少年上忍中年中忍 第二部 B





 しかしだ。
 それでどうしたらいいかまではタギは教えてくれなかった。これ以上は二人の問題。力を合わせて乗り越えてこそ愛が深まるとふざけたことをぬかすから、かるく殴っておいた。
 確かに誰かにとやかく言われることではなくて、自分たちの問題だということはわかる。わかるが、恋愛オンチと言ってもいいイルカにとってかなりの難問だ。それでなくても少しばかり普通の恋愛ではないというのに。
 心ときめいた記憶は遠く、遠すぎるくらいにかすんでしまい、とてもみずみずしい気持ちを思い出させてはくれなかった。
 ならば、とイルカなりに考えてみた。周囲から情報を拾ってみた。
 年頃の子供たちが読みそうな雑誌をこっそり立ち読みもしてみた。初めて目にするような雑誌には破廉恥きわまりないことも多く書いてあり今時のガキ共は、と目を白黒させつつ、なんとかこれはと思えるものを発見した。
『つきあい始めた彼がいます。ずっと好きだった人だから嬉しいのに、緊張して、彼の前ではいつも黙り込んでしまいます。このままでは彼と別れてしまうことになるかもしれません。どうしたらいいか教えてください』
 これだ! と本屋で立ち読みしつつイルカは小さくガッツポーズを作る。
 アカデミーに通っていそうな子供たち向けの雑誌ということに問題はあるが、それはこの際目をつむる。
 そして回答とやらに目を向ける。
『わかるわかるーキンチョーするよねー(笑)。あたしもそうだった』
 という書き出しになんだこれは、どこの小娘が答えているのだとぴきりとくるが、それもおいておき、雑誌に目を走らせる。
『超かわいい。ういういしいってやつ? でもねえ、ずっとキンチョーしてたらそりゃあ間違いなくふられちゃうよ。カレシも呆れるよ』
 呆れると言うより俺はどうしたらいいか煮詰まっている。
『キンチョーしてるだけだって言えばいいじゃん? あ、言えたら相談してこないか。ぎゃはは』
 雑誌を掴むイルカの手に力がこもる。なんだこれは。相談者は真面目に相談しているのに、ぎゃはは? この雑誌は問題おおありだ。のちほどたっぷりとクレームの手紙でも書かねばなるまい。
 と、憤慨しつつもイルカの目は続きを読む。
『ごめんごめん、茶化してるわけじゃないからねー。まじめに言うよ? 口で言えないならさあ、カレシのこと押し倒しちゃえ〜。抱いて〜って!!!』
 そこでとうとうイルカは雑誌を閉じた。つまれていた場所にばんとおいて、足音も荒く本屋を後にする。
 肩をいからして商店街をかっかして歩いていたが、ふと、立ち止まる。
 待てよ、と思考の片隅で思う。
 あのふざけた回答はあながち間違いではないのかもしれない。
 確かに言葉で言えなければ行動で示すというのはいい方法かもしれない。まあ、程度問題はあるが。
 うん、とイルカは大きく頷いた。
 直球勝負だ! だいの男がうじうじするな!
 翌日、イルカが受け付け当番の日。
 少し前に報告書をもってきたカカシはそのままソファに座っていた。ちらちらと視線を寄越して、目が合うと慌てて逸らす。イルカのことを待っているのは丸わかりだった。
 しめしめと内心イルカはほくそ笑む。この後カカシを一楽に誘う。その帰り道が勝負だ。
 と思って誘った一楽からの帰り。
「今日は星がきれいですね〜」
 雲がはけて月も見えず、瞬く星がよく見える。カカシの緊張をほぐすためになにげない会話から入ってみる。カカシはそうですね、と同意して、イルカと同じように空を見上げる。
 無防備な横顔をちらりと見て、すすっと手を伸ばす。カカシの手を握る。
 びくりとカカシが体を緊張させて、イルカのことを見上げてきた。大きく目を見開いて、うるりとイルカのことを見つめる。恋人に手をつながれて嬉しくて、目を潤ませている……といきたいところだが、なにやら怯えているような様子に見えるのは気のせいなのだろうか。
「あの、ですね。カカシ先生」
 と言ったところで、結構乱暴につないだ手を離された。
「カカシ、先生?」
 さすがにあきれてイルカは手をもう一度伸ばそうとしたが、カカシは身を引く。
「おやすみなさい!」
 叫ぶように口にすると、くるりと背を向けて、走り出してしまった。
 手を伸ばしたままの姿勢で、イルカは固まる。
 いくら、照れている、緊張してると言っても、限度というものがあるはずだ。カカシのこの態度は、その限度を超えていないだろうか?
 ひゅうと風が吹き抜けて、遠くでは犬の遠吠えがする。
 しばしその場でかたまり通りがかる人たちに指さされていたイルカだが、小さなくしゃみがでたところでやっと帰路につく。
 どうしてもとぼとぼと力なく歩いてしまう。
 所詮、20も年の差があってうまくいくわけがない。年の差だけでなく互いの間には逆転した上下関係もある。考えてみれば話を合わせるために気を遣っていた。教員をしているから他の大人よりも子供達の話題にはついていける。だがカカシの場合は幼少をいくさ場で過ごした故にさらにどんな話をすればいいのかと考えたものだ。
 イルカなりにカカシのことを好きになっていたのに……。どうやら空回りしていたようだ。
 ふうと疲れた吐息が漏れる。なんとなく触れた頬はがさがさだ。最近忙しかった事に加えてカカシのことでそれなりに悩んでいたことが肌にでたのだろうか。
 そう、イルカはおっさん。カカシは未来に希望が満載の少年。
 なんだかどうでもよくなってきた。カカシがけっしてイルカに飽きたわけではなく過剰な照れからくる態度なのだとしても、さすがに疲れた。
 ケチなプライドなんて捨てる。どうどうと別れてやる。このままの状態を続けるのはイルカのほうが耐えられない。大人であるからこそ、もろいのだ。子供は、突っ走って激突しても立ち上がることができて、へたにつまずいたとしてもそれを許してもらえる。怖いもの知らずで、その分子供のほうが実際は強い。
 大人になって、心が強くなるなんてそんなことはまやかしだ。弱いままでいることが許されないから、臆病な心はますます覆う殻を固くしていくだけだ。
 カカシのことで頭を悩ませるのが面倒になってきた。もうやめてしまいたい。
 ずっと言えなかった別れの言葉を、明日こそは言える気がした。









A。。。C