れぷりかんと   18    







 一度触れあったらどうしたって愛しさが募る。
 一分一秒だって離れたくない。いつだって抱き合っていたい。
 だから暇さえあればカカシはイルカの元におもむき、イルカも応じてくれ、周囲からもいつの間にか二人は付き合っているのだと思われた。
 抱き合ってからのイルカはカカシに甘えてくるようになった。少しずつだがわがままも言うようになった。イルカが喜ぶことならどんなことだってしてやりたいと思う。
 イルカとは可能な限り抱き合っている。心からの愛しさを言葉に載せればイルカの体は溶けていく。
 それでも抱き合うことに少しばかりの罪悪感でも感じるのかイルカはあまり乱れることはない。絶え入るような顔をして、恥じ入りながら快楽を受け止める。そのさまが時折カカシの嗜虐心に火をつけて、たまに、本当にたまにだが行為の最中でイルカを嬲ってしまうことがあった。治療のせいなのかはわからないが後ろでより感じるイルカを言葉でなじって、そうすると羞恥をあおられたイルカがまた感じて、と繰り返した。
 だが行為が終わるとイルカは必ず機嫌を損ねカカシと口をきいてくれなくなる。きいてもふしだらだヘンタイだと乱暴な口調で責めるのだ。
 そんな時はイルカの足下にすがりついて、足の指先に口づけを捧げた。イルカにひれ伏してすがりつくことも喜びだった。
「カカシさんは、本当に、ふしだらな人です」
 裸で寝そべって背中から抱きかかえたイルカは荒い息をつきながら責めるように言う。だがそこに含まれる甘えを感じて、カカシは抱きしめる手に力をこめた。
「ごめ〜んね。俺、ふしだらです。イルカ先生はふしだらじゃないよ」
 イルカはふしだらという言葉を毛嫌いしている。だからカカシは安心させるように何回もイルカはふしだらじゃないと繰り返した。
 宥めるように耳のあたりに口づけてイルカがほだされた頃にまたそっと後ろに指を差し入れる。一瞬強ばるイルカの体。だが慣れた手つきでゆるゆる動かせば、イルカの吐息は熱くなる。イルカと抱き合う時、一度で足りることがない。何度でも、一晩中でもイルカの中にいたい。満足することがないイルカへの希求が我が事ながら怖いくらいだ。
 さきほど放ったものでぐずぐずだったイルカの中に押し入ると、ぶるりとイルカが震える。導くようにカカシを締め付け導いて、深く息を吐く。
「ね、気持ちいい? 俺は、すごくいい。安心する」
 かすれた声をイルカの耳の奥に落とせば、イルカは黙ったまま胸のあたりをさすっていたカカシの手を下肢に導く。
 そこはかたく立ち上がり、濡れていた。触れろ、とイルカが無言のまま命じる。
 両手で包んでからさすってやればとうとう堪えきれなくなったのかイルカが甘い息を零す。
「カカシさん……ちゃんと」
 甘える声を聞いただけでイルカの中にいるカカシが膨れる。
「好き。死ぬほど好き。ねえ、イルカ先生は? 俺のこと、愛してくれてる?」
「ん……。好き、ですよ」
「ホント? ほんとに……? ねえ、イルカ先生も、俺だけのロボット? ねえ」
「俺は、もともと、ロボット、だから」
 ああ、と喘ぐイルカの張りつめた根本を押さえ込む。押さえたままで中をえぐる。イルカの感じるところを突けば横抱きにしたイルカの体がのけぞった。
「やだ、カカシ、さん……っ。手、やだっ」
 開放したいのかイルカが根本を押さえるカカシの手に爪をたてた。その痛みさえイルカが与えてくれるものなら甘くカカシの中に刻まれる。
「イキタイ? いかせて欲しいなら言ってよ。俺の、俺だけのロボットだって」
 イルカを追いつめながら、カカシの荒れ狂う欲も今にも弾けそうだった。イルカの体は間違いなくカカシを愛し包んでくれている。けれど不安なのだ。言葉でもイルカの誓いが欲しかった。
「カカシさん!」
 イルカが悲鳴のような声を上げた。その声にさすがにカカシもはっとなって動きを止める。おそるおそる伺ったイルカは泣いていた。快楽で零すものではなく、それは本当の涙だった。
 押さえつけていた手をはずせば、イルカはぶるりと震えて果てる。目を瞑ったまま息を整えているイルカを抱き寄せる。
「ごめん。ごめんね」
 髪を撫でたが、イルカはカカシを拒んで手で押し返す。それは思った以上に強い力で、カカシはずるりとイルカの中から抜け落ちた。
 そのままイルカは床に落ちていたタオルケットを拾うとすっぽりくるまって完全にカカシを拒絶した。
「イルカ先生……」
 丸まっている体に、手を伸ばせない。イルカとは何回も抱き合った。時に拗ねることはあってもこんなに完全に拒絶されることはなかった。
 どうしたらいいのかわからなくてカカシは呆然としたままベッドの上で正座した。
 どくんどくんと心臓の鼓動がうるさい。伸ばそうと持ちあげた手が震えている。
 些細なことではあると思う。だが思いがけないほどにちょっとしたことで人と人との関係があっけなく終わることくらい知っている。
 そう思うと、カカシは止める間もなく泣いていた。
「イルカせんせえ、怒ったの?」
 みっともない涙声で問いかける。
「怒らないでよ。謝るから。ねえ、お願い」
 鼻をすすれば、やっとイルカがころりと振り向いてくれた。潤んだ目でじっとカカシを見つめてくる。そこに非難するようなものがなかったことが救いだった。
 イルカの前ではいつだって格好がつかない自分だ。子供のように乱暴に顔を拭った。
「カカシ先生は、俺のことが好きだって言ってくれるのに、どうして意地悪なこともするんですか?」
 いきなりイルカは言い出した。タオルケットで身をくるんだまま起きあがる。少し目を伏せて、何かを確認するように間を置いてから、話し出す。
「好きなら、優しくするだけでいいんじゃないですか? なのにカカシ先生はたまにひどくて、だから俺、わからなくなります。好きとか、大切とか、一番大事だって、結局どういう気持ちなんだろうって」
 イルカの言わんとすることはわかるが、だが改めて何故かと問われると答えることが難しい問いかけだった。だが、“ひどい”なんて言い方をされて、カカシは己が少し調子に乗っていたのだと反省した。
「それは、だから……」
 続く言葉がすぐには浮かばずに黙り込むカカシをイルカはじっと見ている。
 好きだから、特別だからこそ意地悪を仕掛けたくなる気持ち。多かれ少なかれ誰の中にも潜んでいる気持ちだと思うが、考えてみればそれはきっと、相手のどんな姿でも反応でも引き出して己だけのものとして記憶にとどめたいと思うわがままな気持ちからきているのかもしれない。
 少なくともカカシはどんなイルカでも自分の中に取り込みたかった。
「好きだよ、イルカ先生」
 震える手を伸ばして、イルカの頬をそっと挟む。
 額を合わせて、目を見て告げる。
「イルカ先生が、好きなんだ。好きだから、優しくしたい。でもたまに意地悪もしたくなる。意地悪したらイルカ先生いつもと違う反応してくれるでしょ。それが見たい。どんなイルカ先生でも欲しいんだ」
 思ったままを告げれば、イルカは不思議そうに瞳を揺らした。
「カカシ先生は、いろんなものを持った人なのに、俺のことが欲しいって何度も言いますね。どうして」
 言葉につまるイルカを抱き寄せる。
「俺はもうイルカ先生しか欲しくないよ」
 それがなにより正直な気持ちだった。
 イルカはほうと息をつくと、カカシの肩に預けるように頭を載せてくれた。
「カカシ先生の言うことは時々とても難しいです。でも、俺にとっても、カカシ先生は、特別な人です。だから、理解できたらって、思います」
 ゆるりと背に回されたイルカの手が愛おしい。溢れる気持ちに笑みがこぼれる。
 でも意地悪はほどほどにしてくださいね、と拗ねたように言うイルカがかわらしかった。



「ねえイルカ先生、触れていい?」
 ベッドの上に座るイルカを前で床に跪く。見上げたイルカは首をかしげる。
「カカシさんが、触れたいなら」
「もちろん触れたいよ。だからイルカ先生はどうして欲しい? どう触れたら嬉しい?」
「嬉しい?」
「そう。嬉しいとか、気持ちいいとか。意地悪はしないよ」
 問いかけて抱きあうこともしばしば行う儀式のようなものだった。
 しばし真面目に考えたイルカは、頬をうっすらと染めてその時々の気持ちを正直に言ってくれる。
 舐めてみたい、と言われた時にはカカシのほうが沸騰しそうなほどに脳を熱くした。思わずイルカを強く抱きしめた。
「俺の、舐めたいの? 舐めてくれるの?」
「嫌、ですか?」
 おずおずと聞いてくるイルカがかわいくて目眩さえ覚える。
「まさか。嬉しくて死にそう。ほら、聞いただけで元気になっちゃった」
 冗談めいた言い方で押しつければ、イルカにぽかりと叩かれた。
 抱き合うことでなにかを懸命に探り出そうとしていたイルカ。
 それは、たった一人を愛しく思う気持ちを解き明かそうとしていたのかもしれない。最初から代替の存在として生み出されたロボットとしての自分の意義を探し出そうとするようなことだったのだろうか。
 イルカのぬぐい去れない不安や寂しさが垣間見えた時、カカシは何回でも何百回でも告げた。
 愛してるなんて言葉では足りなくて、もどかしくて、どれだけイルカの心に伝わるのかと無力感に打ちのめされることも多々あった。向かいあって抱き合って、イルカの中に収まって、どんな時より愛しさと安堵を覚える時にもふと泣きたくなる時があった。
「イルカ先生、わかってる? わかってくれてる? 俺、俺の中、おかしくなりそうなくらいイルカ先生ばっかりなんだよ。イルカ先生がいなくなったら、俺、絶対に、狂うよ」
 カカシの首に両手をまわして喘いでいたイルカは動きを止めて、とろけた顔で見つめてきた。
「どうしたんですか? 悲しいんですか?」
「そうですよ。悲しいんですよ。だって、イルカ先生はいつまでたっても本当には信じてくれてないから。イルカ先生だから、好きなのに。愛してるのに」
 自棄になって声を荒げれば、不意にイルカが目元にキスしてきた。慰撫するような優しいキスに、カカシは目を見開く。イルカはそのままカカシの口を塞いで、舌を絡めてきた。熱い舌がねっとりとカカシの口の中を満たす。貪られるような口づけにカカシもぼうとなる。
「好き、ですよ。カカシさんが、好きです」
 唾液をいやらしく零したままイルカが言う。甘い声に誘われて互いの体の間ではりつめているイルカのものに指を絡めれば、イルカは甘く中のカカシを締め付ける。
「俺、自分より、カカシさんのことを信じてます。それじゃあ、駄目ですか? それでも、悲しいですか?」
 囁かれた声にカカシは乱暴にイルカを押し倒していた。
 間違いなく心は歓喜しているのに告げる言葉が浮かばない。ただこみ上げるものにせかされてイルカの体を突き上げた。もっと、とすがりついてくるイルカを強く抱きしめる。
 イルカが心の底から自分の存在を肯定していないのなら、カカシがどんなイルカでも受け止めればいいのだと不意に悟る。
 きっとそうすればいつかイルカもわかってくれる。ロボットだからと引け目を感じたりする必要はなく、胸をはって自分の存在を肯定してくれる。
「カカシ、さん。好き、好きです……っ」
「俺も、俺もだよ、イルカせんせぇ」
 ずっとずっとイルカと共にいるのだから急ぐことはないのだと、思った。





 ある晩のこと、単独の任務が終わっていつものようにイルカの家を訪れた。
「ただいまイルカ先生」
 一緒に暮らしているわけではないがしょっちゅう互いの家を行き来していつからか事実上一緒に暮らしているようなものだった。
 おかえりなさいと当たり前のように迎え入れてくれるイルカだが、その日は玄関先に出てきた時の表情が心なしかたく、まるで通せんぼをするようにカカシをいつまでもあげてくれなかった。
「イルカ先生、どうしたの? なにかあった?」
 優しく尋ねれば、イルカは一瞬身を強ばらせて、顔をあげた。ごくりと喉を鳴らして、ためらいを飲み込んで口を開けた。
「俺、もうあなたとは付き合えません」
 はっきりと告げられたが、何を言われたのかわからなかった。

 

 

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