□ 愛のたまご 13






「イルカ〜」
 甘ったれた声を出して、後ろからカカシが抱きついてくる。
 途端、イルカの背は緊張で固くなる。
 カカシはぎゅうっと体を押しつけて、イルカを抱きしめる手に力をこめる。
「イルカー。しようよ〜」
 ちゅうっと首筋に吸い付く。
 背中にはとんがったカカシのブツが元気よくイルカにあたっている。
 イルカは巻き付くカカシの腕をはがして振り向くと人相悪く告げた。
「お前、あの時もうしないっていっただろうが! し・な・い! 金輪際しない! ってなんで裸なんだ! 服を着ろー!」
 カカシは素っ裸で立っていた。あそこも、勃っていた。見たくないのに目がいってしまう。元気よく天つくブツは年の割に、でかいような、気もする。相変わらずしっぽをはやしたまま、猫耳もついている。首輪も装着している。そんな猫人間が裸で部屋にいるという事実にイルカはくらくらと目眩を覚える。一体どんなマニアな世界なんだここは!
 うすく下生えが生えているのが子供と大人の境に突入したあやうさをはらんでとてもとてもイケナイ姿に思える。それはまるで動く猥褻。
 イルカは頭を抱えて適当にそのへんにあった上着を投げつけた。
「服を着ろ。あの時思いっっっきりしただろうが」
「あの時はあの時。俺はまたしたいの。イルカとしたい」
「俺はしたくない」
 ふんとイルカはそっぽをむいた。



 あれから二人はたいして今までとかわらない日常を過ごしていた。
 カカシはもしやいきなり大人になったりするのかとイルカは心構えをしていたが、変わらず姿は半猫で、15、6才くらいの姿だ。ただ猫語はめっきりしゃべらなくなった。



「だいたいだな、なんで男同士でセックスしなけりゃならねえんだ。いいかカカシ、お前は男なんだから、もしもどうしても、したいってんなら、火影さまに頼んでやるから、くの一の……」
 知ったように説教していたイルカの顔をぐいと両手でつかんだカカシは、ちゅ、ちゅ、と柔らかく唇に触れてきた。
「イルカ、好き。好き好き。イルカとしたい」
 額を合わせて、色違いの目が焦点も合わないくらいのところで見つめている。なまめいた欲に、イルカはぞっとした。
「ど、どうしても、俺と、したいってんなら、じゃあ、俺が、カカシに、つ、つっこんでやる!」
「駄目。俺がつっこむ。つっこんで、イルカの中に出す」
「だ、出すだとー!?」
 イルカはむきゃーと叫んでカカシを突き飛ばした。
「俺にけつむけて迫っていたのはどこのどいつだ。人が、人が、優しくしてやれば調子にのって」
 カカシは怒るイルカをさらに煽るようにあっかんべーをした。
「ぜーんぜん優しくないじゃん。俺のことすーぐ見捨てるしさ。優しいならさっさとやらせてよ」
 カカシは痛いところをついてくるが、イルカの堪忍袋の緒は切れた。
「やってやる。俺がやってやる」
 かちゃかちゃとズボンのジッパーを下ろそうとしたイルカに冷える一言が降ってきた。
「勃つの?」
 ぴたりとイルカの手は止まる。元々、強いほうではないのだ。しかも目の前にいるのは綺麗な女性でもなく、ガキ、オス、だ。倒錯的な姿をしているが、あいにくとイルカはまっとうな思考の人間だから、この状況で勃たせるのは至難の業だ。



 動きを止めたイルカの手に、カカシの肉球ぷにぷにの手が重ねられる。どきりとしたイルカが顔を上げると、カカシは赤い口をわざとらしく舐めて囁いた。
「さわってやろうか? 俺の手、気持ちいいんでしょ」
 カカシの言いぐさに、イルカはがんと頭を殴られたような衝撃を受けた。
 子供のくせに。子供のくせに、と。こうなったらどうでもいいような言葉が頭をまわる。
「だったらつっこむ時にほぐすとか気をつかえ! いきなりつっこむ奴がいるか! 元々ケツの穴は出すとこなんだよ。挿れるとこじゃねえんだ。いきなりつっこまれたら痛ぇんだよ! たとえガキのもんでもなっ」
 息を荒げてイルカは一言で言い切った。下品なことを言ったような気がするが、どうでもいい。
 しかし、イルカの怒りなどどこ吹く風。カカシは首をかしげた。



「なんで? 痛くたっていいでしょ」



 イルカは耳を疑った。
 もしや、カカシは、サドっけがあるのか? しのび卵にはそんな要素まであるのか? なんて一瞬の逃避から戻ってイルカはぷるぷると頭を振る。
「い、痛くていいわけあるか。少しは、気を遣え」
「だって俺は痛くないもん。イルカの中気持ちいいし、だからイルカもいいんじゃないの?」
「い、いいわけない。俺は、この間あの世の両親に会いそうになったんだからな」
「なにそれ? 意味わかんないよ」
 カカシはつまらなさそうに肩をすくめる。



「……」
 そうか、とイルカはぼんやりと納得した。
 カカシは、獣なのだ。獣は人のようにセックスに快楽など求めはしない。ただ体の要求に動かされて、種の保存の為に交尾するだけだ。
 イルカとの交尾も、もしかしたら、カカシにとってはたいして意味のあることではないのかもしれない。ただ成長の過程での欲求ということなのかもしれない。
 じっとイルカからの答えを待っているカカシ。後ろのしっぽがゆーらゆーらと揺れている。その単調な動きがイルカに答えをせまっている。
「わかった……」
 イルカは諦めて頷いた。





 カカシが性欲まんたんになってから三週間。
 その間イルカはカカシと交渉を持つこと、平均して三日に一回。日に日に憔悴していくイルカにとうとう火影からの呼び出しがかかった。
 幽鬼のように影薄く執務室を訪れたイルカに、さすがの火影も煙管を落としてしまった。
「イルカよ。おぬしやつれたなあ」
 火影に寄ってこられたが、きっ、と眼光鋭くにらみ返した。
「だーれーのーせーいーでーすーかー」
 隈が浮かんだ顔で睨み付ければ、さすがの火影もうっとつまった。
「誰のせいと言われてもだな、まあそれはなんというかな……」
 言いよどむ火影にイルカはふんと顔をそらした。
「火影さまは悪くないですよ。いいんです。俺が決めたんですから、カカシを育てるって。俺はしのび卵を育てるための人身御供ですから」
「人聞きの悪いことを言いおるのお」
 火影は恨めしげに呟くが、イルカとしては真実そんな気持ちだ。今更ながらだが、後悔、先にたたず。





 カカシの交尾に付き合うこと10回ちかく。カカシはイルカに気遣うことなくつっこんでくる。そして自分の快楽だけを追って、果てて、うっとりと眠る。カカシは絶好調で肌つやもいいが、イルカの疲弊することはなはだしい。
 乱暴なカカシとの性交で体は疲れ果て、人には言えない深い場所がいつもじくじくと疼き、生活に支障をきたすくらいだ。
 唯一のなぐさめといえば、カカシとの性交、いや、交尾で快楽を伴うことがないということ。
 カカシはイルカが望めば下肢に触れるくらいのことはするだろう。だがイルカはそれは拒絶した。カカシとの交尾はあくまでもカカシの成長過程に過ぎない。カカシの為にやっていることだ。そこにイルカの快楽などはさんでしまったら、それは本来の目的からはずれてしまう気がする。快楽を求めてカカシと交わってしまったら、イルカにはもうカカシを育てる資格などない。そう思って、イルカは拷問のような交尾に耐えていた。
 だがそれも限界がきている。
 今日など体術の授業中に子供達に抱きつかれて意識をとばしそうになった。最近のイルカの憔悴っぷりに事情を知らない同僚は病気ではないかと本気で心配しはじめた。
 執務室のほかほかのソファにゆっくりと腰を下ろしたイルカは腹の底から息を吐き出した。
「カカシは、見た目は特に変わってはいませんけど、チャクラが、なんとなくですが違ってきたような気がします。内に秘めてる量が前より大きいです。巻物もいろいろ読んでいるし、多分、術も、かなり覚えてるんじゃないですか?」
 ソファの背もたれに背中を預けて天井を仰ぐ。最近はため息しかでてこない。
 カカシが見えない部分で成長していることはイルカにとって慰めになった。ただカカシにやられてるだけではイルカは自分自身がさすがにかわいそうだ。
「イルカ、カカシに言い聞かせているのか? おぬしがそこまで疲弊することないではないか」
 さすがの火影も同情めいた言葉を口にする。イルカは苦笑した。
「言い聞かせるっていいましてもね、今のあいつはケダモノなんです。ケ・ダ・モ・ノ。つっこんで出して終わりです。でも最近ちょっとイクのが遅いんですよね〜。困ったもんです。あっはっはーだ」
 肩をすくめてイルカは自虐的に笑った。もう、笑うしかないではないか。
 こうなってみると、幼児の頃、駄猫がいた頃のカカシは平和そのものだった。そりゃあセーエキ飲ませろだのちゅうしろだの言われていたが、まさか本当にこんなカラダの関係ができあがってしまうことなど思ってもいなかった。
 しかも、それを受け入れてる自分。責任感からくるものだが、根がくそまじめな自分の性格が少し嫌になってきた。



「火影さま、今度カカシのチャクラとかきちんと見てやってくださいよ。おそらくもう上忍レベルにはなってるんじゃないですかね」
 適当に愚痴って高級茶菓子をもらったイルカが帰りしなに頼むと、火影に不意に手を握られた。その手の平には小瓶とチューブが載っていた。
「……なんですかこれ」
 火影は少し頬を染めて頷いた。
「潤滑剤と、事後のケアのための薬じゃ。特別に調合させたからな」
「…………」
 どうやら火影はこれを渡したくてイルカを呼んだらしい。
 手のひらのブツを壁にたたきつけたい衝動を堪えて、イルカはひきつりながらもにっこり笑った。
「お気遣いいただき、誠に、ありがごう、ございますっ」
 イルカは火影の足をついつい踏んづけつつもきちんとお礼を言って執務室を後にした。





 部屋は暗くしている。いつものようにカカシに背を向けて、尻だけを出して、カカシが入ってくるのを待つ。痛みを堪える意味もあって、イルカはいつも枕を抱える。
 中だしするなと最初に言ったがカカシはどうやるのかと聞いてきた。出す直前に抜けと言ったが、できないとべそをかいた。一度やらせてみたがカカシはうまくタイミングをはかれずに、イルカは尻にかけられてしまった。その時の情けなさが、イルカに決意させた。カカシのゴムはいつもイルカがつけてやっている。



「イルカー…。気持ちいいー…」
 なにが気持ちいいものか。
 カカシはイルカに打ち付けながら息を乱しているが、イルカはちっともよくない。
「わかった、から、早く、終われ! おま、最近、長い」
「だ……って、イルカの、中、すっごく、いい、から」
 そう言いながらも打ち付ける動きを少し変えて、カカシは自らの快楽を追う。
 イルカの息子は機能的には反射作用でもあるのか心なし首をもたげてるが、快楽からはほど遠い。
 快楽どころか、さっきから、胃のほうからこみ上げてくるものがある。頭も痛い。意識したらなおさら加速をつけてひどくなる。
「カカシ! 頼むから、早く、終わ、れ」
 カカシは聞いているのかいないのか、ただ、動きが早くなる。水っぽい音と肉を打つ音が生々しく響く。唇をきつくかみしめながら、イルカは迷っていた。
 今夜は気分の悪さが半端じゃない。血の気が抜けていくのがわかる。最後までカカシに付き合えるか不安だ。せめて、気を紛らした方が、と思い、決めた。
 今までそんなことはしたことがない。だが背に腹はかえられないと、下肢を握りこんだ。指をわっかにして上下にする。
「ん……」
 久しぶりの感覚に先端がじわりと濡れるのがわかる。カカシの動きにあわせるわけではないが、動きを激しくすれば前からもじゅくじゅくと水っぽい音があがる。
「イルカ……?」
 カカシは敏感に気づいた。ああもしかしたら、中にいるカカシを締め付けてしまったかもしれない。
「え? イルカ? なに? あ、ん! ちょっと、何、したの?」
 とまどいながらもカカシが覆い被さってきた。汗ばんでいた肌に衣服が張り付く。カカシの荒い息が首のあたりにかかる。なぜかイルカはぞくぞくとした。枕につっぷしたまま、両手で性器を握り込む。上下に激しくすきながら、手っ取り早く先端を弾いた。
「……!」
 くぐもった声を出してしまった。
 放出。手の中から、こぼれる、液。
「イルカ、やだ、俺、なんか……あああ!」
 イルカの中で膨らんだカカシが、果てた。そこまでだった。イルカはがんがんと頭を襲う痛みに意識を手放した。





 ひーんひーんと泣き声が聞こえる。
 とてもとても悲しそうな声だ。腹のあたりが重い。ぽかりと目を開ければ、見慣れた天井。この半年の間に、この家にはかなりお邪魔しているなあとイルカは暢気に考えた。
「大丈夫か、イルカよ」
 視界が暗くなり、にゅっと火影の顔がでてきた。
「はあ。まあ。生きてますね」
「医者に診せたら激しい疲労からくる体調不良と言っておったぞ」
「まあそんなとこでしょうね。俺、体力には結構自信あったんですけどね」
 ことが終わった途端気絶してしまうとは。よほど疲労がたまっていたということか。火影はイルカの耳元に囁いた。
「あそこも事情を話して診て貰ったからな。かなり傷んでいるから、静養が必要だと言っておったわい」
「はは。静養ね。お気遣い、重ね重ねありがとうございます」
 イルカはなんだかどっと疲れたが火影の心配はわかるから礼は言う。
 それだ告げた火影は、心得たようにイルカと泣き伏したままのカカシを置いて居間から出て行った。



 カカシは、イルカの腹のあたりに顔を伏せてずっと泣いている。
「おーい、カカシ。何泣いてんだよ」
 ずずっと盛大に鼻をすすったカカシは、顔を上げたがイルカに背を向けてしまって膝を抱えて背中を丸める。
「なんだよ、顔見せてくれよ」
「……俺、合わせる顔がない」
 カカシの神妙な声にイルカの顔はほころんだ。
「なんだよ、調子狂うだろ。俺なんともないからな。ちょっと疲れただけだ」
「でも、火影さまに、俺のせいだって、言われた」
「なんて言われたんだよ」
「俺が、イルカに無理させてるって。俺のせいで、イルカが苦しいって」
「そりゃあちょっと大げさだな。苦しくなんてないからな」
「嘘だ。イルカ真っ青で、俺、イルカが、死んじゃったかと思って、びっくりして、ここに」
 ひっくひっくとカカシは肩を揺らす。
 成長したなあと思っていたが、どうやらカカシの中身はまだまだ子供だったらしい。
「カカシ、こっち向け」
 ふるふるとカカシはかたくなに首を振る。カカシはまだまだ子供で、頑固なようだ。ふうとイルカはため息をついた。
「カカシ、俺のセーエキ飲んだのか?」
 イルカは交尾の痛みに耐えきれずに思わず自慰してしまい、出してそのまま気絶してしまった。カカシが望んでいたセーエキ出しっぱなしで。
「なあカカシ、どうなんだよ」
「そん、なの、飲むわけないだろ! イルカが死んでたのに!」
「おいおい、勝手に殺すなよ」
 笑ったら思わぬところに力が入ったようで、いてて、と顔をしかめる。カカシは耳をぴんと立てて素早く反応した。
 振り向いた顔は、泣きはらして目は真っ赤でまぶたははれぼったく、頬も涙でかさかさ。かなりぶさいくだった。
 イルカはつい吹きだしてしまった。
「カカシ〜。今のお前かなりぶっさくだぞ」
 来い来いとイルカが布団から手を出して招けば、カカシはためらいながらもやってきた。イルカが手を伸ばしてカカシのうなじを引き寄せると、素直にイルカの首根っこのあたりに倒れ込んできた。
「心配かけてごめんな」
 カカシのことを優しく優しく撫でる。猫の耳のふわふわの毛にも触れる。



 確かに、カカシとの日をおかない交尾で疲弊したが、カカシはしおれてへこんでいる。カカシはカカシなりに妥協している点もあり、こんなに落ち込むことはない。きっとカカシの中での衝動がイルカを求めるのだろう。そのことを駄目だと言ってしまうのは、しのび卵として生まれたカカシの存在自体を否定してしまうことにもなってしまうではないか。
 我ながらひとがいいなあと思いながらもイルカはそんなふうに思うのだ。
 カカシが落ち着いた雰囲気を取り戻した頃合いを見計らって、イルカはそっと問いかけた。
「カカシは、なんで俺と交尾するんだ?」
「わかんない。知らない、そんなこと」
「そっか。そうだよな。わっかんねえよなあ」
 イルカにだってわからないことばかりだ。イルカはついつい意味を求めてしまう。
「でも」
 ふと、カカシが顔を上げた。
 カカシの顔があまりに真剣だから、イルカも目をそらすことができずに見つめかえす。カカシの色違いの目。青い方は深い深い水の底を連想させる。その沈静したものと相対する赤の目。炎のように、熱を感じる、色。その赤の中に、かすかに、点のような黒が、見える。イルカはうつくしい色に引き込まれた。
「好き」
 え、と耳に届いた声にまばたきをする。カカシはイルカの右手を自らの両手で包んでいた。イルカの指先にそっと口づけた。
「好き。イルカが好き」
 イルカの無骨な指をついばむ仕草が、無心で、清らかで、イルカは、うん、と頷いた。なんだろう。体が温かい。自然と笑みこぼれるのはなぜなのだろう。
「うん。オレも、好きだからな、カカシのこと」
 もしもカカシが、ナルトよりも? と聞いてきたら、そうだ、と言ってやろうと思った。
 だがカカシは何も言わずに、きれいな笑顔でほろりと一粒涙をこぼした。








つづく。。。