少年上忍中年中忍 第二部 Q





 最低だ。サイアクだ。なんてことだ。とうとう子供に欲情してしまった。変態だ変態だ。教師として失格だ。
 なにが欲情しないだ。しっかりカカシの手管にめろめろにされて、それ以上のことを考えてしまうなど……。
 うぎゃーと叫んでイルカは壁にがんがんと頭を打ち付ける。深夜だというのにそんなことをしてしまえば隣からどんどんと叩き返される。
 力なくベッドの上に倒れ込んだイルカは枕をかき抱きおいおいと男泣きに泣く。
 きっとカカシもイルカが感じ入っていたことがわかっただろう。次にどんな顔でカカシに会えばいいのかわからない。今までならカカシに流されたふうにすべて持って行けたが、今回は違うと己が一番わかっている。
 カカシに触れられて、カカシの手でいかされて、いい、と思ってしまった。もっとしたいと思ってしまったのだ。
 かっとイルカは目を見開いて枕をばんばんとベッドに打ち付ける。重い枕はどすどすと音をたて、とうとう隣からうるせえぞと怒鳴られる始末。
 イルカは放心したままへにゃへにゃとベッドにくずおれる。
 そのまましばし放心して白目に黒目が戻った頃、やっと冷静な思考が戻ってくる。
 はっきり言って考えすぎ、というか一人で先走りすぎというか、そんなところだ。
 とりあえず、二人は両思いの恋人同士。合意の元ならセックスしたっていいし、ちょっとイケナイことを試したり、なんでもありではないか。そうだそうだ!
 ……と、気楽に思ってみたが、すぐにそんな明るい映像は消え去る。
 こんなおっさんが、十代の子供にはあはあしてしまうなど、イルカの中ではあり得ない映像なのだ。
 普通な感じならいいのだがそもそもしつこいようだが普通でない恋愛事情になってしまっている。
「……だめだ」
 結局、イルカは自分がどんなふうにカカシと付き合っていきたいのか、そこがわからない。全てをゆだねてしまうには二十の年の差は重い。
 今度カカシに迫られたら、どうなってしまうのかわからない自分が恐ろしかった。



 どんよりと重い空気を背負ったイルカの背にどんとぶつかってくる小さな体。
「イールカせんせー。おっはよー」
 元気いっぱいのナルトの笑顔がまぶしい。
「なんだよイルカ先生、暗いぞ。悩みごとかってばよ」
「まあな。俺にもいろいろあるんだよ」
 つい真面目に応対すればナルトの顔から笑みが消える。
「俺でよければ相談にのるってばよ」
「ナルト」
 ナルトの優しさにじんと胸が温かくなる。実はカカシ先生との関係に悩んでいると言ってしまいたいくらいだが、待て待てと我に返る。子供だとみくびるわけではないが、ナルトにそんなこと相談できるわけがない。
「ありがとな。その気持ちだけで俺は大丈夫だ」
 ナルトの頭を撫でて笑いかければナルトも笑顔になった。
「いつでも言ってくれってばよ」
「ああ。頼りにしてる」
 くすぐったそうに笑ったあとでそうだ、とナルトは顔を向けてきた。
「カカシ先生が明日から任務行くんだけどさあ」
 どきんと心臓が跳ねる。そして頭の中で勝手に昨日の記憶が回る。
「イルカ先生?」
「な、なんでもないぞー。カカシさんが、どうしたって?」
「うん。それで、今日イルカ先生の家に行くって」
「駄目だ!」
 力いっぱい拒絶していた。ナルトはイルカの剣幕にさすがに驚いたのか少しばかり目を見開いた。
「でも、カカシ先生しばらく任務だってばよ」
 ナルトの言葉にはさりげなく責める響きがあった。イルカとカカシに関してはいつの間にかナルトは全面的にカカシの味方になっていた。
「いや、別に、会いに来るなって言ってるわけじゃねえぞ。ただ、友達が長期任務から戻ってきててな。久しぶりに飲む約束が前からあるんだよ。だから、少し遅くなるけど、飲み会が終わったら俺のほうからカカシさんちに行くからさ。そう言っておいてくれ。な?」
 なだめすかすようにナルトに笑いかける。ナルトは渋々ながらも頷いて去っていった。



 ナルトに言ったことは嘘ではない。アカデミー同期で気の合う仲間が二人、ちょうど長期任務から戻っていた。一週間ほど前からタギも含めた四人で飲もうと約束していたのだ。里にいる時間がそう長くない仲間とやっととりつけた約束の日だ。イルカは原則的に先約を優先する。恋人との約束が入ったからと言って先約をなしにするということはよほどの緊急事態でもなければあり得ないのだ。
「あいかわらず固いよなイルカは。俺なら彼女とっちゃうけどな」
「いや、イルカは正しい。男の友情のほうが大事だ」
 騒がしい飲み屋の席で友人達は勝手なことを言ってくれる。
「彼女じゃなくてイルカの場合彼氏だけどな〜。しかもとびきり若い」
「しかもとびきり実力も上の」
「勝ってるのは身長体重年齢だけかー」
 タギの合いの手に友人たちは笑う。諜報をメインとした長期任務が活動の主たるものになっている友人達はまた少ししたら任務に旅立ってしまう。そして二〜三年は戻ってこないだろう。だからイルカはカカシと付き合っていることを黙っているつもりでいたが、タギにあっさりと喋られてしまった。さすがに友人達は驚いた。三十分ほどはなれそめやら付き合ってからの経過報告やらどこまでいっているのかと冷やかし半分で話に花が咲いたが、それも一通りこなすと互いの近況報告やらに突入したのだ。
 イルカが意識しているほど男同士の付き合いに忍者たちは偏見はないようだ。カカシが二十も下だということも若くていいなーという程度しか反応がなかった。
「俺、もしかして自意識過剰のお馬鹿?」
 イルカが少し寂しい気持ちでそんなふうに言えば、友は笑って肯定してくれた。
 うーんと目を閉じて腕を組んだイルカのことを隣のタギた小突く。なにかと思って顎でしゃくられたほうを見れば、そこにはカカシがいた。
 まぼろしか、とイルカは目をこする。
「おっ。噂をすればはたけ上忍」
「イルカのお迎えですか〜」
 すでにいい加減酒も回っていつも以上に陽気になっている仲間に手招きされてカカシはぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
「すみません。お邪魔かなって思ったんですけど、イルカさん、なかなか来てくれないから。あ、いつもはこんなことしないんですけど、俺、明日からちょっと長い任務に出かけるから、ちょっとでも長く、一緒にいたいなって思って」  はにかむようにかわいらしく告げたカカシに仲間は喝采を送る。イルカにはカカシが身につけている猫が見えるのだが。
「イルカ〜。思われてるなあ。お前にはたけ上忍はもったいないっ」
「かわいくて若くて健気で、文句ねえなあ」
 酔っぱらっているとは言え、カカシのことを大絶賛だ。カカシはイルカのことをちらりと見てから薦められていそいそとイルカの隣に座る。にこりとはにかむように笑いかけられ、イルカは引きつった笑顔もどきしか返せなかった。
「あの〜。ナルトから伝言、聞きましたよね」
「はい。聞きました。でも、待ちきれなくて」
 カカシは一向に悪びれない。心からの気持ちを表したような無垢な姿からは昨夜の淫靡さは微塵も感じ取れない。あれは夢だったのかと思えるほどだ。イルカはもう一度目をこする。そんなイルカに更に深く笑いかけてきたカカシは耳元で囁いた。
「昨日、大丈夫でしたか?」
 一瞬にして昨日の出来事をつきつけられたイルカは持っていたグラスを思い切り力をこめて握ってしまった。安物のグラスはみしりと音をたてる。
「イルカさん?」
 ひきつった笑顔をカカシに向けてこくりと頷く。
「大丈夫に決まっているじゃないですか。絶好調ですよ」
 じっとイルカの表情をはかるように見ていたカカシだが、イルカが何度も頷くと、よかった、と小さく口にした。
 カカシが純粋にイルカのことを心配してくれているのはわかる。だが昨晩の失態の上塗りというか、子供に気遣われるとは。
 なんだかもうイルカは開き直った気持ちでそれからは更に加速してぐいぐいグラスを空けた。そして隣のカカシを意識しないようにと意識して友人たちとくだらない話に興じた。それぞれの日常の出来事。くだらないのからためになるのから、長らくの無沙汰もあり話題は尽きない。明日には全て忘れてしまうような話だが、心から笑って日頃の憂さが晴れていく。いつしか傍らのカカシの存在は遠のき、ただの酔っぱらいが大騒ぎというていたらくとなった。
 日頃の話が尽きると話題は自然とアカデミーを共に過ごした頃や下忍同士でついた任務のことや中忍試験のことやらで、思い出話はあとからあとから溢れてくる。
「イルカさんって、どんな子供だったんですか?」
 過去の話になると、黙って聞いていたカカシがいきなり問いかけてきた。興味津々といった輝く目をして。
「すっごいお馬鹿キャラでしたよ。いっつも俺らのこと笑わしてました」
「そうそう。そんでもって失敗ばっかで、中忍になったのは仲間うちで一番遅くて十六ですからね。里の仲間同士だから結構ゆるかったのにな」
「図々しくも意外と面食いで、好きになった子にはたいがいふられてましたね」
「そうだ、あの時イルカが好きだったこだけどさ」
 話はまた広がっていく。懐かしい話題にイルカも反応するが、カカシにつつかれて無碍にもできずに顔を向ける。
「なんですか?」
「イルカ先生の頃って、中忍試験は今と少し違ってたんですか?」
「そうですね。忍の里持ち回りではなかったので、それぞれの里で開催されてました。政情が安定していない頃でしたからね」
「そうなんですか」
 カカシはかみしめるように頷いている。
 その後も昔の話題が続き、疑問に思ったことをいちいちカカシは訊いてきたが、それもだんだんとおざなりになり、いつしかカカシの存在を忘れた。
 お開きとなった頃には日付が変わっていた。
 さて勘定を、と思ってカカシをやっと省みると、カカシは、ひっそりと俯いていた。
「カカシさん……?」
 酒気を帯びた声で名を呼べば、カカシは黙って立ちあがった。
「俺、帰ります。おやすみなさい」
「へ?」
 イルカたちのことを見もしないですっと場を後にした。ぽかんとなるイルカのことをタギがつついてきた。
「追いかけろよ、イルカ」
 タギはイルカのことを責めるような顔をしていた。そして顎をしゃくってテーブルをさす。カカシの座っていた席の前には、幾ばくかのお金が置いてあった。
「カカシ上忍ほとんど食べてないからもらえないだろ。それに、明日、早くの出発って言ってなかったか」
「まあ、そうだけど」
 だがイルカの足はなかなか動かない。勝手にやって来てなんとなくだが機嫌を損ねて帰っていった気がする。すべてカカシの勝手ではないかと思うと、追いかけるのもためらわれた。タギはそんなイルカの手に無理矢理金を掴ませた。
「だからお前はガキだってんだよ。精神年齢ははたけ上忍のほうがよっぽど上だな。明日からしばらく会えないんだし、追いかけてとにかく謝れ」
「なんで、俺が」
 まだうじうじするイルカにさすがに他の仲間も早く行けとイルカを追い立てる。そこまで言われるとさすがに追いかけねばと先に店をでるイルカの背に、タギから声がかかる。
「恋愛は勝ち負けじゃねえぞ」と。






P。。。R