雪ごもり   後編






「イッルカ先生〜。木の葉温泉地行きましょうよ〜」
「いいですね。俺も最近行ってないんで是非ご一緒しましょう」
 イルカの勤務時間が終わる頃合いになって受け付けに顔をだした。ソファでくつろぐ忍たちがまだ多数いる時間帯。カカシの突然の誘いをつるつるのイルカがどうやってかわすのか、それはもう興味津々でカカシは声をかけたのに、イルカはあっさりと承諾した。
「今引き継ぎ終わりますんで、少し待っていてもらいますか」
 狐につままれたような気分でカカシは頷いた。
「おっかしいな〜」
「何がだよ」
 ソファで煙草を吸っていたアスマが隣に腰掛けたカカシの呟きに反応した。
「いや、ナルトからの情報だとイルカ先生あそこに毛がはえていないらしいんだよ。だから絶対一緒に温泉なんて行くわけないと思って誘ったのに」
「はえていないイルカを温泉に連れて行っておまえはどうする気だったんだ」
「いやだから、公衆の面前で慌ててあせるイルカ先生を見たかったの。なのにあの人普通なんだもん。あ〜あ。温泉なんて行かなくてもいいのに。断っちゃおうかな」
「おまえも相当暇人だな」
「まあね〜。所詮今はお子様のお守りだし。里は居心地悪くてさ。そんな俺に今潤いを与えてくれるのがイルカ先生ってわけ」
 それがイルカの存在意義。カカシが里に常駐している間は元気でいてくれないと困る。
「おう、そういやあよ、イルカは体悪くしてなかったか?」
「全然。食べ過ぎで脂肪が気になるくらいだって」
「そうか。そいつあよかった」
 無骨なアスマは結構細やかな神経を持ち合わせている。そんなアスマが心配していたくらいだからカカシもそれなりに気にはしたが、この間の鍋のときにやはりイルカはイルカだと改めて思った。相変わらず着ぶくれた姿で木の葉の通りを徘徊している。
「イルカ先生ってちょっと人と違って羞恥心薄そうだからつるつるでも全く気にしていないのかもな〜。まあいっちょ確かめてくるよ」
 せいぜい頑張れや、と呆れたアスマに見送られてカカシが受け付けを後にした。



「やっぱり冬は温泉に限りますね〜」
 ナトリウム系の熱い湯につかったイルカは普段以上に顔を赤黒くさせてご満悦だ。色白のカカシと並ぶとまるで五目のようだった。
 天然の温泉以外にも、薬湯、ジャグジー、サウナ、水風呂などを備えた木の葉温泉は病院に併設され、治療中の患者は無料、それ以外も格安の値段で老若男女、木の葉の者なら誰でもが利用できた。イルカはメンバー登録済みでポイントを集めて時たまタダ券をゲットしているとのことだった。
 イルカのあそこはつるつるではなかった。普通だった。多くもなく少なくもなく。ついでにモノも観察してみたがそこはなんだか未熟そうで、イルカらしいと言えなくもなかった。
 はっきり言ってあまり長湯が得意ではないカカシだが、イルカに付き合い休み休みはいるうちに2時間はいてしまった。そのあとはおきまりなところで酒宴をもうけてお開き。
 元気に手を振って去っていくイルカは夜は冷えますからとさらに着ぶくれ、遠く手を振る姿はまるで雪だるまのようだった。おりしも空からは粉雪が舞い始め、カカシは軽く手を振り返しながら和んでいる自分がいることを感じていた。
 イルカは温泉中を子供のように元気よく移動してカカシに温泉の効能のうんちくを垂れ、酒盛りではおいしそうにつまみをつつきながらたわいのない話で笑っていた。かさかさな赤黒い顔での無邪気な笑顔が最初ほど醜いとは思わなかった。いたずら小僧のように鼻の下をする仕草なんか結構いいものだと思う。
 今度は是非イルカの家にひいている温泉とやらに入らせてもらおうと、カカシは満ち足りた気持ちで帰路についた。



 カカシがそこでナルトを見つけたのは偶然だった。
 単独での任務の帰り。さすがのカカシも熱燗で一杯やって熱い風呂に入りたいような底冷えする日。近道にと選んだ森の中で気配に足を止めれば、なんと部下の子供がうつぶせにぱったりと倒れていたのだ。
「お〜いナルト〜。風邪ひくぞ〜って、すごい熱じゃん」
 抱え上げた体は熱い熱い熱のかたまりだった。周囲に散らばるクナイから、どうやら一人寒空のもとで訓練に励んでいたわけだ。
 病院に運んでもいいかもしれないが、確かのこのあたりはイルカの家が結構近かったはず。ナルトのことを思えばイルカところに運んだほうが回復にも手を貸すだろう。
 道具を適当にまとめたカカシは最速でとんだ。


「イルカ先生〜。ナルトが大変なんですよ。開けて下さい」
 イルカは里の中心地から少し離れた一戸建ての平屋に住んでいる。両親が建てた家とのことで、大切に、小さな庭には花を植えて暮らしている。
「カ、カカシ先生!?」
「そうです。倒れているところ見つけて連れてきました」
「倒れていたんですか? け、怪我とか?」
 ドアの向こうでイルカのあせる気配がする。
「いーえー。風邪みたいですよ」
「そ、そうですか・・・・。良かった」
 イルカはほっとしたのか声のトーンも落ちたが、一向にドアを開けてくれない。
「イルカ先生。早くナルトを寝かしてやりたいんですけど」
「え、あ、そうですね。あ、でも、風邪なら、病院に」
「風邪っていってもたいしたことなさそうなんで、イルカ先生面倒みてあげてくださいよ。とにかく早く暖かくしないと」
「あ、はい・・・・・」
 返事をしつつもイルカはそれでもドアを開けない。さすがにカカシもこの寒さに手がかじかみ、家の中から漏れるオレンジの灯りに早く暖をとりたくて仕方がない。
「こら。イルカ先生。開けなさい」
「あ、開けます。でも、そこにナルトを置いて、カカシ先生は帰っていただけますか?」
「はあ〜?」
 イルカとは思えない冷たい言葉にカカシは唖然となる。そして次の瞬間には怒りと憤りと、悲しみがないまぜになった感情が襲う。
「なんでですか。俺も任務帰りで寒いし疲れているんです。よらしてくれたっていいじゃないですか」
「でも。ナルトの看病しないといけないし、ろくなもてなしもできないんで・・・・・」
「いいよそんなの。風呂でも使わせてくれれば勝手にやるよ」
「でも・・・・・・」
 気のせいか、イルカの声は涙声のように湿っているように聞こえる。しかしここで押し問答をしていてもナルトもカカシも暖まらない。ナルトのことを思えばカカシがさっさと去るべきなのかもしれないが、絶対に入ってやるとカカシは意地になっていた。イルカのほうでカカシを入れたくない事情があるのだろうとは頭の隅のほうで冷静に思う。すでにいい時間だから、ひょっとしてベッドには女がいるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。感情の主たる部分では是が非でも入らなければ気持ちは収まらない。
「うるさーい。とにかく開けろ!」
 チャクラをこめた足で、カカシはドアを蹴破っていた。
「カカシ先生!」
 悲鳴じみたイルカの声。押し入った玄関先には頭を抱えてしゃがみこむイルカがいた。
 廊下の両側にそれぞれふたつづ戸がある。忍の習性で家の中の気配を探るが玄関にいる三人以外のものはない。一体何故イルカがドアを開けることを拒んだのか全くわからない。
「ちょっとイルカ先生。なんでしゃがんでいるんですか。とにかくナルトを寝かせてくださいよ」
 ナルトを片手で抱えなおし、あいた手でイルカの二の腕を力任せに引っ張り上げた。
「カカシ先生ー!」
 イルカが叫ぶ。苛立ちのままいささか乱暴にイルカを立たせたカカシだが、思わずナルトを落としそうになった。
「イルカ先生・・・・・・?」


 泣きそうに顔を歪ませていたのは、イルカ。白いイルカ。
 真っ白なつやつやした見るからに肌理の細かい肌。今は薄く桃色に染まっている。おろした髪は黒々として細く、艶やかな光沢をはなつ。指通りがよさそうなさらさら感。
 カカシが知っているイルカとのあまりの落差にまじまじと凝視すれば、イルカは大きく息をついて片手を額にあてた。その手がまた白魚のような、という形容がぴったりと当てはまるものだった。
「もう! 悪かったですね! わかってますよ。男のくせに、忍者のくせにこんな軟弱ななりをしてるって重々自覚してます。だから隠していたのに。見られたくなかったのに。カカシ先生サイテー」
 恨みのこもった目でぎん、と睨み付けたイルカはひったくるようにしてカカシの手からナルトを奪うと足音高く寝室と思われる部屋に入っていってしまった。
 呆然と、あほうのように口を開けたまま、カカシは玄関に突っ立ったまま、寒さも吹き飛びイルカが戻ってくるまでそのままでいた。
「ちょっと、カカシ先生。馬鹿みたいな顔して突っ立っていないで入ったらどうですか」
 イルカに促されて畳の部屋に通されて炬燵の中に入り、お茶を出されてもカカシはほうけていた。さすがに心配になったのか、向かい側からイルカが不審げに顔を近づけてきた。
 その顔の、光を反射してきらめくほどの潤いといったら! 目を離すことができすに見つめる先で、季節はずれの力ないハエが飛んできて、イルカの顔、頬の盛り上がりのあたりにとまった、と意識した先につるんと足を滑らせていた。
 うそっ? とカカシが目をむいて小さく呟くと、イルカはますます眉間に皺をよせる。
「カカシ先生。今風呂用意しますから、適当に暖まったら帰ってくださいね」
「あの〜イルカ先生は〜、どうして〜、普段、汚い顔してるんですか〜」
 カカシの間延びした問いかけに、イルカは立ち上がりかけた腰をまた落ち着ける。胡座のまま腕を組んで俯くと、さらさらと髪が流れる。それをかきあげる何気ない仕草にカカシは目を奪われる。ドキリとする。六畳ほどの居間はストーブが二つ置かれ、ヤカンはしゅんしゅんと音をたてている。イルカはハイネックのセーターの上にもこもことした半纏をはおり、部屋はかなり熱い。カカシの頭の中も沸騰しはじめていた。
「俺、ものごころつく頃から温泉が大好きで、暇さえあれば温泉につかってきました。多分、そのせいだとは思うんですけど、肌がつるつるでまっっちろになっちゃったんですよ。こんな、ひ弱〜なカンジの忍、なめられるしイヤじゃないですか。生徒にもしめしがつきません。だから俺、毎日毎日体中に特殊メイクばりのクリーム塗って、髪もさらさらすぎて邪魔だから特別注文のマットなムースつけて変装していたんですよ。ナルトは、知ってますけど、秘密だったのに・・・」
 下から睨み付けてくるが頬を染めてはにかんでいるとしか見えない。
 は、と溜息をついてイルカは今度こそ立ちあがった。カカシも落ち着いて緑茶に口を付けることができた。
 なんというか、イルカの発想は本当にわからない。白くてつやつやな肌をした忍がどうしていけないのだろう。確かに一見なめられるかもしれないが、力を見せつければすぐにおさまるし誰も特になんとも思わない・・・・・・か? あんなに、ハエさえ滑るほどにつやつやつるつるのイルカを見て、誰も、何も、思わないだろうか? 現にカカシは・・・・・・。
「カカシ先生。俺んち温泉ひいているんで、すぐに入れますよー」
 暢気なイルカの声に呼ばれてカカシがふらふらと風呂場にむかった。


「ほんっとに風呂はいいですね〜。しかも温泉! こればっかりはやめられませんよ〜」
 結構背の高い大人二人が余裕で手足を伸ばせるほどの広さの風呂。イルカは手ぬぐいで器用に髪をまとめて極楽極楽と豪快に笑う。さきほどまでの機嫌の悪さはどこへやら、カカシがちらりと伺えば、にこっと笑う。頬がつやっときらめく。カカシは慌てて目をそらした。
「カカシ先生? そんなはじっこにいなくてもうちの風呂広いんですから、伸び伸びしてくださいよ」
「いいいいいい、いえ! けけ、結構です!」
 裏がった声を響かせたカカシが、浴槽の端のほうにへばりついた。
「この間一緒に木の葉温泉行ったし、誰かと入ることに抵抗はないですよね? 俺一緒してまずかったですか?」
 心配りがまめなイルカがカカシに近づき、肩に手を置く。カカシは瞬間飛び上がりそうになったが堪えた。
「め、めめめっめ、滅相もない! ここは、イルカ先生の家なんだし! 俺、はしっこが、すっす、好きなんです」
「ならいいですけど」
 イルカは挙動不審のカカシにかかずらっていられないとばかりにまた鼻歌を歌い出す。カカシはイルカに背を向けたまま、たった今イルカが触れたばかりの肩が熱を持ったように熱くなるのを意識した。軽く触れただけなのに、皮膚の神経は敏感にイルカの肌触りをとらえた。
 ちらっとイルカを見て、すぐにそらして己の下半身を見た。
 ごくりと喉がなる。
 やばい。やばいやばいやばい! さっきから息子はびんびんにたちっぱなしだ。何とかイルカに先にあがってもらって処理したいのだが、イルカがカカシより早くあがるとは思えなかった。さっきがあがってもらう最後のチャンスだったのに、ついイルカのきれいな肌を堪能したくて断ってしまった。
 ずきずきと疼いて仕方ない。温泉に心を奪われている今のイルカなら、カカシが勝手に処理しても気づかないかもしれない。ああでもその場合、やはりおかずは・・・。
 ざばあ、といきなりイルカが湯船をでた。
 びくっと驚いた拍子に、ついカカシはイルカのほうを振り返ってしまった。
 木の葉温泉で見た時とは比べられない、別人のように艶めいたイルカがそこにはいた。けぶる浴室の中、鍛え上げた忍の体に贅肉などなく、意外と傷の多いイルカの体のその跡は薄桃色に染まり、雪のように白い肌に線をいれたように浮き立っていた。まるで一流の彫り師が彫り上げたような模様にさえ見える。手ぬぐいでまとめた髪は首筋に少しほつれ、すっとのびたその首筋がまた壮絶に色っぽい。
 カカシは目の玉が飛び出るくらいに開き、写輪眼はぐるぐる回っていた。やばいやばいと頭は警鐘を鳴らすのに、正直な本能は目を反らせずにイルカの体を舐めるように見て、最後にピンク色の局部に釘付けとなった時、堪えきれずにカカシは自爆した。
「カ、カカシ先生!?」
 情けないことに。
 カカシは、鼻からは赤い血を、膨れあがった性器からは白い液を同時に爆発させて湯船にぷかりと浮かんだ。


「もう! なんでカカシ先生の面倒まで見なきゃならないんですか!」
「面目ないです・・・」
 ぷりぷりと怒りながらも面倒見のいいイルカは寝室と台所を往復していた。ベッドにはカカシを、ナルトは常備してある布団に寝かせて看病していた。
「もう! おっ立ててたならそうと言ってくれれば一人にしてあげましたよ。いい大人が、なーんでいきなり制御不能になるくらい興奮するかなああ。カカシ先生そんなにご無沙汰なんですか?」
「面目ない」
 イルカよりはご無沙汰ではないと確信をもって言えるが、湯あたりをおこして貧血状態になりイルカのベッドを占領して看病してもらっている身としては何も言えなかった。
 カカシの額に冷えたタオルを載せ枕元におざなりに水差しを置いたイルカはナルトの汗を拭ってやる。ナルトは苦しい息で大量の汗をかいているようだが、きっと明日の朝には落ち着いていることだろう。
 タオルの端をちらりと持ち上げてイルカの横顔を盗み見る。ナルトを背中から抱えるようにして寄りかからせてパジャマを着替えさせてやっている。子供の肌と比べてもイルカの肌のきれいさに遜色はない。むしろ大人である分艶が加わり、うっとりするくらいにきれいだ。
 カカシは親子のようなイルカとナルトに背をむけて布団にもぐりこんだ。
 毎日風呂をかかさないイルカの布団は彼が愛用している石鹸と洗髪料の柑橘系の香りがこもっている。カカシは鼻をうごめかしてその匂いで肺を、体中を満たす。暖かなものが体中に広がり、とりあえず若い男として下半身には熱が集中する。こっそり下着に手を差し入れて、イルカの白魚の指を想像してゆるく扱きながらイルカを思う。このままそっとイルカを思いながら熱を逃そう。
 まいったなあ。ホント、まいった。



 身に付いた習性で、目が覚めてむくりと起きあがる。
 見慣れない部屋にカカシは一瞬考えるが、ブラインド越しに入る朝の光の中でベッドの傍らに敷かれた子供用の布団に安らかに眠るナルトと、ベッドに背を預けて座ったまま眠るイルカに昨日の出来事を思い出す。
 部屋の中にはぬくもりが残っており、イルカが遅くまでナルトを看病していたことをうかがわせた。
 ベッドの上から、心臓を高鳴らせたままイルカをのぞきこむ。
 髪を低い位置でまとめたイルカの横顔。結構まつげが長い。奥二重のようで目頭に線が入っている。
 頬をつついてみた。おおっ! とカカシはのけぞる。恐ろしいほどの弾力感。赤ん坊も真っ青だ。それになんという艶! 滑らかさ! 指先ですりすりとさすっていたがカカシは誘われるように身をかがめ、不自然な体勢のまま尖らせた唇を寄せていった。
 むちっと吸い付いてくる肌。極上な女の肌よりも格段に上だ。頬でこれなのだから、体の方は・・・・・・。
 などと不埒なことを考えたものだから、カカシの雄は素直に反応した。朝だし・・・。やべっと思いつつ、それは置いておいて、もっとイルカの肌を味わいたくて、舌をだす。ぺろりと舐める。気のせいだが甘いような気もして陶然となる。イルカは看病疲れか一向に気づかない。調子にのったカカシはチュッチュツとイルカの顔中にキスを降らせながら下肢を宥めた。


 響き渡るイルカの絶叫。
「ち、遅刻だーーーーーーーーー!」
 イルカはカカシの腕の中でばたばたと暴れている。ふと壁の時計を見れば、あと20分ほどでアカデミーの開始時間。
「ちょっと! カカシ先生、なんで俺のことだっこしているんですか? 離して下さいよ」
 イルカはカカシをどついてベッドから飛び降りる。カカシは早朝目覚めた時にイルカの頬を堪能して、耐えきれずにベッドに引きずり込み頬にすりすりしたまま眠ってしまった。
 ああ気持ちよかったとカカシは大あくびだ。
「イルカ先生。ナルトの看病していたんだし、連絡して授業かわってもらいなさいよ」
「駄目です! 今日は授業参観日なんですよ? 担任が遅刻なんて洒落になりませんよ〜!」
 うわーんとイルカは半泣きだ。
「忍なんだから、5分もあればつけるでしょ?」
「そんなのわかってますよ!」
 カカシにがなりながらも着替え始めるイルカにカカシは苦笑する。確かに、いつもの重装備は無理だろう。
「もう! もう! カカシ先生なんか泊めたからだ! 疫病神! 俺の秘密が、ばれちゃうよ〜!」
 ぐすぐす鼻をすすりながらもイルカは準備を整え、マフラーひとつで飛び出そうとした。
 しかし。
 はっしとカカシの手はイルカを引き留めていた。
「ちょっと待ってイルカ先生。特殊メイクは?」
「だから! そんな時間ないんですって」
 イルカがしみひとつない真っ白な顔でカカシの前にいる。黒が貴重の忍の腹に白いイルカの姿は絶妙なコントラストをなして、妙に色めいて見えた。こんなイルカを見た日にゃあ、不埒な考えに及ぶ奴が絶対にいるはずだ。
「駄目〜! 絶対だめだめだめー! メイクしなきゃ行っちゃだめ〜!」
「だから! したいけど、時間がないんです!」
「でも駄目ー! だったら授業なんか行くなー!」
「ふっざけんな! 離せ! この、変態!」
「やだー!!」
 イルカはやみくもに手を振り回すが、カカシはだだっ子のようにそれ以上に両手を振り回して暴れる。
 不毛な争いにも刻々と時間は過ぎる。
「ほんっとに間に合わない! 離せ〜!!!」
 イルカの叫びと同時のタイミングでわってはいった声。

「変化すればいいってばよ」

 目をこすりながら起きあがったナルトはぼそりと呟いた。

 互いを見交わした大人二人は、合わせ鏡のようにこっくりと頷いた。



 きらきらと雪の結晶が光りに透けて見える輝いた朝。今日もイルカだるまはのしのしと雪道を出勤中だ。
「イルカ先生。ほら、手かして」
 カカシが差し出した手をイルカはつん、と拒絶する。手袋をはめた手をぎゅっと丸めて歩く。
「イルカ先生〜。危ないよ〜」
 と言ってるそばからイルカは転倒した。仰向けにかえるのように倒れたイルカは本日も特殊メイクのため赤黒い。しかし頬を膨らますその顔がカカシの目にはもう可愛く見えて仕方なかった。
「気持ち悪いなあカカシ先生。なににやにやしてるんですか」
「んー? イルカ先生カワイイから」
「ばかにして!」
 ぶーっとますますイルカは膨れる。
 ほんとかわいんだからとカカシは一人ごちる。
 あの日の出来事以来、カカシはイルカにめろめろだ。イルカのかわいさというかきれいさに胸を打たれたことは間違いないが、あれはきっかけに過ぎない。もともと、イルカのことは気に入っていた。カカシは元々、心惹かれない人間を面白いという理由だけで構うような人間ではないのだ。今回のきっかけがなければもうすこし時間をかけて好きになっていたことだろう。
「イルカ先生」
 カカシが笑って手を差し伸べれば、イルカは唇を尖らせながらも手を伸ばす。丸く柔らかなその手を握る。
 どうかイルカはこのままで、雪のなかにこもるように、本当の姿を隠していてほしいとこっそりカカシは思うのだった。