少年上忍中年中忍 第二部 N





 カカシに遠慮しないと宣言されたが、まあ特に変化がはないだろうとイルカは高をくくっていた。
 しかしそれは甘かった。カカシはしっかり有言実行で、攻撃を開始したのだ。
 受付での騒動から数日後、残業した同僚と久しぶりに飲みに行っていい気分で自宅に戻れば、玄関先でカカシに迎えられた。
「おかえりなさいイルカさん。お風呂ですかー。ごはんですかー。それとも俺ですかー。もちろん俺ですよね。いいですよ準備ばっちりですから」
 酔っぱらっているため思考回路がいつもの早さで働いてくれないイルカがぼうとしている間に、カカシにぐいぐいと引かれて、あっという間にベッドに押し倒されていた。
 蛍光灯を背負って影になったカカシの白い顔は、不適に笑っていた。
 ごくり、とイルカは喉を鳴らす。
「あの、カカシさん」
「なんですか」
「どうして、裸にエプロンなんてヘンタイくさい格好でいるんですか」
 まずはそこを突っ込んでみた。
 カカシは、フリルがついたぴんく色のエプロンを身につけていたのだ。それがまた似合っているのが困りもの。カカシの中性めいた風情とあいまってなにやら淫靡な空気をかもしだしていた。
「裸エプロンは男の夢だって聞きましたよ。だから俺、かわいいエプロン買いにいったんです」
 カカシはどうだとばかりに宣言するが、イルカは口元がひきつる。確かにそういった趣味の男もいるだろう。だがすべての男がそうだと思ってもらっちゃあ困るのだ。イルカはいたってノーマル。コスプレ的な要望は一切なかった。
「えーと、ですね、俺は、そういうの好きじゃないんで、逆に、萎えます」
「ええ? 萎えちゃうの? じゃあ脱ぐ」
 言った途端、止める間もなくカカシはエプロンを脱ぎ捨てた。
 もちろん、下は丸裸だ。そしてそのままイルカにのし掛かってきた。
「好き! 好きですイルカさん! 幸せにしますから、さっさと既成事実作りましょう! ね!」
 カカシはイルカの顔中にキスの雨を降らせる。
「ちょ、ちょっと、カカシさん!」
 大きく口を塞がれて、舌を絡められて、イルカは酸欠になる。
「あれ? イルカさん、寝ちゃったの?」
 残念、と呟いたカカシはそのままイルカにしがみついたまま、すやすやと眠ってしまった。
 ぜえぜえと酸素を取り込みつつ、イルカはくらくらする脳裏で視界は点滅。そしてなによりカカシの行動。このままなし崩しにされそうになってそれを回避するためにひと勝負かと思いきや、あっさりと眠ってしまった。
 いったい何がしたかったのかと腑に落ちないままに、結局暢気なイルカはそのまま朝まで眠ってしまった。
 朝になるとカカシはいなかったが、食卓には朝食が用意され、残さず食べてね、とハートマークつきで書き置きがあった。
 そんな調子で。
 カカシの行動パターンが読めないままに振り回される日々が始まったのだ。
 仕事がないからといきなり受付所や職員室に来てイルカの仕事を手伝うことは日常になった。イルカにぴたりとくっついて仕事をするということ以外は真面目にこなすために役立つ上に評判もよかった。
 火影に泣きついてみたがカカシの味方である火影は聞く耳を持たず、逆に働き者だとカカシを褒める始末。
 好きだ好きだと人目もはばからずに声にする。おかげで二人が恋人同士だということは里にいる忍者の全て、いや、忍者の枠を超えて、イルカの馴染みの一般の人々までもが認識するに至った。
 まずは周囲に認知させたということでカカシはひとつ満足したようだ。
 そのおかげかあの夜のような過激なことは仕掛けてこないが、イルカの隙を狙って頬にキスしてくるなどはしょっちゅうだ。べったりとしてきたかと思いきや、仕事が終わるとさっさと先に帰ったり、イルカが遅くまで仕事の時にはわざわざずっと待っていたりと、好き勝手な行動にイルカはだんだんと疲弊していく己を感じていた。
「イルカさーん。一緒にお風呂入ろうよー」
 と言った時にはすでに狭い風呂場に突入してくるカカシだ。
「お背中流しますぅ」
「そんなこといいから、出て行ってくださいよ!」
 なぜくつろぎの場であるはずの風呂場で己の股間を慌てて隠さなければならないのかと情けなさ全開だ。
 風呂桶に身を沈めたイルカの前でカカシはシャワーを使って体を洗い始める。
 鼻歌を唄いつつ、見せつけるように泡立てて体を洗う。やけにきれいな体を。カカシの裸を見るのは久しぶりだ。とても上忍とは思えないくらいに傷が少ないうえに均整のとれたスタイルのいい体についついイルカは感嘆の声をあげた。
「カカシさんってほんと、いい体してますよね〜」
「ほんと!?」
 ぱあっと輝いた表情でカカシはあわあわのまま飛びついてきた。
「俺って魅力的ってこと? ぐっとくる? ねえねえイルカさん!」
「ちょっと! 湯船につかるならちゃんと石けん落としなさい!」
「ねえねえ! ねえねえ!」
 己の世界に浸りきったカカシに押さえつけられてあやうく自宅風呂で窒息しそうになることろだった。

 そんなこんなの攻防を繰り返しつつ、日々は過ぎていった。




「ねえイルカさん。ムラムラしない?」
 裸のままでカカシが訊いてきた。
 なぜカカシが裸かというと、裸健康法を実施しているとのこと。もう突っ込む気力もおきずにそうですかと返事して茶をすするイルカだった。
「ねえねえイルカさん」
「ムラムラどころかあんたに振り回されてふらふらですよ。ほら、おかげで最近お目にかからなかった白髪が! ほらほらほら!」
 ぐりぐりとカカシに頭部を押しつければ、ぎゅうと抱きしめられてしまう。
「全然目立ってないよ。それに白髪ってなんかしぶくてかっこいいよ。俺はどんなイルカさんでも好き」
 そう言ってみせた笑顔はとても穏やかで、そして清らかだった。これでカカシが日々猛烈なアタックをしてこないのなら、イルカは素直に感動するところだが、しかしカカシはイルカをぶんぶん振り回している。
 純粋なところと奔放すぎる言動は矛盾することなくカカシの中にある。それが不思議だった。
「俺思うんですけどね」
 と前置きして、イルカはカカシに向き合った。
「最近カカシさんはしょっちゅうキスしてきたり裸見せたりたまに隙あらばと俺のあそこをねらったりするわけじゃないですか。なんかおかげで慣れてきちゃったんですよね。新鮮味がないといいますか……。ほら、チラリズムってやつがあるじゃないですか。俺的にはそっちのほうがもよおしますね」
「チラリズム?」
 首をかしげたカカシにイルカは身を乗り出して説明を始めた。
「たとえばですよ、普段きちっと服を着こなしている女性が、ちょっとした隙にそれが乱れたり、夏になって首筋がすっと見えるような服を着てきたりとか、スカートが風にあおられて一瞬でも下着が見えそうな見えないような瞬間とか、ぐっときますよ」
 満面の笑顔をで語ったイルカにカカシは少し呆れたため息を落とした。
「なんかそれってマニアっぽーい」
「うるさい。カカシさんには言われたくない。だいたい俺のことが好きだ好きだって押し倒すあなたのほうがよっぽどマニアックですよ。なんでそんなに俺としたいんですか」
 思わず訊いてしまった。するとすかさずカカシは応えた。
「だって好きなんだもん。好きだから好きな人としたいって普通でしょ」
 と言われてまてよとイルカの思考は固まった。
「ちょっと待ってくださいカカシさん」
 うーん、と腕を組んで考える。
 カカシのことは好きだ。特別に、好きなのだと思う。だがここで今更ながらのことに気づいた。
「ごめんカカシさん。俺、カカシさんとしたいと思ったことないかも」
「やっだなーイルカさん。もしかして不能ですかあ? そんなわけないでしょ。俺たち好き同士なんだから。今までだってイルカさんからキスしてくれたりいい雰囲気になったこともたくさんあるでしょ」
 なんの冗談だとばかりにカカシは笑う。しかしイルカは笑えない。眉間に皺を寄せて、重々しく頷く。
「今わかりましたよ。確かに俺たち好き同士だけど、なんかかみ合わないのは年のせいじゃなくて、根本的な気持ちの部分なんですよ」
「そんなことない。だってイルカさんいったじゃない。感じたでしょ」
「そんなの生理現象ですよ。俺だって一応健康な男なわけだし、あそこいじられたらそりゃあでますって」
 そうだ。下半身は理屈じゃない。特に男の場合はいたって単純なのだ。まあ、メンタル面にすぐに影響受けるあたり繊細でもあるが。
「違う! そんなの違う! イルカさんは俺のことが好きだから、俺だから感じたんでしょ。そうでしょう?」
 カカシは必死になって言い募る。
 まだまだカカシは子供だなあと、その剣幕にイルカは気恥ずかしい気持ちになる。
 確かになんとなく甘い空気が漂ってふらりとなったことはあるが、積極的にカカシとしたいという体の奥底からの希求があったかというと、どうもそれは違う気がするのだ。
「まあ、それは置いといて。俺カカシさんのこと好きだけど、別にしなくてもいいみたいです」
 照れた笑いを浮かべつつイルカが伝えれば、カカシはよろめいた。両手をたたみについてなにかぶつぶつ言っている。大丈夫かと声をかけようとしたところで、カカシはぐっとなにやら決意を秘めた顔を上げた。
「実は、これは守秘義務があって言えなかったんですけど」
「守秘義務? そんなの言わないでくださいよ」
 慌ててイルカは止めるがカカシは言い切った。
「俺、今年の暗部のコンテストで、かわいこちゃんとかっこいいのとセクシーの部門で、一位をとったんです!」
 ずるーとイルカは滑りそうになった。
 なにが守秘義務だ。くだらん。
 けっとイルカが口を歪めると、カカシは裸のまま、やおら立ちあがった。
「どうですか? 裸の俺を見て、なにか感じませんか?」
 どうだとばかりに両手を広げたカカシは己の裸体を見せつけた。
 じっと冷めた目で観察をしてみる。
 均整がとれ、筋肉のつき具合も絶妙で、いわゆるスタイルがいいということだろう。腰がきゅっとしぼられて細いところがセクシーさをかもしだしているのかもしれない。そして下肢は年の割には大きいと思われる。色はきれいで、芸術的な興味のある者が見ればモデルでも頼みたいくらいだろう。
 などと暢気に分析しているイルカの前で、カカシのそこがむくむくと力を得て、上のほうを向き始めたではないか。
「……カカシさん」
「やだっ」
 カカシはそこを手で隠してイルカに背を向けた。ちらりとイルカのことを振り向いた顔は赤い。
「だって、イルカさんが熱心に見るから。イルカさんの視線ってやらしいっ」
 どなりつける気力もなくイルカは卓袱台にずるずると体を伸ばした。
「あ〜、え〜と、いい体してるってことはわかってますよ。スタイルよくてかっこいい体だとは思います。せくしーっすよ」
 カカシは再度腰を落とすと、潤んだ目でイルカのことをじっと見て、イルカの手をきゅっと握りしめた。
「ごめんねイルカさん。俺、察してあげられなくて。やっぱりイルカさん、あっちのほうがダメなんだ」
「少し前の夜に俺のむすこはあなたの口でかわいがられて大暴れしたはずですが」
「いいの。何も言わないで。俺、イルカさんを治してみせる」
「人の話はちゃんと聞きましょう」
 しかしさっさと衣服を身につけたカカシは挨拶もそこそこに部屋を出て行ってしまった。
 残されたイルカはまるで風のように去っていたカカシに思考が追いつかない。
「なんだよあれ」
 そして、心からのため息を落とすのだった。






M。。。O