それが、運命なら   2







 交わりを持たずに眠った翌朝は身も心も軽く、藁の上でイルカは大きく伸びをした。
 小屋には四方から朝の光が入り込み、ほこりがゆるく舞っていた。
 ケモノはいない。いないが、イルカのそばには布袋にくだものと、木の実が置かれていた。イルカの口元は自然と緩んで、素直に食料に手を伸ばしていた。
 昨晩はケモノが怖かった。ケモノのくせに、人のようにイルカを抱こうとしている気がして嫌だった。だが、ケモノは本来は人間で、それが、戻ろうとしている前兆ともとれる。イルカはそれを喜ばなければならないのだが……。
 ケモノは温かかった。浅い眠りの中で時折慰めるようにイルカの顔を舐めてくれた。その時のイルカが犬の姿だったのか人の姿だったのかはわからない。



 1年以上前、ここでケモノは敵の術に落ちた。
 いや、術というより、呪詛。敵は屠ったが、人からケモノに姿に変えられた。記憶も思考も奪われ、哀れなケモノにされた。
 暗部の報告を受けて、これまでに何度もケモノを迎えに里から忍が派遣された。だがケモノは、忍はおろか人としての記憶が全くないのだから手におえなかった。無理にでも連れ帰ろうとしたが、幻術などは操ることができ、レベルの低い忍などおよばない力を有していた。
 1年の間に相当の数のけが人を出し、危うく死人を出しそうになってさすがに火影も根本的な解決に乗り出した。
 呪詛を、解けばいい。
 その方法を調べた結果、人柱が必要になった。
 一人の忍の体内に特殊なチャクラを練り込み、その体でケモノと直接的に交わることによって、呪いを解く。ケモノは人には多大な警戒を示すから、犬に変化して、交わる。人の意識を持ったまま犬になり、同じケモノに犯されるのだ。
 火影は人選で日夜悩んでいた。火影が命じれば里の忍は誰でも快く応じるだろう。
 だが、心に傷を残すことになりかねない。ベテランの忍が行えばことは簡単に済みそうだが、へたに忍としての生が定着し過ぎた者はケモノが警戒する。この任務は未だ発展途上の若い忍のなかで選ばなければならなかった。
 火影の苦悩を身近で見ていたイルカは、何も気負うことなく、自ら申し出た。
 二親を亡くしてから特別に目をかけて可愛がってもらった。火影がいなければ、イルカは中忍にまでなることなどできなかった。だから、恩返しがしたかった。
 悔やんではいない。







 心が癒される緑の香を鼻腔から体の奥底まで吸い込む。肺の中を満たす。
 久しぶり忍服を着たイルカは森の奥深くに足を踏み入れた。両手を伸ばして体をほぐす。
 さまざまな高さの木々が密集しているわりには日の光がきちんと地面まで届く。下草が気持ちよくて、イルカはサンダルを脱いで歩いていた。
 森の中にいると、萎えていた精神が力を得る気がする。ケモノはここにいることで、呪詛に飲み込まれそうな身を保っていたのではないのだろうか。
 イルカは両手で囲んでもその円周の半分に届かない木にすがりつく。早くケモノが目覚めるといい。ケモノの為にそう願う。
 さえずりを取り交わしていた鳥の声が不意にやむ。
 イルカはクナイをホルダーから取り出しながら忍の顔に戻って振り返った。
 イルカは、凶暴な光を湛えた大型の野犬5頭に囲まれていた。

 3頭までは仕留めた。だが元々疲弊しきっていた体にはそこまでが限界だった。イルカは木に身を預けて、右手で左上腕部からの出血箇所を抑えていた。
 もう武器がない。左手の具合では印を結ぶことも叶わない。任務を半ばで終わらせることが悔しい。
 血に飢えた2頭が飛びかかってくる瞬間、イルカは目を閉じた。

 強く強く、銀の毛皮をまとう背にしがみつく。
 ケモノは風のように駆けていた。
 イルカを助けたのはケモノ。最後だと思った瞬間、突然現れたケモノは一瞬で2頭を葬った。助かった、と安堵したイルカはずるずると座り込んだ。ケモノはイルカに歩み寄ると、左手の傷を舐めてくれた。慰撫するように、優しく、優しく、血を舐めとった。ケモノの赤い舌に胸が騒いだ。
 吹き抜けた風に我に返る。出血のわりにはたいしたことなかった傷の手当てが終わると、ケモノはイルカを背に乗せて、走り出した。
 飛ぶように過ぎる景色。イルカにはこんなスピードは出せない。過ぎる景色は輪郭を失い色となり、イルカは振り落とされないように必死でケモノにすがりついた。

 景色が開け、辿り着いたのは、崖。
 遠くに、沈む夕日が見える。こんもりとした森の向こうに赤を反射しているのは、海だろうか。生きているもの全てを赤に染めて沈んでいく夕日の荘厳さに、イルカは感嘆の声を漏らしていた。傍らのケモノに寄りかかって、同じ景色を目に写す。
 ちらりと見たケモノの横顔は凛として、イルカの脳裏には突風のように銀の髪をした、イルカと年の変わらないような少年の姿が過ぎていった。瞬きを繰り返し、ケモノの首にすがりつく。寄り添っていつまでも、この世でたったふたつだけの存在のように、夕日を見つめ続けた。





 □□□





 また数日が経過した。
 ケモノはイルカと交わりを持とうとはせず、おかげでイルカの体は疲労から回復した。ケモノが何を考えているのかわからない。食料を調達に森の奥に消える以外は必ずイルカの傍らにいる。不意にイルカの頬を舐め上げたり、食べたことのないくだものに感動しているイルカを見る目は慈愛深く、イルカの胸を何故か苦しくさせた。
 なんとなくではあるがケモノが確実に人に戻りつつあることはわかるから喜ばしいことなのだが、イルカは不安だった。イルカの中にはケモノを戻すためのチャクラがまだ残っている。ケモノに全てを貪ってもらわなければならないのに。
 それに……。
 今までは日が沈んですぐに犬の姿に戻っていたのに、犬に戻る時間が遅くなっている。
 イルカがもの思いに沈んでいると、慰めるようにケモノは寄り添ってきて、イルカに毛並みをすり寄せる。イルカを苦しめているのはケモノなのに、イルカを安心させるものまたケモノだった。



 穏やかなケモノと過ごすことで気が緩んでしまったのかもしれない。イルカは風邪をひいた。
 意識も視界もぼんやりとするくらいの高熱にイルカは小屋の中で所在なげに寝ころんでいた。あいにくと風邪薬など持ってきていないし、術が施された体なのだから、へたに服薬することは許されていない。体を動かすのが億劫な状態に心も弱る。このままここで死んでしまってもいいかもしれないと投げやりに考えた。
 荒い息をつくイルカの元に今日もケモノはやってきた。だがイルカのただならぬ様子を目にするとくるりと向きをかえて出て行ってしまった。なんとなく、ケモノはイルカにすがりでもするのではないかと思っていたから拍子抜けした。所詮ケモノかと思いながらも正直寂しい気持ちを感じた。
 熱が高くて眠ることもかなわなかったが、目をつむって視界を塞いだ途端、額に冷たい布が当てられた。目を開ければケモノ。顔が濡れている。額にあたる布は水びたしだ。ケモノが適当な布を湖に浸してきてくれたということか……。
 イルカが力無いながらも微笑んでみせれば、またケモノは出ていった。ほどなくして戻ってきた時には、器用にも口にくわえた大きな布袋をイルカの上でばさりとぶちまける。そこから舞ったのは木の葉。イルカの体に落ちてくる。イルカが埋もれるくらいの量はある。あっけにとられながらもイルカは声をたてて笑った。久しぶりに、笑った。ケモノは満足げに一声吠えると、イルカの横でぺたりと座る。イルカの汗を長い舌で舐めて、顔をすり寄せてきた。そのぬくもりにイルカの手は素直に伸ばされる。
 鼓動が、聞こえる。人も、ケモノも関係なく、生きているものの鼓動。命を刻むその音 に、イルカは泣きたいくらいの安堵を覚えた。



 イルカが全快して数日後、ケモノが久しぶりに欲を示した。
 イルカを見つめる目から、イルカは察知した。ケモノは、抱かせろと言っている。人に戻りたいと、本能の部分が求めているのかもしれない。
 イルカは素直な気持ちで背を向けようとしたら、少し強引な力で、体を仰向けにされた。全てをさらけ出す降参の姿勢。最初の夜に敗北でとらされた時とは違う。ケモノはまるで、人間の男女がむつみ合うかのようにイルカの上にまたがると、愛撫のように体中の匂いを嗅いで、歯をたてる。イルカは軽い混乱に陥っていた。だから抵抗も忘れてケモノのしたいようにさせていたら、ケモノの舌が、とうとうイルカの雄の部分に辿り着き、長い舌でぺろりと舐めた。
 ざらざらとした感触に嬲られ、イルカの背筋から脳天に突き抜けたものがあった。
 イルカは飛び跳ねて背を向けると、尻尾が丸まった尻を突き出した。がくがくと震えながら押し付けるようにしてケモノに向ける。
 早く挿れてくれと、祈るようにして思った。





 □□□





 とっくに日が暮れて、夜になったのに、イルカの体は犬にならない。
 小屋の中で忍服を着たまま、イルカは膝を抱えて座り込んでいた。
 もうすぐケモノが来る。
 犬になっていない自分をケモノはどうするだろう。
 この間の晩の恐怖が頭にこびりついている。
 ケモノは何を思ってイルカに愛撫など施そうとしたのだろう。ケモノに何度も抱かれたが、イルカが吐精したことはない。したくない。だがもし、ケモノが明らかな意志を持って愛撫を施したら・・・。
 あの時脳内に響いた衝撃の正体を知りたくない。ケモノとは任務としての繋がりでいなければならない。イルカは左腕の傷に爪をたてた。
 だが、どんなに気を逸らしたくても、小屋の中にはケモノの気配が入ってきた。音もなくイルカに近づくと、鼻をよせてくる。
 イルカはかっとなって、藁を投げつけた。来るな、と声を荒げてめちゃくちゃに手を振り回す。
 俯いたまましゃにむに手を振っていたら、鈍い音がして、ケモノの顔を殴りつけていた。さすがにイルカが顔を上げれば、ケモノは、濡れた悲しげともとれる目をして、イルカのことを真っ直ぐに見ていた。
 万感込められた深い目の色。哀しみ、怒り、笑い、喜び、さまざまなものに生まれ出ずることができる可能性を内包しているもの。
 ケモノは、閉じこめられている。人としての生を歪められている。イルカはケモノを人に戻すために遣わされたのだから、恐れてはいけない。
 イルカはぎこちないながらも、強ばった顔の筋肉を緩めることが出来た。
 潤む目を拭って、ケモノに抱きついた。



 裸になり仰向いて横たわった体。昨晩と同じ状況。イルカが人間のままというのが違い。心臓は破裂しそうなほどで、耳にうるさいくらいだ。
 イルカの体にかぶさったケモノは顔中を舐め回してきた。長い舌に嫌悪感は沸かず、唇の辺りは念入りに舐められ、舌をいれられ、唾液が注ぎ込まれる。イルカはためらわずに飲みこんだ。
 ケモノの体は少しずつ下にずれていき、胸の突起も念入りに舐める。牙でつつく。人が施すような愛撫が怖い。わきあがるものにイルカは震え、すがるものが欲しくて、思わずケモノの前肢を掴む。その瞬間ケモノは動きを止め、イルカの体に身を伏せる。それはまるで、この体を抱きしめろと催促しているようだった。だが手は伸ばさない。それはしてはいけないことだと自らを戒める。ケモノの体が柔らかく皮膚を撫で上げると気持ちが弛緩してくる。イルカはとうとう耐えられずに鼻から抜ける声をあげていた。口に手をあてて喘ぎ声などあげたりはしないと思っているが、初めての感覚はイルカの意志をねじふせて追い上げようとしていた。

 下生えにケモノの歯がひっかかったのか、ぴりっとした痛みについ顔を上げれば、タイミングが悪いことに、すでに勃起していたイルカの性器をケモノが舌を絡みつかせるように舐めるところを見てしまった。
 未熟なイルカの性器はどくんと脈打ち、力を得たことがわかった。何度か舌で執拗に往復されて、ぐんぐんと育つ。消えてしまいたい羞恥に顔を背ける間もなく、ケモノは大きな口をめいっぱい開けて、イルカの性器をくわえこんだ。それをゆるく上下に動かして、官能を引き出そうとする。鋭い牙がときおり敏感な部分をかすめ、のけぞったイルカは吐息のような声からあきらかな喘ぎ声を漏らしていた。視界がかすんでくる。ケモノの動きが早まる。信じられないことに、ケモノは片方の前足を使って、イルカの袋をいたずらな動きでつついてくる。首を振ったイルカは口を押さえる思考もなくなり、初めての快楽に泣いた。すすり泣いて、イキたいと欲望を口にしてしまった。
 ケモノは、一瞬動きを止めて、色違いの目でイルカを犯す。ケモノなのに、情欲に濡れた人の目でイルカを映す。あるいはそれはイルカの目の色を写しているのだろうか。
 ケモノは長い舌で敏感な裏側をぞろりと舐め上げて、仕上げとばかりに、先端にある放出を待ちわびていた穴に牙をあてた。
 声もなく、息をつめてイルカは吐き出した。音をたててでた白い液体はケモノの顔や体を汚した。イルカは放出の余韻に浸ってとろけた顔をしたまま胸を上下させる。ケモノは自らの体に散ったイルカの体液を柔軟な舌を使ってあますことなく舐めとった。
 息が荒いままのイルカの腰のあたりにケモノは藁をかたまりにして押し込んだ。イルカがまだ正気尽く前に、奥の部分をケモノは舌の先端でつついてきた。何がおこったかすぐには把握できないながらも、イルカは悲鳴をあげた。うごめく軟体物が奥をほぐそうとうごめく。熱くなる体にまたイルカはすすり泣く。自然に動いた体が揺らめく。
 疼いて仕方ない。このままの体勢ではケモノが挿れずらいだろうと、イルカは自らいつものように背を向けて、人でありながらケモノにむけての結合の体勢をとった。その時のイルカは念じるように、任務だからと頭の中で唱えていた。そうしなければ心を全て持っていかれそうだった。
 今はただ、ケモノに欲望を沈めてほしかった。







 小屋の中にうっすらと光が差し始める。
 ケモノが何度か放出して果てたあともイルカは眠らなかった。眠れなかった。ずっと、ケモノのことを撫でていた。
 イルカにかぶさるようにして、気絶するようにケモノは眠りについた。体を丸めて、早い呼吸を繰り返している。イルカの目でも溢れだそうとする清浄なチャクラとそれをはばもうとする禍々しいチャクラの葛藤が見える。そしてそれはあと少しの時間で清浄チャクラが勝つだろう。
 イルカは立ち上がると外にでて式を飛ばした。
 ほどなくして暗部がやってくる。ケモノは人間に戻り、里に戻る。最後にケモノを振り返ったイルカは憑きものがとれたような涼しげなな笑みを投げかけて、そのまま、湖にむかった。

 

 

  
 
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