たね









 空が渦巻いている。どろどろと悪意を孕んだような暗いいろ。
 暗く、重く、まるで情念を塗り固めたような、今にもその重みに耐えきれず落ちてきそうなその空の下、カカシは生まれたばかりで大きな運命を背負った赤子をイルカの手に渡した。
 まだひととも言えないようないきもの。くしゃくしゃの顔は今は安らかで、眠っている。きっと将来は金の輝く髪だ。目も、父親と同じ真夏の空のような突き抜けた色だろう。
 ぼろぼろの布にくるまれた運命の赤子をイルカは一度強く抱きしめた。泣いてはいけないと自分に言い聞かすかのように口を固く結んで、片腕に赤子を抱え、傍らにいるカカシにもう片方の手を差しだす。暗部の装束のまま、まだ長刀を持ったままのカカシはイルカの意を汲んで、強く強くイルカの手を握った。
 空には稲光が時たま走る。
 遠くの地平線の向こうから、朝焼けが見える。
 木々が鬱陶しいくらいに生えていた木の葉の森は裸同然になった。
 九尾の災厄が偉大な長の死と引き替えに治められたこの日の朝焼けを、きっと一生忘れることはないのだと、カカシは思った。









 この辺りだったはずと見当をつけて、カカシは歩いていた。
 幼いあの日に一度だけ訪れたイルカの家。里の郊外に位置していたから、九尾の被害に遭って悪夢の風景の一部となっていた。
 焼け野原のような寒々とした視界の中、時たま倒壊した家の残りが置き忘れられたようにぽつりと在る。完全に潰れて焼け落ちたもの、半壊した家屋。天からの鉄槌のように押しつぶされてひしゃげたもの。一体もともとは何があったのか想像すらできない破壊された土地。とても人々が暮らしを営んでいたとは思えない、終わりの風景だった。
 九尾の災厄が終わってから、暗部の一員であるカカシは事後処理におわれた。やっと落ち着いて戦災孤児たちが集められた施設に向かったところ、イルカは数日前から姿が見えないといわれた。
 イルカが施設にいない時は十中八九生家に戻る。だからカカシは探しにやって来た。
 焦げた土地の色は黒と灰。土からは炭の匂いがたちのぼる。じゃりじゃりと踏みつける足下にはひょっとして炭化した死体もあるのかもしれない。まあしかし、一瞬で死ねた者は幸せだ。体の四肢をもぎ取られてもそれでも闘って息絶えた者も沢山いる。
 そして何より死ぬには早すぎた長は、自分ばかりでなく、息子までも里を守る為に差しだした。
 カカシは少し立ち止まって、体が弛緩するような息を吐いた。
 導いてくれた人はもういない。これからはカカシは一人で大地を踏みしめなければならない。
 ふと、なじんだチャクラの気配にカカシの口元は緩んでいた。
 そうだった。一人ではない。
「イルカちゃん……?」
 門らしき土塀が、カカシの身長くらいの高さで崩れていた。
 イルカの気配をたどって庭があったあたりに進めば、ところどころ掘り返された黒い土のなか、イルカが眠っていた。



 イルカが掘った土は本来の色を見せているところもあるが、ほとんどは灰やら黒のまま。イルカの傍らには投げ出されるようにシャベルが置かれていた。ここ数日温かいとはいえ、野宿するにふさわしい気候とは思えない。イルカは暖をとるためか、少し深く掘った中に埋まっていた。
 体中真っ黒なイルカの傍らにしゃがんで、カカシは丸い頬を指先で拭ってやりながら声をかけた。
「イルカちゃん、起きて。風邪ひいちゃうよ」
 ぐずるような声を出してイルカは寝返りをうつ。仕方ないと溜息をついたカカシは耳元で腹の底からの声をだした。
「起きろ〜!!!」
「うわあっ」
 起きあがったイルカはきょろきょろと辺りを見回して、カカシに気づくと途端にぶすったれた。
「おはようイルカちゃん」
「だから、ちゃん付けはやめろって言ってんだろカカシ」
 イルカが顔を無造作に拭って頭を振ると、土が飛び散る。口の中に入っていた土をしかめ面で吐くイルカをカカシはじっと見ていた。
「んだよ。なんかついてるか俺の顔」
「うん。土と炭で真っ黒」
 カカシは自然な動きでイルカの頬を両手ではさむと、獣の仔がじゃれるようにぺろぺろと舐める。
「っか! くすぐってーよ、やめろって」
 口で言うほど嫌ではないのかイルカは笑っている。幼い頃からこれくらいのスキンシップは当たり前のようにやってきた。だが最近カカシはそれとは少し違う気持ちからイルカに触れていた。いつでもどんな時でもイルカに触れたくて仕方なかった。
 いい加減にしろと、口元を舐められたイルカがさすがにカカシを突っぱねると、カカシは項垂れて、そのままイルカにもたれかかるようにして抱きしめた。
「イルカちゃんが、生きていてよかった。本当によかった」
 カカシの頼りない声に何かを感じ取ったのか、イルカの手は背に回った。
「……そうだな。俺たち、生き残れて、良かったな」
 多くのものを失ったけれど、一番身近にあるこのぬくもりは失わずにすんだ。この世に神とやらがいるのかは知らないが、いるとしたらそんなに無慈悲ではないということか。
 しばらくの間互いの無事をかみしめていた二人だが、ここに来た目的を思い出したカカシが首をかしげた。
「イルカちゃん、ここで何してたの?」
「うん……」
 頷いたイルカは少しばつが悪そうに頭をかいた。
「種をさがしてた」
「種?」
「あの花の、種。ほら、あれは俺の大好物だからさ」
 それで、いたるところを掘り返したということか。
 鼻の傷を居心地悪げにかくイルカはきまりが悪いのだろう。焦土と化した土地は九尾の炎で焼かれたのだ。花の種などが残っているわけがない。けれどそんなことはイルカにもわかっている。わかっていても、掘らずにはいられなかったイルカの手をカカシはそっと握りしめた。土で汚れて、爪が割れて血が出ているところもある。指先を口に含んで、吸う。癒えるようにと気持ちを込める。
「いこ、イルカちゃん」
 とまどうイルカに笑いかけた。





 イルカの手を引いて無言でカカシは歩く。
 里はそこら中で人々がかけずり回っている。すぐさま始まった里の復興の為に、忍、民間人を問わずに人々は動き出した。くよくよしている暇はない。前に進むために今自分たちにできるだけのことをしようと、里は活気づいていた。
 そんな居心地のいい喧噪を横目に、イルカを連れて行ったのは、九尾が暴れた場所とは真逆にあたる、忍以外の職種に従事する人々が主に暮らす場所。居住区から外れ、坂を上り、小高い丘に拓けたのは、色合い鮮やかな花が咲き乱れ風に揺れる原っぱだった。
 目を見開いたイルカはカカシの手を払うと走り出す。花畑の真ん中で、しばし言葉もなく佇む。
「忘れてたのイルカちゃん。あの時俺に種をくれたじゃない。俺、ここに植えたんだ。幻術がかかっているから、ここは一般の人はわからない」
 イルカは赤の花びらをひとつ摘むと、口にした。飲み込んで、カカシを振り返った顔はなにかを堪えるように歪んでいた。
「本物だ」
「そうだよ。だってあの時俺にくれたのはイルカちゃんでしょ。本物に決まっている」
 イルカの元まで近づいたカカシも白い花びらを一つ食べる。
「ん。甘い。俺ね、白いのが一番好き。イルカちゃんは?」
「俺は、オレンジの…」
「イルカちゃんのお父さんとお母さんは?」
「母ちゃんは、水色の。父ちゃんは、黄色」
「じゃあここにあるオレンジと水色と黄色の花はぜーんぶイルカちゃんのものでいいよ。イルカちゃんにあげるよ」
「な、なんだよ、いらねえよ。だいたい元々俺がカカシにやったものなんだろ」
「そっかあ。じゃあ二人のものでいい?」
 カカシが三色の花ビラを手のひらに載せると、イルカは唇をかみしめる。
 意地っ張りなイルカ。7年前に離婚して、それから里が徐々にきな臭いことになり、ほとんど会うことがなかった両親をきちんと思っている。愛している。その気持ちを素直に表すことができないから、唇をかむ。
「イルカちゃん。俺ね、あげたいものがあるんだけど」
 俯いたままのイルカの固く握りしめられた手を強引に開いて、その手に、密閉されたガラスの試験管を載せた。長さ5センチほど、直径2センチほどのその透明な液の中には、切られた指が入っていた。
 弾かれたように顔を上げたイルカの顔を青ざめていた。
「これ、これっ、なんだよっ!? 人間の指じゃねえか」
 カカシは落ち着いて試験管を右手の人差し指を親指で持つと頷いた。
「イルカちゃんの、お母さんの、右手の薬指。ごめんね、お父さんには会えなかった」
 カカシが何でもないことのように告げると、イルカの伸びてきた手が胸倉を掴んできた。
「なんで! なんでこんなものカカシが持ってるんだよ? 母ちゃんは、父ちゃんも! 死んだんだろ?」
「うん。死んだよ。でもねえ、最後の突入の前に、お母さんには会えたから、イルカちゃんに何かないかって聞いたんだ。そしたら。指をクナイで切って、イルカちゃんにって」
「なんだよそれ。こんな、こんなもの! 俺、いらねえよ! 俺は、俺は、母ちゃんにも、父ちゃんにも、生きていて欲しかったんだ! それだけだ!」
 叫ぶイルカの前に、試験管を突きつけた。
「よく見て、イルカちゃん。字が、掘ってあるでしょ。なんて、掘ってある……?」
 イルカは見開いた目で凝視していたが、口元がわななく。カカシからひったくるようにして奪うと、瞬きも忘れて、くいいるように見た。
「これ…これ…俺の、名前……」
 薬指には、イルカの入れ墨が掘られていた。
「お母さんね、指を切る前に、そこに口を当てていたよ。きっと、いつもそうしていたんじゃないかなあ。お父さんには会えなかったけど、同じように、イルカちゃんのこと、思ってたよ。絶対」
 へたりとイルカがその場に腰を落とす。
 宙を見たままイルカは呆然と喋りだした。
「俺、俺は、母ちゃんも父ちゃんも大好きだったけど、でも二人は離婚しちゃって、やっぱ俺が悪い子だからなのかなって思うこともあったんだ。俺ばっかり辛くて、親なんか、最初から、いなければよかったって…っ」
「でも、イルカちゃん、父ちゃんと母ちゃんが戦っているって、飛び出していこうとしてたよね」
 カカシが軽口のように告げると、イルカのまなじりから、ぽろりと涙がこぼれた。そこから堰を切ったように、あとからあとから滝のような涙が流れる。鼻水も溢れ出る。イルカの顔はくしゃくしゃになった。
「俺! 俺! 父ちゃんも、母ちゃんも! 大好きだったんだ! ずっとずっと、一緒にいたかったんだっ!」
 突っ伏したイルカは、わあわあ泣き出した。
 片手にはぎゅっと掴んだ試験管を胸に置いて、もう片方の手で地面を叩く。喉の奥を時たまつまらせてしゃくり上げる声は、聞いているほうが耳を塞ぎたくなるくらいの哀しみに満ちていた。
 カカシは、イルカのそばに立っていた。風に吹かれて、花とともに、ただそこにいた。





 イルカがすっかり泣きやんだ頃には陽は暮れていた。
 今宵の月は半月。ひそやかな明かりが体に優しく染みてくる。
 膝を抱えた座り込んだイルカの顔は、涙ですっかり汚れを落としていた。その代わり目蓋は腫れて、鼻の下はかぴかぴに乾いていた。
 ちらちらと横目で伺ってくるイルカに、カカシは何? と笑いかけた。
「べっつにっ!」
 やはり意地っ張りなイルカは怒ったように顔をそむける。
 二人は同じように膝を抱えてひっついて座っていた。
 黙って寄り添っているとあまりに静かで、ほんの少し前のイルカの激情が嘘のようだ。里が九尾に破壊されたことも悪い夢だったのではないかと思えてくる。
 施設で出会ってから、イルカにはいろいろと振り回されてきた。
 虫を食べていたイルカ。汚い子供だった。けれど最初から優しかった。任務から戻ってくるカカシに最初にお帰りと言ってくれたのはいつだってイルカだった。
 イルカが、カカシにとって帰ってくる場所だ。
「ねえイルカちゃん」
「なんだよ。ちゃんはやめろよ」
「じゃあイルカ」
 イルカが驚いてカカシに顔を向けた。
 今までどんなにイルカがちゃん付けをやめろと言っても一向にやめなかったカカシが、急に真面目な声で呼び捨てにしたのだから、それは驚きだろう。
 間近で瞬きを繰り返すイルカの目は結構大きくて、大好きな黒い目が泣いた名残で潤んでいる。カカシは徐々に加速する自らの鼓動に心を委ねた。
「俺、イルカが好きだ。大好きだ。ずっとイルカのそばにいる。だからイルカも俺のそばにいて」
「な、なんだよ、急に」
「急じゃない。ずっと思ってた。イルカがいいって。イルカだけが欲しいって」
 イルカの手を取って、痛みを与えるように握る。
 引こうとする手を祈るように頬に当てる。
「好き。イルカが好き。イルカがいてくれたらそれだけでいいんだ」
「いてっ。いてえよカカシ」
 胸の中にイルカを抱きしめて、締め付けて、勢い余ってそのまま倒れてしまった。
 イルカの背につぶされた花の香が匂い立つ。甘い、それでいて清冽な香り。
 カカシの体の下にイルカがいる。幼い頃に魅せられた黒々とした瞳が、真っ直ぐにカカシのことを見上げている。
 カカシは不安な顔をしていたのかもしれない。ふっと優しく笑んだイルカが手をのばしてきて、カカシの頬に触れた。
「泣きそうな面すんなよ。下忍に慰められる暗部なんてシャレになんねーぞ?」
「だって、俺、イルカちゃんの、ドレイだから……」
 カカシがのろのろと告げれば、イルカは被顔した。
「そうだったなあ。カカシは俺のドレイだったっけ」
 よしよし、という感じでイルカはカカシの頭を撫でた。
 そのまま引き寄せられて。抱きしめられた。
「いいぞ。ずっとそばにいてやる。やっぱご主人様とドレイはずっと一緒にいないとな」
 生きているイルカの温かさ、匂いがカカシの心と脳を満たす。ずっとそばにあったこのぬくもり。在るだけでは、それだけでは耐えられなくなったのはいつからだったのだろう。
 イルカから少し体を離して、思い切って口を塞いだ。じゃれて遊びのようにしていた触れるだけのものではなくて、思い切って舌を差し入れて、絡めてみた。
 イルカは最初何が起こっているのかよくわからないとでも言うように、目が見開いたままになっていたが、そのうちに息苦しくなったのか、カカシの胸を押してきた。顔もそむけようとする。それを許さず、カカシはイルカの体に体重をかけて頬を両手で固定する。
 イルカのまなじりからは苦しさゆえか涙が滲み、口の端からは溢れた唾液が伝った。
 思うさま貪って顔を離した時にはイルカの顔は真っ赤で、カカシのことを睨み付けていた。
「な、なんだよ、今の! 苦しいじゃねえか! それに、汚い!」
 幼いままのイルカの解釈に、カカシは目を丸くした。
「えと、今のは、キスなんだけど…?」
「そんなことはわかっている。でもいつもと違うだろ。俺お前の唾飲んじゃったぞ!」
 懸命に口を拭うイルカにカカシは脱力する。
 二人はたったひとつしか違わないのに、知っている世界のなんてかけ離れたことか。
 もしもカカシが告白したらイルカはどういう反応を返すのだろう。
「イルカちゃんさ、種を探して、どうするつもりだったの?」
 いきなりの違う話にイルカは面食らうが、ぱちぱちと瞬きを繰り返してから答えた。
「そんなの、植えるに決まっている」
「どうして植えるの?」
 頬杖をついたカカシからは楽しげな声が出た。
「どうしてって、それは、また、花を咲かせたかったんだ。だって、あれは、俺にとって大事な花だから」
 聞きたかった言葉が聞けて、カカシは大きく頷いた。
「うん。俺もね、種を植えたいんだ。植えて、きれいなきれいな花を咲かせたいんだ」
 カカシはさりげなくイルカの髪の生え際をなぞるようにして撫でた。
 イルカの顔が少し曇ったのは、本能的な部分で感じるものがあったからなのか。
 カカシは宣言するようにして告げた。
「イルカちゃんに、種を植えさせて」





 イルカはきっと自分が何をされようとしているのかよくわかっていなかっただろう。
 カカシとてこれっぽっちも余裕はなかった。
 片手に試験管を握ったイルカはうまく身動きがとれずにいる。そこにのしかかったカカシはイルカの細い手首を一つにまとめて押さえると、開いた手はイルカの下肢にのばした。  なんとか刺激を与えたいのだが、心臓は耳のそばでがなりたて、震える手ではうまく動かすこともできずに、強く握ればイルカは痛いと悲鳴をあげる。柔らかく縮こまったままでイルカは半べそをかく。泣きたいのはカカシも一緒だ。気持ちばかりが全速で駆けていくのに、体が追いつかない。
 それでもイルカに泣いて欲しくはなくて、ごめんねと繰り返して顔中にキスを落とした。
 イルカと混ざりたいだけなのに。イルカの中に決して枯れることのない種を植えたいだけなのに。
 カカシのそんな必死な祈る気持ちが届いたのか、震える手はいつの間にかうまいことイルカを高ぶらせることができたようで、そのうちにイルカの先端から生温かいものが零れだしてきた。手の平を濡らすものにカカシはごくりと喉を鳴らす。
 イルカは気持ち悪いといって暴れるが、カカシが懸命にしごいていると、そのうちに少し違う種類の聞いたことがない吐息のような音がイルカの口から漏れる。
 頭の奥がかあっとなったカカシはムキになって手を上下に動かし続けた。
 あっ……と小さく呻いたイルカは眉間に皺を寄せて目を細める。唇が赤く濡れていた。はぁはぁと小さく漏らされる息、赤い舌が口のなかのぞく。イルカの、無意識であるがゆえに淫靡な顔を目にした途端、先に弾けさせたのはカカシだった。
 下着の中、とっくに固くなっていたカカシはどろりとした液を吐き出していた。
 それを追うように弛緩したイルカの体。カカシの手の中でイルカの性器も濡れる。
 イルカは大きく息をついている。なんだよこれ、と頼りない呟きから、イルカにとって初めての吐精であったことが伺えた。
 手のひらから零れるイルカの白い種を荒い息のままカカシは舐めた。
「てめっ! カカシ! 汚ねえじゃねえか! 何しやがる!」
 カカシの行動を目敏く目にとめたイルカは跳ね上がるとカカシの手を弾いていた。
「ああ! もったいない!」
「ばかやろっ! 汚いっ!」
「汚くない! イルカちゃんの種なのに…!」
 カカシが未練がましく肩を落とすと、イルカは目を見張って、そして吹き出していた。
「っかじゃねーか、お前ぇ。こ〜のヘンタイ!」
 イルカはけらけらと甲高い笑い声をあげた。
 中途半端に濡れた下半身を出したままでイルカは無邪気に笑っている。自分が何をされたのかわかっているのかいないのか、そのうちに腹を抱えだす。
 そんなイルカを見ていたらカカシの中で渦まいた嵐のような欲がすうっと霧散した。
 カカシも一緒になって、二人花ビラを押しつぶして笑い続けた。
 花の匂いと、土の匂いと、そして、愛しいイルカの匂い。
 カカシの種はとうに弾けてイルカという豊穣の地に蒔かれていたことを知った。







 さわさわと揺れて頬を撫でる感触に目が覚める。
 うっすらと開いた視界には色鮮やかな花弁。
 秋の夜のかわいた空気が花畑を渡っていた。
 傍らのイルカ眠っていると思っていたが、目が合った。
 笑い疲れてそのまま二人で寄り添って眠ってしまったようだ。
「よう。ヘンタイカカシ……」
 イルカはからかうような口調で告げた。
「ごめん……」
 照れくささといたたまれなさからカカシが素直に謝ると、伸びてきたイルカの手に髪を引っ張られた。
「いたたっ! 痛いってイルカちゃん! 抜ける! 抜けちゃう!」
 容赦ない力に本当にカカシの髪がぶちっと抜けた。
「うるせー。わけわかんねえことした仕返しだ。ちょっと、怖かったんだからな……」
 唇を尖らすイルカにカカシの罪悪感は更に募る。
「ごめんね。ホントにごめんね」
 カカシが神妙に謝ると、イルカは笑顔を見せてくれた。
「俺は心の広いご主人様だからな、許してやる」
 大好きなイルカの笑顔に嬉しくなったカカシは馬鹿みたいににこにこと顔をほころばせた。やっぱりイルカは優しい。
 やれやれと起きあがったイルカはふうと息をつくと土を堀り始めた。
 途中カカシからクナイを借りて掘り続けた。深く抉った穴を前に、試験管の蓋を開ける。そこから神妙な手つきで母親の指を取り出すと、そっと、イルカは口づけた。
「……イルカちゃん」
 神聖な儀式を目にしているような気持ちになって、カカシは思わず姿勢をただしていた。
 イルカは土の中に指を静かに置くと、丁寧に土をかぶせて、柔らかな手つきでならした。
「……ありがとな、カカシ。でも、母ちゃんはここに埋めてやりたいんだ」
 鼻の下をこすったイルカの心なし濡れた黒い目にカカシはまた魅せられる。
 イルカの頬に触れて、ゆっくりとさすった。
「俺もそう思うよ。お母さんはここで、花の下で眠るほうがいい」
 カカシは笑いかけようとした。けれど口の端はわななき、視界は歪む。
 イルカは何も言わず、カカシに抱きついてきた。
 そう言えば、カカシはまだ泣いていなかった。四代目を失っても、まだ泣くことができずにいた。
 肩を震わせて、声を殺して、カカシは泣いた。
 あやすようにイルカの手がカカシの背をさする。カカシは小さな背を強く強く抱きしめる。たった一人の守りたい存在。今はもう、この存在だけだ。けれどそれだけで、いい。それだけあれば、カカシは生きていける。
 この胸の中、カカシにもイルカにも、いつか大きな華麗な花が咲くことだろう。
 そう信じてカカシはイルカを抱く腕に力をこめた。



















言葉もなく
「しどろ」のしどろさんのフリー配布からちょうだいしました。でもってこの話のイメージ映像になりました。
ありがとうございます。