僕忍(ぼくにん)−カカシ− 結






「ふられたんですよ〜」
 言った後でイルカは酒くらい息を吐いた。ついでにゲップもした。結局ビールを大ビン6本、ワインのボトルを二人で4本開けてしまった。カカシは顔色もうっすらと桃色になってるくらいだが、イルカはかなりいい気分になっていた。
 目の前のカカシがなにやらぶれているのは気のせいか。
「あれ〜、はたけさーん。双子でしたかあ?」
 首を大きくかしげたら、そのまま視界がくらりと回ってイルカはソファにころりと丸まった。逆さまに映るカカシは現実感のない整いかたで、昔読んだおとぎの国の人のようだ。この家の風情といい、カカシの格好といい、まるで王子さまだ。
「はたけ上忍はー、ちょーっと変だけどー、きれいだからー、ふられたこととかないっすよねえ」
「そりゃあないけど、でもそんなにもてないよ。僕ってどうしてか遠巻きに見られちゃうことが多くてね。昔からの悪友以外はそんなに近寄ってこないみたい」
「はあ〜。みなさんやっぱりりわかるんですねー。らーってはたけ上忍ってちょっと近寄りがたいチャクラ出してますもん」
 イルカが至極真面目に言えばカカシはぶうと膨れた。
「なにそれ。イルカ先生そんなのものともせずに僕に猛烈にアタックしてきたじゃない」
「だからあ、俺はあ、ほら、ふられてたからやけくそになってたんです」
「ねえだからさ、どうして、イルカ先生がふられて僕にアタックするの?」
 カカシがものすごく当然の問いかけをしてきた途端、イルカの笑顔はすーっと引いた。むくりと起きあがると、がっくりと肩を落とした。
「はたけ上忍が俺のことこっぴどくふった時に、俺のうしろにいた二人の中忍覚えてます? あ覚えてなくてもいいんです。その時いた二人がですね、三ヶ月ほどの任務に行ってたんです。一個小隊ですから二人ってわけじゃないんですよ。任務は結構厳しかったらしいんですよ。なのに二人はちゃっかりできちゃったんです。でも今思い出しましたけど、危難に遭うと人は生存本能が働いて結びつきやすいそうですね。でも日常に戻ると勘違いに気づいて終わるってことも聞いたことあるなあ。あれ? じゃあ俺にまだチャンスがあるってことか、そうか。いやでも待てよ、この間式の日取りが決まったっていってた。じゃやっぱり……」
「イルカ先生」
 カカシに両頬の肉をむにとつかまれた。
「枝葉末節というか、脱線しなくていいから、ちゃんと話してくれる?」
「ふぁい……」
 カカシにつままれた頬が少しひりひりしてイルカは両手をあてて口を尖らせた。カカシはそんなイルカのことを楽しそうに見ている。その表情が小馬鹿にされているようで、いちゃもんに近い切れ方でイルカはカカシに詰め寄った。
「だから、あの二人は昔からの友人なんです。で、任務に行く前はどっちかというと俺のほうが彼女とできてるような感じでした。まあ確かに、何もしてませんし、約束もないですけどね! でも任務がもどったらできあがちゃって、そのくせ俺に気兼ねになんかして、むかついたんですよ。だから俺がとびきり素敵な人を恋人にしたら、あいつらの、こと、見返せるかなって、思って……」
 脳裏にはイルカの前で困ったように笑っていた二人の姿が浮かぶ。イルカがなぜか申し訳ない気にさせられた。もしイルカが認めなければ二人はきっと一緒になろうとはしなかっただろう。だが本当に思い合っている二人を、大事な友達の二人を不幸になんてしたくなかった。そもそも、イルカがはっきりしてなかったのもいけなかったのだ。
「それで、イルカ先生が道化を演じたの?」
「え?」
 言葉につまったイルカをひきとってカカシが続ける。
「イルカ先生はさ、全然気にしてないよ、平気だよってその二人に見せてやったんでしょ。で、イルカ先生の僕への猛烈アタックを見て、二人はイルカ先生は大丈夫だって、その女の子には気がないって安心して、結婚を決めたんでしょ」
「そんな、いいもんじゃ……」
「友達のためにいいことしてあげたんだ」
 イルカの傍らに座ったカカシは優しく肩を抱いてくれた。いつの間にか泣いていたイルカの涙をレースのハンカチで拭いて、鼻水は柔らかいティッシュでかんでくれた。
「はたけじょーにーん」
 よしよしと頭を撫でられて酒でとっくにゆるんでいるイルカのおかたいところはもうゆるゆるのでろでろだった。
「でもね、イルカ先生。僕に対しては何もないの?」
「なにが、ですか?」
「だってね。もし僕がイルカ先生のこと好きになってたら、どうするつもりだったの? 本当は好きじゃありません。友達のために嘘の気持ちで言い寄りましたって、謝るつもりだったの?」
「違います。全部嘘じゃありません。はたけ上忍のことは素敵だなって今でも思ってますよ。でも、はたけ上忍が俺のこと好きになるなんて絶対にあるわけないじゃないですか」
「だからもしもの話」
 カカシに真面目な顔で見られて、うっとイルカもつまってしまう。もしものことなど終わったことを言っても仕方ないではないか。
 そんな気持ちが現れてしまったのかもしれない。カカシに苦笑された。
「可能性としてあったかもしれないことなんだよ? もしそうなってたら、イルカ先生は僕に対してとっても失礼なことをしたことになるんだよ。そのことは考えてくれたの?」
 優しく諭すように言われて、イルカはとがっていた気持ちがしおれていくのがわかった。
「そう、ですね。俺、考えなしでした。申し訳ありませんでした」
「でしょ? じゃあイルカ先生にはちょっと反省してもらわないとね」
「俺でできることでしたらなんなりと言ってください」
「じゃあ、手をだして」
「はい」
 カカシに言われて両手を差し出せば、どこからか取り出したひもで手首をきゅっと巻かれた。なぜか親指のあたりまで念入りに巻かれる。
「じゃあ、こっち来て」
 言われて立ち上がったが、酒のせいでふらりとなる。手が縛られているためバランスがうまくとれずにもたもたとしていると、カカシにひょいと抱っこされた。男として、とても恥ずかしい、お姫様のような抱っこだ。だが酔いで半分はぼうっとしているイルカにとってそのことはどうでもよかった。それよりもカカシが細身のくせに力があることに関心していた。
「さっすがはたけ上忍は上忍ですね〜」
「なにそれ。それより、こっから先はたけ上忍じゃなくて、カカシって呼んでね」
「ええ!? だめですよ。俺のようなミジンコ中忍がおそれおおくもおたまじゃくし眼のはたけ上忍を呼び捨てなんて」
「いいの。やっぱり名前呼ばないと気分でないでしょ」
「? なんかわかりませんけどわっかりましたーカカシさーん」
 イルカが大きくうなずけばカカシはよしよしとなぜかまた頭を撫でてくれる。
 そしてイルカが運ばれたのはベッドの上だった。案の定ふっわふわで、イルカはすっぽり埋もれて、一気に眠気が襲ってきた。
 一体カカシは何をイルカにさせたいというのだろう。そう思いつつもうとうとしていたら、体の上に覆い被さる影、重みに眠い目をぱちぱちとさせる。こしこしと目をこすれば、ものすごいアップにカカシの顔があった。
「カカシーさーん?」
「はいはい。カカシですよ」
 頬にちゅうとなにが柔らかいものが当たる。ひやりとして気持ちのいい感触がシルクのバスローブをするりと滑らせる。
「なん、ですか? 俺、眠いです」
「寝ててもいいよ。さすがに初めてだろうからきっと途中で起きちゃうと思うけどね」
「俺、一度寝たら起きませんよ〜?」
「でもイルカ先生経験ないでしょ? 僕うまいと思うけど、女の子相手のことだし、さすがに痛いと思うなあ。でも精一杯気持ちよくしてあがるからね」
「気持ちいいですよー充分」
「もーっと気持ちよくしてあげる。こんなんで食べちゃうのは僕なりに少し罪悪感はあるの。でもイルカ先生かわいいんだもん。だから許してね」
 頬をすべらかな手で撫でられた。口に、むにゅりと暖かなものが触れた。それはしばらくの間ついばむようにしたていたが、イルカが何か言おうとして口が開いた途端、もっとぬるりとしたものが入り込んできた。
「!」
 さすがに一気に覚醒した。
 これは・・・。
 これは・・・!
「はたけ上忍!?」
「カカシ」
「は? ちょっ……と」
「カ・カ・シ!」
 顎を少し乱暴につかまれた。イルカはごくりと喉を鳴らす。カカシは恐ろしいほどの美貌で口の端をかすかに歪ませる。そんな表情も下品な感じはなく、どこか優雅だった。
「大人しくしててね。優しくしたいから」
 穏やかな声とはうらはらに、カカシの片手は容赦なくイルカの縮こまった下肢を掴んだ。









 追いつめられていた。
 逃げ場のない壁際だ。顔を囲うようにして壁に押しつけられた二本の腕。顔を見ていたくなくてうつむけば、なにやら下肢が至近距離にせまっている。ひーっと心の中で悲鳴をあげて青ざめたまま慌ててまた顔を上げれば、にこやかに笑う顔とばっちりと目があった。
 すでに内心冷や汗だらだらだ。
「今日こそ色よい返事、聞かせてくれるよね?」
「い、色よい返事って、とっくに、返事してるじゃないですか」
「聞きたいのはそんな返事じゃあないよ。頷けばいいだけだよ?」
「そんな、横暴です! あれ以外の返事なんて持ち合わせてません」
「え? なあに? 聞こえないよ」
 相手はわざとらしく耳に手をあてて、あらぬ方を向く。
 涙がちょちょ切れそうになりながらも息を吸い込み、声をあげた。
「だから、あなたとはお付き合いできません! はたけ上忍!」
 頑張って叫んだイルカの声は残念ながら裏返っていた。



「だから俺は、その気はありません」
「何言ってるの。愛がなければあそこまで、ねえ……」
 カカシは意味深に言葉を止めてイルカを色っぽく流し見る。
「だってイルカ先生ったら僕にしがみついて……」
「わーわーわーわー」
 両耳に手をあててわめきながらイルカはしゃがみ込んだ。カカシも一緒にしゃがみこむ。
「ねぇえ? なんでそんなに嫌なの? 僕のこと嫌い?」
「き、嫌いでは、ないです。でも! でもでもでも!」
「でもなあに? 僕ってイルカ先生のタイプじゃない?」
「だからっ。そういうことではなくて!」
「おちんおちんも結構大きいと思うんだけど。イルカ先生のこと満足させてあげられると思うよ」
「わーわー! だからそういうことをなんで平気で言えるんですかっ」
 イルカが涙目で訴えれば、カカシはきょと、と首をかしげる。
「小さいほうがいいの?」
 イルカは開いた口が塞がらずにしばし呆ける。
「こんなところにいやがったのか」
 天の助けのように割って入った声はアスマだった。イルカは今だ! とばかりにアスマの後ろにそそくさと身を隠す。
「ちょっと、イルカ先生。僕のところに来なさい」
 カカシがすかさず近づいてきたが、おびえるイルカを察したのかアスマがふかしていたタバコをカカシに吹きかけた。
「ちょっと、やめてよ。僕今日はとっておきの香水なんだから」
「そいつは大変だ。お前こらから任務だぜ。非番と思って安心したな」
「ええ、嘘!?」
「だから俺が呼びに来たんだろうが。面倒くせぇのによ」
「もう! 火影さまのばか!」
 任務ときけばさすがのカカシも大人しく向かおうと背を向けた。その姿に油断したイルカをすかさず捕まえて、ちゅっと唇を奪った。
「カ、カカシさん!?」
「あは、呼んでくれた」
「なななな、なんてことするんですかー!」
「お別れのキッス。すぐに帰ってくるからね、ハニー」
 指先から投げキッスされて、イルカはへなはねと沈む。弾む足取りでカカシは去った。
 アカデミーの中庭の一角で残されたイルカとアスマ。
 アスマは空を向いたままタバコを吹かしていたが、しゃがんだままのイルカにとうとうしびれをきらしたか何気ない口調で聞いてきた。
「俺が知る限り、この間まで逆の構図が繰り広げられていたなあ。しかもイルカはこっぴどくふられた。それが何がどうなってカカシのヤローがお前に迫っているんだよ」
「知りませんよ〜そんなの〜」
 半べそのイルカに、何かあったのかとついアスマは聞いてしまった。
 イルカはがばっと立ち上がった。
 きっとまなじりをつり上げて、アスマにくってかかる。
「何かなんて、そんなこと! そんな、こと……」
 イルカは口を歪ませて耐えていたが、その限界点ではち切れて、頭を抱えて叫んだ。
「俺、俺、もうお婿にいけないんだー!!!」
 アスマはたばこを盛大にはき出してしまった。
 真っ赤な顔をしたイルカは男泣きにくくくと泣いていた。
「あー、それは、その、なんだ。ナニか?」
 曖昧に問いかければ、イルカはきっと睨み付けてきた。しかし次の瞬間にはしゅうんとうなだれる。
「俺、まさか、あんなことになるなんて」
「ま〜、なんだな。あいつ、きっと毛色の違うのが珍しいんだと思うぜ」
 アスマの適当な言葉にイルカは目をむく。
「そんな理由だけでつっこめるんですか?」
「つっこむ……」
 それは木の葉お笑いタレントが漫才で繰り広げるボケつっこみのことではないだろう。
 アスマはそんなことをぼんやりと考えていたがイルカは興奮してまくしたてた。
「上忍はみんなそうなんですか? なんか、すご、すご、すごかったですよ? はたけ上忍、あんな見かけなのに、ら、ららら、乱暴で、優しくなかったし! 最初から、しばしば、縛って! ごごご、ご、強姦ですよあれは! 犯罪者です! 俺が暴れたら、容赦なく押さえつけて、裸にむいて、ああああ、あそこを、な、舐めて、俺の、俺の! あれをっ! 俺、あそこが腫れて! 痛かったです! すっごく痛かったです! 尋常じゃありませんでしたあの痛みは! つつつ、次の日も、動けない俺に、今度は、ちち、治療なんて嘘くさいこと、言って、あそこ、あそこ、ななななな、舐めて、俺にも、俺にも!」
 目を白黒させてしどろもどろなイルカは今にも泡を吹いて倒れそうだ。さすがに哀れを催す。アスマはイルカの肩をいなすようにたたいてやった。
「まあ落ち着け。な、イルカ。きっとカカシの気まぐれだ」
「じゃあじゃあアスマ先生。俺こんなもっさりだし、男っぽいし、あの人、すぐに飽きますか? 飽きますよね? ね? ね? そうだって言ってください!」
 必死な形相のイルカにすがりつかれて、アスマは太鼓判を押してやろうとしたが、しかし。
 あのカカシが、このイルカにつっこんだのなら、それはきっと……。
「ま。がんばれや」
 ぽんとイルカの頭に手をやれば、だーっと涙を流したイルカは駆けだしていった。



ばいおばさんから頂いた僕カカv