少年上忍中年中忍 第二部 J





「俺がいつ誘ったんですか!」
 心外だ、とばかりにイルカはすかさず言い返す。
「だって、裸で俺の前にでてきたじゃないですか!」
 カカシも負けずに怒鳴り返した。
「あ、あれは事故です。カカシさんが勝手に人の家にあがりこんでいたから」
「あのあと家に帰ってから俺大変だったんですから! イルカさんのあそこが目に焼きついちゃって、もう、馬鹿みたいにオナニーしちゃいました!」
 とんでもなく青臭いことを喚きながらカカシはさっきのイルカと同じように顔を近づけて耳の後ろのあたりでふんふんと鼻を鳴らす。そればかりでなく、唇を押しつけてきた。
「こんなところかがれて、ドキドキしちゃうに決まってますっ」
 はあはあとカカシの息はあからさまに上がっている。
「やっぱり俺イルカさんの匂い好きだあ……」
 耳元で囁かれ、ついでとばかりにれろりとなぶられて、イルカは不覚にもぞくぞくと体を震わせてしまった。
「あ、イルカさん耳弱いんだね。かわいー」
「かわいくない! さっさとどいてください!」
 微妙に力が入らない体をそれでもなんとか起こそうと腕を突っぱねるのだが、小柄な敵は子供でも上忍。びくともしない。人を押さえつける技術にも長けている。
 イルカが真剣に抵抗しようと必死の力をいれると、カカシにしては珍しく目を尖らせた。
「そろそろ次に進みましょうよ! 付き合って二ヶ月は経つのに俺たちキスしかしてないんですよ。しかもいつも俺からばっかりで、イルカさんベロは拒むし、くっつくと怒るし! 俺、イルカさんの教えを守っていきなりすっごいジャンプはしないように、じっくりマラソンを心がけてきました。でもいつまでちっさいジャンプしてたらいいんですか。いつになったら大きなジャンプしていいんですか。マラソンだって、ずーっと同じ速度じゃあ勝てません。仕掛けるべきところでは仕掛けないとダメです」
 押しのけようとするイルカ。それを押さえつけるカカシ。そんな攻防をしつつもカカシは理路整然としたまともなことを言ってくる。イルカ自身が言い出したことだから、そこを絡めて返されるとさすがにイルカのほうが分が悪い。ついつい口ごもってしまう。
「まあ、それは、おいおい……」
「ダメです! 俺はここでステップします。先頭集団からひとつ抜けるために攻めます!」
 宣言したカカシはむにゅりとイルカの口を塞いだ。びっくりしているイルカの口の中に舌をいれて熱っぽく絡めてくる。顎を片手で押さえられているからたいした抵抗もできずにイルカは溢れる唾液をほとんど無理矢理飲まされる。
 うひーと心で叫ぶ。
 それだけでもうかなりのパニックだ。目が回りそうだ。
 カカシはイルカのタンクトップを思いきりめくった。夏でもさらりと冷えているカカシの指先にいきなり乳首をつままれてそこが芯を持つ。イルカの口を散々味わったカカシは今度は体をずらしてイルカの胸をれろりと舐めた。
 体が、一気に熱を持つ。
「ちょ、っと」
 足りない酸素を必死で取り込もうと息をついていたイルカが慌ててカカシを見れば、そこで視線が絡んだ。イルカのことを楽しそうに見つめたまま、口を尖らせて、乳首をくわえてしまう。きゅうと吸われてイルカはがーっと頭に血が上る。
「カ、カカシさん! こらーっ……ぁ」
 慌てるイルカを余裕を持って見つめたまま乳首から口を離したカカシは、再び体を伸ばしてきて、イルカの右の耳をぱくりと含んだ。
「……あ……」
 ついか細い声があがってしまう。カカシはすかさずじゃれつくように甘く噛んで、耳の穴に舌を伸ばしてくる。背をぞくぞくとはい上がるものにイルカは身をすくませた。
「ん……」
「かわいい。かわいいね、イルカさん。大好き。かわいーかわいー」
 かわいいと連呼される言葉がダイレクトに耳から脳へと響いていく。
「かわ、いく、ない……やめ……っ」
 浮遊感が怖くて、カカシの肩口のあたりをぎゅっと握ってしまう。するとカカシは何を勘違いしたのか喜々としてイルカの顔中にキスの雨を降らすではないか。
「好き。好きです。だーい好きです!」
 人、というよりまるで動物でも相手にしているような感じだ。胸のあたりでぐりぐりと頭を押しつけられて今度はくすぐったくて強ばった体の力が抜けてしまう。
「もう! 本当に、いいかげんに……んん」
 はあはあと息をあげているカカシはべったりイルカに身を寄せて下肢の主張を押し付けて、イルカのパンツの中にずぼりと手を突っ込んできた。そしてまだ柔らかいままのそこをむにゅりと握った。
「カカシさん!?」
 再びちゅうと乳首に吸い付きつつ、もみもみと下肢を揉みこむ。
「イルカさん。イルカさんイルカさん!」
 カカシはせっぱ詰まった声で必死でイルカのことをかすれた声で呼びかける。
 そこをつかまれた瞬間は緊張したイルカだったが、もみゅもみゅと適当な感じでもみこまれてなんだかくすぐったくて口元が緩んでしまう。
「こら、本当に、やめなさいって」
「あ……」
 するとどうしたことかカカシの動きがぴたりと止まった。いきなりイルカから体を離す。やめるわけがないと思っていたが、いきなりのフリーズだ。
 なんだなんだ、なにが起こったのだとカカシと一緒にその目線の先をたどれば、カカシの下肢に辿り着く。さっきまでカーゴパンツを押し上げていたそこは、力をなくしている。
 さすがにイルカはぴんときた。
 カカシは無言でイルカから身を起こすと、うつむいたまま、部屋の隅に行ってしまい、両足を抱えて壁を向いて座り込んでしまった。
 のそりと起き上がったイルカはとりあえず襲われかけた娘さんのように乱れた衣服を整えて、息をつく。
 なんとか乗り切ったが、あのまま押し切られたら次の段階に行ってしまったかもしれない。
 まずはよかったと、ふうと息をついて、自爆してしまったカカシの機嫌でもとるかと近づいた。
「カカシさん」
「こないでください」
 暗い声だ。まとう空気もどんよりと沈んでいる。まあ確かにへこんで当然だ、と思う。男として、こんな自爆は情けないやら気恥ずかしいやらで穴があったら入りたい心境になることだろう。かく言うイルカも若い頃に、いざという時におっ立ったなかったという今のカカシより情けない経験をしている。
 だからイルカは優しい声で語りかけたのだ。
「あ〜、ねえ、そんな、気にすることないですよ。カカシさんまだ若いし。俺だって、同じような失敗してますから」
 カカシはイルカの声に更に体を丸くする。
 男というのは、特に若い男というのは繊細な生き物だなあと思い、イルカはつい苦笑してしまった。
「なにがおかしいんですか」
 くぐもったカカシの声には棘があった。特に意味があって笑ったわけではないイルカは返答に困り口をつぐんだが、くるりと振り向いたカカシに目を見開いた。
 カカシは、大粒の涙をこぼして、泣いていた。
「イルカさんが悪いんだ」
 割れた声で告げ鼻をすすったカカシは乱暴に目元を拭った。
「俺のこと、好きだって言ったくせにくっつくと怒るから、だから我慢してたんだ。イルカさんに触るの慣れてないから、慣れさせてくれないから、だから緊張して、嬉しくて、出ちゃったんじゃないか。イルカさんのあそこ柔らかくて、かわいかったから」
 カカシの白い顔がこすれて赤くなる。鼻水もずずっとすすって、まるっきり子供の顔でイルカのことを睨み付けている。
 カカシとしては必死に睨んでいるのだろうが、どうしてもイルカは笑ってしまう。カカシの必死さと、あきれるほどのガッツに。
 けれどそれだけではない。
 心臓が、どくどくと息づく。体が、熱い。
 カカシの稚拙な言動も怒っている顔もかわいくて、イルカの心は高鳴るではないか。
「もうイルカさんなんて……!」
 癇癪めいた声をあげたカカシのことを抱きしめた。互いの薄い布地を通して体温が混ざり合う。熱が満ちる。ああ暑いなあと思うが、イルカはカカシのことをきつくきつく抱きしめた。
 ぴく、とわずかにカカシは反応した。そしてすぐに体を固くしてしまう。カカシの柔らかな髪に頬を載せて、イルカは息をついた。
「ごめんなあ。暑い暑いってばっか言ってたもんな俺」
 カカシの背をそっと何回も撫でれば、カカシの体からいつしか力が抜けて、ためらいがちに、それでもしっかりとイルカの背に両手を回してきた。すがりつくように、イルカ以上の力をいれてくる。
 何も言わずに少しの間身を寄せ合う。ふたつの鼓動がひとつになって汗は体中をじっとりと湿らせる。熱と汗でこのまま溶けてしまいそうだ。ゆったりとした時間が経過して、穏やかな睡魔さえ訪れそうな瞬間、夏のBGMとなっている蝉の声が弾けて、飛び立った一匹が窓枠にぶつかった。
 思ったよりも激しい音に、二人同時に体を離した。
 いきなり目が覚めたように瞬きを繰り返して、見つめあい、同じタイミングで笑う。
 どちらから手を伸ばしたのだろう。絡んだ指先。無骨な大人の手と、繊細な少年の手。合わされた唇。最初はふれあうだけだったキスが、舌を絡めて貪るように深く交わり、ゆるく沸き上がってくる快楽の流れに二人でたゆたう。こんなに内側から焼けるようなキスをしたことなんてない。
 カカシが体重を乗せてきて、畳の上に倒れ込む。
「好き。好きです、イルカさん。すっごく好き……」
 吐息の合間に囁いて、カカシは熱い息をこぼす。唇を吸ったり舐めたりとしつこいくらいに口づけられて、ふやけてしまいそうだ。
 横向きで抱き合ったまま、カカシの手は、もう一度イルカ自身に触れてきた。思わずびくついてしまったイルカにカカシの手は止まる。うかがうようにイルカを見つめてきた。
 イルカは、正直このまま進むことに対する恐怖がある。いい大人が、なんてことは関係ない。色事の経験値が低いのだから仕方ない。勢いにまかせて進めるほどの若さもない。どっちつかずの気持ちのまま、それでもカカシがすがるような目をするから、頷いてやった。
 その瞬間のカカシのうっとりとした幸福そうな顔。まあ、いいか、付き合っているのだし、と思えるくらいには幸せそうな表情だった。
 さっきのような気ばかりが急くような触れ方ではなくて、イルカの反応を見ながらの動きは否応なしにイルカの羞恥心を高める。まっすぐ見つめてくるカカシの視線を受け止められずに、目を伏せる。
 下肢からの水っぽい音とゆるやかな波に背筋はぞくぞくと震え、鼻にかかった息が漏れる。口もとをおさえていれば、その手をカカシにとられて、導かれた先は、再び力を取り戻したカカシの固いところだ。え、とばかりに目を開ければ、カカシは赤い顔をして、目を潤ませて「お願い」なんて小さな声で頼むのだ。
 脳が煮たつ。全身の毛穴が開いたのではないかというくらいにどっと汗が体中を覆う。心臓はどどどどと狂ったような壊れたリズムを刻む。なんだか頭がかすみがかる。目の前のカカシの顔はちかちかと点滅だ。
 さすがに直接触れる勇気はなく、ごくりと喉を鳴らしたイルカは、震える手でカカシのそこを布地の上から撫でてみた。
「ぁ……」
 目を切なく細めたカカシの、柔らかそうな小さな唇から漏れた吐息。
 そこが限界だった。かっと目を見開いたイルカ。電池が切れたようにかくんと意識が落ちた。



 ぱかりと目が開く。慌てて起きあがればめまいを覚えてくらくらする頭に手をあてる。ぎゅっと一度目を閉じてからぱっと開ければ、正座したカカシが横にいた。
「カカシ、さん……。俺……」
 目があった瞬間はほっと安堵した表情を見せたカカシだが、次にはむうと頬を膨らませた。
「2,3分ですけど、気絶、してました」
 カカシの固い声にイルカの口元はひきつる。これからという場面で、今度はイルカが気絶。極度の緊張と、夏の暑さのせいで。古い扇風機は申しわけ程度に回っていただけで、あまり涼をとる役にはたたなかったようだ。
「はあ、そうですか。それは、面目ない」
 しかし謝りつつもどこか安堵している自分もいる。このまま突き進んでしまったらとうとうカカシと寝ることになっただろう。付き合っているし、なにも悪いことはない。
 だが、それでも。
 カカシはまだ15でイルカは35でと思いつつ15なんて実は結構大人だってことはわかっているが本当にはわかってなくてこんな不純同性交遊に加えて児童虐待いや違う木の葉青少年育成条例なんてあったかどうか覚えていないがとにかくとんでもなく問題があるような気がふつふつとわき起こって……。
「イルカさん!」
 うんうん唸りながら頭を抱えていたイルカにカカシはずいと詰め寄った。
「エアコン、買いましょう。クソ暑い部屋がみんな悪いんですよ。暑いからイルカさんくっつかせてくれないし、気絶しちゃうし」
「エ、エアコンですか?」
 カカシは真面目な顔で頷いた。
「そうです。この機会に買いましょう」
 なんなら自分が買いますといいそうな勢いだ。本当はそう言いたいのだろう。だがイルカが嫌な顔をするとさすがにわかっているから、ぐっと我慢しているというところか。
 エアコン。
 それを買うくらい造作もない。だが、なんとなくだが買いたくないのだ。ここまで来たらこの先ずっとエアコンなしで夏を乗り切りたいと意地になって思う。
「いりませんよエアコンなんて。体に悪いし」
「それは使い方次第です。この部屋には必要です」
 カカシがムキになるから、ついイルカもムキになってしまう。
「いりません。俺は季節をちゃんと感じる生活をしたいんです」
「じゃあいちゃいちゃしたい時は俺の家に来てくれますか?」
「いちゃいちゃって。そんな、夏は無理してくっつくことないじゃないですか」
 と言った途端だ。カカシがぎゅうとイルカに抱きついてきた。
「それなら、暑い中で抱き合っても気絶しないように慣れてくれるまでイルカさんにくっつきますから。それでいいですね」
「はあ!?」
 めちゃくちゃな言い分にイルカは声が裏返る。
「なんですかそれは。冗談じゃないですよ。だから夏はくっつかなければいいでしょう。とにかく暑いから離れてください」
「それなら涼しくなったらすぐ押し倒します。絶対イルカさんとセックスします。夏にたくさん妄想して溜めておいて爆発させます。三日三晩、ううん、一週間くらいはずっと家でイルカさんとセックスします。それでいいですね!」
「いいわけあるかー!!」
 叫んでもカカシはどいてくれない。死んでも離すものかというくらいの必死な力で小さな子供のようにイルカにしがみつく。
 ついさっきまでの甘い空気ははるか彼方に吹き飛んだ。しがみつくカカシを引きはがそうと力をこめるイルカ。二人の熱で更に部屋の空気は上昇。気絶からよみがえったばかりのイルカのほうが体力が尽き、カカシにとりつかれたまま、ぱたりとまた畳の上に倒れてしまった。
「あ、つ、い」
 かすかな息で呟けば、カカシはイルカの首筋をれろーと舐めあげた。
「ちょっと! 舐めるんじゃない!」
 目を尖らせたがカカシは聞こえないふりでぺろぺろと更に舐める。
「エアコンなくたっていいですよ俺は。だってイルカさんの匂いとか汗とか全然平気だし、野望としてはイルカさんの白い海に溺れたいんですからねーだ。イルカさんが嫌がったってくっつけばいいんですもんね。俺体温調節できるし平気だもん」
「俺は平気じゃない」
「俺はヘーキ!」
 ふんと鼻を鳴らしたカカシからはてこでも譲らないという断固たる決意が感じられる。
 少しばかり朦朧とする意識の中で、イルカはとにかくこの暑苦しい状況をなんとかできるならその他はとりあえずはどうでもいいような気になってきた。なにかが違うような気もするが、それを言うならカカシとの付き合いを承諾した時点ですでに違ってきているのだ。
「……わかり、ました」
 イルカの返事にカカシはぴょこりと顔を上げた。





 この夏イルカはとうとうエアコンを購入してしまった。
 勝者カカシ。敗者イルカ。






I。。。K