おとぎばなし 10    







 不可解な言動を残してカカシが去ってから、確かにイルカの技能を使った任務は取り消された。
 理由を聞いてもご意見番はもっと適任の者がいたというばかりでちゃんとした理由は教えてくれなかった。
 里の危急の時に、いくら稀有の写輪眼を持っている優秀な上忍とは言え、カカシ個人の意見が通ることなどあるのだろうか。だが事実それ以降イルカには色事の任務が与えられることはなくなった。
 そのことを喜べばいいのか情けないく思えばいいのかわからない。だが心に問いかければ、安堵している自分がいることは認めざるを得ない。するとイルカはカカシに感謝するべきなのだろうか。
 カカシは多忙なのかその後また姿を見かけない。直接会って問いただしたいと思い、最近のイルカは暇さえあればカカシを探す日々が続いていた。
 何を必死になっているのかと己を嗤う気持ちは起こるが、カカシが以前に言ったように、秘密があると、隠されると確かに人は知りたくなる。カカシはイルカの秘密をさらけ出させたが、カカシの方こそ、隠していることがあるではないか。カカシにも全てをさらけ出してもらわないと不公平だ。
 そんなふうに思って、その日もイルカは里の繁華な通りを歩いていた。
 カカシのことを知っていそうな人間には残らず問いかけたが、久しぶりに上忍の夕日紅を見た。美貌の上忍は少し疲れた風情で通りを歩いていた。後を追えば、甘味屋に入っていった。
「紅先生」
「あら、イルカ先生。久しぶりね」
 ぺこりと頭を下げれば、優しく微笑みが返る。
 少しいいですかと聞けば連れが来るまでならと言われて席を勧められた。
「最近はイルカ先生も外回りの任務にでているんでしょ。お互い忙しいわよね。まあでも、里の忍一丸となってやらなきゃならない時だから仕方ないか」
 紅はイルカの緊張をほぐすようにお茶をすすめてくれた。それを一口含んでから、イルカは切り出した。
「あの、カカシ先生がどこにいらっしゃるかご存じでしょうか?」
 唐突な聞き方に紅は首をかしげる。
「どこって、任務にでてるんじゃないの?」
「そうなんですけど、里に戻ってきた時に自宅に戻らずに違う場所で寝泊まりしているようなんです。もしカカシ先生のお付き合いしている方とかご存じでしたら、教えて頂ければと思いまして。どうしても、カカシ先生に聞きたいことがあるんです」
 特定の女性の家で休んでいるとしたらそこを訪ねていくなど不躾だとは思うが、イルカにはもう悠長に構えている余裕はなかった。
「カカシに付き合っているこなんていないわよ」
「じゃあ、そういう職業の方の宿とか」
 重ねて問いかければ、紅はかすかに首をかしげた。
「カカシは、イルカ先生、あなたのことが好きなんじゃないの?」
 唐突にきかれて、イルカは咄嗟に唇を結ぶ。
「それは、知りません。好きだって言われたことはありますけど、カカシ先生が本気かどうかは、俺にはわからないですから」
「そうなんだ」
 微苦笑を口元に湛えた紅は運ばれてきた団子をひとつ形のいい口で咀嚼して、お茶を一口含んでイルカのことを意味ありげに見つめてきた。
「カカシがイルカ先生に本気だって、上忍の間じゃ結構有名なのよ。で、見る限りイルカ先生も満更じゃない感じだから言うけど、カカシが里の上層部の命令で、子供を作るために何人もの選ばれた女たちを相手にさせられているって、知ってるかしら?」
「聞きました。でもそれは……それも、本当のことなんですか? カカシ先生の言うことは冗談なのか本気なのか、俺にはわかりません」
 つい、声を荒げていた。
 紅は黙ってしまう。急におりた沈黙が居心地が悪くて、激高した己をイルカは恥じた。だから謝辞を口にして席を立とうとした。
「待ってイルカ先生。どうしてカカシの言うことを信じないの。カカシはそんなにわかりづらいかしら」
 真っ直ぐに問われて、イルカは言葉に詰まる。
 カカシは決してわかりづらくはない。どちらかといえば気持ちを正直に口にする男だ。だが、カカシの真実がどこにあるのか、あの夜にわからなくなった。
 イルカのことを好きだといいながら、適当に数限りない女たちと遊んでいるようにしか見えなかった。カカシはイルカに対して何も弁明することはなかった。
 当然ながらずっとカカシのことを色事にだらしない男だと思っていた。イルカのことが本気で好きなら、その誤解だけでも解いておくのが普通ではないか。なのにカカシは自然体でイルカのそばにいた。イルカはいつの間にかカカシに心を許していた。
 不思議な人間だ。はたけ・カカシという人間は。
 だから、知りたいと思った。初めてカカシのことを知りたいと思った。そう思うのはカカシに惹かれているということだろうか。
「ようイルカ。久しぶりだな」
 沈黙する二人の間に割って入ったのは、猿飛アスマだった。紅が立ちあがるのと同時にイルカも席を立つ。
「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
 ぎこちなくも笑顔を見せることはできた。
 イルカと紅に視線を向けたアスマだが、特に何も聞いてはこなかった。紅が気を利かせてカカシの所在を問えば、やはりわからないとの返答だ。
 礼を言って二人に背を向けたイルカにアスマの声がかかった。
「なあイルカ。俺はな、お前ら二人、どっか似たとこがあると思うぜ」
 振り向いていた。黙ったままアスマを見つめれば、アスマは肩を揺すった。
「お似合いってことだよ」





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