8.


 



 カカシが目を覚ましたとき、丁度テントの外から入ってきたシルエットのイルカが見えた。
「おはようござますはたけ上忍。具合はいかがですか」
 イルカはバケツに水を汲んできたようだ。
「夜中すごく寝汗かいていたみたいなので、気持ち悪いですよね。これで体拭いて下さい。体、もう動きますよね」
 タオルをかたくしぼってベッドの上に身を起こしたカカシに差しだしてくる。
 カカシはぼんやりとしたままタオルとイルカを交互に見た。そのままイルカに視線を定めて無言でいると、イルカが不安そうな顔をする。
「あの、タオル、俺しぼらないほうがよかったですか? 一応手も綺麗に消毒してから絞ったんですけど・・・」
 いいわけのように言い募るイルカを前にそれでもカカシは無言のまま、左の肩を動かして調子を確認している。
「俺、水かえてきますね」
「イルカ」
 カカシが名を呼ぶと、イルカは目を見張る。その目が懐かしさのようなものを表す前に手を引く。とまどいにイルカが何も言えないうちに肩を掴んで鼻先を付き合わすような距離でイルカをじっと見あげた。
 少し黒目がちな目と、青く澄んだ白目の部分の対比がきれいだ。肌もつるりとして触り心地が良さそうだ。鼻にのった赤い傷も鮮明でイルカの表情に不思議な花を添える。
「あの・・・はたけ上忍。どうかしましたか?」
 カカシは思い切って目をつむり、イルカの首筋に鼻を近づけた。
「はたけ上忍!」
「黙ってよ」
 慌てるイルカを制して匂いをかいでみた。カカシの鼻先が触れるたびにイルカはびくりと反応する。
「俺の匂いがする・・・」
「それは、一晩中、となりにいましたから」
 緊張しているのだろうか、イルカの喉がごくりと鳴る。
「そっか」
 カカシは当たり前のことに笑った。自分の匂いが他人に移るなんて嫌なはずなのに、イルカに移った匂いに不快感は沸かなかった。肩にあった手をするすると動かしてイルカの背にまわしてみた。
「はた、け、上忍・・・・・・」
 イルカの声は掠れている。首筋から伝わる鼓動は早鐘のようだ。カカシの顔にはイルカのほつれ毛が触れる。その感触に唐突に思う。イルカの匂いを嗅いでみたいと。
 思ったままに行動に移していた。
 イルカを簡易ベッドの自分の横に座らせる。無言のまま、イルカのベストを脱がし、アンダーの脇から手を入れようとした。
「はたけ上忍」
 イルカが手をおさえつけてくる。顔をあげれば、強ばった表情をしていた。その表情に引かれるように、カカシは顔を傾けて、触れるだけのキスをした。
 すぐに顔を離してじっと見つめていると、イルカは口をぱくぱくと開けて金魚のように開閉させた。その様子がおかしくて、もう一度からかうようにキスしてみた。イルカはのけぞるように身を引いた。
「な、なんで、どうして・・・。俺は・・・」
「いいからさ、匂い、嗅がせてよ」
「匂い、なんて、何を」
 イルカがいつまでもうるさいから、カカシは強引にアンダーをめくってはぎ取ってしまった。イルカはかすかに悲鳴をあげる。少しでもカカシと距離をとろうとするイルカが緊張しているのがわかるが、カカシも緊張していた。男だろうが女だろうが、閨の相手に服を脱がせたことはない。愛撫を施す時も服の上からで、いつも必要な部分だけを出させて、ゴムをつけて、なるべく触れないように触れてきた。もちろん、キスしたことなどあるわけがない。それなのに、唇に触れてしまった。
 イルカのうすい筋肉だけの胸に、なぜか心臓が暴れ出す。静かに唇を寄せてみた。
 カカシは強ばっていた顔が温かな体と確かな鼓動に触れた途端ほぐれるのがわかった。嫌悪がわかなかったことにひそかに安堵する。カカシはイルカ以上に緊張している。その証拠にイルカを押さえつける為に両手を押さえてしまっているが、あとが残りそうなくらい、必要以上に力をこめてしまっている。
 イルカの胸からはやはり消毒液の匂いしかしなくて、ぺろりと舐めてみた。イルカが息を飲む。消毒液を拭ってしまえばイルカが匂ってくるような気がして、カカシは熱心に、頭をからっぽにして舐めだした。両の胸はもちろんのこと、尖った乳首にも吸い付いてみた。赤ん坊のようなおこないについ笑ってしまい、歯がかすったようだ。イルカのひそやかな声が聞こえる。ふと目をあげれば、赤い顔をした口元を引き締め、必死で声を殺そうとしている。
「無理しないでさ、声、だせば? 気持ちいいんでしょ?」
 イルカは勢いよく首を振る。
 意地っ張りだなと思いつつ、無理強いはしないことにした。きまじめな男だから、無理に相手をさせた時のカカシの言動を気にしているのだろう。
 カカシはイルカをおさえていた手を片方上げると、肩の盛り上がりから腕をなでさすって、イルカの形を感じてみた。つるりとする部分、傷跡でつかえる部分、柔らかめの体毛。確かめる。嫌悪がわかないか、汚いものではないのか、確かめる。
「はたけ、上忍、もう、いいかげん・・・・」
 息のあがったイルカの声が耳に悪くない。イルカのぼんやりとした表情と、赤く尖った乳首に腹の奥のほうからせり上げってくる焦燥に似たものがある。
 思わず身を乗り出すと、イルカの股の間に膝があたる。
「やっ、め・・・・・ん」
 下を向けば、イルカの下肢は欲望を表していた。
 カカシはごくりと唾を飲み込んだ。
 片手でイルカの体を抱き込むと、もう片方の手はおもむろにイルカのズボンの中につっこんだ。
 イルカは喉の奥から声にならない悲鳴をあげる。
「はたけ上忍! 汚い! やめてください」
 イルカの手が伸びる。だが、自由になる右手をまわせば、包帯が巻かれたままの負傷したカカシの肩に触れてしまう。イルカは躊躇した。かわりに右手はカカシの顔にのびる。押しのけようとする。邪魔されたくなくて、かぶりつくように口をふさいだ。
「!」
 深い口づけなど、誰ともしたことがない。ただがむしゃらに舌を差し入れた。強ばったイルカに咬まれる。そこで引かずに口腔内を蹂躙する。
 下肢を直に掴んだ手はすでにぬめりがあったため、なんなく上下に擦ることができる。イルカは身をよじり、堪えきらずにカカシの肩をわし掴む。だがカカシが身を竦ませると、火傷したように手を引っ込める。その手は行き場をなくし、シーツの上で固く握りしめられた。
 カカシはイルカの口をさまざまな角度から貪りながら、下肢を丹念に擦ったり揉み込んだりひっかいたりした。イルカはカカシに口を塞がれたまま、びくりびくりとその度に体を震わせる。
「ん・・・・は・・・ぁ・・・」
 カカシの口がたまに離れると、忘我のままイルカは艶めいた呼吸をつく。互いの混ざり合った唾液がだらしなく口から落ちている。
 カカシの下肢もいつになく熱くなりつつも冷静な頭の片隅ではイルカの匂いをさがす。それはもしかすると下肢から匂い立つものなのかもしれないと思うと、イルカの性器であそぶ手に勢いが増す。水っぽい音が耳に明らかに飛び込んでくる。
「ぅ・・・・ん・・・や、め・・・」
 拒絶をしながらも、イルカの腰はゆらりと動く。カカシの手の中で震えるものにどうしてか体中が痺れるような興奮を感じる。ふと見れば、カカシ自身も興奮していた。
「イル・・・カ!」
 カカシが堪えきれずにすがるように名を呼ぶと、イルカはとうとう身を震わせた。
 カカシとイルカが放つのは同時だった。





 吐精したイルカはカカシの右肩に顔を載せて荒い息をついている。カカシも脳髄が痺れるような快楽に頭がぼんやりとしていた。挿れたわけでもないのに、イルカのものをいじっていただけで興奮した。
 イルカが放ったものはカカシの手の平ではおさまらずに下着を濡らした。手を取り出したカカシは、白濁の液を呆然として眺める。直に手のひらに精を受け止めたのは初めてだ。自分のものでも布越しなのに。
 顔を近づけてみた。自分も持っているもので、匂いなんて変わるわけがない。けれどこれはイルカのものだ。そう思うと勝手に手が動き顔に近づける。舌で舐めとろうとした。
「やめてください」
 だが、イルカの固い声に阻まれた。赤い顔で口もとも濡らしたまま、黒い目はつらそうに細められていた。口元を無造作に袖口で拭いカカシの手を掴むと、自分のズボンに拭い付けてしまう。しつように、指の一本一本までも強い力でこすりとる。
 カカシから離れると、脱がされた服をきちんと着てしまった。バケツに落ちていたタオルをしぼりカカシの手を拭く。指が赤くなるくらいに拭き取り、もう一度しぼると口元もきれいにしていく。痛いくらいの力だが、カカシはその間惚けたようにされるがままになっていた。
 カカシに頭を下げたイルカは目を合わさずに出て行こうとした。
「イルカ・・・」
 カカシが思わず声をかけるとイルカは立ち止まる。振り向いてはくれない。真っ直ぐに伸びた背中に拒絶を感じた。
「イルカは、汚くないのかな・・・」
「いいえ」
 背中を向けたまま、イルカは答えた。
「俺は、汚い人間だと思います」

 

 

  
 
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