少年上忍中年中忍 第二部 K





 夏の間中外回りの任務に赴いていたタギと久しぶりに会ったのは新学期になって少し経ってからだった。
 比較的楽な任務をゲットして快適な気候の国を渡り歩き暢気に任務をこなしてきたタギの顔の色つやはいい。にこやかに職員室の皆に土産を配り歩いていた。
 イルカはといえば、夏の間の課外授業やら暑い国の任務やらでこんがり、とは言えずにどちらかと言えば真っ黒に日焼けしていた。
「おいイルカー。お前イルカっていうより狸みたいだなあ」
 と失礼な感想を述べたタギには巻物の整理に放課後付き合わせた。
 夏の間に集められた巻物の保管と古い巻物の選別。通気性をよくしている書庫の中はまだまだ夏の暑さが残る9月の中旬でも快適だった。
 カカシとのことを別段報告するつもりはなかったが、タギのほうから話をふられて、ついついイルカはつもっていた鬱憤を晴らすように強引なカカシのせいでとうとうエアコンを買うはめになったことを、話せる範囲で口にした。
「さんざんな夏だったわけだ」
 と笑い話でまとまめたというのに、適当に相づちを打ちながら聞いていたタギは、
「相変わらずカカシ少年がかわいそうだな」
 とのたまったのだ。
 少し高い位置にしまおうと巻物を持ったまま背伸びしていたイルカは巻物をもったままくるりと振り返った。
「なんだよそれ。俺はかわいそうじゃないのかよ」
「おまえは前にもそんなこと言ってたな。進歩ねえなあ。ぜーんぜんかわいそうじゃねえよ。なに甘ったれたこと言ってんだか」
 さすがに同期の友人は手厳しい。確かに、タギに対して甘えた気持ちあったかもしれない。だが少しは不憫がってくれてもいいではないかと思うのだ。
「どうせ俺がみんな悪いんだよ」
 いささかふて腐れた気持ちになるが、タギはこきこきと肩を回してあらぬほうを向いて訊いてきた。
「カカシ少年とはやったのかよ」
「やるってなにを」
「セックス」
「ああ、セックス……。セックスー!?」
 イルカは大袈裟にのけぞって書庫の棚に背中を打ち付けた。タギは呆れたようなため息をついた。
「イルカー。俺驚くようなこと言ってねえぞ。付き合ってりゃあセックスくらいするだろうが。何そんなに慌てるんだよ」
「カ、カカシは、だってほら、まだ子供だし」
 落ち着け、と心で言い聞かせるのだが、どうしても脳裏にカカシの姿が踊る。
「あのさあイルカ。カカシ上忍は別に子供じゃないだろ。そりゃあ年はまだ15かもしれなけどさ、上忍だぜ? 俺らなんかよりよっぽど経験積んでるはずだ。そこらのアカデミー卒業してすぐのガキ共とは違うだろ」
 それは、言われるまでもなくわかっているのだ。カカシは子供だが子供ではない。時に純な面を見せたかと思うと、突然その表情は恋を必死で求める激情を灯す。
「おいイルカー。お前流されてカカシ少年と付き合ったなんてことはねえよなあ」
「ばっか。そんなことねえよ。俺はちゃんとカカシさんのこと好きなんだからな。好きでもないやつと付き合ったりできるかよ」
 強く主張したのだが、タギのその目はイマイチ信用できないと言っていた。
「この間だってなあ、俺はちゃんとカカシさんにときめいたからな」
「ときめいた……?」
 タギは胡散臭そうに目を細める。だからイルカはますますムキになってしまう。
「この間俺んちにカカシさんが泊まったんだけどな」
 こんなことがあった。
 前日の夜から上忍の任務に赴いていたカカシが朝方にイルカの家にやって来ていた。イルカが寝ている布団にもぐりこんだようだ。イルカは通常通りの仕事があったため起きたのだが、うすいタオルケットを巻いて傍らに眠っているカカシにふと目がいった。
 そのカカシのつややかな顔といったら。
 採りたての旬の桃のように柔らかな産毛を生やした丸い頬。柔らかそうでいて張りのあるつややかな光りも宿し、しみひとつないきめの細かさだ。まるで天から舞い降りた存在のように満ち足りた穏やかな寝顔。じーっと鼻息がかかるくらいに顔を近づけてその肌を見聞する。絹のようななめらかな光沢まであるようだ。ついついむにりと指先を埋め込んだら、弾力のある肌は指をはじき返してきた。
 イルカは思わずよろめく。
 若さって、凄ぇ!
 大人になってからの経験値なんてものはこの一時の美しい季節に比べたら、無価値な、いいわけめいたものにしか思えないくらいだ。しかしイルカは己が十代の頃にこんなにきらきらしていたかと考えると、首をかしげざるを得ない。もっと汚らしいガキだったような気もする。
 やはりカカシが特別なのかと、なんとなくドキドキする胸を押さえて、再びカカシに顔を近づければ、急にカカシが吹きだした。
「もう、イルカさん、くすぐったいよ」
「ごめん! お越しちまったな」
 慌てて身を引いたイルカのことをカカシの腕が追いかけてきた。首の後ろに絡む両腕。近づいてくるカカシ。そっと目を閉じて、唇に触れてきた。
 ちゅっと音をたてるかわいらしいキスのあと、一度顔を離して、じっとイルカのことを見つめてくる。言葉もなく、見つめるのだ。そうされるとイルカの顔がだんだん赤くなり、緊張しだすことを知っているのかもしれない。再び触れる時には最初から舌を絡めて濃厚にしかけてくる。イルカは抵抗もできなくて、カカシにうながされるままに深く唇を合わせたのだ。
 静かでいてどこか淫靡な空気の漂う時間。うまく息を吸えなくていささか乱暴にカカシの身をはがしたイルカだが、そこで改めてカカシの姿を見て、ぱかりと口が開いた。
 カカシは、裸で寝ていたのだ。
「カカシさん。ふふふ、服!」
「ああ。お風呂借りました。そのままなんかパジャマ着るのも億劫で」
 それは嘘だとそれくらいはわかる。
 桃色の乳首、白い肌。腹筋は嫌みでない程度に割れている。そして下肢。まだ薄い銀色の草むらの下には、イルカより大きいなあとこしゃくにも思ってしまうブツが、ブツが……。天を向いていた。
 なんというか。
 子供の肢体に絶妙に交わる大人の色気。それはまるで猥褻物。
「やだなあ。そんなに見ないでくださいよ。イルカさんのエッチ」
 カカシは頬を染めて股の間を隠す。
 うわーうわーとイルカの脳はぼぼぼと沸騰する。
 そんなイルカにすっと視線を流したカカシは、色っぽく微笑んだ。
「イルカさん」
 名を、呼ばれただけだ。それなのに。
 誘われるように、いや実際カカシは誘っていた。くらりとする脳裏のまま手を伸ばしかけたイルカだったが、いきなり鳴った目覚まし時計の音にはっと正気を取り戻す。
 そして、大慌てで着替えて仕事に向かったのだ。
「ちゃんとカカシさんにドキドキするし、まだ一線を越えちゃいないが、いい感じになってきているのは間違いない」
 いくつか割愛してタギに訴えたが、床に座り込んだタギは呆れかえってため息をついた。
「なんだそりゃ。結局なんもしてねえじゃん」
「してるだろ。キスしてる。しかも濃厚なやつ!」
「キスだけでどんだけもたせる気だよ」
「キスだけじゃねえ。触られた」
「もうごちゃごちゃ言ってねえでしてやればいいだろ。そんだけ積極的なんだから」
「いや、するというか、されるというか……」
 イルカは口を濁してぶつぶつと言っていたが、片付けを終えたタギは出口に向かう。
「はーあ。なんかカカシ少年がかわいそうになってきた」
 からりと戸を開けたところで、タギは立ち止まる。イルカを振り返って、体を横にずらす。なにごとかと目をむければ、廊下の壁にカカシが背を預けて立っていた。
 イルカの顔を見ると、はにかむように、それでいて幸せそうな笑顔を見せた。
「任務終わったんで、一緒に帰ろうと思って待ってました」
 カカシが本当に満たされた笑顔を見せるから、イルカは瞬時見とれてしまう。そんなイルカの肩を押すように叩いて、タギは去っていった。
「ねえイルカさん。俺のなにがかわいそうなんですか」
「聞いてたんですか!?」
 やばい、どこから、と思ってどぎまぎたしたが、それだけです、とカカシに言われてほうと息をつく。そして少しわざとらしいくらいに大きく手を振った。
「ほら、あれですよ。カカシさん若いのに俺なんかと付き合ってかわいそうだなあって」
 笑って流したいところなのにカカシには通じない。きゅっと表情を引き締めて、ふるふると首を振った。
「そんなふうに言わないでください。俺はイルカさんと付き合えてすごく嬉しいんですから。そんなふうに言われたら悲しくなります」
 カカシはどこまでも生真面目だ。
 そうなのだ。考えてみればカカシは凄腕の上忍であることに間違いはないのだが、社会的にはどこか幼く、危なっかしいところもあった。もっと物事を軽く考えてもと思うことが多々ある。
 だいたいがして20も上のイルカのことを熱烈に好きになれることがすでにどこか間違っている気がする。
 そんなことをたらたらと考えながら歩いていたイルカのことを前方から呼ぶ人間がいた。
「イルカ先生。こんにちはー」
 顔を上げれば生徒の母親だった。
 両手に買い物袋を持っている。夕飯の買い出しだといって豪快に笑った母親は、イルカの隣に立っているカカシにふと目を留めた。カカシは行儀良くぺこりと頭を下げた。
「あららー。きれいな子ねえ。生徒さんじゃないわね。元教え子ってとこかしら」
 イルカがなにか言う前に母親は二人の関係を解釈してくれたようだ。それに乗ってしまえとイルカは頷いた。
「そうなんです。遊びに来てましてね」
「そうなの。でも本当にきれいな子ねえ」
 と言ってまじまじとカカシの顔を堪能してから去っていった。ふうとイルカは安堵の息をついたが、カカシに袖を引かれた。カカシは、不満げな顔をしていた。
「俺、イルカさんの生徒じゃないです。恋人です」
 カカシは言わずもがななことを口にする。このあたりが子供なんだよなとイルカは内心で苦笑した。
「わかってますよ。でもほら、いろいろ世間体とか大人はあるんです」
 そうなのだ。大人は大変なのだ。確かあの母親は忍ではない。男同士でしかもかなりの年の差。そんな二人が付き合っているなんて告げれば、眉をひそめることだろう。
 カカシはまだ何か言いたそうだったがそれ以上はなにも言わずにイルカの横で歩き出す。ただ、伸ばした手でぎゅっとイルカの袖口を掴んだ。
 参ったなあと思いつつも、カカシの好物でも買っていくかと商店街の魚屋に寄った時、馴染みのおっちゃんがカカシを見た途端、これまた余計なことを言ってきた。
「イルカ先生。あんたの隠し子かい? いや、それにしちゃあべっぴん過ぎるなあ」
 機嫌が直ったのか、楽しそうに好物のサンマを選んでいたカカシがぴくりと肩を震わせる。やばい、と思ってイルカは話を逸らそうと話題を探すが焦るほどになにも出てこない。普段の軽口さえ出てこない。
 イルカの前に、すっとカカシが進み出た。
「違います。俺は、イルカさんの恋人です」
 真剣な顔でカカシは告げるたが、おっちゃんはでかい腹を揺らして大笑いだ。
「恋人! そいつはいいなあ。イルカ先生お稚児趣味かい? あんたいい加減見合いでもして嫁さん貰ったほうがいいよ。かあちゃんがいいネタ結構持ってるんだ。今度紹介しようか」
 イルカが何か言うよりも先に、カカシのチャクラがぶわりと膨れあがる。
「いりません。イルカさんに俺って言うれっきとした恋人がいるんですから」
 カカシのチャクラで水がぴりぴりと震えて、ちゃぷんと魚が跳ね上がる。一般人のおっちゃんは地震かと辺りを見回している。その隙にイルカはカカシの手を取って、駆けだした。






J。。。L