少年上忍中年中忍 I





 エロ子供上忍をたたきだしてから、3週間。驚くべきことに、カカシはあれから一度も姿を見せない。特に長い任務に出ているわけではないのだから驚異と言える。
 それはそれで本当に願ったりかなったりでイルカにはひとときの平和が戻ってきたのだが、カカシに対してさっさと言っておきたいことがあったから、廊下ですれ違ったアスマにカカシの行方を尋ねてみた。
「ああ〜カカシかあ〜」
 ふうと面倒くさそうに息をついたアスマはタバコの煙りをぷかりと吹かす。校内は禁煙のはずだがアスマの喫煙姿はさまになっていて、無粋に注意する気もおきなかった。
「カカシになにか言ったか?」
 いきなり聞かれても困る。何か言っているかと言えばそれは言っている。小言めいたことなどしょっちゅうだ。
「俺が言ったことで、何かあったんですか」
「てことはやっぱっり言ったのかよ」
 めんどくせえとアスマがいつもの決めぜりふを言う。なにごとかとイルカは慌てて付け足した。
「いえ、特別何か言ったってことはないんですが、いつも口をすっぱくしていろんなこと言ってるって意味です」
「なんだよ。じゃあ別にカカシの奴をたきつけたわけじゃあねんだな」
「たきつける?」
 アスマは物騒なことをさらりと言った。
「カカシ先生、何かしでかしたんですか」
 さすがにイルカが神妙に問いかければ、アスマは無言であごをしゃくった。歩き出したアスマの後を追う。
「アスマさん、最近カカシ先生めっきり姿見せないんですけど何か関係あることですか」
「おおありだ」
 上忍控え室まで連れて行かれ、まあ座れと言われる。素直に座ればアスマは無料で飲めるサーバーから茶をくんでイルカの前に置いた。
「2週間ばかりはちっせえ任務をまめにこなしていたぜ。上忍師もやりながらな」
「はあ、偉いですね」
 タフだ。そのあたりは素直に偉いと思う。
「問題はここ最近のことだ」
 アスマにちろ、と見られて、イルカの背筋は伸びる。
「上忍、中忍、下忍と自治組織があるのは知ってるな」
「それはもちろん。俺、役員やったことありますから」
「それなら話は早い。今ちょうど上忍クラスの自治会の委員会が開かれてるんだがな。そこでカカシのヤロー提案したんだよ」
 は〜とそこでアスマはまたため息を落とす。
「任務における中忍下忍の権利を阻害しないってことを法令化するって案をな」
 しかめつらのアスマをよそにイルカにはイマイチすぐに意味が飲み込めない。
「あの、簡単に言いますとそれは」
「簡単にいやあシモの管理をきちんと自分でしろってこった。上忍の権利を笠に着て中忍下忍に奉仕させるなってことだよ」
 ずばり言われて、イルカは目を見開いた。



「は〜い。では次の発言者はっと、はたけカカシくん。どうぞー」
 一言で言ってだるだるな空気の中、カカシは立ち上がる。
 ロの字型に並べられた長テーブルに腰掛けるのは12名の上忍。皆が思い思いに、隣の者と話をしたり、長い爪を手入れしたり、本を読んだりと、やる気のないことこの上ない。元々名目上の自治会なのだ。それぞれの階級内で行われる懇親会などの連絡、申し送り事項、今年度の役員の顔合わせをして終わり。そしまた1年後に顔を合わせる。その程度のことなのに、今年は違った。役員でもないカカシが提案があると名乗り出て、議会のようなことを開くことになったのだ。
 司会の人間に促されて立ち上がったカカシは緊張しているようで、わざとらしい咳払いをする。
「え〜と、先日提出しておいた件です。任務中、特に長期任務中ですが、一部の上忍が、中忍、下忍に伽というものを命令でさせています。これは悪い習慣が慣例化してしまったものです。もっときちんとした罰則をもうけるべきだと思います。この場で決を採って、火影さまに申し出たいと思うのですが」
「異議あ〜り」
 真っ先に手を挙げたのは司会をしている上忍だった。眼鏡をかけたインテリめいた雰囲気の上忍。受付所で何度か見たことがある。
「え、どうしてですか、サキさん」
「どうしたもこうしたも、法令化しても意味ないから」
「そんなことないです。意味はあります」
 カカシはムキになるが、サキという名の上忍と、他の上忍たちは合わせたように失笑した。
「あのねえ、カカシ。確かに伽はどうしても逆らえずに無理矢理ってことも全くないとは言えない。けど本気で嫌なら断ってもいいし、助けを求めてもいい。それくらいの判断はいっぱしの忍なら自分でやれってことだ。それを」
「でも力づくでこられたら逆らえない。俺だってガキの頃危ない目に遭いそうになったことがあった」
「でもお前はちゃんとそんな目に遭わずに回避できたんだろ」
「それは、助けてくれた人もいたから」
「だからそういうことだ」
 サキ上忍は椅子から立ち上がる。それを合図に他の上忍たちもがたがたと立ち上がりさっさと部屋を出て行く。
「いいかカカシ。この手のことはなあなあが一番いいんだよ。お前はまだおこちゃまだからわかんねえのかもしんないけど、いくさ場でその手のことが必要だってこともある。案外中忍や下忍も一筋縄じゃいかねえから上忍や力のある忍とのつながり作って喜んでるってこともあるからな」
「でもっ、そのせいで、傷ついている人もいる」
 カカシが納得せずに声を荒げると、サキ上忍はしばしカカシを見た。そしてにやりと笑う。
「それはお前が熱を上げているおっさん中忍のことか?」
 ぶち、っとイルカは咄嗟にスイッチを切っていた。
 これ以上見ていたら今度受付所でサキ上忍に会った時にボロを出してしまうこと間違いない。
「ま、こういうわけだ」
 アスマはソファの上からずり落ちそうに座っている。イルカはその横でリモコンのスイッチを握ったまま肩を落とした。
 自治会の会議は一応記録として残されるため、定点カメラで撮影されている。先日の会議とやらの様子をアスマが上忍の権限で見せてくれたのだ。
「サキの言っていたことはビンゴか?」
 ぼそりと聞かれて、イルカは思い切りアスマのことを振り向く。
「いやあ〜そんなことないですよ〜。俺みたいなのがそんな目に遭うわけないじゃないですかあ」
 笑って誤魔化したいのだが、いまいちうまく笑えない。
 アスマは別に事実を確認したいわけではないようだ。ずり落ちていた体を起こすとタバコを灰皿に押しつけた。
「カカシの言うことは正論だ。けど、ありゃあダメだな。あの案は通るわけがねえ。たとえ上忍がその案を通しても下のほうで反対意見がでるかもしれねえしな」
「そうですね。俺もそう思います」
 そうなのだ。イルカも知人友人から聞いたことがある。長期任務ではよくあること。逆にそのことで近づくことができた上忍からたくさんのことを学べて、得をすることも多くあるのだと。実際無理矢理の伽はほとんどないと聞く。合意の元で行われていることがほとんどだと。もしも問題が起きたら暗黙の了解で仲裁するべき人間に話をもっていくと。
「バカですね、カカシ先生」
「だな。あいつはガキだからそのあたりのさじ加減がわかんねえんだよ」
「ええ。でも、いいなって思います」
 小さな声で心情を吐露してアスマに笑いかければ、アスマも口の端をにやりとさせて頷いてくれた。



 イルカが過去のいくさでの経験を語ったことがカカシを突き動かしたのだろう。
 任務の合間にせっせと草の根の活動とばかりにカカシは上忍たちにこの案件を通そうと活動しているという。それこそ、寝る間も惜しんで。ちょうど自治会の議会が開かれているこの時期のほうが法令化しやすいからだ。
「ばっかじゃねーの……」
 卓袱台にだらりと体を伸ばす。
 お笑い番組を見ているがあまり頭に入ってこない。大好きな二人組のギャグにも笑えない。
 テレビの上の瓶に目がいってしまう。そこに挿してあった一輪の花。とうに枯れてしまっていることに今気づいた。
 いつだったかカカシが持ってきた花だ。イルカの家に押しかける途中で目にとまったというなんてことのない野の花。黄色だったか赤だったか桃色だったか、色もきちんと思い出せない。カカシが勝手に適当な瓶を洗って飾っていた。どうしてかカカシはとても嬉しそうに、笑っていた。
「ホント、ばかだよな」
 ごろりと畳に横になって、天井を睨み付ける。そこに浮かんだ無邪気な顔のカカシにイルカは観念して目を閉じた。









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