おとぎばなし 13    






 木の葉の里が勃興した頃です。
 まだ『木の葉』なんて里の名前さえついていなった頃に俺は生まれました。普通に、生まれたんです。
 火の国の辺境に位置した里は国の要請により忍の者を育成し始めました。里にいる者全てが忍としての生を義務づけられました。俺も自然な流れで忍になりました。
 忍にむいている者むいていない者、成長するにつれて淘汰されていきましたけど、俺は忍として生きることになった。
 自分で言うのもなんですが、優秀だったんですよ。初代火影や、うちはマダラと張り合うくらいの力は持っていた。だから俺はいつもいくさ場の最前線で闘っていました。そのうちに他の国も忍の里ができはじめ、それぞれが国の領土を広げようと争っていた。

 始まりは、苛烈を極めたいくさ場でした。

 俺は部隊の隊長を務めていたんです。いくさは辛くも勝利しましたが半数以上の忍を失い、俺もぼろぼろの体で帰還しました。治療を受けましたが、後遺障害を残すことになり、俺は闘えなくなった。
 もどかしかったですよ。日常の生活は普通にできても忍としては少しの身体機能の低下が命とりになる。そんな障害を抱えてしまったんです。十分に能力はあるのに思い通りにならない体に苛立ちました。苛立った気持ちのまま勝手に別のいくさに参戦して、今度こそ使い物にならない体になったんです。
 半身付随です。上半身は動くから印は結べる。けれど一生足は使いものにならなくなりました。
 そこで諦めればよかったんです。
 でも俺は取り憑かれていたんでしょうね。忍としての生に。
 里にも実際余裕はなかった。俺は優秀だったので、俺ができる範囲でいくさに参加したいと申し出ればそれは許可されました。
 術をかけることはできた。でも動けなかった俺は、敵にやられました。
 今度こそ、脳以外の全ての機能が駄目になったんです。
 あの時の絶望感は、今思い出しても息苦しくなるくらいです。
 思考は正常、いや普通以上に冴えているのに、体は動かない。地獄でした。
 里の功労者ということでケアはしてもらえましたが、死にたかった。死んだ方がマシだって思ってました。
 そのままの状態が続けば、間違いなく、どんな手段を使ってでも死んでいたと思います。
 けど、俺はまだ生きる運命だったみたいです。
 俺の脳が他より優秀だと気づいた天才的な医術者が、ある時、俺の前に捕虜を連れて来ました。
 それは悪魔のような提案でした。
 俺の脳を、捕虜の体に移植してはどうか、と。
 その提案を提示された時の俺の気持ちはどうだったと思います?
 嫌悪なんて微塵もわかなかった。これでまた闘えると、生きられると思いました。捕虜の男を殺すことに罪悪感は欠片もなかった。俺はただ歓喜したんです。
 闘うことさえできたならそれでよかった。それだけでよかったんです。
 倫理観の欠如した俺と医者とで、捕虜の体を俺のものにした。
 その捕虜の体はとても使いやすいものでした。身体能力の高さがずば抜けていた。けれど男はその力をすべて使いこなせるだけの脳を持っていなかった。
 俺は普通の人間より脳を使う力に長けていたんです。通常の人間が使いうることができない未知の領域を使える脳を持っていた。
 ねえイルカ先生。人間の脳ほど未知で可能性が残されているものはないんですよ。
 人が脳を100パーセント使いこなせたなら、それは人を超えた者になるんでしょうね。
 あの医者にとって俺は人体実験の材料でもあったんです。俺の脳をいかに開発するか、長持ちさせるかに医者は心血を注いだ。
 木の葉の闇の部分はかなり醜悪ですね。上層部は医者が俺に施したことを黙認した。イルカ先生のことをそんな体にした大蛇丸の実験に連なることが連綿と行われていたんです。
 その男の体で俺は二十年は生きました。家族も持ったんですよ。さすがにその体に終わりがきた時には、これでいいと思いました。
 病を患った俺はそう時間をおかずに危篤状態になって、妻子と離されました。秘密裏に運ばれたのは、この部屋です。俺の体はここで朽ちていきました。
 優秀な俺を生かす為にあらゆる治療が試みられましたが、どうしようもなかったようです。


 ※※※※※


 ふっとカカシが吐息をついたような気がした。
 不思議だ。吐息をつけるようなカカシの体はここにはいないのに。
 イルカは黙ってカカシの告白を聞いていた。
 夢のような話。嘘のような話。
 だが事実ここにカカシの脳がある。それは紛れもない現実だから、なにも疑いようはない。
「カカシ先生」
 ふと思ったことがあってイルカは声をかけていた。
「俺、カカシ先生と出会ってからずっと、カカシ先生は夢の中にいるみたいな、現実感の薄い人だなって思ってました。その理由が、わかった気がします」
 カカシの気配がかすかに揺れたようだ。


 ※※※※※


 俺もね、イルカ先生は嘘っぽい人だなって思ってました。きっとそれはイルカ先生が自分を隠して、自分を演じて生きていたからなんだって、今は思います。
 不思議ですねイルカ先生。お互い直感は正しかったようですね。やっぱり何か通じるものがあったからなのかな。
 話、続けますね。
 二度目の体で朽ちた俺は、この部屋に脳だけが保管されました。
 俺の人生は、まだまだ続きます。
 死なせてもらえなかったってことです。
 でも、生きているなんて言っていい状態じゃないですよね。脳だけあったって何が命なんですかね。脳が活動はしていても、俺というものを表現できる体はなくなってしまったのに。
 俺は、眠り続けました。
 そんな俺が再びの覚醒を促されたのは、皮肉なことに脳に損傷を負った俺の息子が運び込まれたからなんです。
 俺の肉体が死んでからかなりの年月が経っていました。俺の記憶の中ではまだ子供だった息子が、上忍になって立派な大人になっていました。
 息子はいわゆる植物状態になってしまったんです。治る見込みは完全になかった。
 俺に突きつけられたのは、息子の体を使うことでした。
 そんなこと、できるわけがない。息子の脳を取り出すことに同意なんて、さすがに出来ないでしょう。俺にもね、ひとなみの感情が育っていたんです。
 俺が断ったら、医者はなんて言ったと思います?
 息子の体と外部からの同化を果たすと言ったんです。いちいち脳を移植するよりもその方が効率がいい。駄目になればまた違う体に移ればいいだけだと。
 息子の体はその手始め、次につなげるためのこれも実験でした。
 心転身の術みたいなものです。リモートコントロールです。
 息子を生かしたいのなら、息子の体を使えと言ったんです。
 俺には選択の余地はなかった。
 息子を死なせるか、息子の体を使うか。
 死なせたくない気持ちに嘘はありませんでした。でも、俺の意識がなかに入り込んで生きることは、息子が生きることですか? 違いますよね。そんなわかりきったことなのに、結局俺は自分の欲に負けたんです。
 命汚い俺は、やっぱり生きたかったんです。つきつめればそれだけだったんです。
 自分の思ったままに動かすことができるからだ。永遠に生きるからだ。それはたまらない誘惑でした。
 俺は承知しました。妖怪じみた医者の俺の脳に対する最後の施術が行われました。
 息子の体に入りこんだ時、全く違和感はなかった。
 俺は泣きましたよ。嬉しくてね。世界を感じることができる“からだ”を再び手に入れたことに歓喜したんです。
 それ以降、俺は、本当の俺をここに置いたままで、他人の体を使って生きてきたんです。
 あの医者の医術は受け継がれました。
 何人の体を渡り歩いただろう。都合のいい体が現れると眠りを覚まされて俺が使われた。
 名前? それはもう、忘れました。本当に、覚えていないんです。不思議と、次の体に入ると、以前の名前を忘れました。積み上げた記憶も深い場所にしまいこんで、新しい生を生きることにしたんです。
 そうしないと、さすがにやっていけないとわかっていったんでしょうね。
 でもねイルカ先生、時が経つにつれてさすがに俺もだんだんと少しずつだけど、苦しくなってきた。
 大切な仲間や愛しい人を亡くした。でも俺はなくならない。俺には永遠が約束されている。
 里自体が力をつけて、血継限界もさまざまな種類が生まれるようになって、人々の能力が底上げされていくと、実際俺の能力はさほど突出したものではなくなっていきました。
 でも、実験体として貴重だった俺を殺すわけにはいかなかったんです。それなりに力はあったし使えましたからね。
 自暴自棄になってさっさと死んでしまった時もあった。気に入った体の時は長い時間ともにあった。でも、どちらにせよ使い捨てです。
 俺にはすぐに代わりの体が用意されたから。いくらでも替えがきいたから。
 なんのために生きているのかわからないくせに、自分で死を選ぶこともできない。そうするには俺は卑怯すぎた。弱すぎた。
 もう理由なんてわからないまま、ただ生きていたんです。
 叶う限り、永劫とも言える時を生きたと思いますよ。
 はたけ・カカシの体に出会わなければね。





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