少年上忍中年中忍 第二部 M





 カカシが出て行ったあとも、イルカはしばし呆然としたままベッドの上にいた。
 いろいろ考えなければと思うのだが、考えようとすればするほど思考が拡散して、頭はぼうとかすみがかったようになる。
 突然過ぎることに気持ちが着いていかないのはもちろんが、とにかく、疲れたのだ。
 とても、とても疲れた。この年になって短い間隔で2回も出してしまったらそれは疲れるはずだ。
 それに、あそこを口にされるなど、人生初のことだった。
 若い頃に任務中で降りかかった災難のせいもあるが、もともとあんなところを人にくわえさせるなんてこと、イルカの発想にはない。嫌悪感しかわなかい行為だ。それなのに、子供にくわえられて、しかも、その口の中に出してしまって、更に更に、だしたものを、飲まれてしまった。
 むくりと起きあがったイルカは、むき出しのままの下肢をじっと見る。今は力を失って見慣れた感じで項垂れている。
 改めてカカシにされたことを辿ってみると、あまりなことに口もとは引きつったような感じで笑ってしまう。もう笑うしかないではないか。
 カカシにされたことの衝撃と、しかしそこに間違いなく快楽があったことの情けなさ。脳が焼け付くような気持ちよさというものを初めて知った。偉そうに大人ぶってカカシに説教など垂れていた自分をぼこぼこに殴って深い穴に埋めてしまいたい。
 昔、分不相応に上忍のくの一たちと合コンをセッティングしてもらったことがある。そこで彼女たちは言っていたではないか。男なんて単純だと。含蓄のある深い言葉だったのだとやっとわかった。わかったが、こんな形でわかりたくなかった。
 呻いたイルカは両手でぐしゃぐしゃに髪をかきまわした。
 ゆるやかに進んでいたはずのカカシとの関係が加速して変わってしまうのだろうか。
 明日、どんな顔をしてカカシに会えばいいのかと、イルカは暗澹たる気持ちになった。



 眠れるわけがないと思いつつもとにかく疲れていたから寝てしまった。
 しかもふて寝同然でタオルケットをひっかぶったから、起きた時になぜ下半身を露出しているのかと自分で自分がわからずにあわてふためき、お気に入りのタオルケットもかぴかぴな箇所があるのはなぜなのかわからずに意味もなく辺りを見回して、畳に寝乱れて敷きっぱなしの布団にやっと昨晩の出来事を思い出した始末。
 思い出した途端に頬を染めたカカシがイルカのあそこをうっとりと舐めた様子まで思い出してしまい、イルカは布団に突っ伏してそば粉の入った枕にがんがんと頭を連打した。
 だが連打している場合じゃない時間に気づき、家を飛び出したのだ。
 アカデミーへと近づくにつれて生徒たちがちらほらとやってきておはようございますとイルカに声をかけていく。おはようと朗らかに返しつつ、内心イルカは安堵していた。
 年の功というべきか、ある程度動じない心は養われているようだ。まあそうでなければ年を重ねる意味がないと言うべきか。
 だがきっとこんな図太さがカカシのことを苛立たせることがあるのだろうと、それくらいは想像できる。
 とはいってもいい年した男が恥じらうのも不気味だ。仕方ない、これが俺だ、などと内心少しばかりかっこいい感じでまとめたところだった。
「おはようイルカさん」
 いきなり左腕にからんできた腕。そのまま体重をかけてぶらさがってきたのは、カカシだった。
 笑顔全開で、イルカの体に頭をすりつける。
 後ろ暗いところの全くないカカシにイルカは目を見開いてしばしカカシの顔に見入る。
 昨晩、あんな破廉恥きわまりないことをしておいて、カカシにはそれこそ恥らいというものはないのだろうか。頭を抱えてそこいら中を走り回ってしまいたくなるような羞恥は。
「どうしたのイルカさん。俺の顔になにかついてる?」
「え、あ、や、その……」
 咄嗟に言葉がでずにどもるイルカにくすりと笑ったカカシは、そっと、顔を近づけてきた。
「かわいい、イルカさん」
 頬に、キスされた。
「! ちょっとっ! なにするんですかっ」
 飛び退いたイルカのことをカカシは首をかしげて見つめる。
「だって、かわいいから。あと、おはようのチュウ」
「チュウ!? ちゅうってなんだそれ!」
 大声をだしたイルカははっとなって周囲を見回す。案の定、通勤通学途中の人々が、二人のことをちらちらと、もしくはあからさまに見ているではないか。
 イルカはいたたまれず早歩きを始めた。
「イルカさーん。チュウってキスのことだよー。俺たちいっぱいしてるでしょ」
 カカシは再びイルカの腕にからみついてきた。
「ちょっと、カカシさん、ここは天下の往来です」
「わかってますよー。でも腕組んで歩くくらい恋人同士ならいくらでもやってるじゃないですか」
「声がでかい」
 イルカが注意すればカカシはにこりと笑った。そしていきなり口を両手で囲って周囲に向かって声を張り上げた。
「俺たち恋人同士ですがそれがなにかー?」
「カカシさんっ」
 イルカは飛び上がりそうになった。大慌てでカカシの口を塞ぐ。するとカカシはすかさず塞いだイルカの手のひらをぺろりと舐めた。
 言葉もなくイルカはホールドアップのように手を挙げた。
 そんなイルカをカカシはかわいらしく笑って見ている。
 そろり、そろりとイルカは後ずさる。
 イルカが暢気に考えていたことよりも事はかなり大きく動き出したのだと悟った。



 カカシの猛攻で、次に会った時にどんな顔をしようなんて繊細な問題は遙か彼方に消し飛んだ。
 しおらしかったカカシはいなくなった。これからはそうくるのかとイルカはどっと両肩が重くなる。暴走しだしたカカシをイルカごときでなんとかできるとは思えない。一体どうなってしまうのだ、と石橋を叩いて叩いて叩きまくってやっと渡るおっさんらしく、先のことをすでに心配しだしてイルカの胃はきりりと痛んだ。
 それでもはりきって授業を行おうと赴いた教室で、さあ授業を始めるぞと教科書を開き黒板に向かった途端「イルカ先生チュウしいてたぞコレ」と木の葉丸に指摘されて、嫌な音をさせてチョークを滑らせた。
「木の葉丸!」
 教室を見渡せば、木の葉丸だけではなく、生徒達全員が、子供のくせに、いや、子供だからこそか、不躾な視線でにやにやとイルカに視線を集中させていた。
「お前ら!」
 と怒鳴ったはいいが、後が続かない。ぐうと言葉に詰まるイルカを子供達ははやし立てる。
「先生のくせにチュウしてたー」
「あのかっこいいお兄ちゃん上忍だよ」
「先生よりすっごい年下だよねえ」
「コイビトって言ってたあ」
 言いたい放題で、だんだんと収集がつかなくなっていく。
 ベテラン教師とは思えないほどに動揺したイルカは結局隣の教室の教師に怒鳴られて生徒達と一緒になって怒られたのだった。
 これはまずい。動揺しすぎだ、とイルカは内心青ざめる。
 さっさと帰って対カカシの作戦を練りたかったイルカだが、仕事のある身でそうはいかない。午後から受付所の仕事にはいった。
「おまえ授業は散々だったってな」
 同じ当番のタギが隣からにやにや笑ってイルカのことをつつく。
 任務終了報告が混み合う少し前の時間。ソファで談笑する忍たちはいるが報告書を持ってくる忍たちはまばらだった。
 イルカはタギに言い返す気にもなれずに重いため息を落とした。
「俺はやっぱり甘い。おおあまの甘ちゃんだ。カカシさんが上忍だってことをわかってなかったってことだ」
 自嘲をこめて呟けば、タギは吹きだした。
「なにを今更。イルカらしくないなあ」
 いくらでも笑ってくれといささか自棄になってイルカは思う。とにかくカカシをなんとかせねばイルカの平穏はない。
「イルカさーん」
 不備書類の書き込みをしていたら、元気よく呼ばれた。咄嗟に顔を上げれば、いきなり視界がふさがれた。
「ただいまー。任務終わりました。もうあいつらとろくてとろくて、イルカさんに報告書だしたかったから超焦りましたよ〜」
 辺りはばからずぎゅうぎゅう抱きついてくるのは、もちろんカカシだ。
「……カカシさん」
 カカシの胸に顔を押しつぶされながらくぐもった声をだせば、ぱっと身を離したカカシに息をつく間もあらばこそ、あろうことか、キス、されていた。朝とは違って、口に。
「ただ〜いまのチュウだよ」
 ふれあわせるだけのキスをして、カカシはえへへと笑う。
 固まったままイルカはカカシの後方に視線を向ければ、そこには教え子たちの姿があった。サクラは頬を染めて興味津々といった様子でこちらを見て、サスケはつまらなさそうに見ている。
 ナルトは。
 ナルトはむくれていた。イルカと目が合うと、歯をむきだしてその後にあっかんべーをしてきた。
 ナルトにそんな態度をとられるのは耐えられなくて思わず立ちあがったイルカだが、そこをまたカカシにしがみつかれた。
「ねえねえイルカさん。俺お仕事終わるの待っているから、久しぶりに外食しようよ。ね、いいでしょ? 俺が奢るから」
「奢らなくていいです。それより、俺今日は遅いから、待たないでください。さっさと帰ってください」
 ナルトたちが出て行こうとしている。追いかけたいのだが、カカシが離してくれない。
「カカシさん!」
「イルカさん」
 カカシの固い声に、イルカははっとなってカカシを見下ろす。顔を上げたカカシは口の端をすっとあげて笑んだ。その顔が昨晩の淫猥なカカシの表情を思い出させて、イルカはぎくりと身を固めた。
 そしてカカシは小声で告げた。
「俺、もう遠慮しないから」と。
 その瞬間イルカはカカシのことをどついていた。
「なにが、なにが遠慮だー! あんたがいつ遠慮したんだっ!」
 イルカが叫べばカカシはすかさず言い返す。
「してたでしょ。ずっとしてたよ!」
「いつ? いつだよ! 同棲しようとしたり勝手に家買おうとしたり、昨日だって!」
「昨日だって遠慮して舐めるだけで突っ込まなかったでしょうが! 俺が遠慮してなかったらね、イルカさんのこととっくに犯ってるから!」
 カカシのストレートなもの言いに、イルカはかあっと脳が焼ける。
「ざけんなよクソガキ!」
「それはこっちの台詞だよ。けちけちのクソジジイ! お、俺の気持ちもてあそんで、俺がどんだけ我慢してたと思ってるの?」
「だからあんたが我慢なんていつしたっつー……」
「イルカ」
 煮えたぎった脳裏にすっと入り込んできたタギの声。隣を振り返れば、タギが、顔を引きつらせつつ、肩をぽんと叩いてきた。
「ここ、受付所だから」
 ぱちぱちと目を瞬かせる。そしてそのまま周囲を見回せば、皆が固まって、二人の喧嘩を凝視していた。その中には出ていく直前だったナルトたちもいて、イルカは両手で頭を抱えた。
 さすがに三人とも唖然とした顔でこちらを凝視していた。
 嫌な感じの汗が背を伝う。なにか言わねばとイルカの口は動くのだが、動くだけで言葉がでてこない。そんなイルカに追い打ちをかけるようにカカシは鼻をならして尊大に腕を組んでそっぽを向く。
 くるりと背を向けて、ナルトたちを突き飛ばしてカカシは出て行った。
 受付所の寒い空気の中に身を置いて、イルカは力ない低い笑いを漏らしていた。進退窮まるとどうしても笑ってしまう。
 くだらねえと言って出て行ったサスケの言葉が耳に刺さる。痴話げんかね、痴話げんかってなに? とサクラとナルトが出て行った。子供に家買わせるんだ、舐めてもらったんだと棘のある言葉も降ってくる。
 タギが脳みそアカデミー少年部並と言ったのが我ながら全くその通りだ。
 このままショックで意識をなくしてしまいたかったが、そうは問屋が卸さないのが良識的な大人というもの。
 それからは脇目もふらずに、まさに忍の一字で報告書の処理に集中した。






L。。。N