刻印 3




 くぐもった呼気と、肉を打つ固い音が断続的に聞こえていた。
 背中から覆い被さってイルカを犯していたカカシは首筋をねろおっと舐め上げて体勢を起こした。ふっとカカシは熱い吐息をこぼす。汗に濡れた髪をかきあげて赤く腫れた結合部に口の端をあげる。イルカの尻の両の肉を掴んで浅い位置で動かしたり深くグラインドさせたりとリズムを変えて再び翻弄する。
 過ぎる快楽が辛いのか、布を押し込められて声を思うように出すこともかなわないイルカがいやいやをするように首を振っている。カカシは片方の手を立ちあがったイルカの局所に持って行き、腰の動きと合わせて激しく擦いた。
「!」
 イルカの根本は放出を妨げるため縛られている。それでも先端からは堪えきれない液がしたたり落ちていた。
 冷気さえ漂っていた寝室が今は二人の熱で溶けそうだった。
「どうしたの、イルカ先生。こぼしているよ? 気持ちよくなったら駄目じゃない」
 再びイルカの背に覆い被さったカカシは耳元を舐めながら荒い息でわざとイルカを侮蔑するように囁く。イルカは鼻から苦しい息を吐きながら、振り向いた。
 カカシのことを射抜く目には、久しぶりの色があった。
「ちょっ……と」
 カカシはもってかれそうになる気を逸らす。イルカの目はカカシのことを責めている。険を含んでいるというのに、カカシにとってはたまらない色だった。
「イルカ先生、その目で、見ないでよ」
 イルカの目元をそっと手のひらで覆った。そしてそのまま終点に向かって激しくうがった。空いている手でイルカの根本を押さえる紐をはずせば、イルカは背をのけぞらせた。
「!!」
 ほどなくして、イルカは思い切りよく何度目かの白濁した液を噴出させ、後ろではカカシのことをきゅうと締め付けていた。
「はっ…あ――、……」
 カカシは思わず呻いていた。
 目を細め唇を噛みしめて一滴残らずイルカに注ぎ込む。
 イルカの両腕は固く縛られてベッドの柱に繋がれ、口には猿ぐつわ。尻を高く突き出す格好でカカシを受け入れていたが、激しい情交にとうとう意識を飛ばしたのか力なくベッドに沈んだ。
「……イルカ?」
 過ぎる快楽に何度か落ちそうになったイルカの頬を叩いて無理矢理な情交に付き合わせいていたカカシだが、イルカが本当に気絶したことがわかると、ほっと息をついていた。
 己をイルカの中から引き抜いて、イルカを拘束しているものすべてはずしてやる。
 意識を失いつつも足りない空気を取り込もうとイルカは大きく喘ぐように呼吸を繰り返していた。しばし呼吸をせわしなく繰り返した後、イルカは体を弛緩させてカカシの腕の中で死んだようにぐったりと沈んだ。
 額に張り付いた髪に触れて、カカシは痛ましげに目を細めた。
「バカだね、ほんと……」
 枕元にあったペットボトルの水を含んで睡眠薬を与えた。これで朝まで起きないだろう。ソファの上に運んでから温かなタオルで体を清めてやる。行為の最中、イルカの体中に所有の印を散らせた。強く吸い付いた跡、噛みついた跡、イルカはとうに自分のものではあるが、それでも目に見える印を与えて、それを見ることでイルカに自覚させたい。体の奥に放ったものはイルカの中で溶かされて、イルカを守るだろう。
 シーツを取り替えて、部屋のライトをしぼりこんだ。
 落ちてきた闇に、途端部屋の片隅でうごめくもの。何かが這うような音。かそけき音と、ぬちゃぬちゃと粘つく音。それらはソファの上のイルカを目指す。もやと表現するには量的な粘つく闇がイルカの足に伸びてくる。それを威圧したのはカカシだった。
「触るんじゃないよ。これは俺のものだ」
 ギギイと音をたてて、気配はざざっと引く。カカシはイルカを抱え上げるとベッドに横たえた。
 タオルケットを腰のあたりまでかけてやり、ほっと息をついて体中の力を抜けば、カカシの両目の瞳孔は縦に裂けた。背からは皮膜でできた羽が生えて、イルカごと覆うようにベッドを囲むように広がった。ばさりと長く落ちた銀の髪。側頭部からはねじれた二本の赤黒い角がめりめりと伸びてくる。銀色のうろこに覆われた手は長く伸びた爪でイルカを傷つけないようにそっと柔らかな手つきで触れる。牙をしまって額に口づけた。
 頬を撫でてもぴくりともしない。今のイルカは安らかだ。
「犯してください」とイルカが口にすることはわかっていた。いい加減、と思うのに、まだイルカはこちら側にいることを選ぶ。とどまるのだ。
 カカシは容赦なくイルカのことを縛り上げて、まずはカカシの欲に奉仕させて顔にぶちまけてやった。そして皓々としたベッドの上で乱暴に組み敷いて、イルカが嫌がるからわざとしゃぶって口の中に出させて、泣いてすがるまでそれを続けた。イルカ自身にねだらせて、獣の姿勢で何回も貫いた。イルカの心が悲鳴を上げているのはわかっていた。だから執拗に犯した。そうしてやらないと、イルカは救われないから。
 物思いに耽っていれば、いつの間にか二人を囲むようにして闇よりなお濃いものたちがびっしりと存在していた。
 無限の暗黒がひとつに意思をもって昏く淀んだ歓喜の目でイルカを見ている。イルカが欲しいと、渇望している。
「……懲りもせずに」
 カカシは舌打ちして、イルカを抱きよせ、その手に力を込めた。
「ねえイルカ、俺は、あんたを抱きたいんだよ……」
 ささやきは届かない。今更だが、出会ったあの時に抱いていればよかった。
 犯すことを選んだのはカカシの失敗だった。







 ※ ※ ※ ※ ※







 あの夜は赤く渦巻く月が木の葉の空中を覆っていた。

 暴れ狂う九尾。そこいら中で断末魔の悲鳴が途切れることなくあがる。四代目のことだけは救いたいカカシは思っていたが、この地獄は四代目の命をもって終わることが決まっていた。それは天の意志。カカシごときが動かせることではない。
 あと少しして四代目が駆けつけて、封印が施される。四代目が死ぬのは見たくないと、カカシは早々にいくさ場を後にしようとその場に背を向けたのだ。
 あの声さえ聞こえなければ、そのまま、いるべき場所に帰っていたのに――。
「やめろっ! やめろよお前ら!」
 甲高い、悲鳴。子供の声。
 この地獄のようないくさ場に似つかわしくない声に思わず振り返れば、今のカカシの姿と年の変わらない子供が倒れ込んだ人間たちの間を駆け回っていた。小さな手にクナイを握って、瀕死の人間から命を奪おうとしている闇の眷属たちをなぎ払う。めちゃくちゃに手を振り回しているだけなのに、子供の手に払われて、眷族たちは音をたてて飛び退く。
「おま、お前ら! どっか行け! 行っちまえ!」
 泣きながら、震える体を叱咤して子供は死の声を駆逐していた。
 まさかこんな存在がまだ残っているとは思わなかった。カカシのようにこの世界で実体を持てる者にとってはなんてことはないが、眷族たちではひとたまりもない。カカシはクナイを抜いて、子供に近づいた。ぽきんと折れそうな細い首。そこに刃をあてれば終わりだ。
 だが、子供は振り向いたのだ。
 恐慌ゆえか大きく見開かれた目。黒々とした闇色の目は濡れて光る。その奥にひそむなにかにカカシは舌打ちしていた。一瞬でわかった。これはまずい、この目はこの世界の存在ではない。どっかのバカが間違って落としたものだ。それがこんな子供に。
「だ、誰だよ、お前……」
 いくさ場に現れた自分と同じくらいの年の者に、驚きつつも安堵しているのがわかる。ふっと肩の力が抜ける。そこに迫ってきた眷属の触手を右手を払って消し去ると、カカシは子供の手をとった。
「な。なんだよっ。離せ、離せよ! 誰なんだよお前!」
「カカシ。お前は?」
「え……、俺、俺は、イルカ……」
「わかった。イルカ、逃げるから」
 返事を待たずにイルカのことを抱えて跳躍した。驚くほど軽いちっぽけな体。こんなくだらないものは殺してしまうに限るのに、やっかいな目を持つおかげでそうもいかない。忌々しい気持ちを抱えてカカシはいくさ場から背を向けた。
「いやだ、離せ! まだ父ちゃんと母ちゃんが闘っているんだっ。俺も、俺も、闘わないとっ」
 カカシの腕の中で暴れる体。気絶でもさせたほうがいいかとカカシが口元を歪めた時、ざっと風が動いた。

 上空に、純白の獅子を従えた四代目火影が、いた。その手には、このいくさ場を終わらせる為になくてはならない封印の赤子を抱えている。他ならぬ、四代目の血を引く者。四代目は里の為にすべてを差しだすのだ。霊獣は、四代目を守るようにその勇ましいたてがみをなびかせている。高貴な光に包まれる存在を、辿り着いた木の上からカカシもじっと見つめた。
 ぎゅっと拳をかためる。
 あの清らかなものは守りたかった。けれどカカシにこの状況を打破するすべはない。
 四代目と獅子を取り囲む闇のおぞましき眷族が、人が思い描く悪夢のかたちが、どろりと蠢く暗黒が喜々として舌なめずりしている。だが奴らは食らおうとしているわけではない。
 ただ、火影のことが欲しいのだ。美しいあの存在を自分たちのものにしてしまいたいのだ。カカシとて、四代目の光に射抜かれた。だからこそカカシはあの男にはこの世界で生きていて欲しいと思ったのだ。
 四代目がチャクラで赤子を宙に浮かべて、静かに印を結びながら術を発動させる。終わりであり始まりでもある長い呪文を唱える。
 周囲を威嚇する獅子。地上の九尾が飛ぶ。
 獅子と九尾が激突して光が膨れあがり、その中で最後に四代目は笑った。







 光が弾け、あたりが静寂に包まれたころ、カカシの腕の中にいたイルカからかすれた声がした。
「ああ、あれ……あれ、は……火影、様。でも。でもっ」
 カカシの喉がごくりと鳴る。
「見えたのか?」
 零れんばかりに開かれたイルカの目。それをのぞき込んだカカシはその瞬間に撃たれた。
 イルカの目の中には、とうに失われたはずの尊い者達の光が宿っていた。
 カカシが、長い長い時間を旅してずっと探していたものだ。

 諦めちゃだめだよ。カカシの求めるものは絶対に見つかるから。

 そう言って優しく頬に触れてくれた人。その予言めいた言葉が叶ったのは皮肉にも彼の人を失った時だった。



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