おとぎばなし エピローグ    






「カカシさん」
 呼べば、俯き加減に歩いていた猫背の体がぴっと正面を向き、笑顔のまま駆け寄ってくる。そのまま勢いを殺さずにイルカへとダイブしてきた。
「ちょっ、と、カカシさん。手加減してくださいよ。あなた結構大きくなってますよ」
「な〜に言ってんの。これくらい受け止めてよ。ナルトなんてもっと勢いよく飛びついてたでしょ」
 よろめきつつもイルカはカカシを抱きとめて、ほっと息をついた。
「今日は、どうでした?」
「順調ですよ。力も戻ってきてます。おそらくあと十日くらいで木の葉に戻ることができる」
「そうですか」
「なあに? 残念そうだけど」
「そりゃあ、まあ、こんなかわいいカカシさんを拝めるのもあと少しかと思うと」
「そんなに気に入ったなら時々は変化してあげてもいいよ」
「ほんとですか?」
 眼を輝かせたイルカの耳元にカカシは低い声で囁いた。
「いいけど、この姿のままではしな〜いよ? イルカさん満足できないだろうし」
 子供の姿のままできわどいことをいうカカシの頭をぺちりと叩いてから地面に下ろした。不満げなカカシの手をとって、家路へと真っ直ぐと歩き出す。
 空には星がまたたき始めていた。








 あの日、イルカはカカシを呼び戻した。
 この世界に、カカシをあらたに生まれ変わらせた。





 イルカの力がほとばしると、球体の中のカカシの脳が発光した。まぶしさに目をつむるとぐらりと視界が揺れて、膝をついていた。
 頭がいきなり割れるような痛みを訴えてきた。
 つむった目の奥に星がとぶ。
 吐き気さえおぼえて、イルカは体を丸めていた。
 何が、起きた?
 一瞬気を失っていたかもしれない。
 気を取り戻させてくれたのは、頭部に触れる手の感触だった。
 ゆっくりと顔を上げれば、そこに、裸の子供がいた。アカデミーに入るにはまだ早い子供。
 銀の髪と、色違いの目。左目の上には縦に走る傷。
「カカシさん?」
 問えば、子供はくしゃりと顔を歪ませてから、笑った。
「ただいま、イルカ」
 そのまま小さな体に頭だけ抱きしめられた。

 これが、イルカの望んだ答え。



 体の交わりにより相手を従わせるイルカの力はここに極まり、死の世界へと向かったカカシを、この世へと呼び戻した。
 カカシという人間の本体であった脳があったからできたことだというのは綱手の見解だ。脳だけではあったがまぎれもなくカカシで、そのまま人としての体へと変わった。
 あれから半月。
 カカシは綱手の命でイルカと共に里を離れて、いくさに加担しない中立国の隣国へと赴いた。年老いて引退した木の葉の忍たちも暮らしている。そこにいる元暗部でけがのため引退した凄腕の医療忍術の老人の元でカカシは以前の力を取り戻すための治療を受けていた。
 最初、アキハに同道を依頼したが、丁重に断られた。もう自分の役目は終わったのだとさっぱりした顔で言われれば無理強いはできなかった。それでなくても木の葉は大変な時期に差し掛かっている。戦力となる忍をそうそうに連れてくるわけにはいかないだろう。
 アキハは、戻ってきたカカシを見て、息を詰まらせると、静かに泣いた。イルカにわざわざ許可を求めてから、一度だけカカシを抱きしめていいかと聞いてきた。もちろんイルカに否やはなく、アキハは小さなカカシを愛おしそうに抱擁して、おかえりなさいと小さな声で噛みしめるように言ってくれた。カカシはそっとアキハの髪を撫でた。
 カカシは徐々に成長している。
 今はもう10歳を超えたくらいだろうか。
 朝になるといきなりぐんと成長していることもあり、いくつか服を駄目にしたことから大き目のシャツを着て寝ることが最近では普通だった。
 カカシが無事に以前と同じくらいまでに成長を遂げれば、木の葉に戻ることになる。なにごともなかったかのようにまた生きていく。
 そう時を待たずして、厳しいいくさが始まることだろう。カカシは無論先頭に立って働くことになる。
「カカシさん」
 きゅっと握る手に力をこめれば、カカシが振り向いた。
「な〜に?」
「もう、死んだらダメですよ」
「死なないよ」
 カカシもイルカの手を強く握り返す。
「イルカが、死なせないだろ?」
 カカシがまるきり子供の顔で迷いなく言いきる。
 イルカは自身の力が人の世のルールを覆すほどのものも秘めていたことに驚いたが、あの力はあれでなくなったのだろうか?
 わからない。わからないが、イルカはカカシとの永遠を望むだけだ。
 この先ずっと。終わらない物語のように。
「カカシさん、一緒に生きていきましょう」
 かみしめるように口にする。
「うん。ずっと、愛してるよ」
 ふわりと笑うカカシが大人のカカシと重なって、イルカは泣きたいような気持になる。
 真っ直ぐに続くこの道が永遠につながればいいと、祈るような気持ちで思った。