れぷりかんと   2    







「俺ね、イルカ先生を見るととても懐かしい気持ちになるんです」
 とうとう言ってしまった。その日はいつもより酒のピッチが早くて、飲み過ぎているなという自覚はあった。
 カウンターの席で飲み続けてすでに2時間は経っている。傍らのイルカは穏やかな顔でカカシの言葉に相づちを打って、焼酎をロックで傾けていた。
 ナルトたちを介して知り合ったイルカとは、生徒たちの申し送り事項を確認すればあとは別段接するようなこともないはずだった。イルカは中忍で、カカシは上忍。出会った当初に階級差があると友人関係を築くことが正直難しい部分がある。イルカから声をかけることはまずあり得ないのだから、カカシから誘ったのだ。
 ナルトをきっかけにした。ナルトの名前を出せばカカシからの誘いにとまどいつつも付き合ってくれた。そのうちにナルトのことがなくても、用がなければ誘いにのってくれるようになった。なにげない日常のことをかわすことができて、沈黙になっても苦痛ではない。イルカとは馬が合うなあと思えるくらいには逢瀬を重ねた。
 カカシはずっとイルカの向こうに懐かしい面影を追っていた。あの男の顔をしかと思い出すことはかなわないが、イルカにとても似ていたという気がするのだ。そんなことばかり思っていたから、とうとう、口にしてしまった。
 イルカは、焼酎を持つ手を宙で止めたまま、カカシのほうにおもむろに顔を向けた。
「カカシ先生、もし俺が女性だったら口説かれたのかと思いますね、その台詞」
 イルカはくすりと小さく笑った。イルカの陽に焼けた頬が酒のせいか少し赤くなっている。
 無骨な感じがするイルカと、どこか儚げなイメージのあの男がどうして重なって懐かしいとまで思うのだろう。  子供の頃の思い出話だ。あの男を思い出させるイルカに聞いて貰うのもいいかもしれない。そんなふうに考えて、カカシは持っていた猪口を置いた。
「俺ね、ガキの頃に父が自殺したんです」
 そう切り出した。
 カカシの父が木の葉の白い牙と言われた伝説の人物だということと父にまつわる出来事は別に隠すようなことではなく、箝口令も敷かれていない。カカシはなるべく感情を交えず淡々と事実だけを伝えた。
 イルカも酒を飲む手を止めて、黙ってカカシの話に聞き入っていた。真っ直ぐに見つめ返してくるイルカの黒い瞳には気遣わしげな光が宿り、イルカがカカシに深く同情していることを顕していた。イルカはあの男と同じように、優しい。
 イルカからのさりげない同情は心地いいものだった。
「父が亡くなってぼんやり過ごしていた俺の元に、ある日やって来た男がいたんです。俺のこと慰めてくれたんです。顔をはっきりとは思い出せないんですけど、あの人がいたから、俺は立ち直れたって気がします」
「その人に、俺が似ているんですか?」
「うーん。正直顔はちゃんと思い出すことができないんです。もしかしたらあの人は里から派遣された人で、何が術のようなものが施された人だったのかと思ったりもするんですよね。まあそれでも俺があの人のことが大切で慰められた事に間違いはないのでいいんですけどね」
「そうですか」
 ふっとイルカのかすかな笑みが、やはり思い出にかぶる。イルカと血のつながりがある人だったのかもいれないと、思うのだ。
「カカシ先生。俺、その人のこと知ってますよ」
 カカシの心の声に聞こえたようにきなりイルカが応えるから、カカシは手にとった猪口を落としそうになった。
 イルカはこぼれた酒をナプキンで拭きつつ慌てるカカシを面白そうに見ている。
「場所、かえましょうか。俺の家に来ていただけませんか?」
 今更だが過去との再会に、カカシはごくりと喉を鳴らした。



 イルカの自宅はリタイアした忍たちが多く暮らす静かな住宅地帯にあった。里の民間人たちが住む地域と隣接しており、夜は早く、二人は誰かとすれ違いもせずにイルカの家にたどり着いた。
「俺の父はね、里の科学技術者だったんです」
 ベストを脱いでくつろいだイルカはカカシの向かい側に座った。
 イルカは、お茶を飲んで一息ついたカカシの前に写真立てを差しだしてきた。
 カカシはイルカの手から思わずひったくるようにとった写真に、目を奪われた。
 そこには、確かにあの人がいた。
 あの人だけではなかったが。
 真ん中で満面の無邪気な笑顔で見せている、10才くらいだろうか、小さな子供には鼻の頭に横に走る傷があり、面影もあることでこれが幼い頃のイルカなのだとわかる。そのイルカを囲んでいる人物が、右に二人、左に二人。皆黒髪黒目の、とてもよく似た面差し。もちろん同じ顔ではないのだが、根本が似ている。5人すべてが身内なのだとすぐにわかる。
 イルカのすぐ左隣にいるのが、間違いなくあの人だ。穏やかにそしてどこか儚く微笑んでいる。更にその隣には無表情な、というよりふて腐れたような顔をした女性。美しい顔をしているのにもったないないことだ。
 イルカの右には、十五、六くらいの少年と少女。そっくりな顔をしている。少しぎこちない笑い方もそっくりだった。
「……これは、みなさんイルカ先生の兄弟姉妹の方達ですか?」
「違いますよ」
「はあ!?」
 あっさりと覆されて、カカシは頓狂な声を上げてしまった。
 驚くカカシをよそにイルカはすました顔で茶を飲んでいる。
「だって、こんなに似てる人たちが、まるっきり他人なんてあるんですか?」
「それよりカカシ先生。カカシ先生が言っている人は、俺の左隣にいる人物ですよね」
「そ、そうですそうです。この人です。こういうふうに、笑う人でした。間違いないです」
「そうですか。ビンゴでしたね」
 ふうとイルカは吐息を落とした。
「カカシ先生が話してくれたんで、俺も話しますね」
 そうしてイルカは語り出した。
「俺の父は、里の要請でロボットを作っていたんですよ」
「ロボット!?」
「そうです。カカシ先生の元に行ったのは、父が作ったロボットです。俺をモデルにして、何体かプロトタイプを作ってたんです」
「ロボット……。ろぼっと……」
「まあ、俺がモデルだったんで、兄弟姉妹みたいなものですかね」
 イルカはなんでもないことのように話を進めるが、カカシはそれを遮るように手を挙げた。
「あの、ロボットを作ってどうするんですか? ありがちなところで兵器にでもするつもりだったんですか? あとこれはかなりランクの高い機密なのでは? 守秘義務は」
 カカシは真面目に訊いたというのに、イルカはぷっと吹きだした。
「木の葉はロボットを兵器になんて利用しませんよ。俺もガキだったし父から詳しいことを訊いたわけではないし訊いたところで本当の目的は話してくれなかったと思いますけど、けど、多分、もっと違うことですよ。たとえば、カカシ先生が兄さんに慰められたように」
 兄さん、と口にしたイルカはカカシの手から写真をとって、懐かしそうに目を細めた。
「人の手足となって働くだけの、人の言うことは絶対的にきくようなだけのロボットを父は作りませんでした。ちゃんと感情を持たせて、人と同じように作ったんです。里のために忍者になることは仕方のないことですけど、父に聞いたことがあります。幼い子供を亡くして嘆いていた親の元に送られたロボットもいるって。それもひとつの幸せでしょう? ロボットの研究は今は凍結されてます。父が亡くなったってことが大きかったんですよ。九尾の時に助手のひとたちもみんな亡くなってしまいましたから、研究を引き継ぐ人がいなくなったんです。それにロボットに関しては反対する勢力もいますからね。おそらくこの先再開されるにしてもかなり先のことになると思いますよ」
 さらりと語られたことを聞いていたら、守秘義務がどうのというのはどうでもいいことに思えてきた。
「そうするとあの人は、やはり里に派遣されて俺のところに来たんですか」
 そうだろうとは思っていたことだが、心のどこかでそれを残念に感じる自分もいてカカシは無意識にため息をついていた。
 そんなカカシにイルカは「違います」ときっぱり言った。
「でも」
 テーブルの上で両手を組んでイルカは身を乗り出してきた。カカシの目を真っ直ぐに見て、にかりと笑いかける。
「兄さんは、カカシ先生のお父さんのことが、好きだったんです」

 

 

 

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