おとぎばなし 14
はたけ・カカシの父親は知ってますよね。高名な『白い牙』はたけサクモ。
俺はその頃サクモ直属の部隊にいたんです。俺が使っていた体はかつてないくらいに優秀で使い心地のいいものでした。サクモは有能な指揮官だったから激しいいくさ場に派遣されることが多くて、俺は心踊りました。いくさ場で己の能力を思い切り使うことは喜びでした。
サクモは。
サクモは、心弱いところがあった。誰よりも能力があって強いのに、そのことを恥じているような、ぎりぎりのところで踏みとどまっているような危うさがあった。一軍の将としては優しすぎるところがあった。
今思えば、全軍を率いるよりも命を賭して先頭を行くような、下士官的なポジションが本当ならふさわしい人だったんですよ。自分が先頭に立つなら誰も傷つかない、傷つけずにすむ。サクモのような繊細な心を持った人間にとっては部下を死なせるような場に赴かせることは己の身を切られるよりも辛いことだったんでしょうね。
まあでも、サクモほど力がある者を捨て駒のように使うなんてできない相談です。強すぎたし、カリスマ性があった。
俺は、サクモのことがとても好きでしたよ。一緒にいて気持ちのいい男だった。強いのに、優しくて、誰をも包み込むような空気を持っていた。
サクモに子供ができた時はもちろん俺も嬉しかった。里のお偉方もことのほか喜びました。サクモの血を引く優秀な跡継ぎができたと。
その子供の未来は決まっているものでした。それが喜ばしいことであったかはわからない。でも、皆が待ち望んだ、祝福された子供であったことは間違いなかったんです。
サクモが照れながらも隊のメンバーである俺たちに報告した時の顔は忘れられません。
幸せそうでした。この世の誰よりも。サクモにそんな顔をさせる子供に嫉妬を覚えたくらいでしたよ。
でも、皮肉ですよね。
丁重に扱われたのに、母親の命と引き替えに生まれたのに。
子供は、生きる意志が、力が、欠如している赤子だったんです。
生まれた時に産声ひとつ上げなかった。開かれた目に光はなく、ただ、息をしているだけの人形だったんです。ミルクを無理矢理与えても吐き出す。そのままなら死ぬしかなかった。
それが、はたけ・カカシだったんです。
任務の合間にかかさず病院に詰めていたサクモはカカシの世話を懸命にしていました。生まれて三ヶ月経っても、やせ細って成長する気配もなく、高度な医療忍術によってかろうじて命をつなぎとめられて生かされていたカカシは哀れでした。
本当に、哀れでした。でも同時に思ったのは、祝福された命を無駄にしていることが憎らしくもあった。
役立たずの赤子に嫌悪すら覚えましたよ。
なのにね、ただ鼓動を刻むだけの体をサクモは愛おしそうに抱き上げるんです。
大事な息子だと。妻の忘れ形見だと言って笑うんです。それはもう嘘偽りなく幸せそうな温かな表情でした。
正直俺にはわからなかった。どうして自分の息子だというだけで愛することができるんです? 何も返そうとしない人形ですよ。無償の愛? そんなのクソ喰らえですよ。そんなきれい事は嫌いです。妻の忘れ形見どころか、カカシが生まれたせいで大切な女を亡くしたのに。せめて生きる意志のある子供ならまだわかりますよ。でもカカシは生まれたけれど無駄に生きているだけのくだらない命でした。
俺にはそうとしか思えなかった。
四ヶ月目に入る頃には、さすがに里の上層部もカカシに見切りをつけようとしていました。失敗した命だったのだと、冷徹な、まあ忍者としては当然な判断を下し始めました。
けじめをつけてやることがカカシのためでもあるのだと、上層部はサクモに詰め寄りましたよ。もちろんサクモが了承するはずありません。解決策もないままに、ただ待ってくれとサクモはひたすら頭を下げたんです。
サクモの今までの木の葉の里に対する貢献度から無碍にもできずに、意味のない猶予期間がもうけられました。
サクモは里の命でいつだって過酷ないくさ場に送られ、その合間にカカシの世話をする。
いっそ何かの不手際があったと嘘でもでっちあげでもいいから、サクモの任務中に誰かカカシを殺してくれないかと俺は思ってましたよ。
とうとう体調を崩したサクモがカカシと同じ病院に入院することになり、俺は見舞いに行きました。
サクモはカカシが寝ている横でじっとカカシを見つめていました。
穏やかで満ち足りた、愛情深い顔をしていた。父親の顔だったんでしょうね。
サクモは俺に、カカシを抱いてみろと言って差し出してきました。
俺はその時までカカシを抱き上げたことがありませんでした。もちろんカカシの状態も状態でしたし簡単に触れていいものではなかったんですけど、何より俺の気持ちがカカシを嫌悪していたから、抱き上げるなんて冗談じゃないと思っていました。
サクモは俺の感情なんてわかっていたと思うのに、その時はかたくななくらいに抱けと言ったんです。
それでも容易に手を出せなかった俺に、押しつけるようにカカシを渡してきたんです。
緊張しました。いくさ場で命のやりとりをする時よりも、馬鹿みたいに緊張しました。
震える手でおそるおそる抱き取った小さな体を覚えています。
ねえイルカ先生、単純だって笑わないでくださいね。
俺は、その時の息が止まりそうな気持ちを忘れません。
それは、まぎれもなく命でした。
温かな鼓動は、生きていたんです。カカシは確かに生まれながらに欠陥を持っていたかもしれない。でも、生きていたんです。命を刻んでいたんです。もうずっとまがいものの生を生きていた俺がどうしたってかなわない本物の命のぬくもりを持っていたんです。
カカシは生きたいんだと思えました。
ねえ、それなのに、生きることが出来ないなんて、ひどいじゃないですか。
俺は気負うことなくこの命を俺が生かしてやろうと思いました。
俺の提案にさすがに里は慎重になった。サクモは俺の存在を受け入れるような男ではなかったから、計画は極秘裏に進められました。
サクモが任務でいない時を狙って、俺はカカシの中に入り込んだ。俺は、はたけ・カカシになったんです。
サクモと会うまではいろいろ考えました。赤子の体に入るなんて初めてのことでしたからね。サクモにばれたりしないだろうかと心配しました。
でもね、すべて杞憂でした。
いつものように任務帰りのサクモがやってきた。
目を開けたまま横たわる俺を見つめて、優しく笑いかけてくれたんです。抱き上げて、愛しそうに頬ずりされて任務帰りのサクモの埃っぽい匂いを吸い込んだ時、カカシの体にいることを実感しました。ただいまカカシと言われて、俺は、泣いていました。
何も考える必要なんてなかった。
それが生後半年経ってのカカシの産声でした。
病院中騒然となってね、サクモ、いや、父さんなんて大泣きでした。笑いながら、大声で泣いていました。よかったよかったって、そればかり言って、医者に止められるまで俺のことをぎゅうぎゅうに抱きしめて、目を真っ赤に腫れ上がらせて、ずっと、泣いてました。
産声を上げた俺は生まれ変わったんです。
父さんの子供になれたことは本当に嬉しかったなあ。
俺の心は自然と子供に戻って、父さんと共に歩み始めました。父さんは俺のことをかわいがってくれた。親馬鹿でしたよ。愛されて、幸せだった。忘れていた気持ちを少しずつ思い出すことができた。
俺をとりまく世界は温かくて優しいものに満ちていたんです。
父さんとの日々は長くは続かなかったけど、偉大な先生と本当に信頼できる仲間に出会えました。自分のことよりも誰かを思う、誰かの幸せを優先せずにはいられない気持ちを俺は初めて知ったのかもしれない。
はたけ・カカシとして、俺は心の底から満たされたんです。
だからね、俺はもうはたけ・カカシのままで、終わりにしたいって思うようになりました。
カカシとして命を全うしたいって。
でももちろん里がそれを許してくれるわけがない。俺の次の体として、俺自身の血を引く子供をって考えたんですよ。だから早く子供を作れとせっつかれてね。
子供が生まれれば最初から俺の体として育てられます。もしかしたら生まれてすぐに心を破壊するように施されるかもしれない。
写輪眼が移植されたことによって常に負担を強いられている俺はもしかしたら短命かもしれないので、里の上層部は焦っています。とにかく早く子を作れと。
子供ができないように自分でコントロールしているわけじゃないんですけどね。でも俺はもうこんなことやめたいから、無意識の部分で制御しているのかな。
よしんば子供ができても、その体を俺が獲ってしまうなんてできるわけがない。
だって俺はもう知ってしまったんですよ。
どんな命でも、それは天から与えられて生まれた者のためのものです。
生きる生きないを外から決める必要なんてない。生まれた命は生きるんです。生きようとするんです。命を操るなんて、してはいけない。
わかっているんです。終わりにしないと。どこかで終わらせるべきことだと。
俺が自分で終わらせるしかないのに、できずにいる。結論を先延ばしにしている。
俺はやっぱり卑怯者なんです。
終わりにしなければとわかっていて、動けずにいる。上層部に逆らってどうなるかわからない。今の状態を壊したくない。壊すことが怖い。
はたけ・カカシとして生きていきたい。
はたけ・カカシとして愛された命を全うしたいと思っているのに。
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