おとぎばなし 7    








「俺と寝た相手はこの世のものとは思えない快楽を得ることができる。俺の体に夢中になる。俺なしじゃ生きていけなくなる。でも俺にとっては辛い苦しいだけのことなんです。失敗作の母から生まれた俺はやっぱり失敗作だったってことですね」
 淡々と告げてかすかに苦笑する。カカシは口を引き結んでいた。イルカのことを見定めようとでもいうのか、少しだけ視線を鋭くした。
「それでも俺と寝たいなんて、言えますか? 俺のことが好きだっていうなら、そんなこと、言えませんよね。それとも俺の苦痛なんかどうでもよくて、自分の快楽だけを追いますか」
 ふっと目を細めて、挑発するようにわざと意地の悪い問いを投げた。
 カカシはイルカに視線を固定したまま、どんなふうに答えることが最良かとでも考えているのだろうか。
 だが、どんな言葉だろうが関係ない。どんな答えもイルカには意味がない。
「……なんて、こんな話、信じますか?」
 一転して優しく笑いかけた。
 はぐらかすような、小馬鹿にするようなイルカの口調に対してカカシは特に嫌悪を顕すでもなく、黙ったままゆるがずに見つめてきた。顔の横側に差す残照が、カカシの白い肌を赤く染める。
 こんな時だか不意に思う。カカシはとてもきれいな男だな、と。
「カカシ先生。あなたは俺に執着する必要なんかない人です」
「それは、イルカ先生が決めること? 違うよね」
 かるく返すカカシにイルカはゆるゆると首を振った。
「以前にも言いましたが、俺はあなたのことは決して嫌いではないんです。でも特別に好きにもならない。だからもう俺にかまわないでください」
 静かではあるが、有無を言わせないように言葉に力を込める。しかしそんなことで怯まないカカシはいつもの軽妙さを取り戻したのか、右の目を弓なりに細めた。
「それは約束はできないよ。だって俺はあなたに触れたい」
「カカシ先生」
 聞き分けのないカカシにため息しかでてこない。思わず額を抑えそうになるイルカの右手をカカシは自然な動きでそっと捕らえていた。
 一歩距離をつめられ、瞳の中をのぞき込まれる。
「誤解しないでイルカ先生。俺が本当に触れたいのは、あなたのたましい。こころ……」
「こころ……」
 その言葉を聞いた瞬間、腹の奥底から熱いかたまりがせり上がる。どろどろとしたマグマのようなものが、かあっと体を焼く。
 けれど内心の激情に反して、イルカは口元にゆるやかに笑みを刻む。そこから紡がれたのは、平坦な、感情のかけらも感じられない声だった。
「上忍というのは、結構、馬鹿なんですね」
 カカシが何か口にする前に、今度はイルカからカカシに近づいた。
 カカシの灰青色の瞳が眼前にある。その瞳の中に入り込む。カカシの口布をそっと下ろして、口づけた。
 技巧なんて、いらない。いらないが知ってはいる。ぬるりとした舌を入れて、カカシを絡め取る。カカシはかすかに目を見開いてイルカを避けようとするが、それを許さずに更にからだを密着させる。
 その間ずっと目は開けたまま、カカシを視線で縫い止める。よろりとカカシが後ろに下がると、かしゃんと音がしてフェンスにあたった。
 何度か角度を変えて唇を貪ったまま、カカシの下肢を布の上からなで上げた。カカシは驚いて身を引く。そのあからさまな動揺がおかしくて目を細めたイルカは、ためらうことなく直接にカカシの肌に触れた。
「ちょっ、と……! イルカ先生。やめなさい」
 柔らかなカカシのそれを優しく握りこむ。いとおしむようにそっと何度も撫でてやる。カカシの意識が下肢に向かうと唾液をすするような更なる深い口づけでかく乱する。
 全体を撫でさする。先端を少しきつくいじったり敏感な部分をかわいがってやれば、少しずつだがカカシがとくとくと脈打ち反応しだす。イルカの口の中に耐えられないようなカカシの吐息が落ちる。口を塞がれて苦しいのか、カカシは顔を振って逃げを打つ。
 はあ、と息をついたカカシの口の端からは唾液がこぼれてる。カカシの白い肌に透明な糸が艶めいて、イルカの心臓も少しばかり跳ね上がった。誘われるように唾液の筋を舐め上げて、そのままカカシの唇を甘く噛むとその白い頬がさらに赤くなり、下肢はびくりと震えて容積を増す。
 イルカはすかさず動きを早めた。
 がしゃがしゃんと音をたてて、カカシはとうとうフェンスに背をもたせかけて座り込む。イルカは余裕をもってカカシについていき、カカシの育ったものを外に出した。先端は濡れ光り、ぐずぐずと溢れ、そこに快楽の証を滲ませていた。
 思ったよりもきれいな色をしたそこに自然と顔が近づき、先端にそっと口づけ、ちゅうと吸い付いてみた。
「!……ちょっ」
 びくりとカカシが体を震わせる。少しの間そこに吸い付いていればカカシはどんどんと欲を溢れされる。堅さを増す。
 思うさまそこをもてあそび、悩ましく息をついて顔をあげたイルカは、誘うようなとろけるような笑みでカカシを見つめた。濡れた唇を見せ付けるように舌で嘗め取る。荒い息をついて、赤い顔をしたままどこか呆然としたカカシは立ち上がっている己の下肢を凝視していたが、イルカの媚態に視線を逸らす。
 なにやら口の中で呪詛めいたことを呟いているがイルカに言葉として届かない。
 カカシの乱れたさまがなんだか滑稽で、イルカは小さく笑ってしまった。
 もういいか、と思い敏感な側を爪の先のかすかなタッチで焦らすよう何回か辿れば、とうとうカカシは体を大きく震わせた。
「っ……」
 声を堪えて、口を引き結ぶ。
 イルカの手の平から溢れた白い液体と、堪えても堪えきれずに漏れ聞こえるカカシの息づかい。
 しばし呆然とその音に聞き入っていると、夕日で赤く染め上げられた世界が卒然として戻ってきた。
 毒々しいほどの赤。血が滴っているような濃い、赤。
 そんな世界の中で、イルカの手のひらの白がまぶしい。
 汚らわしいもののはずが、なんとなしに清らかなものに目に映る。
 イルカは手のひらをぐっと握りしめた。
 なんて簡単な、なんてくだらないことだろう。
 こんな一瞬のために時に人はすべてを失ってしまう激情にかられるのだ。
 むなしさにイルカはため息を落とした。
「ねえ、カカシ先生」
 どうしようもなく追い立てられた快楽に、カカシは無防備な幼子のような顔をしていた。
 イルカが見つめれば、カカシは陶然としたまま、それでもイルカと視線を合わせてきた。そのカカシの目の前に、汚れた手のひらをそっとかざす。
「魂も、心も、そんなもの、どこにもないんですよ。あるのは、思うようにならない醜いこの体だけです」
 カカシは黙ったままイルカの手をとって、そこに溢れている己の欲を見た。怒っているような乱暴な仕草でポーチから取り出したガーゼでそれを拭き取ると、ふいと顔を背けてしまった。
 色事に慣れているはずのカカシのすねたような表情が意外ではあったが、これ以上かける言葉などない。
 全く乱れていないイルカは、立ち上がると数歩カカシから離れる。下肢を乱したまま無防備に座り込んだカカシをしばし見つめて、背を向けた。
 屋上のドアを閉める直前に振り返ってみると、カカシはフェンスにもたれたままの姿勢で、微動だにせずに空を見つめていた。
 固く引き締まったその横顔は何かに耐えるような厳しいものだった。
 かすかに動いた唇が、何か、呟いていた。