れぷりかんと   4    







 ロボットのことがどうしても気になって、ストレートに火影に聞いてみた。火影はサクモのことではカカシに対して負い目を持つのか、イルカから聞いた通りのことを確認すればあっさりとこたえてくれた。
 間違いなく現在は研究開発は凍結され再開の目処も立たない状態とのことだった。
 あっけない回答に、カカシは問いを重ねてしまう。
「イルカ先生のお父さんの跡を継ぐ人材はいないんですか?」
 カカシの不満げな様子がわかるのか火影は苦笑した。
「あの当時ロボットに携わっていた者は皆亡くなってしまってな。唯一関係者と言えるイルカはなにもわからぬ。いつか必要に迫られれば再開することもあるかもしれぬが、今のところその予定はない。わしが火影についているうちにはまずないだろう」
「そう、ですか……」
 もし研究が続行していたならと昨晩考えてしまった。そうしたら、もう一度あの人に会えたかもしれないと。だから今日子供達との任務が終わったあとに火影の元にやってきた。
「イルカの父は心あるロボットを作るために研究を重ねていた。イルカからの話でそのことを理解したのかおまえは」
 黙り込んだカカシにかけられた火影の声は少し厳しいものだった。
「理解しましたよ。だからあの人は俺のところに来てくれたんですよね。父のことを思って」
「そうじゃ。ならば今更研究が再開されてもあの者は戻らぬ。そのこと、わかっておるのかと聞いておるのじゃ。ロボットであっても命はひとつきりのもの。だから尊いのではないか? 無駄にしてはいけないのではないか?」
 火影の言葉にカカシははっとなって己の考え違いを悟る。
 たとえロボットでもあの人の命はひとつきりのもの。それはもう失われてしまった。父が自殺して果てたように……。
 悲しい事実だが、受け止めるしかない。
 申し訳ありませんでしたと小さく謝れば火影は皺深い顔をほころばせた。
「ところでカカシよ。イルカが自分からロボットのことをおぬしに語ったというのか」
「はあ。まあ俺のほうが先に昔のことを話したんです。そうしたらイルカ先生も話してくれました」
「そうか……」
 ロボットのことよりもイルカが話したことのほうが火影には気になるようでしきりに頷いている。
「イルカも、乗り越えたと思っていいのか……。イルカは取り乱すようなこともなかったということじゃな」
「いたって冷静に話してくれました。ガキの頃のことですよ? イルカ先生だって折り合いをつけてるってことですよ。だてに年はとってません」
「確かに昔のことじゃがな」
 嘆息する火影はそれでも心配そうな顔で、イルカはずいぶん火影にかわいがられているのだなと思う。大人になっても心配されているイルカはとても彼らしい感じがしてカカシの口元は緩んだ。
「イルカの様子にかわったところはなかったか?」
「いえ。特には。なにかあるのですか?」
「なに。ナルトの卒業の件でちょっともめ事があってな。その時にイルカは怪我をしたのじゃ」
「え?」
 初耳だった。どきりと心臓が脈打つのがわかる。火影の机に一歩進んでいた。
「その話、聞かせてください」



 ナルトをかばって背中に受けた傷は意外と深く、イルカは未だに薬を飲んでいるという。
 そんなこと微塵も感じさせないくらいイルカはいつも元気そうだった。カカシに言う必要がないことだとは頭ではわかっている。だが気持ちのほうでは水くさいと憤慨する自分がいる。
 ささくれた気持ちを抱えたまま火影の執務室を後にしてアカデミーのグラウンドのほうを通って帰ろうとした矢先、カカシの位置からは反対側、視界の端に、ベンチで語らうイルカとナルトの姿が映った。
 夕日が差すそこではナルトが大きな身振り手振りでイルカになにごとか語っている。イルカは笑顔で頷いて、時たまナルトの頭を撫でてやる。
 きらきらとした柔らかなその光景はカカシの尖った気持ちも溶かす。ふわりと心の中に優しいなにかが着地する。
 イルカが薬を飲んでいることをカカシに告げないのは、きっとカカシがナルトに近い位置にいるからだろう。なにかのきっかけでナルトがその事実を知れば間違いなく責任を感じる。ナルトにそんな思いをさせたくないからイルカは黙ったまま、ただ笑っているのだろう。
 師弟の心に染み入る絵のような光景を焼き付けて、カカシはアカデミーを後にした。



 カカシに過去のいきさつを告げてからもイルカはなんら変わることはなく、飲みに誘えば気楽に応じるし、あの人のことを聞けば応えてくれる。
「兄さんはとても優しかったんです。俺たちが悪さをしても滅多に怒ることはなくて、すごく大人でした。そのうち父さんの助手みたいなこともやるようになって、誰より人間に近かったと思いますよ」
 やはりあの人は誰より優しかったのかと、カカシは我が事のように嬉しくなる。
 嬉しくて、あの人との思い出をイルカに語るのにも熱が入る。
「あの人猫舌だったんですよ。一度オレがスープを作った時に、そんなに熱くなかったのに、熱い熱いって言って、オレのこと恨めしそうに見て、すねて、子供みたいなところのある人でしたよね」
「そうですね。兄さんは俺たちと遊んでくれるときも一番ムキになって、本気で追いかけたりしたんですよ」
 カカシはもちろんだが、イルカも亡き人の話をする時はとても楽しそうだった。失ってしまった肉親に近い者たちとの思い出を辿ることで幸せしか知らなかった時を確認してその気持ちを体の中に溜めているのかもしれない。
 そんなイルカを見ていることはカカシの喜びだった。
 あの人のオリジナルのイルカ。どうしても目がイルカを追ってしまう。会えない時もイルカのことを考える。
 ある時、受付所での勤務が遅番だったのか、夜中にちかい時間の帰り道のイルカと、任務帰りのカカシは偶然にもかちあった。
 イルカのことを考えていることが多いから、一瞬まぼろしのような気さえした。
 そこは真っ直ぐの土手が遠くまでを見渡せる道で、空には星々が散り、川面に反射してきらきらと輝くような夜だった。
「任務、お疲れ様です」
 ぺこりとイルカに頭を下げられて、いささかくたびれていたカカシは目を細めて笑うとしゃきりとなる。イルカの暖かな笑顔に力がみなぎるようだ。
「イルカ先生こそ、遅くまでご苦労様です」
 互いをねぎらって、とりとめのないことで会話が途切れることなく繋がっていくことが自然で、嬉しい。気を張らずに、会話の接ぎ穂をさがすことなく歩いていけることが、しっとりとした安堵感で体を満たした。
「イルカ先生と話しているとなんか落ち着きます」
 ぽつりと呟けば、イルカは小さく笑った。
「オレが兄さんに一番似ていましたからね。多分、だからだと思いますよ」
 そう、イルカはこたえた。しかしカカシは考える。そうだろうか。あの人の面影を重ねてイルカを好ましく思うのだろうか。
 ふと振り仰いだ空には星がある。そういえば、あの人と一度だけ、夜の里を歩いたことがある。あの人が来てすぐの頃だ。心を閉ざして外に出ようとしないカカシの手をそっととって、外に連れ出してくれた。何を話したかなんて細かなことは覚えていないが、自然のこと、宇宙の原理なんて、とても大きな事を話してくれた。
「あの人のことはもちろん大好きです。でもイルカ先生とだから、こんなに落ち着くんだと思います」
 正直なところを告げれば、イルカは声をだして笑った。
「カカシ先生。前にも言いましたけど、それじゃあまるで女性をくどいているみたいですよ」
 イルカの、ほがらかな笑い。イルカの傍らにいるととても穏やかな気持ちになる。いろいろ考えなくてもそれでいいかとカカシは思った。

 

 

 

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