少年上忍中年中忍 @






 火影に呼び出されて執務室に入ると、そこには初めて見る少年がいた。
 イルカが入ると少年は振り向いたが、慌てて火影の後ろに隠れてしまった。ちらりと見ただけでも、その少年の風貌が目に焼き付く。中忍以上に支給の忍服を着て、顔は下半分を口布で隠し、左目にかぶせるように額宛を巻いていた。
 銀の髪が木の葉では珍しい色合いだった。
「お呼びとのことですが」
「紹介しておこうと思ってな」
 火影は後ろに隠れてしまった少年を前に押し出す。
「はたけカカシじゃ。今度ナルトたちの担当になる上忍じゃ」
 イルカの前に押し出されたはたけカカシは、背丈はイルカの胸あたりしかなく、華奢と言ってもいい風情だった。イルカのことをちらりと見る眼は青く、色白の肌もきめ細かい。顔は右目の周辺しか出ていないのに、それだけでもはたけカカシが美しいと言っていい少年なのだと見て取った。
 イルカと二回りくらいの年齢差がありそうだが、優秀な者は早くから頭角を現す。このまま中忍人生でよしとしているイルカとは違う部類の人間なのだろう。
 イルカは頭を下げた。
「はじめまして。海野イルカと申します。ナルトたちの担任をしていました。これから、あいつらのことよろしくお願いします」
「そんなにしゃっちょこばることもあるまい。確かに上忍だがカカシはまだ十五じゃからな。アカデミー生に毛が生えたようなものじゃ」
「十五才ですか? それはまたはたけ上忍は優秀なんですね」
 イルカは十五の時、まだ下忍だった。若い頃は力のなさやら努力してもむくわれないことに苛立ったものだが、いい加減己の力量を見極めた三十五にもなれば、純粋に力のある者への感動を覚えた。
 まじまじと見れば、カカシはうっすらと頬を染める。不遜だったかと思いイルカはとりなすようにへらりと笑った。
「や、すみません。ついじっと見てしまって。気を悪くなさらないでくださいね」
 なんとなく、警戒をとこうとイルカは右手を差しだした。その手をじっと見ていたカカシは右手の手甲つきの手袋をわざわざ取ってイルカの手を握った。ほっそりとして白く綺麗な手だった。しかし思いがけず強い力で握られて、さすが子供でも上忍と妙なところでイルカは感動した。
「あの……」
 やっとカカシが口を開けた。ちらりとイルカのことを見上げて、イルカと眼が合うと慌てて逸らす。そしてまた見上げて、逸らしてと何回か繰り返した。その間ずっとイルカの手を握ったまま。さすがにイルカが火影のほうに助けを求めると、火影はうむ、と頷いた。
「カカシは恥ずかしがり屋でな。まあ、わかってやってくれ」
「はあ……」
 恥ずかしがり屋でもいいが、いい加減手を離して欲しいなあと思うのだ。
「イルカ、先生って、俺も、呼んでいいですか?」
 意を決したのかカカシがか細い声で言った。いつの間にやらイルカは右手をカカシの手に包みこまれていた。カカシはずい、とイルカを見上げる顔を近づける。青い眼はきらきら、うるうるとしていた。
「俺、ちいさい頃に中忍になったから、アカデミーに通えなかったんです。だからアカデミーの先生に憧れてたんです。イルカ先生みたいな先生に」
「いやあ、俺なんて万年中忍のうだつのあがらないアカデミー教師ですから、そんな、憧れるなんて、滅相もない」
「そんなことないです。イルカ先生は、イルカ先生は……」
 言葉につまったカカシはきゃーと顔を隠してまた火影の後ろに隠れてしまった。
「あの、はたけ上忍?」
「カカシでいいです! カカシって呼んでください!」
「いえ、でも、あなたは上忍なので」
「あなた?」
 火影の背から再びカカシがひょっこりと顔を出す。
「イルカ先生、今、あなたって言いました?」
「言いましたが、それが?」
 カカシは再びきゃーと叫んで、火影の背をばんばんと叩く。
「火影さま、聞きました? あなたですよ? あなたって、そんな、そんなっ……」
 くうっと唸ったカカシは両手で顔を隠していやいやをしている。
 イルカは何がなんだかわからずにアホみたいに口があく。やはり幼くして上忍になる者は変わり者のようだ。そんなことを思いながら執務室を後にした。



「イールカせんせー」
 跳ねるように駆けてきたナルトがその勢いのままイルカに正面から飛びついた。
「俺、俺、合格したってばよ!」
 きらきらと輝く目をした教え子はぎゅっとイルカに抱きついて得意げに語る。
「俺、ちゃんとサスケとも協力して試験に合格した。すげーだろイルカ先生」
「よくやったなあナルト。これからがんばれよ」
「もっちろん! なんてったって俺ってば火影になる男だからな!」
 ナルトに遅れてやってきたサスケとサクラが視界に映る。小さく舌打ちしたサスケがこのあたりでナルトに決め台詞「うすらトンカチ」とても言いそうだ。
「イルカ先生から離れろナルト!」
 しかしサスケのつっこみより先に、横から飛んできた蹴りがナルトを吹っ飛ばした。あっという間の出来事で、ナルトがいたポジションには、なぜかはたけカカシがいた。
「イルカせんせー。俺こいつらのこと合格させました〜」
 上忍の力でぎゅうと抱きつかれイルカは咳き込む。
「ちょ、ちょっと、はたけ上忍」
「カカシですよ〜。あなた〜」
「あなた!?」
 カカシはご機嫌な顔でイルカを見上げる。
「こいつらね、かなりダメダメだったんですよ。不合格一歩手前までいったんですが、なんとか持ち直しました。俺っていい上忍ですよね。褒めてくださいよイルカ先生」
 なぜかカカシの背後に大きなしっぽがぶんぶん揺れる幻を見てイルカは眼をこする。
「イルカ先生?」
 首をかしげるカカシに、くーんと小動物になつかれているような錯覚にイルカは慌てて頭を振る。
「イルカ先生。褒めてくれないんですかぁ?」
 カカシの不安そうな声にイルカははっとなる。
「あ、いえ。すごいですね、はたけ上忍」
 イルカが口元がひきつりそうになるのを堪えながら称えれば、カカシはぶうと頬を膨らませる。
「だから、カ・カ・シ! もしくはあ・な・た!」
「カ、カカシ上忍でっ」
 イルカは大急ぎで選択した。
「ええ〜。俺としてはあなたがおすすめなのに〜」
「と、とんでもない! 俺は中忍ですから!」
 と言うより、なぜカカシのことをあなたと言わなければならないのか全く持って意味不明だ。
「まあいっか〜。イルカ先生って謙虚だよね〜。そこがまた……」
 ぐふ、ぐふ、とカカシは肩を震わせて、笑っている。イルカはさりげなく身を引く。
 やはり、はたけカカシはおかしい。おかしい上忍だ。
「カカシ先生! ひどいってばよ!」
 復活したナルトがカカシにつかみかかる。しかしカカシは眼にも取らぬ体捌きでナルトのことを再び蹴り出した。
「ひどくな〜いよ。ナルトのほうがよっぽどひどい。イルカ先生に抱きつくなんて」
 べーと舌を出してナルトを牽制しつつ、カカシはしっかりとまたイルカに抱きついた。まるで格闘技の技をかけれられているような威力にイルカはカカシの背をばんばんと叩いた。
「カ、カカシ、上、忍! くる、苦しい。苦しいです」
 イルカのせっぱ詰まった声にカカシは慌てて手を離すが、にっこり笑って告げてくれた。
「イルカ先生って虚弱なんですね」
 きょじゃく!?
 イルカは一瞬その言葉の意味をはかりかねた。虚弱だなどと、生まれてこのかた言われたことが一度もない。どちらかというと殺しても死なないと言われ続けてここ十年くらいは風邪ひとつ引いていないと言うのに。
 よろりとよろめいたイルカは助けを求めるようにナルト達に笑いかけた。
「よーし。合格祝いに一楽、連れて行ってやる。サスケとサクラもな」
「俺はいいです」
「あたしも、これから友達と約束があるので」
 二人はあっさりとつれない返事で去ってしまった。
「じゃあナルト、二人で」
「やったー。大盛りで餃子つきっ」
「俺は?」
 ナルトと行こうとしたイルカのベストがくん、と引っ張られる。深く呼吸したイルカは営業スマイルで振り返った。
「申し訳ないんですが、ナルトと二人で行きます。お祝いなので」
 これ以上ペースを乱されてはたまらないとイルカはきっぱり告げた。カカシは口を尖らせた。
「なんでなんで? 俺にだってお祝いしてくださいよ」
「あの、カカシ上忍。一体なんの祝いですか?」
「だから、ナルトたちをごーかっくさせたお祝い」
 カカシはえへんと威張っているがわけわかんねえとイルカは内心で毒づく。
「えーと、とにかく今日はナルトと二人で行きます。またの機会にカカシ上忍とはご一緒させていただきますので」
「ほんと? ほんとに? 絶対?」
 リップサービスのようなつもりで言ったのだが、カカシは食らいついてくる。
「またの機会っていつ? 今すぐ約束しようよ。俺、合わせるから」
 カカシは必死だ。いえ、本当は行くつもりはありません、とそこまで言わないとやはり子供はわからないのだろうか。だが子供でもカカシは上忍で、しかも火影に聞いたところでは現役暗部も兼ねているという。そんな凄腕の忍が言葉の裏の裏を読めないわけがないと思うのだが。
 しかしカカシが真っ直ぐに見つめてきてイルカからの言葉を待っているから、さすがにイルカもここで突っぱねることもできずに、わかりました、と頷く。
「今から、一緒に行きましょう。お祝いします」
 その瞬間、カカシの表情がぱあっと輝く。
「やったー。イルカ先生大好き!」
「俺も好きだってばよ!」
 前からはカカシ。後ろからはナルトになつかれてイルカはがくりと肩を落とす。なぜこれが素敵な女性ではないのかと少しばかり寂しいイルカだった。




 イルカをはさんでカカシとナルトとが並んでラーメンを食べる。別に一楽は混んでいないのだからもう少しゆったり座ってもいいのだが、カカシがイルカに密着するからナルトもムキになって密着する。熱いラーメンをすすりながらさらに熱い。春だと言うのに汗っかきなイルカはぽたりと顎から汗が落ちた。
「ナルト、少し離れろ。カカシ上忍も、離れてください。熱いです」
 とうとうイルカが注意すれば、二人がイルカをはさんでばちばちと眼を見交わす。
「カカシ先生、離れろってばよ」
「ナルトこそ近すぎ。イルカ先生食べづらそうだろ」
「二人とも。離れてくれないなら、俺が席ずれます」
 その言葉はきいた。二人ともしおしおと椅子をずらした。
 ほっと息をついたイルカは落ち着いてラーメンをすする。ふと視線を感じて横を向けば、カカシがじっとイルカのことを見ていた。当然だが口布を下げて顔をさらしている。イルカと目が合うとにかりと笑む。整っているが、無邪気な子供らしい笑顔。
 上忍でナルトたちの師となったカカシだが、まだ十五才だったことを思い出す。大人げなかったかとイルカも笑いかけた。
「カカシ上忍、おいしいですか?」
 カカシは、なぜか固まってしまう。まずかったのか? そんなはずはない、とイルカは考えたが、カカシはぼっと音がしそうなほどに顔中真っ赤にして勢いよく頷いた。
「お、おいしいよ。すっごくおいしい。また来たい。またイルカ先生と来たい」
 カカシは必死になって言いつのる。
「そうですね。でも今度はカカシ上忍が奢ってくださいね。俺より給金いいんですから」
 イルカは冗談めいて口にしたが、カカシは真剣な顔になる。
「いいよ。何杯でも食べていいから、また、俺と来てくれる?」
 伺いをたてるように、おそるおそるカカシは聞いてくる。調子が狂う。なんと言って返せばいいのかさすがにイルカも考える。横から不意に助け船がでた。
「なーなー。カカシ先生っていつ上忍になったの?」
 身を乗り出してきたナルトに正直イルカは助かった気持ちになる。話題転換。これがこの場面の一番正しい選択だ。
「俺なんて、十六でやっと中忍になったんですよ。カカシ上忍はすごいですよね」
 イルカが感嘆の気持ちをこめて告げれば、カカシは照れたのか、いきなりラーメンをかきこむ。
「別に、凄くないけど」
「つーかイルカ先生が遅いんじゃねえの? しかももう三十五のおっさんなのにまだ中忍だってばよ」
「ナールートー」
 イルカの拳骨はごいんとナルトの頭部に落ちる。
「俺は上忍になる気はないんだよ。万年中忍望むところだって」
「うはー。負け犬だってばよ」
 いつものやりとり。ナルトは本気でイルカのことを馬鹿にしているわけではないことを知っているからイルカも笑う。和む師弟の横で、がたんと立ちあがったのはカカシ。振り返ったイルカのことをカカシは軽く睨み付けてきた。
「俺、帰る。ごちそうさまでした!」
 投げつけるような声。身を翻して行ってしまったカカシだが、イルカのことを睨んだ眼が、心なしか、寂しそうだった。








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