□ 愛のたまご 21





「カカ、シ……」
 その時のイルカはといえば、仰臥して、体の上に女を乗せていた。
 絣を着てはいたが女の胸元は大きくはだけて下肢も乱れていた。イルカも上半身は裸で、女が散らせた後がいくつか色をつけていた。くつろげられた下肢には女の片方の手が入り込んでいた。
 イルカは目を覚ましたカカシの姿に自らの今の状況など忘れ女を脇にどけて起きあがった。
 その途端だった。すさまじいチャクラが溢れたのは。
 女がかすれた悲鳴を上げてイルカに抱きつけば、刃のような空気が場を満たす。
「カカシ!」
 イルカが制止しようと叫んでも、収まるどころかますます暴れ出す。
 イルカは女を置いて、カカシの元に飛びついた。
「やめろ、カカシ」
 イルカが胸の中に納めれば、ぴたりと部屋の空気が元の通りの静寂を取り戻す。
 イルカの腕の中のカカシは石のように固まったままだった。
「カカシ。俺だ、イルカだ」
 ぎゅうと強く抱きしめる。
「ごめんな。置いていってごめんな」
 髪に触れる。そっと撫でる。
「でもちゃーんと帰ってきただろ」
 焦点が合わずにぼうとしたままのカカシの顔を真っ正面から見た。目元が少し濡れている。涙の跡を口で拭って、そのまま唇に触れた。
「ただいま」
 笑顔を見せた途端、不覚にもイルカの目からも涙がこぼれた。



「イ、ル、カ」
「ああ。俺だ。イルカだ」
「イルカ」
 ぼんやりとイルカのことを見つめていたカカシだが、いきなりイルカのことを突き飛ばした。
 つんのめるイルカを置いてずかずかと部屋の中に入り、女の腕を乱暴につかんだ。
「出てけよ。気持ち悪いんだよ。イルカに触るな」
「カカシ、何するんだ」
「イルカは黙ってろよ」
 少年と言ってもいいカカシなのに、恫喝する声には大人の響きがあった。
 思わずイルカはびくりとなる。カカシはぴりぴりとする気を発して、イルカを睨む目も鋭かった。
 恐怖に震える女を部屋から追い立てると、カカシは今度はイルカに詰め寄ってきた。
 動けないイルカにのしかかると、有無を言わさず、顎を捕らえる。噛みつくようなキスをされていた。
 進入してきた舌はイルカの中を蹂躙し、呼吸もままならないほどにむさぼられた。
 カカシが離れた時にはイルカの眼前はかすみ、大きく肩で息をついていた。
 口元を濡らす唾液を手の甲で拭ってなんとかカカシを睨んだが、力が入らなかった。
「ねえイルカ。あの女と、何をしてたの」
 カカシの、声は優しかった。イルカの皮膚を撫でる手と同じように優しく、だがねっとりしていた。
「俺見たよ。あの女、イルカに触れてたね。イルカのあそこに、触ってたよね」
「だから、それは、カカシの為に」
「俺の為? なにが俺のため? 俺以外の奴に触らせるのが俺のため?」
 カカシの手はイルカの両肩を畳に縫いつけた。不意の力にイルカは後ろ頭を打ち付ける。
 くらりとなりながらも誤解を解きたくて、イルカは声をあげた。
「カカシが目を覚まさないから、もしかしたら、精液飲ませたら、目を覚ますかもしれないって思ったんだよ! 任務で疲れてて、自分じゃあできなかったら、だから」



「駄目だよ」
 イルカの声にかぶせるようにカカシの冷えた声がした。
 見上げたカカシはとても大人びた目をして、イルカのことを見ていた。
「俺以外の奴に触れさせるなんて、駄目」
 カカシの口がイルカの目に触れる。
「この目には、俺だけ、映して」
 鼻先に、触れる。
「俺の匂いだけ、かいで」
 唇を舐められる。
「俺の名前だけ、呼んで。俺にだけ、キスして」
 顔をそらしたイルカの耳を甘く噛む。
「俺の声だけ、きいて」
 そっと手をとられる。カカシは自らの頬を包むようにしてイルカの手に手を重ねる。
「俺にだけ触って。俺のことだけ抱きしめて」
 呆然とするイルカの右手の指先に、歯をたてる。ちくりとした痛みのあとにざらりと舌が這う。
「約束だから」
 カカシは上目遣いでイルカを射抜いた。その強い視線にイルカの心臓がどくんとはねた。



 視線をそらすことを許さない、ゆるぎないその目。
 イルカを抜いとめたまま、せつなく細められ、両手に包み込んだイルカの手を額にかざす。
「俺の、イルカ」
 凍り付いたように動けないイルカのことを抱きしめる手。
「イルカの、俺」
 甘く、強い声。
 ぐうっと腹の奥底からこみ上げてくるものにおされて、イルカは涙を溢れさせた。
「ふっ……ざ、けんな。俺は、誰のものでもねえ。勝手、言うな」
「どうして? どうして泣くの」
 カカシは透明な目の色でイルカを見つめる。
 まっすぐすぎる光がいたたまれない思いにさせる。
「俺、俺は、お前のこと、やっかいなことに関わっちまったなって、どっかでずっと、思ってた。なんで、俺が子育てなんてしなきゃなんねえんだって。わけわかんねえたまごから産まれた奴に、カマ掘られて、貧乏くじだって、思ってたんだよ」
「……うん、そうだね」
「お前のほうが、全然かわいそうだって、こと、わかってたんだけど、でも調子よくやってる姿見ると、俺のほうが、被害者だって、思って……」
 涙がどんどん溢れて止まらなくなる。ずずっと鼻をすするとカカシは柔らかく笑って、イルカの目尻をぺろりと舐めた。
「でも、俺なんかがカカシのこと、もらって育てなかったら、おまえ、とっくに立派な忍になってたんだよな。ごめ、ごめんな、カカシー……」
 情けないことだが、イルカはこれきれずに声を上げて大泣きとなった。
 隠れ里での気を張った日々。心に疑問を残しながらの敵討ち。カカシを孵してからの一年あまりの日々。そんなさまざまに凝縮されたことが一度にイルカの中に溢れて、行き場を求めて涙となった。
「なんで、イルカ。泣かないで。イルカが泣くと俺も悲しいよ」
 イルカよりも小さなカカシが必至になってイルカのことをなだめてくれる。頭を撫で、頬をさすり、涙を舐めて、背をぽんぽんと叩いてくれる。
「俺、お前のこと、ちゃんと、かわいがってやらなかった。邪険にすることばっかで。お前、子供なのに」
「そんなことない。そんなことないよ。俺は、イルカの元で孵って、よかったよ」
 謝罪の言葉を重ねるイルカをカカシは根気強くなだめてくれる。
 それでも泣きやむことができないイルカの口をカカシは塞いだ。
 上の唇とと下の唇を優しくはんで、口腔内に入り込んできた舌が歯列を割って奥に隠れるイルカの舌を絡め取る。勢いにまかせたものではなく、穏やかで、それでいて背筋をぞくぞくとさせうようなくちづけにイルカは気づけばカカシにすがりついていた。
「カカシ。カカシ。カカシ」
 膜がはった視界。いっぱいに映るカカシは上気した頬にとろけるような優しい顔をしていた。
「イルカ。お帰り。もうどこにも行かないで。行っちゃヤダよ」
「ごめ、ごめんな、カカシ」
 必至でイルカもカカシの背に手を伸ばしてやれば、固い筋肉、広い背中の感覚にまばたきを繰り返す。
「カカシ……?」
 いつの間にかイルカはカカシに抱き込まれるようにして布団の上に背をつけていた。



 イルカのことを見下ろすカカシは、完全に成長していた。
 銀色の髪、色違いの目はもちろんそのままに、しかし鋭くなった顎の線。思わず頬に触れれば滑らかな感触は同じなのに固い皮膚。イルカを見つめる細められた瞳には艶めく色があった。
「おまえ、これが、完全体、か?」
「うん。多分ね」
 声は低く、耳に心地よく響く。美声といっていいだろう。イルカはぽかんと開いた口はそのままにカカシの顔を両手ではさんで、くいいるように見た。
「悔しいけど、お前ぇ、やっぱおっとこ前じゃん」
「そう? ありがと。イルカのタイプに育ってよかった」
 笑うと、目尻がさがって優男のような風情になる。きっと笑顔ひとつで女をたらしこめるだろう。
 急な展開に愕きが先にたったイルカだったが、落ち着いてくれば、むくむくと悔しい気持ちがわき出てきた。
「なんだよ、俺、心配したんだからな。カカシがこのまま目を覚まさなかったらどうすりゃいいんだって。必至になって、セーエキ飲ませなきゃならねえって、思って。疲れてるのに。くそっ」
 忌々しくイルカが吐き捨てれば、カカシは笑った。
「よかった。いつものイルカに戻ったね」
 その言い方がまた大人びて、いや、すっかり大人なのだが、イルカには少し気に障る。
「どけよ。火影さまに、知らせないと」
「イルカ」
 カカシの厚い胸板を押したイルカの手を、カカシは捕らえてしまった。真面目な顔をして、イルカを見つめているが、かすかに暗い憂いが見えて、イルカは首をかしげる。
「どうした? もう、成長したからって邪険にしたりしねえよ」
「イルカ」
 カカシの顔が近づいてきた。イルカの耳元にふっと吐息がかかって、イルカはなぜか目を閉じてしまう。耳の奥に、脳髄に直接浴びせるような声は甘かった。
「ごめんね。疲れてるんだよね。でもごめんね」
 何を謝るのか。それを問いかける前にイルカはカカシの胸の中に抱き込まれた。





 遠くから、快い音色が届く。
 ゆっくりと、ゆっくりと覚醒してきた脳裏を満たしてイルカの目を開けさせた。
 ぼんやりと思考が拡散して現状についていけない。とりあえず横たわっている体を起きあがらせようとして、痛みにのめる。
「っ」
 体の痛みが、記憶のフラッシュバックを起こした。
 よみがえるのは嵐のような、まじわりの記憶。
 カカシはイルカの拒否する声を塞いで、情けないが泣きがはいってもやめてくれなかった。口ではごめんと言いながら、何回も何回もイルカの中に注いだ。不自然な体勢でそれでも唇を求められてイルカの体はぎしぎしと痛んでいた。
「っの、ヤロー……」
 罵声さえ力無くかすれている。布団のなかで裸の体をうかがえば、そこら中に散る赤い跡と、下肢の濡れたさまにがーっと頬が熱くなる。最後のほうはあまり記憶がない。ただ、体の奥に熱い飛沫を感じた。
 痛みと、そして、否定したいが快楽があった。乱暴に、抱かれたのに。それでもカカシの声は甘く優しく、触れる手は慎重で優しくてイルカを傷つけないようにと気遣ってくれていた。
 のろのろ起きあがり窓の外を見ればとうに日は暮れていたらしく、切り取られた四角の向こうに月がぽつんと浮かんでいた。どこかの部屋でつま弾く三味線の音。
 カカシの無理強いを怒る気にはなれなかった。どちらかといえば肩の力が抜けた。落ち着くべきところに落ち着いたようなさっぱりした感じがある。
 カカシはいない。だが部屋には濃厚な気配が残っており、イルカはため息を落とした。
 そういえば、とふと思った。
「カカシの奴、俺のセーエキ飲んだのかな」














つづく。。。