刻印 2




 イルカの背後。ドアの向こうからはガラスをひっかくような不快な音と、激しく戸を打ち鳴らす音がする。身が竦みそうになるのをイルカはなんとか堪えていた。
「イルカ先生。あがって」
 その声は甘くイルカの耳に届く。決して命令ではない。どちらかといえば優しくそっと懇願するような響きがあった。
「いえ。ここで、少し休ませてください」
 本当は目を逸らしたい。それをぐっと我慢して真っ直ぐ男を見つめる。
 男は優しく笑う。赤い口から零れる白い歯が、何故か禍々しい。
「イルカ先生が泣いているのに、放っておけないよ」
 男の手は優しくイルカの髪を撫で、いつの間にか零れていたまなじりの涙を拭った。
 それでも動くことができずに座り込んだままのイルカに焦れたのか、男は手を差し伸べてきた。
「おいで」
 青い目と、赤い写輪眼。禍々しい双眸が神々しくきらめく。銀の髪は天から贈られた聖なるもののように頭上で輝いていた。
「おいで、イルカ先生」
 低く、耳の奥に深く入り込む声が、ふらふらとイルカを操る。イルカは膝を抱えていた手をはずして差しだしていた。
「カカシ、せんせい……」
 きっとこの男からは逃れられない……。






 暗がりの廊下、背後に闇を従えているというのに燐光を放つように浮かぶカカシの裸体。正面から見据えたその局所は勃起していた。ふと横の寝室を見れば、黒い影が数体のぞいている。らんらんと光る真っ赤な目はイルカを睨んでいた。
「カカシ先生、やっぱり俺……」
「ああ、気にしないでイルカ先生。シャワー浴びましょう」
「でも……!」
 カカシは手を引こうとするが、カカシのことをすがるように見ている黒い存在をイルカは無視できない。
「あの、俺、帰ります。だから、続けて下さい」
「黙ってイルカ先生」
 カカシが軽く手を振れば、黒い存在たちは瞬時にして霧散し、溶ける。溶けて、床に流れたタールのような液体は意志あるもののごとくどこかに去っていった。
「さあ、これでいい」
 カカシは上機嫌でイルカを導くのだ。
 広いバスルームの中、シャワーコックを回したカカシはもやの向こうに包まれる。バスタブの縁に座らされたイルカはぼんやりとその光景を映していた。闇からの音はここには入り込まない。静寂に息をつく。
 カカシはかいがいしい手つきでイルカの額宛て、ベスト、手裏剣ホルスターをつけるための大腿部の拘束をはずしていく。髪を結っていた紐もほどいてくしゃりとかき回す。バンザイしてと言われれば、素直に手を上げて、上半身は裸になった。
「また、傷が増えているね」
 シャワーから落ちてくる穏やかな音。イルカの体を検分するカカシの手はそっと細心の注意をもって、裂かれた傷、打たれて青くなった跡をたどる。冷たい指先にぴくりと体が強ばるたびに見上げているカカシの口元が楽しげにつり上がる。カカシを見ると立ち上がったままの局所が目に入ってイルカはいたたまれない。カカシはイルカの隣に腰掛けると、にこりと無邪気な笑顔でイルカのことをのぞき込んできた。
「イルカ先生のこときれいにする前に、これ、どうにかしたいから、手伝って」
 とまどうイルカを置いて、カカシはイルカの手を取ると立ち上がった己に触れさせた。その張り、熱さに手を引こうとしたイルカを許さずにカカシは己の手を重ねて握りこむ。上下に緩く擦りながら半開きの口から吐息を漏らす。少し上向いた作りものめいた横顔。ああ、と呼気を漏らしながら唇を舐めとった。そのうちに手の動きは激しさを増して、イルカの指を使って敏感な先にねじこむ。ぬるりとした液がイルカの手の中に溢れて、ぬめりをよくする。目を逸らしたいのに、魅入られたようにイルカは悶えるカカシに釘づけになっていた。
「んんっ……。イルカ、せんせい……。気持ち、いい」
 掠れた声で名を呼ばれる。うすく開かれた色違いの目の、艶。情欲に濡れて、イルカを射抜く。固まったままのイルカの肩に甘えるように擦り寄ってきたカカシは、耳元に舌を入れてきた。
 イルカはびくりと身を震わせた。
「達くよ」
「え……やっ」
 飛び散った液体はイルカの頬にまで飛んできた。熱い息を吐き出しながらカカシはイルカの頬を舐め上げる。
「ごめんね。ありがと。よかったよ」
 イルカは目を見開いたまま小刻みに体が震え出すのがわかった。やはりここに来るべきではなかった。この先に続くものが見えるようで、ぎゅっと目を閉じるが、まなじりから滲んだ涙はカカシは舐めとられた。
 イルカの横から退いたカカシはイルカの前で跪くと器用に忍服の下も脱がし、イルカは下着だけにされていた。
 カカシはシャワーの湯をイルカの足下にかけて汚れを落とし始めた。
「くじいてるね。怖かったんだ」
「怖くなんか、ないです」
「うそつき」
 赤く腫れ上がった箇所を強く握られてイルカの息はつまる。ぐっとイルカの両膝に手を置いて伸び上がってきたカカシは俯いていたイルカの額に額を合わせてきた。
 眠たげな両目の奥が光る。
「ねえ。俺に嘘つかないで」
「嘘なんか……、ひっ」
 カカシは笑顔のまま緩く反応していたイルカの局所を下着の中から掴み出した。制止しようとしたイルカの手などものともせずに少し強めに握る。
「大人しくして。つぶしたくないから」
 その言葉通り、カカシは爪をたてる。悪意を感じる凶暴さで。
 ごくりと喉を鳴らすイルカの口に触れるだけの口づけを落として、額を合わせたままカカシは目を伏せる。長い銀の睫に載る水滴がおぼろにかすむ。
 カカシの手の中、恐怖に強張っていても体は快楽を拾う。恐ろしいがゆえに快楽でまぎらわせるために拾おうとするのか。
「ああ、気持ちいいんだね」
 裏やらくびれやら、敏感なところを辿り、緩急つけて欲望の火を灯す。はあ……と熱い息が堪えきれずに零れる。
「また、見えるようになってきたんだよね」
「は、い……」
「何が見える?」
 ぶるりと震えたイルカの体。根本をきつくおさえられて、やわやわと袋は揉まれる。口の端から垂れる唾液をカカシがすくう。
「眠れ、なくて。死んだ、奴らが、俺のところにきて」
「ふーん。そりゃ災難」
 世間話のように軽く応じたカカシはイルカの先端から溢れ出す液体に舌なめずりした。
「気持ちイイ?」
 そんな聞くまでもないことをいちいち確認するのがカカシは好きだ。イルカは声に出したくはなくて、ただ、頷く。
 カカシは満足そうに笑う。ふと気付いたようにイルカ胸の飾りに口を寄せて、下からの興奮でとっくに尖っていたそこを舌先でつついた。
「ああっ……ふ……!」
 それだけで、どろりと局所から溢れてくる。カカシは胸を舌で執拗に舐め回したあと、歯をたてて吸い付いてくる。
「も、もうっ、カカシさんっ」
 イルカはたまらずカカシの頭をかき抱く。
「どうして、俺のところに来ないの? すぐに来ればいい。そうしたら、怖い目にあわずにすむ。怖いのが、いいの?」
「い、や、いや、だ、けど」
「けど?」
 ねろりと胸から首筋にカカシの長い舌が移動してくる。まるで軟体動物にからみつかれたようだ。その間にもカカシの手は休むことなくイルカの興奮の証を責め立てる。
「お願いっ! カカシさん。んっ」
「言ってよ。全部言って」
 達きたくて、体が悲鳴をあげる。
「怖い! こわい、よ! 毎晩、枕元に、いて、俺を、責めるんだ。俺は。悪いこと、してないのに。今日だって、へんな、お化けが、俺に、死ねって! やだよ、俺、死にたくないよ……!」
 ここひとつきの間に襲ってきた恐怖。久しぶりのことだった。もう子供ではない。随分耐性ができたから、大丈夫だと、過信した。最初ひとつふたつだった霊たちがどんどん増殖して、悪意に覆われて、イルカは疲弊した。結局堪えきれずにカカシにすがる。最悪だ。
 混乱する脳裏でイルカは思い出す。人ならぬものどもに襲われて初めて死の恐怖を感じた幼いあの日。今でも鮮明だ。結局イルカの心は少しも前に進んでいない。子供のままだ。
「ごめんねイルカ。俺が悪かった。でももう大丈夫だよ」
 カカシはイルカの頭を片腕で抱いて根本を押さえていた局所を開放した。
「んんんっ。はっ、やっあ……」
 カカシの肩口でイルカは開放に喘ぐ。
 体中で呼吸を取り込みながら目の前の男にすがる。ぎゅっと背にまわした手に力を込める。熱く喉の奥からせり上がってくる嗚咽はカカシの口に吸い取られた。二人の間で熟れた臭いが立ち上る。水っぽい音をたてて、必至で舌を絡める。決して宥めるようなものではない激しい口づけであっても、いつしかイルカの鼓動は静かに脈打っていた。
 ことりとカカシの肩に頭を載せた。
 静けさを取り戻した空間はシャワーの音が優しい雨のように聞こえてきた。あまりの安らぎに寝不足だったイルカは目蓋を閉じそうになった。
 だが、耳元にカカシの低い声が落とされた。
「それで、イルカは、俺に抱かれにきたの?」
 イルカは瞬時に目を見開いた。安心感は吹き飛んで、おそるおそるカカシから体を離す。再び跪いたカカシはまるで姫にかしづく者のようにイルカの手をとると指先をそっと口に当てた。
「それとも、犯されにきた?」
 カカシは赤い舌で口元に飛び散っていたイルカの白い精液を舐めとった。






→3