刻印 5




 イルカの両親は狩る者だったということか。
 イルカも親とともにそのまねごとのようなことをしていたのだろう。
 カカシが宣言したことの意味がわからないのだろうが、空気の不穏さに怯えるイルカの細い顎を掴んで、囁いた。
「セックスして力を失うなら、イルカの両親はどうなの? 見えなくなったの? 違うだろ? イルカが生まれたあともずっと狩る者だったんだ」
「……」
「だろ? 別にどうってことない。でも、俺としたらどうなるかは、それは、わからないよ。俺は、こっちの者じゃないから……」
 とろけるように優しく、いやらしく笑った。
 体の底が打ち震える。巡り会った獲物が愛しくてたまらない。カカシの膨れあがったところはたらたらと先走りを垂らし始めていた。
 何をされるのかわかっていないイルカの服をむしりとって両手を拘束する。体をひっくり返すと岩場の突き出たところにチャクラで腕をくくりつける。イルカは座り込んだままカカシに背を向ける格好となった。
「やだっ! やめろっ!」
 下肢も剥いてあっという間にイルカを裸にした。闇に浮き上がる貧相な白い裸体にカカシは舌なめずりする。イルカの体はところどころそれとわかる傷があり、眷族たちからの手に随分と耐えてきたのだろう。突き動かされるように背後からイルカに覆い被さった。
「俺、ずっと、ずっとイルカのことを探していたんだ。イルカのことだけを、ずっと……」
 愛しさが破裂しそうに体中を駆けめぐる。イルカの下肢をまさぐって縮こまったままのものを手の中に収めて動かした。
「や、だ……。やだ、よ……っ」
 涙声になるイルカの中心は何の反応も返さない。もどかしくてカカシは無理な体勢からイルカの片足を持ち上げて大きく足を広げて押さえつけたまま中心を口に含んだ。
 イルカが声にならない悲鳴を上げた。
 カカシの口の中に余裕で収まってしまう可愛らしいものを愛撫する。逸る気持ちのまま、的確に快楽に結びつけようと、余裕なく追いつめる。そのうちにイルカからは甘い蜜が溢れてきて、カカシは夢中で吸った。いつの間にかイルカが弾けさせたことも気づかずにしゃぶり続けた。
「い、や、だ……。やだ、やだ」
 すすり泣くイルカの声にカカシは顔を上げた。口元からは白い液を滴らせたままイルカをのぞき込んだ。イルカのぐしゃぐしゃに泣き濡れた顔。けれどやはり瞳は爛々と燃えてその奥底に捕らえられてカカシの体の中が一気に熱を持つ。
 もうすぐ。手前まで来ている。時。
 痛み出す頭を持て余し、カカシはイルカの奥に顔を埋めて、長く伸びた牙をつぷりと刺した。
「ひっ。い、た……っ」
 とろりと血が流れる。それを舐めて、そのまま舌を差し込んでぐちゃぐちゃに混ぜた。
 もうイルカの抵抗はなく、ひたすらに嗚咽を漏らすのみだ。
 体中の爆発しそうな熱に耐えかねたカカシは余裕なくイルカの奥に怒張をねじこんだ。
「!!」
 はねるイルカの体。
 入り込んだ部分から熱い本流が流れてくる。
「あ……ああああっ!」
 叫んだカカシはたとえようのない快楽とない交ぜになった傷みも感じていた。体の細胞が壊れ、暴れて配置を換えて、また構築される。脳裏では光がスパークして、はじけ飛ぶ。聞こえる音は近づいては遠のき、体中でどくりどくりと脈打つ。
 歯を食いしばったカカシは傷みに耐える為に腰の律動を開始した。
「や、だっ。やめてぇ!」
 拒絶するイルカの声でさえ耳に心地よく響く。ぐちゅりぐちゅりと動かすたびに底知れぬ快楽がはい上がる。痺れるような感覚にカカシの口の端からたらりと唾液が零れる。ふっと目を開ければイルカが絶望に歪めた顔でカカシを見ていた。腰を動かしながらイルカに倒れ込み、耳をかじる。掠れた声でイルカの脳を犯す。
「気持ち、いい……。イルカの体、すごく、イイ……」
 下肢からたちのぼる血と精液の匂いが濃くなってくる。尖った爪がイルカの胸やら腹にうすく傷をつける。萎えたままのイルカの性器を握りこんでカカシは達った。
 放出に震えた体。その瞬間天まで登り詰めそうな浮き上がりそうなものに目をつむる。イルカからずるりと引き抜くと、カカシはぼこぼこと音をたてはじめる体を抱えてうずくまった。
「かっ……はっ……」
 かちりとパズルははまった。あるべき場所に収まったものが動き出す。憔悴したイルカの顔が見える。
 その顔が、カカシの変化に伴い見る見る強ばり、あの瞳が零れそうなほどに見開かれた。
 銀の髪が腰まで伸びた。側頭部からは頭皮を突き破って角が生える。背からはめりめりと生えてくるのは皮膜の翼。腕はきらめくさざなみのような鱗に覆われてかぎ爪の手は長く指を伸ばす。すねは鋼のような鋭さでまるで鳥の蹴爪のように膝から裂け、足の指は三つになり岩をも削るほどの鋭さを持つ。
 牙が長く伸びた口で、カカシは笑った。
 熱い息を吐きながら、歓喜に笑った。





□ □ □ □




「!」
 跳ね起きたイルカは全身に冷えた汗をかいていた。幼い頃の悪夢が脳裏にとどまっている。今の状況が掴めずにぐるりと振り返れば、ベッドの柵に大きく腕を広げてもたれる男と目があった。
 遮光カーテンの向こうからかすかに届く光に銀の髪は輝く。気怠げに細められた色違いの美しい目。白い肌は滑らかで、彫刻のようき鍛えられた体からは匂い立つような色気があった。
 男は赤い唇を優しげに吊り上げた。
「おはよう、イルカ先生」
 返事もできずにイルカは男をぼんやりと見ていた。そこに苦笑しながら伸ばされてくる男の長い指先。イルカの頬をするりと撫でて、そのまま引き寄せられて胸に閉じこめられた。
「ごめんね、ひどくして。体、辛くない?」
 優しい声だ。いたわりに満ちている。男の鍛え抜かれた固い胸に安堵を覚える。はあと溜息をつけば男は喉の奥で笑う。
「くすぐったいよイルカ先生」
 ちゅっと音がして髪に口づけられた。顔を上げれば、間近で見下ろす男の目と目があう。
 不意に襲う違和感。違う、この目は、こんなものじゃなかった。
 瞳孔が縦に……。
 頭からは、角が……。
 背には、人にはあり得ないものが……。
「! カカシ、先生っ」
 イルカは弾かれたように身を引いた。広いベッドの上、ぎりぎりまで距離をとる。自らの体の様子に、昨晩のことを思い出す。イルカは後悔に歯がみした。
 また、カカシの元に来てしまった。
「すみませんでした。俺、また、こんなこと」
「何を気にするの? イルカ先生は俺に犯されたんだから。謝るのは俺のほうでしょ」
 ね、と首を傾げたカカシは穏やかで、イルカは昨晩激しく求められたことがまるで嘘のような錯覚さえ覚える。
「シャワー、借ります」
 ふらふらとおぼつかない足取りで風呂場に行く。コックをひねって水を浴びた。一瞬からだが震えるが、冷気が心を冷ましてくれる。
 これで何回目だ。恐怖に負けてカカシの元を訪れてしまうのは。
 またしばらく、やつらの気配を色濃く感じることもなく過ごせるだろう。だが、だんだんとそのサイクルが短くなってきた気がする。
 カカシに抱かれてしまえば、あちら側に飛びこんでしまえば楽になれることはわかっている。わかっているが、自らの出自を過去だと素直に認めることができない。それを素直に認めるにはイルカにとって幼い頃の記憶は生々しすぎた。
 寒さゆえか、いつか訪れるかもしれない時を思ってか、イルカの体は震える。抱きしめた己の体を後ろからゆるく包み込まれた。
「イルカ先生、風邪ひいちゃうよ」
 後ろから手を伸ばして、カカシは水から湯へと調節して、ぐっとイルカの体を抱きしめる。すぐにもやに煙る視界。人ではないはずのものから与えられるぬくもりにイルカは泣きたくなる。
「カカシ先生、俺、俺は、どうしたら、いいんですか」
「イルカ先生のしたいように、すればいい」
「それがっ、それが、わからないんです。俺は、どうしたいんです? カカシ先生にはわかるんですか!?」
「わかるよ。そんなのわかりきってる」
 カカシがイルカの肩に顔を伏せて、くぐもった声を漏らす。
 とくんとくんと穏やかに脈打つ鼓動。これが本当にあちら側のものであることが、実体を知っていても信じられないことだった。
 胸にあったカカシの手をそっと下肢に導く。緩く反応していたそこをカカシに握らせる。そしてたくましい胸に体を預けて、吐息で合図する。
 カカシの手はためらうことはなかった。もう片方の手も後ろから拘束するように下肢におろし、根元をゆるゆると弄りながらもう片方を竿に滑らせる。
「ん……は、ぁ」
 鼻から漏れる声は風呂場で反響して届く。それが自らの耳に返ることでイルカの興奮はいやます。カカシの手の中でたちあがった己は歓喜の涙をこぼしだす。カカシに開かれてカカシしか知らない体はとっくに愛されることを望んでいる。
 かぎ爪も、鱗の腕も、どんな形態のカカシでも愛しさに眩暈を覚える。
「好きだよ、イルカ。あんただけだ」
 耳元に届くカカシの息も興奮に熱くなっていた。
 肩に牙をたてられてイルカの奥がきゅうと締まる。カカシの欲を背後に感じながらイルカはたまらず首を振る。カカシの二の腕に爪をたてる。
「あ、ふ……」
 たいした時間もかけずに飛び散った欲望をカカシの大きな手の平が受け止めた。息を乱したままのイルカの顎を濡れた手でつかむと、後ろから口づけを与えてくれた。
「愛してるから」
 この声に応えることが出来たならどんなにか……。







「またいつでもおいで」
 天高き場所から注がれる陽差し。そのまぶしさに手をかざして、イルカは振り返った。
 カカシは上半身裸のまま玄関のドアにもたれていた。世界は光満ちる時間になったのに、カカシの背後には闇がある。
「カカシ先生には、闇が、似合いますね」
 ぼんやりと率直なことを述べれば、カカシはらしくもなく声をたてて笑った。
「なに言ってるの。イルカ先生にこそ」
 おそろしく美しい男が、笑う。
「イルカ先生にこそ、闇は、ひれ伏しているよ……」
 その時――。
 ぞろりと……。
 カカシの背後がその声に呼応するように蠢いた。