イルカ先生の誕生日から十日経っていた。
 いくさ場で敵の術から放たれた俺は一刻も早く里に戻りたかったが体がいうことをきかず、近くの同盟国で体を癒してからやっと里に戻ってこれた。
 火影さまへの挨拶もそこそこに自宅に戻れば部屋からイルカ先生の荷物はなくなり、一枚の書き置きが残されていた。
“今までありがとうございました。お別れします。さようなら”
 一体なんの冗談かと笑ってしまった。
 笑いながら紙を手のひらで握りつぶしてついでに火遁で燃やした。
 アカデミーの教員であるイルカ先生を捕まえることなどたやすい。俺は瞬身でアカデミーに移動するとグラウンドで子供たちに指導していたイルカ先生を有無を言わさずかっさらった。
 離せと暴れるイルカ先生の抗議には一切耳を傾けずに自宅に運んだ。そして部屋に結界を張り巡らす。これで心おきなくイルカ先生と話せると言うものだ。
 ベッドの上にイルカ先生をおろして、向かい側に立つ。いきりたつイルカ先生に笑いかけた。
「イルカ先生、ただいま」
 機先を制して声をかければイルカ先生はとまどいつつもこたえてくれた。
「……おかえりなさい。ご無事で、なによりでした」
 ぎこちないながらも笑顔を見せてくれる。俺はほっとしてイルカ先生の前に跪くと、その手をとった。俺をすくい上げてくれた手を。
「ねえイルカ先生。どうして俺が術にとらえられているってわかったの? どうやって俺を助けてくれたの?」
 俺が尋ねることはもちろんイルカ先生は予測していただろう。答えないわけにはいかないことも。イルカ先生はすぐに話し始めた。
「俺はガキの頃から、時たま人の未来が見えることがあったんです。血継限界ではないのですが、俺の家系にはたまにそういう人間が存在したことがあったんです」
 イルカ先生は少し寂しそうに笑った。
「今まで何人かの人の未来をうっすらとですが見てきました。でも誰も助けられなかった。だから、カカシ先生と出会って未来が見えた時に、今度こそどうしても助けたいと思ったんです。だから、カカシ先生に好きだなんていって交際を申し込んだんです」
 イルカ先生のものいいがちくりと刺さった俺は問い返していた。
「それって、俺のことは別に好きじゃなかったってこと?」
「異性に対するような意味では」
 あっさりと肯定されて俺はがくりと頭を垂れる。けれど、俺だって最初はイルカ先生のことなんてなんとも思っていなかったのだからお互い様だ。ただ、普通以上には興味はあっというくらいだった。
「俺を助けたいから好きでもないのに付き合って欲しいって、どうして?」
「それは、誕生日に俺の元にきてもらうためだったんです」
 イルカ先生は表情を引き締めて俺を真っ直ぐ見つめた。
「カカシ先生が未来に敵に捕まるのは、俺の誕生日である5月26日だというところまでは見えたんです。俺の元に来てくれたならカカシ先生を救える自信はあったんです。でもただの上忍と中忍の関係で誕生日を一緒にいてほしいなんておかしいでしょう? そういうことが普通にできる関係っていったら、恋人同士かなって思ったんです。だから、交際をお願いしました。変なこという奴だなあって思いましたよね」
 イルカ先生は恥ずかしそうに口にするが、俺はイルカ先生の思惑にただただ唖然とする。
 なんというか、突飛な発想だ。俺が肯かなかったらどうするつもりだったのだろう。正直に未来が見えたことを言った方がよかったのではないかとひとごとのように思う。
 でも、その道を選ばれていたなら、イルカ先生と恋人にはなれなかった。
「ありがとうイルカ先生。俺のことを救ってくれて」
 握りしめたイルカ先生の手の甲に口づける。イルカ先生は頬を染めて俺から手を取り返そうとするがそうはさせない。イルカ先生を見たまま今度は手を頬にすり寄せる。
「それで、別れたいって、どういうこと? 冗談ならまったく面白くないよ」
 イルカ先生はふと視線を逸らしてしまう。
「だって、俺の役目はもう終わりました。一度見た人の未来が二度見えることはないんです。俺はもうカカシ先生の未来に関わることはできないんです。そばにいる必要なんてない。カカシ先生はもてるのに男の俺と付き合う必要なんてないじゃないですか」
「必要ならあるよ。俺イルカ先生のこと愛しちゃってるもん。イルカ先生は違うの?」
「……」
 別れたいなら好きではないと言ってしまえばいいのに、正直なイルカ先生はそんなこと言えやしない。俺はイルカ先生の隣に腰掛けると、大好きな人をぎゅうと抱きしめる。
「好きだよイルカ先生。俺ねえ、もうイルカ先生なしじゃやってけない体なの。イルカ先生に俺のあそこ締めつけられないとイケない。他の女じゃ勃たないよ。イルカ先生はどうなの? 俺に抱かれて気持ちいいでしょ? イルカ先生も俺なしじゃもう駄目だよね? イルカ先生のあそこは俺のものでしょ? ね?」
 わざとイルカ先生の羞恥を煽るような言葉を囁けば、抱きしめているイルカ先生の体が熱を持つ。横目で俺のことを睨み付けてくるがそんな顔さえもかわいくて仕方ない。
「もうっ……どうしてカカシさんはそういうことを言うんですか」
「ごめんねえ。でもホントのことだから。ね、そうでしょイルカ先生、ね?」
 かわいらしく小首をかしげてみた。イルカ先生は赤い顔で俺のことをきつく見たが、こわい顔がもったのは数秒。破顔して、俺に手を伸ばしてくれた。
「馬鹿ですねえカカシさん。いいんですか? せっかくチャンスを上げたのに。今別れないと、俺一生とりつきますよ?」
 耳元でくすくすと笑うイルカ先生が愛しくて、俺もイルカ先生を抱きかえす。
「それは望むところだよ。俺なんてとっくにイルカ先生にとりついている。誕生日の日も、魂とばしちゃったくらいだし」
 誕生日、という単語にそうだと思い出す。
 まだ俺の口から言っていないではないか。
 イルカ先生を見つめて、深く口づけて、万感の思いをこめて告げた。

「誕生日おめでとう、イルカ先生」

 この先も一生あなたにおめでとうを贈るよ。