献血




 その日の放課後、アカデミーの職員たちはグラウンドに集合していた。
 グラウンドの真ん中には医療用のワゴン車両が3台並び、職員たちは別れて列をなしている。イルカはその中の成分献血の車両に並んでいた。

 アカデミーでは年に3回ほど、医療班の要請を受けて職員の献血が義務づけられていた。忍という職種上、なかなか献血などというデリケート な行事に参加できるものではないが、基本的に内勤に従事じている職員たちは血液を提供できることが多かった。里の一般民たちに血液の供給 をおもに頼っている現状ではあるが、血液はいつでも必要とされている。できることはきちんと協力させるというのが火影の考えだった。

 イルカは勿論毎回積極的に参加して、たっぷり健康な血をとってもらっていた。全血で1リットルぐらいとってもらっても大丈夫だと思うのだが、 割り当てで今回は成分献血となった。
検査を終えて、問診票を手に車の中に入った。イルカの番は3番目。簡易椅子に腰を落ち着けると、アコーディオン型の分厚いカーテンを開けて、 職員室で隣に座る同僚が俯きかげんで戻ってきた。暗い表情に、具合でも悪いのかと、イルカは思わず声をかけていた。
「どうした? 大丈夫か?」
 イルカの顔を見ると、同僚は、はあとため息をついて、イルカの横の椅子に腰掛けた。幸い成分献血はイルカが最後だ。二人は少し離れた位置で腰 を落ち着けた。
「なんだよ? 血ぬいてもらったんじゃないのか?」
 同僚のまくられた腕には検査用の跡を覆う小さなガーゼしか貼られていない。目敏く見つけたイルカに、同僚はもう一度、今度はさきよりも深い ため息を落とした。
「わりいけど、今回は俺はだめだった」
「はあ? なに言ってんだよ。今日の昼間も食堂で3杯飯食らってただろ?」
 それだけではない。1週間ほど前から体調を整えていたことも知っている。
「俺だってなあ、献血、したかったよ。でも仕方ねえだろ? おら!」
せめるようなイルカにむっとした同僚は、『輸血を受けられる患者さんのために!』という見だしの紙をイルカの目の前に突きつけてきた。
「よーく読んでみろ。どうせおまえも普段こんなの読んじゃいないだろ? 問診票にとっくに載ってるらしいぜ」
 紙をつかんだイルカはうえのほうから注意書きの項目を読んでいった。
「なになに・・・この1年にいずれかに該当することがあった方の・・・・・・・・・」
 項目は@からDまで。紙の真ん中あたりには大きな太字で、いずれかに該当していた場合は、
「必ず本日中にあなたの声でご連絡をお願いします?」
 イルカは瞬きを繰り返して、憮然としたままの同僚を見た。
「これが、どうかしたのか?」
「どうもこうもねえよ! ようは俺は該当者ってことだよ!」
 周囲をはばかり、イルカの耳元で同僚は苛立つ声をあげた。イルカはわけがわからない。同僚は愛妻家で、真面目で、一体この項目のどれに該当するというのか。
そんなイルカの疑問が顔には表れていたのだろう。イルカの腕をとった同僚は一旦イルカを車の外に連れ出した。
「半年くらい前に、久しぶりに任務にでただろう? その時、敵に捕まったんだよ。すぐに助け出されたけどな、やられたんだよ。言わせるなこんなこと。察しろよ」
 やられた? やられたとは・・・。
 にぶいイルカもやっと思いついた。
「え? ええええ? だって、お前ぇ、ごついじゃん! おそいたくねえよ」
「俺だって襲われたくなかったよ! 仕方ねえだろ! つかまっちまったんだからよ!」
「お前ぇ・・・大変だったんだなあ・・・」
 イルカが同情めいた声をあげると、同僚は居心地悪そうに肩をすくめた。
「まあ、あんまり覚えちゃいないんだけどよ。めちゃくちゃ痛かったなあ。あ、あいつには言うなよ。一応検査は受けたけどよ、いい気はしねえだろ」
 同僚の妻は一般の女性だった。  まあまた次回に協力するさ、と去っていく同僚を見送ったところでイルカの名前が呼ばれる。慌てて車に戻り、リクライニング式の寝椅子に体を落ち着けた。医療班の女性がさきほどの見たばかりの注意書きをイルカの目の前にもってきた。
 あいつも苦労したんだなあと、しみじみしながら、女性に促されてイルカももう一度目を通して、・・・かたまった。

項目A男性の方:男性と性的接触をもった方。

「きゃあ!」
「すいません、うっかりしてました。俺、き、き、昨日! 風邪薬飲んじゃったんで! しし、失礼します!」
 消毒液を塗ろうとしていた女性がのけぞっているうちに、イルカは脱兎のごとく駆けだした。
 走りながら全身が熱くなっていくのがわかる。すっかり忘れていた。イルカは性的接触を男性と、持ってしまっていた。ほんの2ヶ月前。
 イルカの恋人はカカシ。性別は、男だった・・・。

 イルカが1年ちかく付き合ったカカシとホップステップジャンプのジャンプをしてしまったのは2ヶ月ほど前のこと。カカシの猛烈なアプローチに半ばひきづられるようにして付き合いを始めたが、少し我慢すれば興味を失ってカカシは去るだろうと思っていた。 正直イルカはそれを望んでいた。浮き名を流したカカシのことだ。いつまでたってもさせくれない可愛げのない男など、すぐに愛想をつかしてくれるはずだと思っていたのに。
 しかし予想に反して、カカシはイルカの心が流れてくるのを辛抱強く待った。真偽のほどは定かではないが、イルカと付き合ってからカカシは不特定多数との女性との遊びをぴたりとやめて、イルカ一筋に邁進したらしい。2ヶ月前、睦言でそんなことを言っていた。男といたしてしまうなど初めてのことで、それこそイルカにとっては嵐のような一夜。あまり記憶が定かではない。けれどそんなぼんやりとした記憶のなかでも、カカシがひどく幸せそうにイルカを抱きしめて眠っていたことは覚えている。
 イルカと結ばれたカカシはその数日後に長期任務に旅立った。

 あれから二ヶ月・・・。
 カカシと寝てしまったことを無意識のうちにもあたまの奥においやってしまっていたのかもしれない。アカデミーの教員に数名の欠員がでて、急に仕事が忙しくなったこともそれに拍車をかけた。
 カカシのことは好きだ。1年かけて好きになった。好きになったから寝ることができた。同じ男であるカカシに剥かれることには多大なる決心を必要としたが、横綱なみの羞恥心をやっとのことでうっちゃった。愛し合いされることは幸せなことなのだなあと、カカシがそばにいなくとも思い出すことで満たされる胸にイルカも幸福感を感じていた。
 が、こんなところで落とし穴・・・。
 なんだかよくわからないのだが、あの項目にひっかかったことがイルカにはひどくショックだった。

 献血の日から数日たった。
 その日イルカは同僚と飲んだあと、ほろ酔い気分で夜道を歩いていた。明日は休日だ。たまっていた洗濯ものやら布団を干せそうな予感がする夜空の星たちだ。
 教員住宅の狭い階段をあがろうとしたところ、暗がりから不意に名を呼ばれた。
「イルカ先生〜。ただいま〜」
 引かれる手。そのままイルカは男の胸の中にいた。
「カ、カカシ先生?」
 足をもつれさせたまま、イルカは顔をあげた。カカシの顔を確認する前に唇をふさがれていた。
 さ、酒くさいのに〜
 なんとか舌が入り込むことは死守して、カカシの顔を引きはがした。
「カカシ先生? い、いつ任務から。怪我とかしてませんか? 無事に終わったんですか?」
「今日の昼間帰ってきました。報告すまして、ゆっくり休んで、イルカ先生に会いにきました。ほんっとに会いたかったです。イルカ中毒の俺には地獄のような2ヶ月でしたよ〜」
 冗談ぽく言いながら、潤んだような真剣な目で、息がかかるほどの距離で、イルカを見つめている。
 なんだかイルカもドキドキしてしまい、久しぶりに見る恋人のきれいな顔にときめいてしまっていた。カカシの手がイルカの頬を撫でる。カカシの唇がゆっくりと近づいてきたところで、イルカの口からはゲップがでていた。
 しまった!
”イルカにはムードってものがないのよ”
 過去につきあった女の言葉がよみがえる。
 イルカは慌てて口をふさぐが、今更でたものは戻せない。カカシは小首をかしげて笑んだままだ。
「・・・イルカ先生、今日は、ビール以外に、オレンジ系のカクテル飲んだでしょ。てことは飲み会に女性もいたのかな?」
 苦笑して見事に言い当てたカカシはムードを壊したイルカに何も言わずに、家にはいりましょうか、とイルカの手をとった。

 カカシを家に入れて6畳の居間の卓袱台に落ち着いてもらい、イルカは台所に立った。
 お湯が沸く間、準備をしながらちらりとカカシをうかがえば、後ろでに手をついてぼんやりとテレビを見ている。普段着の姿でイルカの家でくつろいでいるカカシは少し痩せただろうか? 顎のラインがますますシャープになり、精悍なカンジだ。
 不意にカカシと目があった。
「なに? 俺の顔なにかついてる?」
「あ、いや、その、痩せました?」
「痩せましたよ〜。なんせイルカ欠乏症だから」
 からかうような言葉だがドキドキしてしまう。照れ隠しをこめてイルカはいささか乱暴にお盆を卓袱台においた。
「任務、ご苦労様でした。無事でなによりです」
 イルカが律儀に頭をさげればカカシは一口すすったお茶を置いてにじりよってくる。密着されてイルカがわずかに距離をとれば、少し悲しそうに口を曲げる。
「俺が近づくとイヤなんですか?」
「まままま、まさか! そんな、悲しそうにしないでくださいよ」
「だって悲しいもん」
 カナシイモン?
 それは現役ばりばりの上忍が使っていい言葉なのか? キャラ設定おかしくないか?
 イルカが自分の世界でぐるぐる回っている間にカカシはテレビの音量を上げて、イルカの肩をつかんで正面から向かい合わせにした。
 カカシは鑑賞するようにイルカの顔をじっと見ているが、イルカはカカシが目の前にいることよりも、テレビの音量が気になる。もう日がかわろうかというくらいの時間なのだから。
 リモコンをとろうとしたところ、カカシの手が重なってきた。やんわりとした手つきでリモコンを奪われ、遠くに置かれてしまった。
「カカシ先生!?」
「イルカ先生の部屋は2階の角部屋です。となり部屋の男は今日は彼女の家に泊まりに行きました」
「え? あいつ彼女いたんですか?」
 素っ頓狂な声をあげるイルカの頬をカカシははさみこんだ。
「彼女、たまに泊まりにきてたじゃないですか」
「え? 俺全然わからなかった・・・」
「まあその話は本人から直接聞いてください。それよりね、イルカ先生。クイズです」
 カカシの顔が息がかかるほど近くに寄せられる。つるんとして、きれいな顔をしている。こんなに近づいたら、イルカのほうは毛穴とかが見えるじゃないか。鼻毛はでていないと思うが・・・。他人との至近距離が苦手なイルカは無意識にも離れようとするがカカシがそれを許してくれない。
「早く問題だしてくださいよ!」
「えーとですね、俺は2ヶ月の任務から帰ってきました。風呂にもはいてさっぱりしてきました。イルカ先生は俺の恋人です。隣に人はいません。明日は休日。さて。この条件ですることはひとつしかありません。何でしょう?」
 カカシの笑顔が悪魔のように見える。とびきりきれいな悪魔。
「お、大きな声で、心おきなく、2ヶ月間にあったことの話・・・、そう!お話しましょう!」
「ぶー。ヒント。重要なのは、イルカ先生が俺の恋人ってことと、2ヶ月ぶりの逢瀬ってことかな。あ、特別ヒント。俺が任務にたつ前に俺たちがしたことでーす」
「答え言ってるじゃないですか!」
 声を荒げた途端にカカシにのし掛かれていた。苦しいくらいの力で抱きしめられる。
「イルカ先生、俺ね、この2ヶ月本当に辛かったんですよ。イルカ先生の顔はもちろんだけど、体とか声とか匂いとか鮮明に思い出しちゃって、ぼんやりして敵に殺されそうになったことも1回や2回じゃなかったです〜。2ヶ月って結構長期じゃないですか。ほかの奴らは適当な相手で性欲処理とかしちゃうわけなんですよ。でも俺はイルカ先生思い出して右手が友達でした。そんな一途な俺を哀れとは思いませんか?」
「・・・ある意味、哀れだと思います」
「でしょ? だから今日は本物のイルカ先生と思う存分愛し合いたいんです〜」
 言うが早いかカカシはイルカのアンダーをがばっとまくり上げ、胸元に吸い付いてきた。
「ちょ、ちょっと待った〜! カカシ先生、離れて!」
「いやですー」
 カカシが乳首に吸い付いたまま喋るからイルカはくすぐったくて仕方ない。
「カカシ先生! こら! いてっ! この〜・・・。はなれろって言ってんだろうがっっ!!!」
 鈍い音が部屋に響き渡った。

「イルカ先生、俺はこんな仕打ちをうけるほど悪いことをしたでしょうか?」
「してません」
「俺とイルカ先生は恋人同士ですよね?」
「はい。間違いありません」
 時刻は1時になろうかとしていた。
 恋人なはずの二人は膝つきあわせて正座で向き合っていた。銀の髪の男の頬は腫れ上がっていた。こぶしのあとがうっすらと見える。黒髪の男の普段はきっちりと結ばれている髪は乱れていた。
 イルカは俯いたまま目線でちらりとカカシをとらえれば、折角の色男が台無しだ。確かにカカシの言うとおり、頬を腫れ上がらされるほどのことをカカシはしていない。少し性急すぎたかもしれないが、2ヶ月ぶりに会う恋人を前に二人っきりでいて冷静でいるほうが問題があるだろう。
「ねえイルカ先生。なにがイヤなんです? 言ってくれないとわかりませんよ。俺が強引すぎたのは反省してます。俺はしたいけど、イルカ先生がイヤなら我慢します」
「カ。カカシ先生・・・!」
 なんてできた人なんだろう。逆の立場で普通に恋人が女だったとして、イルカにそんなこと言えるだろうか?
「ごめんなさいカカシ先生! 決してイヤじゃないんです!」
 言った途端にまたカカシに押し倒されていた。
「じゃあ遠慮なく」
 足の間に入られる。なにか、あたるモノが、ある。
「カ・カ・カ・・・カカシ先生!」
「大丈夫です。愛がありますから」
「わけわかんないこと言ってないで話を聞け〜!」
 せっぱ詰まったイルカはカカシの頭をつかんでがくがく揺らした。

「イルカ先生・・・」
「わかってます。俺が悪いんです。きちんと話しますから恨めしそうに見ないでください」
 恋人同士で間違いないはずの二人は、卓袱台を間に向かい合っていた。
 恨めしそうに下から見てくるカカシの前で冷めたお茶を飲んで一息ついたイルカはこほんと咳払いした。
「あのですね・・・、10ヶ月ほど、我慢、してもらえないでしょうか?」
「我慢? 何の我慢です?」
「だから、それは、その、あれ、です」
「アレ?」
 イルカが言い淀んでいることでカカシはとうに察しているはずだ。けれど感情の読めない半眼のままイルカの言葉を待っている。イルカは男らしく意を決した。
「セックスを、10ヶ月ほど我慢してほしいんです!」
「はあ・・・。任務にでも行くんですか? それなら俺も志願します。これ以上イルカ先生と離れたら日常の生活、任務に支障をきたすと思うんで」
「何言ってるんですか。そんな勝手が通るわけないじゃないですか。いやそうじゃなくて、長期任務には行きません。俺は基本的に内勤なんで」
「ですよねえ。じゃあ、なんで?」
 カカシの低い声にイルカは少し緊張した。二人きりで居るときに聞いたことがないような響きがあったから。
「じ、実はですね・・・」
 ごくりと喉をならして、イルカは数日前の献血のことを語って聞かせた。

「ふーん。イルカ先生は里のために献血に協力したいんだ。で、そのために俺と寝ることはできないってわけなんだ」
「そ、そうなんです! だって俺、すこぶる健康なんですよ? それなのに、同姓と寝たらとってもらえないなんで、辛いじゃないですか。それでなくても内勤の中忍なんて肩身が狭いのに」
 口にした途端に、献血ができなかったことのショックだった理由はそのへんにあったのだとイルカは自覚した。
 教師の仕事はやりがいもあるし楽しいが、里の外で命をはっている仲間たちに対して申し訳ない気持ちは常に持っている。だから少しでも内勤であるが故にできることはきちんとやりたいのだ。
「献血ね。俺なんて左目移植しているから多分一生できないでしょうね」
「カカシ先生はいいんですよ。立派に上忍として里のために働いていますから」
「じゃあ立派な上忍なんで言わせてもらいます。そんなくだらない理由で恋人に我慢を強いるなんて言語同断。絶対に却下」
「くだらなくなんてないですよ。一人一人の善意があわさってこそ」
「イルカ先生」
 イルカの声を遮ったカカシの声は初めて聞く固さを持っていた。イルカの背筋は思わず伸びる。
「あんた俺のこと好きなの、嫌いなの?」
「好きですよ、勿論」
「でも自分が一番好きでしょ。俺のことなんてこれっぽっちも考えていない。1年待ってやっと結ばれた大好きな人がさ、献血のためなんて理由でいきなりセックスしませんて言い出して、はいわかりましたって納得すると思う? あんたは里のためって言うけど、俺はどうなるわけ? 俺のためにって気持ちはないの? 別に、セックスがすべてだなんて思っちゃいないけど、好きな人がいて両思いでできないってなんなの? じゃあ俺が廓に通っていいわけだ。もしくは格下の忍つかまてイルカ先生に変化させてありとあらゆることやって、そいでもってそいつが俺に本気になって、でも俺は一途にイルカ先生が好きだから、そいつとはつきあえない。で、そいつはイルカ先生を逆恨みして男同士の三角関係の修羅場とかになってもいいわけだ。あーそーなんだ。そーですか。イルカ先生はそういうのがお好みですか」
「カカシ先生・・・?」
「でも修羅場になると里中に知れ渡って、ひょっとすると俺はビンゴブックに、男の恋人あり、愛人(男)との三角関係で修羅場を切り抜けたことがある、Bランク任務。って戦歴に加えられちゃうかもしれないから、それはイヤです」
「いや、C以下のレベルだと思いますが」
「イルカ先生!」
 余計なつっこみをいれたイルカをカカシは睨み付けてきた。こころなしか、眼が潤んでいるような・・・。
「わかりましたよ。あんたは本当に俺のこともてあそぶ悪い男ですよね。俺が惚れてて、結局言うこときくってわかっているんだ。そうですよ。俺はあなたにめろめろメロンパンですからね!」
 めろめろメロンパン・・・?
 ぷーと頬をふくらませて唇を尖らせるカカシは里が誇る上忍の、はず。しつこいようだが、キャラ設定、やっぱり間違ってないか? 本当に2ヶ月前、余裕たっぷりのこの男にイルカは抱かれたのだろうか? 夢だったのかもしれない。
「イルカ先生、妥協案です。10ヶ月、とりあえず我慢します。でも俺も健康な20代半ばの男なんで、やっぱりしたくなっちゃうと思うんですよね〜。だから・・・」
 きっとカカシはその間廓に行くことは許して欲しいとでも言うのだろう。それを悲しいと思う気持ちはあるが、我が儘を言っているのはイルカだ。それこそ、妥協しなければならない。
「わかってますカカシ先生。反対はしませんよ。俺の我が儘なんで」
 神妙にイルカが頷くと、カカシは最大限に眼を見開いてイルカをまじまじと見ていた。
「カカシ先生?」
 様子がおかしい。カカシの前で片手を振ると、いきなりその手を掴まれた。両手で握りこまれてしまう。カカシの色違いの眼はきらきらと星をとばしそうなほど輝いていた。
「イルカ先生。やっぱり、俺のこと考えてくれてるんですね。さっきは失礼なこと言ってごめんなさい」
「いや、そんな。俺こそ、いつも我が儘ばかりで、カカシ先生に甘えて、申し訳なく思っています」
「そんなことないです! だって俺がすきでイルカ先生を甘やかしたいんですから!」
 イルカの両親は厳しい人たちだった。甘やかされるなんてことに縁のない生活を送ってきた身には、カカシの手放しの愛情はいたたまれない時もあるが嬉しいことに間違いはなかった。好きです、と顔に書いてあるようなカカシの甘い表情にイルカの胸は自然、高鳴る。
「10ヶ月後に献血できたら、思い切れると思うんですよね。そしたらもうこんな我が儘言いません」
「なんで? もっと我が儘言ってよ。嬉しいから。だって俺にだけでしょう?」
 恥ずかしい台詞もカカシのような色男がさらりと口にすると嫌味なカンジはしないものなのだなあと、イルカは妙な部分で感心した。
「じゃあイルカ先生、早速・・・」
 卓袱台を横にずらしたカカシは、あっという間にイルカをうしろから抱えるようにして、腕のなかにおさめてしまった。背中に感じる体温に安堵する。肩に載せられたカカシの顎と、頬をかすめる髪がくすぐったい。緩く抱き込んでくれる腕が心地いい。このまま眠りにつきたいくらいだ。思うまま目を閉じる。
 とくんとくん、と優しい鼓動を感じる。
 そうだ、早速って、何が、早速なんだろう・・・。
 と思った次の瞬間、イルカの些細な幸福感は一気に億光年の彼方まで吹き飛んだ。

「なにすんじゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「何って・・・」
 イルカを抱え込んだまま、カカシはしれっと答えた。
 その右手はイルカの下肢の中にすっぽり入って、イルカのナニを取り出そうとしていた。
「だってさっき、セックスしないかわりにイルカ先生の体好きにいじらせてくれる? って聞いたら、反対はしませんって言ったじゃないですか」
 イルカの怒る理由がわからない、とカカシはまた唇を尖らせた。
「で、今日は手始めに一人Hでも見せてもらおうと思って。そしたらそれをおかずに10日くらいはもちそうなんで。俺って優しいでしょ?」
 イルカの肩口でカカシはぐりぐりと頭を押しつけてくる。
 下のほうではカカシの手が巧みな動きでイルカのナニをさわさわとしているが、イルカは恐怖に固まり、めまい吐き気頭痛に一度に襲われ、そのままカカシの腕のなかで本気で気絶した。
 遠のく意識の中にカカシの声がする。

 ちょっと、イルカ先生? 約束は? ねえ、ねえ!

 

 こういうことを究極の選択というのだろうか?

 10ヶ月、カカシに体をいじられたおされたら、自分がどうなってしまうのか、想像もできない・・・。したくない・・・。

 目が覚めたら献血をあきらめている自分がイルカには見えるようだった。