れぷりかんと   5    







 なんとなくだが、イルカの具合が悪そうだと気づいたのはやはりしょっちゅうイルカのこをと目に留めているからだろう。
 いつものように受付所での報告の際にイルカの列に並んで、番がきた時にそっと聞いてみた。
「イルカ先生、具合悪いんじゃないですか」
 書類に向かっていたイルカは一瞬だけ動きを止めたが、カカシのことを振り仰ぐ事はなく、書類を見たままでくすりと小さく笑った。
「カカシ先生は鋭いですね。ちょっと、風邪気味なんです。今日は上がりが早いので帰って休めば治りますよ」
 イルカはなんでもないことのように言う。だがそれにしては顔色が悪い気がしてカカシは食い下がった。
「あの、俺も今日は何も予定がないし、送りましょうか? 俺、おかゆくらい作れるし」
 そこでやっとイルカは顔を上げた。じっと見つめられて、吸い込まれそうな黒い瞳にカカシはなんとなく背中がむずがゆいような感覚を味わう。
 イルカはほんの少し顔を傾けて、口を開いた。
「そんなに、気を遣わないでくださいよ。俺は、違うんですよ?」
 違う。あの人ではない、と言うことか。
 わかりきったことを敢えて口にされて、カカシは顔をしかめた。
「俺はただイルカ先生のこと心配しただけです。イルカ先生こそ、なんでもかんでもあの人につなげていちいちあの人のこと口にしないでくださいよ」
 カカシが怒ったことにイルカは瞬きを繰り返す。
「はあ。すみませんでした」
 素直に謝られて、カカシは居心地が悪くなる。そのままなにも言わずに受付所を後にした。
 ずんずんと歩きながら、腹の中がもやもやとするのがわかる。別に喧嘩をしたいわけじゃない。あんな些細なことで気分が悪くなり、きっと今頃イルカもなぜカカシが急に怒ったのかわからずに首をひねっていることだろう。だいいちしょっちゅうあの人のことを口にしてあの人がどんなふうだったか、話して欲しいとねだっているのはカカシのほうだ。
 イルカは気に病んでしまっただろうか。
 いや、カカシのことなど気にぜずにすぐに仕事に集中しているかもしれない。
 何回も飲みに行っているのに、イルカは意外と心を許してくれていないのだ。クールなのだ。カカシが誘わなければ誘ってこないし、カカシが話をむけなければ思い出を語ってもくれない。
 ロボットのことを話してくれたが、それ以外にもっと、イルカ個人に関することはあまり話してくれはしないのだ。
 そこまで思考がおよんだあたりでカカシは足を止めた。ちょうど建物を出たところ。壁にもたれればため息が出る。
 きちんと考えたことがなかったが、どうやらイルカのことをかなり気に入っているようだ。ちょっとした感情の行き違いで気持ちを逆立ててしまうほどには。



 それから単独の任務が数日入り、里に戻った日には夜も更けていた。報告書は翌日でもいいのだが、無意識に覚えてしまったイルカのシフトは今夜は夜勤。イルカの顔を見れば疲れも吹き飛ぶだろうと灯りがついた受付所に足を踏み入れた。
 意外にもそこそこの人出があり、ソファで話をする者たちもいた。昼間は三人座る受付も夜は二人。しかしそこにイルカの姿はなく、ひとりが忙しく働いていた。自分の番が来たときにカカシはイルカの友人として認識している忍に話しかけた。
「今夜はイルカ先生当番だよね」
「ああ、お疲れ様ですはたけ上忍」
 きちっとねぎらいの言葉を笑顔と共に向けてから、実はイルカは、とその忍は教えてくれた。
「さっきまでいたんですよ。けど具合悪そうで、ちょっと仮眠室で寝てこいって追い出しました」
 やっぱり無理したのか、とカカシはそっと息をついた。
「ありがと。じゃあちょっと顔見ていく」
 なんでもないふりで受付所を出たが、内心カカシは穏やかではなかった。
 イルカとて忍だ。そうそう顔色で体調の悪さを伺わせるようなことはしない。それが同僚に勤務中に気を回されるくらいなのだから、数日前より確実に具合が悪くなっているのだろう。イルカがなんて言おうと連れ帰ると心に決めて仮眠室に慌てて向かったカカシだが、ふと足を止める。
 普通の教室だ。戸の向こうから、間違えようのないイルカの気配がする。
 イルカの同僚は仮眠室と言ったが、と思いつつ戸を叩こうとして、その寸前でカカシは手を止める。
 中から、かすかなうめき声と、なんともいえない不穏な気配がする。
「イルカ先生?」
 まさか倒れているのかと焦る。
 戸は音もなくするりと開いた。部屋の中に身を滑り込ませた途端にカカシは一瞬からだを強ばらせる。
 濃密な、ねっとりとした部屋の空気。体中の毛穴を刺激するような、感覚。ごくりと喉を鳴らしたカカシは、鼓動が勝手に跳ね上がるのを止めることができなかった。
 無意識に気配を絶って、窓際に目を向ける。
 そこには、月明かりに浮かぶイルカがいた。全く想像だにしていなかった姿のイルカが、いた。
 床の上に膝をついて下着ごとズボンを膝のあたりまでおろしたイルカ。膝立ちのまま、尻の中心に注射の形をしたおもちゃを突き立てていた。先のほうをぐっと押しつけて、動かしている。イルカはああと悩ましいため息をこぼす。口の端から落ちる唾液を舐め取る舌が赤く淫らで、カカシは思わず口もとを押さえていた。
 おもちゃから手を離したイルカは、今度はそれをつきたてたまま、前に両手を持っていく。それはみなぎって天を向いていた。きゅっと両手をつかって長い部分をしごき、袋をもみしだく。イルカはん、ん、と鼻からいやらしい息をこぼして、頬を染めて、うっとりと自慰を続けている。
 カカシは両目をかっと見開いたまま、その光景から目を逸らせずにいた。くらくらと沸騰する脳の中では、なんでどうしてと疑問符が浮かぶが、強烈なイルカの痴態はそれ以上の思考をカカシから奪っていた。
 イルカの先端はやらしい液体を溢れさせ。水っぽい音が部屋中に満ちる。
「ああ……っ。もうっ」
 感極まった声をあげ、一瞬きれいに身を逸らせた後、そのままイルカはとさりと床に倒れ込む。はあはあと荒い息をついたまま、うっとりと満足げな表情を見せるイルカ。赤い顔に、ほつれた髪。乱れた着衣に、未だだしたままの尻。おもちゃもくわえこんだままで……。
 カカシは、呆然としつつも、イルカに気づかれる前に、とその場を後にした。
 保健室をでて、ふらふらと病人のような足取りで、廊下を進む。闇夜であっても細部まで見て記憶できる忍の視力が今は恨めしい。
 たった今見たことの衝撃にカカシは打ちのめされていた。

 

 

 

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