5.


 



 カカシが呻いて欲を放った時にはイルカはすでに気絶していた。
 紙のように白い顔はまるで死人のようだ。
 イルカの中から自身を抜くと、ゴムには血がついていた。紐で堰き止めたイルカの欲は吐精せずにそのまま力を失っていた。
 白い顔。乱れた髪。固定された手からは血。
 これは強姦だな、と考えて、カカシは舌打ちする。
 こんなことをしてしまったのは初めてだ。
 いくさ場で閨の相手にはいつも優しくしてやっていた。いくさが終わる頃にはいつもカカシの相手を務めた者は最後にはカカシに心底惚れるくらいだったのに。
 衛生に気を遣ってやったり体に気を遣ってやったり、普通考えられないことをしてやっているから当然だろう。しかもカカシは見た目がいい。たとえタイプではなくてもまあいいかと思える、美貌といってもいいものを持っていたから。
 なのに。
 このイルカという名の中忍は、衛生に気を遣っていると言う表面上の言葉からカカシの真意を読み取った。
 処理の相手など人だなんて思っちゃいない。ていのいい道具だ。道具は綺麗に丁寧に使わなければならない。それだけのこと。だがそれでいいと思う。皆それを受け入れてきたというのに、イルカは、拒んだ。徹底的に拒んで、実際そのさまがカカシの心に欲をおこさせ、らしくなく、無理に突っ込んでしまった。
 カカシは溜息をついた。
 さすがにやりすぎたと思う。そんな反省の気持ちが少しあったから、イルカの体を整えて、怪我の手当をしてやった。だがもちろん手甲をつけたままだ。体に直に触るのは耐えられない。気持ち悪いから。
 緩い貫頭衣のようなものを着せてやって、ベッドに寝かせてやる。少しは落ち着いたのか、イルカの呼気は穏やかなものになっていた。
 ベッドの脇でカカシはそのまま床にごろりと横になった。
 ひどい抱き方をしてしまったが、正直、気持ちがよかった。今まで抱いたどの人間より、その中にはそれを生業にしている者もいたのに、イルカが気持ちよかった。熱い内壁はカカシをしめつけて持って行こうと蠢いた。かといって慣れているわけではなく、今まで男は一人しか相手をしていないというのに嘘はないだろう。
 腰を突き上げながら、らしくもなく体が上気するのがわかった。イルカは焦点を失った目でなんとか酸素だけは取り込もうと口を震わせ、その喘ぎにも似たさまがまたカカシを煽った。
 時間を忘れて手前勝手に楽しんだあと、後少しでイキそうだった時、イルカの口が不意に名を紡いだ。
 カカシさん、と。聞き間違いかと思ってカカシが耳を近づけると、助けて、とも口にした。
 自らを苛んでいる相手に対して、懇願ともとれる響きを持って、その声はカカシに届いた。





「カカシ、あの小僧に手荒なことしたみたいだな。らしくねえぞ」
 岩の国の者との小競り合いの最中だ。背中を合わせた時に暗部の仲間がいきなり口にした。
「別に、手荒なことなんてする気ないけどさ〜、素直じゃないんだよあいつ」
 急所をはずして峰打ちで気絶させる。後ろの大柄な仲間も痺れ薬を塗ったクナイで敵を眠らせた。
「あ〜あ。ほんっとに面倒なことになったね〜」
 カカシは間延びした声をあげて散らばった数人の敵をひとつに集めた。
 岩の国と終戦の合意はとうに得ていた。ただ、この隊を率いている隊長が独断でもって戦いを進めていた。隊の小者たちは術によって惑わされているだけだから、殺してくれるなと達しがでていた。
「もうさ〜、やむにやまれず抵抗激しくて殺しましたって駄目?」
「そりゃあ明らかに嘘だってばれるだろうな」
 犬の面の奥からくぐもった笑い声がする。集めた者たちに特殊な印を結んで、岩の国の者達が迎えに来た時の合図とする。そこまでやり終えてカカシはやっと息をついて面を斜めにあげた。
「こーゆーのが一番ストレスたまるんだよね。で、ついつい俺も、素直じゃないこにはおいたをしちゃうわけ」
 カカシはイタズラめいた笑みをみせるが、犬面の男は腕を組んで意味ありげにカカシのほうに顔をむけた。
「らしくねえじゃねえか。閨の相手には優しくするってのがお前の信条じゃなかったか? 今朝あの小僧見たら手首んとこ怪我してるわ真っ青だわでびっくりしたぜ」
「あれはちょっと不測の事態ってやつ。だってさ、衛生に気をつけてやってきれられたことって初めてだよ。自分だけが楽しむのも悪いから、手前勝手なセックスだってしないようによくしてやろうってのに、思いっきり拒否してくれちゃってわっかんね〜やつ〜」
「前々から思っていたがいくさ場でそこまで衛生が気になるならセックスなぞするな」
「あんたみたいに枯れてるおじさんと一緒にしないでよ。俺まだ二十歳なんだよ? やりたいお年頃です。やりたいけど、病気とかはごめんだから、衛生に気を配る。これもっともじゃないの〜?」
「・・・潔癖症なのか?」
「まさか。そうだったらセックスなんてできないでしょ。そうじゃなくてさ、簡単なことなんだけど、俺ガキの頃からいくさ場をまわっていたから、性病でひどいことになっちゃった忍も沢山見たわけ。敵方につかまってその手の拷問とか受けちゃったらマジ最悪。変な薬とか使われてさ」
 カカシは思い出したのかぶるりと身震いする。
「最後は人の形をしていなかったような死体とか見てしまった幼い俺は心に深あく傷を受けたのよ。で、健気に決意するわけ。まずは自分が強くなることと、その手の相手はきれいに扱わないとってね」
 カカシの確かにもっともと言える言い分にしかし犬面の男は溜息で返した。
「俺は、お前の扱いに反抗した小僧のほうが好きだな。人間らしいじゃねえか」
「は? なにそれ。馬鹿なだけじゃん」
「そうだな。馬鹿だな。馬鹿だから、モノのように扱われることに我慢できなかったのかもな」
「それならいきなり突っ込んでやるほうがいいってわけ?」
「あるいはな。そのほうが本当にせっぱ詰まってますって感じはする。やられるほうも仕方ねえって納得できるだろ。カカシよ、お前は別にしてもしなくてもいいが何となく解消してるって程度じゃねえか? その程度のもんならてめえでやるか我慢してろ」
「なんだよ、やけに絡むね。いつもは気にもとめてないのに。あいつのことあんたも気にいっちゃったわけ?」
 カカシが鼻白むと男は小さく笑った。
「そうじゃない。だが知らない奴でもないからな。とっくに亡くなったが、友人だった男のガキが苦しんでいるのをみすみす見逃すほど俺は薄情じゃないだけだ」
 カカシは意外そうに目を見開いた。
「あいつはうみのイルカってんだ。まだはな垂れだった頃に会っただけだが、変わってないからすぐにわかった」
 男からは今までに聞いたことがない優しい声音だった。以前なんとなしに聞いた男の身の上話では、九尾の事件で一族郎党と、多くの仲間を失ったと言っていた。ではおそらくあの中忍、イルカの父親も九尾との闘いで亡くなっているのだろう。
「まあそういうわけだ。あまり手荒なことをすると黙って見ちゃいねえからな」
 なにげない口調。だが男からは本気である意志は充分に感じられた。
「だからさ、俺は手荒になんて扱いたくないわけ。あいつが・・・・・」
 カカシは突然黙り込む。うっかり忘れていたが疑問に思ったことがあった。
「どうした?」
「いや。あのさ〜、俺ってさ、里にずっといたキャリアの浅い中忍くんにも名が知れてるほど有名?」
 カカシの不意の問いかけに男は首をひねる。
「写輪眼だからか? いや、そうだとしても里に常駐している若い奴らにまで名は広まってはいないだろう」
 男は律儀に答えてくれた。カカシはその答えに至極納得する。
「だよね〜。じゃあなんであいつ・・・、俺のこと・・・」





「うっわ。そこまで露骨に嫌な顔する?」
 夕方、小競り合いの場から谷に戻ると、イルカを探した。皆いっときの休息をとっているらしく、てんでに散らばっていた。昨晩のカカシの不穏なチャクラを身に染みさせてしまった中忍たちはイルカの場所を素直にはいた。
 イルカは大人が充分隠れることができる大きな岩場の影で、熱心に巻物をひもといていた。
「具合どう?」
 カカシが音もなく目の前に立てば、顔を上げたイルカは一瞬目を見開き、睨み付けてきた。昨日カカシがなぞったために、鼻の上の傷は赤く艶めいて見えた。よく見れば顔の作り自体は整っている。
 確かに、力強くいい目をしているかも、とカカシは内心思った。
「昨日は手荒なことしちゃってごめんね。俺ちょっと機嫌悪かったからさ」
 カカシは顔の前で片方の手のひらをたてるがイルカは血の気の薄い顔を紅潮させて怒気を膨らませる。だがそれを言葉にする前に再び巻物に視線を戻してしまった。
「なになに・・・、土遁の応用術? うーんと、これはねえ、相手がいたほうがわかりやすいよ。俺が教えてあげようか?」
 なんとなく機嫌をとるような気持ちで身を屈めれば、イルカは弾かれたように顔をあげた。面に隠れるカカシの顔を凝視し、何か言いたそうに瞳の光が揺れるのに、やはり言葉はでずに、拒絶の言葉を口にして俯いた。
 頑ななイルカにカカシはさすがにむっとなる。はっきり言っていい度胸だ。昨晩のことで、カカシの容赦のなさは身に染みているはずなのに、屈しない。それなりに反省していたカカシだが、馬鹿らしくなって巻物を踏みつけようとした。
「やめてください」
 ぴたりとカカシの足は止まる。イルカが感情のない声で巻物をかばったからだ。そしてカカシが何か聞くより先に言葉を続けていた。
「もうこれ以上俺に構わないで下さい」
 巻物を胸に抱えて、イルカは静かに告げた。そこに懇願の響きはなくあくまでもカカシに対して屈しない心が見える。
 カカシはなんとなく胸の奥がもやつく気がした。
 きっとこの中忍はどんな相手に対しても、納得のいかないことには頷かないのだろう。そこに自らの命を忖度する気持ちはなく、真っ直ぐすぎる心根で立ち向かう。
 カカシは脱力した。その気持ちのままにイルカの前にしゃがみこんだ。

 

 

  
 
NOVEL TOP