れぷりかんと   3    







「だから、はたけサクモさんが自殺してしまった時、見ているこっちが辛くなるくらいに悲しんでました」
「父のことを……」
「はい。はたけサクモさんと俺の父は四代目を介して知り合ったんです。サクモさんに俺も会ったことありますよ。ロボットの研究に興味があったみたいで、父の説明を俺と一緒になって楽しそうに聞いていました」
 カカシ先生はそっくりですね、と思い出を語る楽しそうなイルカを見て今更ながらのことにカカシが思ったのは、どうして父はカカシのことも一緒に連れて行ってくれなかったのかということだ。イルカはまた小さく笑った。
「カカシ先生って、すぐ顔に出るんですね。今、どうして俺を連れていかなかったんだって思ったんじゃないですか?」
 イルカは中忍にしておくには惜しい洞察力をみせた。
「任務の時は常にポーカーフェイスですから、普段これくらいがちょうどいいんです」
 気恥ずかしくてぶっきらぼうに返したが、イルカはふっと目を伏せる。
「任務が終わった次の休みには連れてくるって言ってました。俺もカカシ先生に会えるのを楽しみにしてたんです。でも、その任務でサクモさんは」
 イルカは最後まで言わなかった。それは、カカシの父、はたけサクモを悲劇に突き落としたあの任務だったということだ。
 互いが同じ気持ちで項垂れ、なんとなく空気が重くなる。イルカはそっとその場を立つと、台所のほうでがさがさと何かをし始めた。カカシはもう一度写真を手にして、あの人をまじまじと見つめる。父のことが好きだったというのなら、カカシを慰めてくれたあの日々、いつもカカシを安心させるように穏やかに微笑みを絶やさなかったが、彼もとてもとても悲しんでいたのだろう。
「父のことが好きだったから、あの人は俺の元に来てくれたんですか?」
「そうですよ」
 台所からイルカが用意しのは日本酒の一升瓶とぐい飲み二つだ。それにたくあん。確かに一杯やりたい気分だ。なみなみそそがれた酒を一気に飲みほせばかあっと腹の底が熱くなる。更にもういっぱい飲んで、沈んだ気分が若干浮上した。
「父は、あの人の気持ちを知ってたのかな。ああでも、父はそういうことに疎かったからなあ」
 カカシの感慨にイルカは肩を竦める。
「知りませんよ。俺たちだってサクモさんが亡くなってから初めて知ったくらいなんですから」
 秘めたる恋というやつか。優しげな見かけのイメージしかないが、芯の強い人だったのだろう。
「父に、泣いて訴えたんです。サクモさんには子供がいたから、残された彼が心配だ、彼を慰めたいって。慰めに行きたいって。父は火影さまに許可を得て、送り出したんです。四代目もカカシ先生の元にいたかったけどはずせない任務があって、それならって後押ししてくれたんですよ」
「そうだったんですか」
 カカシの知らないところで、さまざまな人たちがカカシのことを思って、動いてくれていた。なんて幸せなことだろう。
 そしてそれはサクモが作った絆だ。糾弾する人たちがいる一方で、味方になってくれる人もいる。当たり前なことだ。さまざまな人間がいるのだから。
 なのにサクモは優しい人たちを切り捨てて、死を選んだ。
 父ではないから、父の苦悩は本当にはわからない。だが父が間違ったことはわかる。
 父は、生き続けなければならなかった。
「あの人は、父の後を追ってしまったんですかね」
 眠りながら息絶えていた。とても幸せそうだった。
「兄さんを送り出すときに、これが最後かもしれないって、父が言ってたんです。だから俺は泣きついて止めたんです。でも、行っちゃいました。ごめんなんて謝られたら、引き留めることはできなかった」
 忘れられないなあ、あの時の兄さんの顔、と言ってイルカはぼんやりと視線を宙に向ける。
「わあわあ泣いて引き留める俺のこと抱き上げてくれたんです。兄さんとても幸せそうな笑顔を見せてくれました。あの人が死んでしまった今は、あの人の息子が一番大切な人間だから、だから、守りたいって、そう言ってました」
 一升瓶にのばそうとしていた手ををカカシは止める。顔を上げて、イルカのことを見た。イルカはひっそりと笑んでいた。
「……一番、ですか」
「そうです。一番だって」
「どうして……」
 呻くような声が漏れた。
 いくら大切な人間の息子だとはいえ、会ったこともない子供のことを一番だなどと、どうして言い切れたのだろう。
 言うだけでなく、実際行動にうつして、カカシのことを救ってくれた。
 改めて認識した事実に、泣き出したいような衝動と、じんわりと体がぬくまるのを同時に感じた。
 愛されていた。そのことが心から信じられる。
「気持ちって不思議ですよね。兄さんはサクモさんとは数える程度しか会ったことなくて、たくさん話す機会があったわけでもないのに、いつの間にサクモさんのことそんなに好きになっていたんでしょうね」
 しんみりと口にしたイルカはそっとぐいのみを含んだ。
 こくりと喉が上下する。静けさがここにある。
「でも時々ふっと兄さんのことを思い出すときにはどうしてか隣にサクモさんがいるんです。サクモさんと笑いあって何か話している姿なんです。多分ガキの頃に実際に見たことだったと思います。二人とも、とても幸せそうなんです。羨ましいくらいに、悔しいくらいに、幸せそうなんですよ」
 イルカのこころなし寂しそうな顔にカカシは申し訳ない気持ちになる。カカシがいたから、あの人はイルカたちのもとから去ったのだから。けれど謝るのも違う気がして、カカシはたくあんを噛んだ。
「あの人はロボットなんですよね? なにが悪くて、死んでしまったんですか」
 ぐいのみを置いたイルカの手がすっと伸びて、カカシの左の胸をとんと押した。
「心ですよ」
「ここ、ろ?」
 イルカは頷く。
「もう生きていたくないって絶望してしまったんです。カカシ先生が大丈夫だって見届けて、そこで安心して命を止めたんですよ」
 イルカはなんでもないことのように言ってくれるが、カカシは呆然とする。
「そんな、そんな簡単に? あ、いえ、簡単じゃないかもしれないけど、でも絶望したからって」
「ロボットは、繊細なものなんですよ」
 そんなふうにイルカは簡単にまとめた。



 静かな住宅街をふわふわとした心地でカカシは歩く。
 飲み屋でイルカに口火を切った時にはまさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。
 あの人がロボットだったなどと、どうして思えただろう。人と同じぬくもりがあって、人と変わるところは何もなかった。信じられないような話だが、イルカがカカシを担ぐ理由もない。
 帰り際に、あの人の名前と、他のロボットたちはどうなったのかを訊いてみた。その時のイルカはとても寂しげで、名前はなく、他の兄弟姉妹は今はもう誰もいないとひっそりと告げた。

 

 

 

→4