れぷりかんと   9    







「俺もロボットだったんですよ」



 咄嗟に返す言葉もなく、カカシはイルカを見つめた。
 カカシと目が合うとイルカはばつが悪そうな自嘲めいた表情になる。
「俺もロボットだったんです」
 もう一度口にしたイルカは不意に笑う。楽しそうに、声をだして。
「イルカ先生……?」
「まったくねえ、自分で笑っちゃいましたよ。オリジナルの“イルカ”はとっくに死んでるんです」
 笑いに紛らせてさらりと口にされ、カカシは目を見開いた。
「どういう、ことですか」
 笑いをおさめたイルカは組んでいた腕をほどいて後ろ手に畳に両手をつくと、天井を見て話し出した。
「本物のイルカは、病気で死んだんです。母さんもとっくに死んでいた。だから父さんはイルカを取り戻したくて、ロボットの研究を本格的に始めた。その成果が俺です。俺が最初にできて、俺をより完全に仕上げる過程で兄さんや姉さんたちが作られていったそうです」
 イルカは棚の上に視線を向ける。そこにはいつか見せてくれたイルカを真ん中にしての写真が飾られていた。
「俺は、限りなく人に近いロボットなんです。ほら、あの写真見せたじゃないですか。兄さんや姉さんたちと映っているやつ。あの時の俺10才くらいですよね。作られたときは6才くらいで、そこから改良を重ねてちゃんと年もとるようになったそうです。成長できるようになったんです」
 カカシは、馬鹿みたいにぽかんと口があく。
 一体、なにをどう言えばいいのかさっぱり思いつかない。そもそもカカシはロボットのことを知らない。知らないからイルカの言っていることがどんなに荒唐無稽でもそうなのかと思うしかない。
 屈託なく笑うイルカは、人間だと思っていた自分がロボットだったという事実をどう受け止めているのだろう。ショックではないのだろうか。
 カカシの思惑など頓着せずにイルカは話し続ける。
「愕きましたよね。俺だってびっくりしました」
 イルカは「でも」と言葉を続ける。
「納得する部分もあったんですよ」
 続く言葉を待つカカシだが、イルカはそのまま黙ってしまう。一体なにが納得する部分だというのだろう。
 ふうと息をついてイルカはカカシの方を見た。
「俺がナルトをかばって怪我をした話は知ってるんですよね」
「え……? ああ、はい……火影さまから」
「傷は治ってもなんか調子が悪くて火影さまに相談したんです。そしたら、火影さまは教えてくれました。
 俺も、ロボットだって。おそらくどこか不具合が起きているって。父との約束でずっと黙っているはずだったそうですが、先のことを考えて、話したそうです。黙っていることで後々なにかあってからでは遅いって」
 は、と区切るように息を吐き出したイルカは落ち着いた目をしてカカシを見つめた。
「あの夜カカシ先生が見たのは、治療していたところなんです」
「ちりょう?」
 こくりとイルカは頷く。
「ミズキから背中に受けた傷は意外と重かったみたいで、完治するまで定期的に薬をいれないと、活動停止するみたいなんです。あと少しで治るんですけどね。薬を肛門から注入して、体の中にたまった毒素はペニスをしごいてだすんです。あの晩は本当にぎりぎりのところだったんですよ。投薬をしないとそのまま止まってしまいそうだったんです」
 肩を竦めたイルカは淡々と語ってくれたが、カカシはくらくらとする脳裏に耐えきれずに額をおさえる。
「ちりょう……ですか」
 封印していた淫らなイルカが脳裏に浮かぶ。あれが、治療? それではイルカはたびたびあんなふうに一人で治療していた、ということか。
「そんな、治療って、おかしくないですか? イルカ先生のお父さんはそんな治療方法しかできない状態で亡くなられたんですか?」
「さあ。それはわかりません。前にも言いましたけどロボットの研究は父が亡くなってからそこで停止してしまったんです。火影さまでさえよく把握してないんです。だから俺は火影さまから父の研究資料をもらってそこから治療法を確認したんです」
「そこに、その治療法が載ってたんですか」
「いいえ。いろいろとためしたんですがこれが一番合理的だという結論になりましたので、そうすることにしたんです」
 イルカはなんでもないことのように語る。
「飲んで排泄という方法も試してみたんですが、時間がかかる上に結果もおもわしくなかったんです。次に肛門から試しましたら、しっくりとくる治療法だったんです」
「でも、注射とかあるじゃないですか」
「それは合理的ではありません」
「合理的で、ないって……」
 こくりとイルカは頷く。
「もともと最前の方法があってその方法で効果が期待できるのに、わざわざ他の方法を用いることはないでしょう? それでなくても俺はロボットで未知のものだからできるだけリスクは避けたほうがいいと思います」
 きっぱりと言い切られ、なんだかカカシはどっと力が抜ける。
 なんだろう。微妙に、ずれるものがある。そんなカカシの気持ちを読み取ったかのようにイルカが首をかしげた。
「俺にとってはただの治療なんですけど、カカシ先生が言うように、あれはふしだらなことなんですか?」
「え?」
「肛門から薬を入れてペニスをしごくのは治療としていいものではないですか」
「いいか悪いかは俺に判断なんてできないけど、イルカ先生、そんな、あからさまに、言わないでください」
 イルカはきょとんと目を見張る。イルカはただ治療のことを言っているだけだ。それを恥ずかしく感じるのはカカシの方の問題だ。だが仕方ないではないか。多分、健康な男ならきっと誰だって自慰くらいしたことあるはずだ。それをどうしても思い出してしまうのだから。
「ふしだら、なんて、わかりません。それより、体の方は」
「それは大丈夫です」
 イルカはさばさばと応えた。
「治療が終われば、またもと通りになるんですか? いきなり活動停止になったりしませんか?」
 心配したカカシはおそるおそる聞いてみる。イルカは少し首をかしげる。
「そうですね。大丈夫だと思いたいですが、本当のところはわからないです。でもそれは人だって同じですよ。先がどうなるかはわかりません。絶対なんてないですから」
「いやです!」
 思わず声を荒げていた。驚くイルカに詰め寄って、両肩を押さえる。
「イルカ先生が死んじゃうなんて、いやです。絶対にいやです。不安があるなら徹底的に検査しましょうよ。お願いですからそのままにしないでください」
「カカシ先生。どうしたんですか」
「俺は、イルカ先生のことが好きなんです。失いたくないんです」
「失うなんて、そんな……」
 カカシの言葉をどこまでくみ取ってくれたのかわからない。イルカは笑う。カカシはたまらなくなってイルカを思わず抱きしめた。
「好きなんです。俺、イルカ先生のこと、特別に、好きなんです」
「好き……? 俺のことを?」
 それがなにかとでも言いたげなイルカの口調にカカシは抱きしめる手に力をこめる。
「イルカ先生がいなくなったら、生きていられないほど、好きなんです。ずっとイルカ先生と一緒にいたいんです」
 口にして、その気持ちが今更ながら体の中に満ちてくる。
 イルカが好きだ。どうしようもなく、この上もなく。
「カカシ先生、苦しいから、離してください」
 体を押されて、カカシは慌てて腕を離す。イルカはじっとカカシのことを見つめていた。黒い瞳にいたたまれなくなる。
 カカシの告白について考えているのだろうか。男同士で、好きだなどと本気で言われたらとまどって当然だ。気持ち悪いと突っぱねられても仕方ない。だがそれでもカカシはイルカのことを諦めるなんてできはしないのだが。
 沈黙は重いのだが自分からイルカを促すこともできずに、カカシはひたすら黙っていた。
「カカシ先生」
 イルカは笑いかけてきた。その表情に安心したのもつかの間、イルカは思いがけないことを言い出した。
「前から言ってますけど、俺は、兄さんじゃないんですよ? ましてやオリジナルでもなかった。兄さんたちと同じただのロボットです。だから俺のこと好きなんて、おかしいです」
 カカシはイルカの言ったことに愕然とする。思わず言い返していた。
「俺だって前から言ってるじゃないですか。イルカ先生だから好きなんだって。今はあの人のことは関係ないし、イルカ先生がロボットだろうがなんだろうが、俺はイルカ先生のこと好きです」
「だから、カカシ先生」
 イルカは穏やかな顔で、聞き分けのない子供を見るような目を向けてきた。
「俺は、ロボットだったんです。俺の中には足りないものがたくさんありました。これから学びたいと思います。だって、俺は、ロボットだから」
「イルカ先生……」
「それに、ロボットだけど俺の性別は男です。同性同士で好きだなんておかしいでしょう? ほら、やっぱり俺が兄さんのオリジナルだと思っていたから引きずられているんですよ」
「だから、違うって」
 言葉の通じないイルカにカカシの声は弱々しいものになる。すがるようにイルカを見つめれば、イルカはふいと顔をそらした。
「話はこれで終わりです。帰ってもらっていいですか?」
「いやです。わかってくれるまで帰りません」
 だだをこねるように首を振れば、イルカは低い声で告げた。
「俺、ふしだらって言われたことは、許してないです。あんな言葉、初めて聞いた」
 イルカは笑顔を消してカカシに再び鋭い視線を向ける。
「こだわりをなくすまで時間がかかると思います。しばらくカカシ先生とは会いたくないです。だからさっさと帰ってください」
 容赦のないイルカの言葉にカカシは息を飲んで青ざめた。

 

 

 

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