おとぎばなし 15     






 窓の向こうには遠くに幾重にも連なる緑の色合いが濃い山々。
 目に染みるような真っ青な空には、優雅にはばたく白い鳥たちが群れを成して飛ぶ姿が目に映る。
 緑と、青と、白。自然はこの三色だけで充分に人の心を安らげてくれる。
 風がふわりとレースのカーテンを揺らした。
 窓際の椅子に腰を下ろしていたイルカは、体の底からの安堵の息を吐き出して目を細めた。
「きれいな景色ですねえ。どこなんですか?」
(木の葉ですよ。昔の木の葉。西のあたりです。今は山がかなり削られて岩肌をむき出しにしているかな)
「そうなんですか。やっぱり自然は自然のままできれいですね」
 感嘆の声をあげるイルカにカカシは苦笑する。
(ねえイルカ先生。俺にこんなことさせて、何がしたいんです)
 振り返れば、そこにカカシがいる。
 カプセルの中に収まったカカシ。脳だけの存在となって時を渡ってきたカカシが。
 カカシの居場所である白い部屋で、イルカはカカシの幻術で過去の景色を見ていた。
「いいじゃないですか。この部屋殺風景すぎて、気が滅入るんですよ」
 それならばこの部屋に来なければいいだけの話なのだが、イルカはここに来たかった。ここで、カカシと向き合いたかった。
「カカシ先生が現状を壊したくないって気持ちは、すごくわかるんです。きっと誰だって新しい一歩を踏み出す時って勇気がいるし、迷ってたら、今のままでいいって思うじゃないですか。見えない未来より、今の確実なことを選ぶのは当然ですよ」
(理解がありますね、イルカ先生)
「俺だって同じですから。この体をどうにかしたいって思いながら、結局、現状維持ですからね。もう今のままでいいって本当は思っているってことなんでしょうね」
 イルカの自嘲にカカシは何も言わない。
 カカシの秘密を知った後、イルカはカカシに問いかけた。
 はたけ・カカシのままでいるために何か方法はないのかと。カカシは笑った。あるとかないとかの以前にそれは許されることではないと。
(俺の命なんて、脳としての存在になってからひとつも自由がない。まさに里のために働く駒なんですよ)
 でも、と食い下がるイルカをいなすようにカカシは笑うだけだった。



 カカシの秘密を知ったイルカを待っていたのは、カカシが子をなすことへの協力だった。
 ご意見番は早速イルカに暗部の見張りをつけた。だがイルカとしては一体なにをどう協力すればいいのかわからない。よしんばカカシがイルカとの行為で射精したとして、それを人工授精用にでも使うのだろうか。
 正直にご意見番に問いかければ、カカシを治せ、ということだった。
「治せと言われましても、俺は医療忍術は扱えません。忍者としてごく一般的なことしかできません」
「わかっておる。そういう意味で言ったのではない。おぬしの体を使って、カカシがその気になるように訓練しろということだ」
「その気、ですか」
 ずいぶん簡単に言ってくれるものだ。
 確かにイルカの力を使えばその気のない者もとりこにすることができるが、カカシの場合は少し特殊だ。カカシはイルカに好意を示している。本来ならイルカの何気ない視線ひとつでイルカの力に屈しそうなものなのに、カカシの意志は強固だ。
 イルカがさりげなく力をだしてみてもカカシは反応を示さない。もともと幻術がかかりにくい体質に加え、意志がある。
 そして、イルカも力を開放できずにいる。
 イルカとてカカシに好意を感じる今、力を使ってカカシの意志を封じ込めることを、どうしても気持ちが拒否してしまう。それが力にセーブをかける。
 だから、ご意見番が言うように簡単にはいかない。
 おかげでどっちずつかずのままに放り出された。
 イルカの方からカカシを誘ってみても、イルカの体のことを気遣いそんな必要はないと言う。だがご意見番たちの手前そうもいかないのではないかと食い下がれば、綱手姫が戻ればなんとかなるのではないかとカカシは暢気だ。
「綱手様が治療を施したとして、それで、カカシ先生は子供を作るんですか?」
 くってかかるイルカにカカシは困ったように目を伏せた。
「作らざるを得ないでしょうね」
「それで、時がきたらその子供の中に入るんですか? また繰り返すんですか?」
「そんな、責めないでよイルカ先生。言ったでしょ。俺だってどうしたらいいかわからないんですよ」
 気弱なカカシのつぶやきを聞いて、イルカは引き下がらざるをえなかった。
 どうしたらいいのかわからないままに現実を拒み、イルカはこの場でカカシと逢瀬を重ねていた。




「いっそのこと、二人で抜け忍にでもなりますか。俺たちの力を合わせたら結構逃げ延びることができそうですし、今はなんといっても里が混乱していますからね、意外と放っておいてもらえるかもしれない」
(そうですね。もしかしたらそれが一番の解決法かもしれないですね)
 カカシは穏やかに同意する。そうして、二人でありえない未来を思い描く。里が大変な今だからこそ、抜けることなどできるわけがない。忍のあり方すべてを肯定するわけではないが、里を愛する気持ちは血となり肉となり体中に張り巡らされたものだ。今更木の葉を裏切ることなどできやしない。
 特にカカシは、長い時を生きてきたのだから。
 本当に綱手の治療が功を奏した場合、カカシは子を成して、また時を渡ることを繰り返してしまうかもしれない。そんな焦燥が絶えずイルカをおそう。
 自分に何ができるだろうか。
 イルカはずっと考えていた。




16