おとぎばなし 19    






 どうしたらいいのだろうと、一瞬だが本気で考えた。
 今まで体を重ねた相手とはどんなやりとりをしたいたのだろうかと考えた。
 とにかくなにかしなければ、動かなければと思うのだが、イルカのことが好きだからこそ、喜びと焦りが同時にこみ上げて、結局どうしたらいいのだろうかと頭は真っ白になる。
 動けずに、じっと、ひたすらにイルカを見つめれば、イルカはふっと口元を緩めた。そのまま手を伸ばして、すがりつくようにカカシに抱きついてきた。
 柔らかくすべらかな頬が触れて、耳に口づけられる。
 それは合図のようだった。
 アンダーの端から手をさしいれて、するすると胸のあたりまでしのばせる。指先にひっかかった胸の飾りをつまんでみればそこはすぐに固くなる。イルカの息を飲む気配が艶めいて、脳裏がかっとなる。アンダーをまくりあげると少し乱暴に脱がせてしまう。黙ったままでイルカの下着ごとズボンも脱がせて裸にした。
 横たわるイルカの白い体。均整のとれた、しみひとつない真っさらできれいな、美しい体。大人の色香と子供の無垢をあわせたような体。
 それが意図的に作られたものだとしても、イルカという個体であることは間違いのないことだ。だからカカシは思ったままを口にした。
「きれいだね、イルカ先生」
 鑑賞に堪えうるような、というべきか、思わずカカシは感嘆のため息とともに賞賛の声を漏らしていた。
 イルカはかすかに口を開けて何かを言おうとして、けれど目を伏せて横を向いてしまう。
 なんでも言って欲しいと思うが、今は言葉よりも体でイルカを感じたい。
 現れた胸の桃色の飾りはつんと尖って舐めて欲しいといっているようだ。カカシは心の命じるままに身をかがめ口に含んでみる。イルカの吐息が頭上から聞こえる。もう片方の突起は指先でつまんでこねてみればイルカは身をよじり、カカシの髪に触れてくる。優しく、慰撫するような手つきにイルカの喜びがあるのだと思いたい。
 しばらくいたずらめいた動きで飾りをいじっていたが、その手を下肢に伸ばした。
 そこはすでに固くはりつめていた。
 やわらかく手の中におさめてすりあげながら、イルカに口づける。髪をかきあげ、頭皮を撫で、飽きることなく口づけを送る。
 潤んだ目も上気した頬も、赤く染まる唇も蠱惑的で、ちろりとのぞいた舌が唇を舐めた様子には眩暈を覚えた。
 かあっとなった脳裏がせかす。しっかりと立ちあがりカカシの手の中で存在を主張するイルカの下肢は、美しい健康的な色合いの肌の中、その調和を乱さないようなつつましやかな色合いをしていた。
 体をくねらせて横たわるイルカにカカシさん、と名を呼ばれる。
 すがるような声に、カカシはそっと頬に口づけた。大丈夫ですかと問えば、平気ですとイルカは穏やかに頷く。その言葉が本当かどうかはわからない。もしかしたらイルカは辛いのかもしれない。
 だがカカシはもう一度口を合わせて舌を深く絡めた。愛しさに急かされて止めることなどできない。イルカの手がカカシの衣服にかかり、カカシはイルカに服を脱がされる。今更ながら自分はまだ服を着ていたのかと思い出す。
 全裸になって抱き合えば、欲を示す下肢がぬるぬると互いを刺激した。
 徐々に登り詰める気持ちよさにうっとりと目を細めた。イルカも同じ気持ちだといいと様子をうかがえば、とろけたような表情で、気持ちいいですと声にしてくれた。
 ぴたりと合わされた体のすき間に手をいれて、イルカのものを手の中でかわいがればイルカは高めの声で鳴く。一緒に、と囁かれてふたつのものを手の中で弾けさせた。
 あぁ、とかすれた声を漏らしたのは同時だったかもしれない。
 重なりあった胸が同じ早さで鼓動を刻むことが嬉しい。
 イルカもせわしなく息を吐き出している。顔は上気しているが、眉間に寄せられた皺が気になって慌てて体を離そうとしたが、体を入れ替えられて、イルカに、乗られていた。
 イルカはカカシの胸に手を置いて、鼓動を味わうかのように目を閉じた。深く、呼吸する。
 イルカに触れて、触れられて、気持ちいいと、愛しいと感じる心はいったいどこにあるのだろう。この体の中だろうか。それとも無機質な容器にいれられて溶液の中に浮いている脳の中だろうか。
 カカシの物思いに気づいたわけではないだろうが、イルカが体をすり寄せて、カカシの乳首をぺろりと舐めた。舌先でのかすかなタッチで往復され、ぞくぞくとする。イルカの赤い唇が胸から腹に滑っていき、そして当然のようにイルカは放出したばかりでもう力を取り戻しているカカシの欲に口を寄せた。
 なだめるように口先だけでついばまれたあと、下の方から思いきり舐め上げられた。びくりと波打つ体にイルカはかすかに笑ったようだ。そのまま先端に一瞬強く吸い付いて、離れる。そしてまたちろちろと赤い舌が往復する。絶妙な触れるか触れないかの感触に体の熱は上昇し、胸の高鳴りは限りを知らないほど打ち鳴らす。
 カカシはたまらず上がりそうになる声を必死で堪えた。
 カカシさん、声あげてくださいよ。
 イルカは余裕でそんな要求を突きつけるがなんとなくムキになってカカシは唇をかんだ。
 カカシさん、とイルカは呆れたような声で柔らかく笑う。
 笑いながら、カカシの頭をそっと撫でてくれる。その手つきはやはり労るように優しくて、カカシはほっと息を吐き出した。
 だがイルカの手の中であやされているのもしゃくで、今度はカカシの方がイルカの下肢に身を沈めてみた。イルカもまた欲を示している。大きくくわえれば、イルカの体がのけぞった。
 こんなこと、うまくできるわけがない。イルカにとっては拙いばかりの動きかもしれない。
 けれどイルカはカカシの舌がうごめくと、いいと言って、素直に声を上げてくれた。もっと、と言われて髪をかき乱されて、カカシはイルカのものを飲んでみたくなった。そう考えただけでぞくぞくとして腰のあたりが熱くなる。
 口に含んだまま頭を上下させればイルカの体が強ばり、とろけたような声を共にイルカはカカシの口内に吐き出した。
 初めてのことだが、イルカの体液に嫌悪感は沸かなかった。不思議と甘いような気がしたのは、愛ゆえか、それとも現実的にイルカの体がもつ作用のせいか。
 小さく笑ったカカシは、顔を上げてぐったりしたままのイルカの顔をのぞきこんで、冷水を浴びせられたように正気になる。
 イルカは、泣いていた。それは感極まっての涙ではなく、悲しくて流す涙にみえた。
「イルカ先生。ごめんなさい、俺……」
 呆然としたまま謝罪の言葉を並べれば、イルカは首を振って涙を散らす。
「俺こそ、ごめんなさい。なんか、情けなくて」
「情けない? 何が? 何が情けないなんていうの」
 イルカは跳ね起きた。口を引き結んでぐっと睨み付けて、次にはくしゃりと表情がくずれ、カカシの胸を握った手で叩いた。
「俺は、演技しているんですよ? カカシさんとの行為は嬉しいのに、でも、俺は計算している。どうすればカカシさんを喜ばせて、俺の意のままにできるか、無意識に考えている。俺の言葉なんて、嘘ばっかりだ。気持ちいいとか喘いだって、そんなのは嘘だ! 嘘ばっかりだ!」
 辛さをしぼりだすようなイルカの声だった。
「演技してるっと俺自身わかっているんです。確かに気持ちいいですよ。でも、次はこうくるかなとか、こうしてやれば喜ぶだろうって、次から次に頭に浮かぶんです」
 悔しそうな、悲しそうなイルカの激情。カカシはイルカの頬を両手ではさんで、間近でイルカの目をのぞき込んでみた。
「俺には、イルカ先生が演技してるかどうかなんてわからないよ。わからないから、イルカ先生は感じてくれているって素直に思う。そんな、悪いほうにばかり考えないで」
 イルカに笑いかける。
「それに、ねえ。好きな相手のことを喜ばせたいって思うのは普通でしょう? イルカ先生は俺のことが好きだから、そう思う。俺はイルカ先生のことが好きだから、体は大丈夫かって気遣いながら抱きしめる。愛があるからだなあって思うよ」
 イルカは何も言わずひたすらに、すがるような目をしてじっと見つめてくる。
「体は、本当に平気? 辛いなら、今からでもやめるよ」
 イルカはそっと目を伏せた。
「カカシさんと抱き合えて、嬉しいんです。でもカカシさんが触るそばから気持ち良さと悪さが同時に襲ってくるんです。正直、辛いです。でもやめて欲しくない。なにも、考えられないようにして欲しい。してくれたならって思います。そんな、めちゃくちゃな気持ちです」
 自嘲めいた言葉を連ね、もう一度真っ直ぐにカカシのことを見たイルカはかすかに微笑んで、抱きついてきた。
「俺、たかが体だって、ずっと思っていました。
 こんな、いつかは朽ちてしまうもののために道をはずしたり、色めきたつ人間はおろかだって馬鹿にしてました。でも今は、カカシさんとしたいです。したいけど、カカシさんにのめり込むことがないってわかっているから、寂しい。
 それでも、したい。愛し合いたいんです」
 か細いイルカの声は泣くことを必死に堪えているようだった。
 こみ上げてあふれ出す愛しさのままにイルカをそっと抱き返して、優しく告げた。
「俺、イルカ先生に操られたっていいよ。イルカ先生に跪くなら嬉しいくらいだ。俺のこと、いいなりにして。あなたの力、開放してくださいよ」
 素直な気持ちを告げたが、イルカは何も言わず、カカシの背に回した手に力をこめた。
 イルカはきっと、力を開放しない。
 寂しいな、と思いながら、イルカを膝の上に抱え上げた。
 その時、ほんの一瞬のことだが、イルカの体が強ばった。目を向ければ視線が合う。
 やめたほうがいいのかもしれないと思いながら、指をイルカの口元にもっていけば、イルカは心得たようにカカシの指に舌を絡めてきた。
 口の端から唾液を垂らしながら、必死になって舌を絡める。ちらちらと流される視線には熱がある。それだけで、欲を募らせる。これが演技だとしても、無意識の媚態だとしてもそんなことはどうでもいいことだ。
「イルカ先生、やらしい顔してる。かわいいね」
 その指でイルカの奥をまさぐれば、蠢くように、柔らかく奥へ奥へと導いていく。唾液など最初からいらないかのようにそこは濡れていた。
 ごめんなさい、恥ずかしい体ですね、とイルカはぽつりとこぼした。
 首を振ったカカシは、大丈夫? と問いかけてみた。イルカは赤い顔のままで、大丈夫です、早く欲しいとねだってきた。
 イルカを膝に乗せたままで、さし貫いた。
 ああっと、甘く、けれど絶え入るような声が耳朶をくすぐる。ぐっぐっと腰を進めると、抵抗もなく最後まで埋め込むことができた。イルカの中はなんともいえない感触でカカシを包み込んだ。ざわざわとした感覚は淫らに誘っている。
 脳が痺れるようなとろけそうな感覚に、カカシは早くも放出したい欲求を感じたが、それを押しとどめて、腰を使う。
 突くたびに、ん、ん、とイルカは耐えるようなそれでいて甘い声で鳴いてくれる。必死にカカシを見返す目は間違いなく欲に濡れているが、その奥にはイルカが言うように相反する理性の光があるのだろうか。そんなものは見たくなくて、視線を下げてしまう。
 二人の体の間ではイルカのものがぶるぶると揺れていた。
 そっとそれにも手を絡めれば、もっととばかりにイルカが腰をすり寄せてくる。
 極上の体に酔う者の気持ちがわかる。イルカの肌は子供のような弾力と、女のような柔らかさを併せ持ち、つながった内部はぜん動して緩急をつけた動きを繰り返す。それこそ理性を奪うような気持ちよさに全てをもっていかれそうになる。
 カカシ以外にも幾人かがこの体を知っていると思うと、焼き切れそうな焦燥感がこみ上げる。それは炎のような渦となってカカシを襲う。
 膝の上からベッドの上にイルカの体を倒すと足を不自然にぎりぎりまで折り曲げてイルカを乱暴に揺さぶる。
 ほんの一瞬イルカは顔をしかめたが、すぐに喘ぎ始める。どん欲にカカシの体を貪ろうとするかのように腰を揺すってきさえする。きっとどんな無理をしかけてもイルカの体は柔軟に相手に合わせてみせるのだろう。そう思うと悔しくて、やりきれなくて、愛しい人を抱いているのに、悲しくなる。
 それでも欲望は登り詰めて、イルカの中へと吐き出された。
 くぐもった声を上げれば、イルカはカカシの腰にきつく足を絡めて、ひときわ大きなかすれた声を上げた。
 はあはあと乱れた息が室内に満ちる。
 横たわるイルカはおのれが吐き出したものを腹に散らし、体はほのかに色づいて、匂い立つような色香を放出していた。
 カカシを見つめる目は濡れて、もっと、と言っているようだが、その奥にある光は冷静に、観察するようにカカシを見ている。あくまでも色を使う忍者として作られたのだから、相手がどんなに夢中になってもイルカは冷静でなければならない。そうでなければならないことはわかるが、寂しい気持ちがすることは否めない。
 どんなに激しく抱き合ったとしても、イルカがおのれの意識を飛ばすようなことはないのだろう。
 そっとイルカから離れて、抱き起こした。横抱きにして、イルカの額に頬をすり寄せる。この体を離し難く思うのは、溺れてもいいと思えるのは、愛しいからだ。そしてその気持ちと同じくらい、哀しいからだ。
 カカシさん、と呼ぶ声は少しかすれていた。
 俯いたままでいるカカシの頬にイルカの手が触れた。慰撫するように触れられて、カカシは瞬きを繰り返す。ぎこちなかったが笑顔でイルカを見つめることができた。
 イルカは熱い吐息を落とした。
「そんな、哀しまないでください。冷静でいられるのも悪いことばかりじゃないってわかりました。カカシさんがどんなふうに乱れるか観察できるのは楽しいことでした。俺の体よかったのかぁって嬉しくなりましたよ」
 イルカの顔は青ざめていた。それなのに懸命に笑うのだ。哀しむカカシを慰めようと笑ってくれる。
 それは、愛があるからだ。
 愛し合っているから、こんなやりとりができる。そう思うと、カカシもうっそりと笑んでいた。
「ねえイルカ先生。俺たちもともと愛し合っているから、イルカ先生のことを抱いて俺がもっともっとイルカ先生に夢中になっても何も問題ないですね。すごく当たり前のことなのに、今やっとわかりました」
 ストレートに告げれば、イルカはくすぐったそうにかわいらしく笑った。
「そんなこといって、この先俺に夢中になってつきまとってストーカーみたいにならないでくださいよ」
「ストーカーでもいいじゃないですか。もう充分ストーカーです」
 イルカは笑ったままカカシにすりよってきた。
「疲れました。少し、眠りますね。ずっと俺のこと、抱きしめていてください」
 囁いたイルカは子供のように全身で身をゆだねて、目を閉じた。
 すぐに聞こえる穏やかな寝息。安心しきった寝顔。
 カカシは床に落ちてしまった毛布をイルカを抱えたまま器用に拾って、二人の体を包み込んだ。
 イルカの目覚めが穏やかであるようにと、そう願って愛しいからだを抱きしめて、カカシも目を閉じた。





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