少年上忍中年中忍 第二部 21 最終話





 とは言っても子供の姿のままで支障をきたすのはイルカのほうだ。
 子供のままでアカデミーにでるわけにはいかない。それに子供の姿にチャクラをコントロールすることはムツカシイのだ。だから妥協案として、カカシと二人で過ごす時は徹底して子供のままでいるということにした。
 受付所やその他の場所で大人の姿で会う時には出来る限り無視をきめこんだ。カカシの無謀に怒っているとアピールしているつもりだ。周りは二人の痴話喧嘩に呆れかえってまあせいぜい頑張れと脱力気味のコメントを寄越すだけだ。
 しかし敵はさすがに上忍。外でイルカが無視してもにっこりと笑いかけ、その無敵の笑顔にイルカではなく外野のほうがため息を落とす始末。大人のカカシは胡散臭い風貌にもかかわらず美形オーラをかもしだし、女性達をとりこにしていた。
 内心イルカは気が気ではない。もしかしたらくだらない嫉妬でカカシに子供の姿に戻って欲しいと思っているのかも知れないのか、と自問した。
 いや、そうではない。確かに二人の間に横たわる二十年の歳月をなかったことにはできないが、これから一緒に年を重ねていきたいと思うのだ。だから一足飛びの成長なんて、嫌なのだ。
「ねえイルカさん。最近お疲れですよー。そろそろ大人に戻ったらいいんじゃないですか?」
 テレビを見ながらうつらうつらと船を漕いでいたら、後ろからカカシにのし掛かられた。いつの間にか風呂から上がったようだ。
「重い。どけよ」
「なんだか子供姿のイルカさんって口調まで乱暴になりますよね」
 そう言いつつカカシはイルカのことをあぐらをかいたところに抱え込む。ぎゅっと抱きしめられて、カカシからは石けんの匂いがした。抗議する前に頬にキスされて、ぼっと沸騰してしまう。
「あ、照れてる。かわいいなあ」
「カカシさん!」
 ほおずりされる。互いの肌がつるつるだから気持ちよく滑る。これが逆であればこうはいかなかっただろう。大人のカカシは子供の頃とかわらず美肌なのだ。
 暖かくて、ぬくもりが気持ちよくて、それに疲れているのは確かで、イルカは結局そのままカカシの腕の中で大人しくなる。
 いくらカカシの前だけで姿を変えると言っても疲労は蓄積する。力のある忍なら苦にはならないのだろうが、イルカにとっては常にチャクラをコントロールして姿を保つことは大変なことだった。寝ている間に姿が戻るというへまをしでかしていないがそれも時間の問題のような気がする。
 子供の姿になったイルカを最初は歓迎していなかったカカシだが、すぐに機嫌がよくなった。なぜならイルカがいつも体の中に収まるし、たいした抵抗をしないからだ。カカシは思う存分イルカを甘やかして喜んでいた。
「最初から俺のほうが大人でイルカさんが子供だったらうまういってたんだよ」
 そうかもしれない。何故にイルカはカカシをこんなふうにかわいがったりしなかったのだろう。答えは明白だ。カカシは今のイルカのように腕の中で大人しくなんてしていない。すぐにむらむらとして不埒なことをしかけてくるのだから。
 子供のイルカをカカシは腕の中に包み込んで眠る。最初は拒んでいたイルカだが、冬の寒さと、何度言っても起きたときにはカカシがいるという現実に早々に諦めた。
「疲弊している俺がかわいそうだなあと思うならそろそろ子供に戻ってほしいんですけどね」
「俺が戻るよりイルカさんが戻るほうが早いって」
 最近はそんな会話ばかり繰り返している。
 カカシが言うように、このままでもいいような気がしてくる。だいたいそのうちにイルカのほうが限界を迎えることは目に見えている。そうしたら体調を整えてまた一からやり直すのだろうか。
 ぬくもりにだんだんとまぶたが重くなる。
 どうしてこうなにもかもうまくいかなのだろう。
 カカシとの恋に前向きになった途端にこの始末だ。神さまとやらがいるのなら訊きたいくらいだ。俺がなにかしましたか、と。
 そのまま本格的に寝入りそうになったイルカだったが、腹のあたりが撫でられる感触にぱちりと目を開ける。
「カカシさん!」
「あ、起きちゃった? ちょっとだけ。触るだけだから」
「あんたは鬼ですか! 俺は今十五の子供なんですよ。それを」
「ええ〜? 子供って、そんなことないよ。そりゃあ三十五のイルカさんからしたら子供に見えたのかもしれないけど、俺から言わせればもうそんなに子供じゃないよ。ほら、ちゃんと下だってさあ」
 みなまで言わずにカカシのもう片方の手がパジャマの下に潜り込んで、うっすらと毛の生えそろっているそのあたりを撫でたのだ。
 かあっとイルカは羞恥に赤くなる。油断していた。子供の姿になってから不埒なことをしかけてこなかったカカシだが、あのカカシがそんな我慢をするわけがない。そこでぴんときた。
「カカシさん。あなたもしかして寝てる俺になんかしたりしてませんよねええ」
 動きを止めたカカシはイルカの顔をのぞき込む。さわやかに笑って、言いきった。
「ちょとだけ触りました」
「ヘンタイ!」
 カカシから身を引いてぽかりと頭を殴りつけた。
「帰ってください! しばらく出入り禁止!」
「じゃあ浮気しちゃおうかなあ」
「え……?」
 カカシは思いがけないことを口にした。拗ねた表情で、ちらりとイルカのことを見る。
「なんで俺達こんな争い続けてるの? なんでイルカさんは俺が考えつくこといちいち全部否定するの? 俺は少しでもイルカさんに近づきたいから必死なのに、イルカさんは全然わかろうとしてくれない。でも俺はイルカさんが好き。諦めることなんてできない。もうどうしたらいいのって思うよ」
「全部否定なんてしてないだろ……」
「してるよ」
 言いがかりだ、と思うが、カカシがそう思うことも理解できた。イルカの常識の範疇からはずれたカカシの言動。わからないこと、それを、理解しようと努力してきただろうか。全くわからないと最初から受けいれないのと、少しでも歩み寄ろうとする姿勢では大きな隔たりがある。
 やはり無意識にも自分が優位だと思っていたのだろうか。頭ごなしに否定してきただろうか。
「悪かった、カカシさん」
 素直に謝罪の言葉がでるのは『浮気』なんていう単語が飛び出たからだ。カカシからそんな言葉がでるなんて、全く考えたこともなかった。カカシはずっと好きでいてくれるとでも思っていたのだろうか。
 不意に、不安がやってくる。だから本気になるのが嫌で気持ちをセーブしていたのかもしれない。
 このまま付き合っていったとして、いつか終わりがくるのなら、捨てられる可能性が高いのはイルカのほうだ。カカシには前途洋々たる未来がある。イルカはますますおっさんになるばかり。
 こんなに年の差があれば、普通は年が上のほうがこうして不安に苛まれるのだろうなあと今更ながらのことをイルカは悟った。けれどもしもの不吉な未来がきたとしても、イルカはやはりイルカだから、カカシにすがるなんてことはできないだろう。
「イルカさん、どしたの? ごめん、浮気なんて嘘ですよ?」
 黙ってしまったイルカの頭にカカシが触れてくる。それを払ったイルカは立ちあがっていきなりパジャマを脱ぎ始めた。
「イルカさん?」
 慌てるカカシの前でさっさとすっぽんぽんになった。そしてベッドの上に横たわる。
「しましょう。確かに十代の頃って一番こういうことに興味あるし、したいなあって思いますよね。俺そのあたりのこと忘れてました」
 ふうと腹から息を吐き出す。緊張が解ける。
 おろおろとしたままのカカシをねめつけた。
「どうしたんですか? さっさとしましょうよ」
「イルカさん」
 イルカの剣幕にカカシは困ったように眉ねを寄せる。
「そんな、無理しないでよ。俺、浮気なんてしないから。絶対にしないよ」
 宥めるような大人なもの言いにイルカはかっとなる。起きあがると座ったままのカカシに飛びついて、スウェットの下に手をかける。
「ちょっと! なにするんですか!」
「してあげますよ。カカシさんすっごくやりたがってたじゃないですか! 大人の姿になったらそんな気なくしたっていうんですか?」
「イルカさん!」
 カカシの悲鳴のような声を無視して萎えたままのカカシのものを引っ張り出す。根本を持って、ちらりとカカシを見上げれば、白皙の顔を赤く染めて、イルカの行動に身をすくませていた。大人の姿のカカシの子供な部分を久しぶりに見た気がして嬉しくなる。きれいな色をした先端にちゅっと口を寄せればカカシがびくりと腹筋を震わせる。とろんと瞳が溶ける。
 感じているカカシに気をよくしたイルカは調子にのってぱくりとくわえたところで、ぴきりと固まった。くわえたばかりのものをそのままずぞぞーと滑らせて口から出す。
「イ、イルカさん! ぅあっ」
 ぷるんと飛び出したカカシの先端はすでに濡れ始めていた。ざんと青ざめたイルカは口もとを押さえる。
 そしてそのまま、目を開いたまま、ぱたりと気絶した。
「イルカさん!」と必死に呼びかけるカカシの声が遠くに聞こえた。
 うっかりするのも大概にしろという感じだが、これは、この行為は、イルカには鬼門だったのだ。体に刻み込まれた拒否反応は疲れた体をあっさりと闇のほうへと連れて行ってしまった。



 かっと目が開いた。がばっと起きあがる。ここはどこだときょろきょろと辺りを見れば、なんてことはない、自宅のベッドの上だった。
 そのままぱたんともう一度ベッドに倒れ込む。
 部屋の中には己以外の気配はない。カカシは帰ったのだろうか。
寝返りを打ったところで、自分の姿が見慣れた大人のものであることに気づく。きちんと大人用のパジャマも着ている。 「駄目すぎだろ、俺」
 ため息しかでてこない。
 意地になってカカシとやろうとして、自爆。カカシがどんなに心が広くイルカに惚れているとしても、そろそろなにか間違っていないかと考え出しても文句は言えないなと謙虚に思う。
「愛しちゃってんだけどなあ、カカシさんのこと」
 愚痴めいたつぶやきと同時に玄関のドアが開いた。え、と思う間もなくカカシが入ってきた。
 カカシは、大人の姿のままだった。手にはビニール袋を下げている。目を覚ましているイルカに安堵の息を零す。
「よかったあイルカさん。もうびっくりしましたよ。うちから薬とかとってきたけど、必要なかったかなあ」
 まだ寝てたほうがいいですよ、と言ってカカシは布団を肩までかけてくれてかいがいしく世話をしてくれる。
「あの、カカシさん」
「ごめんねイルカさん。俺びっくりしちゃって。イルカさんのこと急いで止めるべきだったのに、ホント、ごめんね」
 謝られた瞬間、イルカは不覚にもほろりと泣いていた。
「イルカさん? どうしたの、どっか痛いの?」
 必死なカカシを見ていられなくてイルカは目を閉じる。  どうしてカカシはこんなに不完全すぎてダメダメな大人の中年のイルカのことを受け止めてくれるのだろう。尋ねたならばきっと、好きだから、と一言で終わりそうだ。
 好きだから。あなたのことが特別だから。あなたがどんな人間でも。どんな姿でも。
「俺……」
 ずずっと鼻をすすって、天井を向いたまま、両目はそれぞれの手で塞ぐ。カカシの前でこんなふうに泣いてしまうなんて考えたこともなかった。
「俺、カカシさんのこと、好きですよ。だからもういいですよ。大人の姿でいたいっていうなら、それでいい。カカシさんはカカシさんだから、なんでもいいですよ」
 かすれた声で力はなかったがそれでもはっきりと告げる。
 口にしてしまえばなにをいろいろとムキになっていたのかと馬鹿らしくなる。
 カカシが戻ってきたらきちんと始めたいと思っていたのに、このままではなにも始められないではないか。
「イルカさん」
 落ち着いた声に呼ばれて顔を拭ってカカシを見れば、カカシは見慣れた子供の、十五才の姿に戻っていた。
「カカシさん……」
 ぼんやりと名を呼べば、カカシは柔らかく微笑んだ。
「俺こそ、ごめんね。そうだよね。俺たち、年の差があるって最初からわかっていて付き合ったんだもんね。話合わなくたってかみ合わなくたって気にすることないんだよね。俺ってばなにムキになってたのかな。うわーなんか恥ずかしい」
 そう言って頬を押さえるかわいらしいカカシがなんだかとても懐かしくて、嬉しくて、イルカは起きあがってカカシに抱きついた。
「イルカさーん。どうしたの?」
 ぎゅっと力をこめれば、言葉にできない気持ちをわかってくれたのか、カカシが背を撫でてくれる。これではどちらが年上かわかったものではないが、それもいいかと思う。付き合っているのだから、甘えて、甘えさせて、そうやって過ごせばいいのだろう。
「イルカさんって俺よりずーっと年上だけど、結構甘えん坊さんだよねぇ」
 仕方ないなあとばかりにカカシがため息とともにこぼすから、調子に乗るなと小突いてやった。
 幸せをかみしめつつもふと思う。確かにこれはただの痴話喧嘩だったのかもしれないな、と。





 それから。
 二人の関係が飛躍的に進展した、というわけではない。最下位争いの集団にいたのがいきなり先頭に踊り出るようなぶっちぎりの快走をみせたわけではないのだ。
 子供の姿に戻ったカカシはいつもの調子を取り戻して日々イルカに迫ってきた。
「ちょっと! なんで俺のベッドに裸で寝てるんですか!」
「温めておきました〜」
「じゃあなんで大きくしてるんですか!」
「だってぇイルカさんの匂いに包まれてたら勝手に……」
「出てけー!」
「ねえねえ、いつになったらイルカさんの白い海に溺れさせてくれるんですかあ?」
「そんな日がくるかー!」
 そんなふうにして騒々しい日常でもそれなりに愛を深め、そろそろ一線を越えても、とさすがにイルカも思っていた矢先、カカシに三年の長期任務が与えられた。
 出発する前に、とカカシは血走らせた目でイルカに迫ってきた。イルカとしては応じてもよかったのだが、おあずけにしたほうがカカシが間違いなく無事に戻ってきてくれるだろうと思い、戻ってきたらいくらでもさせてあげますよ、と優しく諭して送り出した。
 絶対ですよ、と指切りを百万回くらいして泣く泣くカカシは旅立ったのだ。
 そして、約束通りカカシは無事に戻ってきた。
 垂れ流すほどの凄絶な色気を伴い、体格もイルカとほぼ変わらないほどに成長して。
 四十前にして、イルカは恐ろしいほどの初体験をすることになった。
 思えば付き合ってから五年近く。さすがにカカシは容赦なく執拗にイルカを責め立てた。出発前にいくらでもと言ったイルカの言葉をたてにとって、怯えるイルカをベッドに押し倒した後は泣きが入ってもなかなか離してくれずに、これが若さかと、イルカは最後には天国の両親の姿が見えそうになった。
「愛してますよーイルカさん。ずっと一緒にいようねえ。イルカさんがおじいちゃんになって介護が必要になったりしてもちゃんとシモの世話するから安心してね!」
 イルカを抱きしめて顔中にキスの雨を降らせてご満悦なカカシから囁かれた言葉に素直に喜べない。
イルカはげっそりとしたまま口もとをひきつらせた。見たことも聞いたこともないような体位をとらされて体中がきしんでいる。何回イったか覚えていない。この一晩で何キロか痩せたに違いない。
 中年にはなったが、はたして無事におじいちゃんになれるのだろうか。
 やりすぎて早死にとかは嫌だなあとイルカは思うのだった。






おしまいv