモノを彷彿とさせて、生ぬるい刺激に耐えられずにイルカはつながったままの体を無理にねじってカカシの顔を片手で乱暴につかむと不自然な体勢のまま頬にかみついた。口に広がる血の味。その瞬間イルカは白い液を弾けさせていた。
 荒い息のまま二人もつれるようにベッドに倒れ込む。貪るようにカカシを求めながらもイルカはその時、間違いなくケモノの姿を脳裏に描き、ケモノに欲情して、貫かれることに歓喜を覚えた。







 目を覚ませばカカシが壁に背をあずけてうずくまっていた。ぼんやりとした視界にカカシが近づいてくる。左の頬にはくっきりと歯形。イルカが噛みついて血を流させた。青く腫れている。イルカはきちんと夜着を着込んで柔らかなタオルケットに包まれていた。カカシはイルカにそっと手を伸ばして髪をかきあげる。
「ごめんねイルカ先生。意地悪してごめんなさい」
 イルカをけっして責めずに項垂れるカカシにイルカのほうこそ罪悪感が募る。どんなに愛されてもぎりぎりのところで無意識にも求める存在はケモノ。
「俺の方こそ、ごめんなさい。痛くないですか?」
 カカシはふるふると首をふる。だが決して弱くはない力で咬んだのだから、痛くないはずはない。イルカは枕から顔をあげてカカシの傷にそっと触れるだけのキスをした。カカシの綺麗な目を見て、もう一度、今度は唇に触れた。ついばむように何度も何度も触れた。うっとりと目をつむっていると、しずくが落ちてきた。
「カカシさん・・・」
 イルカは目を見開く。
 カカシは、呆然とした表情のまま静かに涙を落としていた。
「カカシさん、何が悲しいの?」
 カカシは首を振る。
「悲しくは、ないです。でも、イルカ先生は、もしかして・・・・・・」
 ふと口をつぐんだカカシは腕を伸ばすと、イルカのことを緩く抱き込んだ。
「カカシさん」
「なんでもないです。きっと俺、贅沢な気持ちになっているんです。俺はここにいて、イルカ先生がそばにいてくれる。それだけでいいはずなのに」
 カカシの腕に力がこもる。
「イルカ先生と、普通に出会えていたらなあって、少し思います」
 額を合わせてきたカカシは温かな笑顔を見せてくれた。イルカもそれにつられるように笑顔を見せたが、カカシほどに優しく笑えている自信がもてずにカカシの肩に頭をのせた。俯いた。
 カカシはイルカの求めかたにやはり違和感を感じているのだろう。イルカは交接の時必ず最初は背後からを求める。勿論カカシは応じてくれるが、どちらかといえばそれを疎んじているむきもある。当然だろう。カカシはケモノであった頃をよく思っていない。背後からは動物としての交わりだから。
 イルカは咬むことも求めすぎている気がするのだが沸騰した頭ではどうしても求めずにはいられなかった。
 だからこれからはせめて後ろからの交わりはやめようと思う。カカシは人としての交わりを求めているのだから。カカシを悲しい気持ちにはさせたくない。カカシを幸せにしたいから。
「ごめんね、カカシさん」
 イルカが小さく謝ると、カカシは黙ったまま抱きしめる腕に力をこめた。イルカにすべてをあずけるような強さ。
 カカシは、イルカと普通に出会えていたらと言うが、子供達を通じて出会っていただけならこんな風に愛し合うことはなかっただろう。あんなかたちではあるが、あの出会いがなければ、イルカとカカシが交わることはなかったとイルカが誰よりも知っている。
 カカシが好きだ。
 出会えた奇跡に跪いて感謝したいくらいの愛情を確かにイルカは感じていた。





 

 

  
 
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