番外:寝言
 
 

 
 イルカにとってはかすかについたため息なのかもしれないが、カカシの耳の奥底までそれは落ちてきた。
 
 
 だいたいイルカは、無神経なんだと思う。
 昔からそうだ。ナルトたちを介して知り合って、なんとなく気になる存在になり、幾度となく飲みにいった。会を重ねればそれなりに相手の人となりを知りたくなるし、知ってほしくなるのは人情だと思うのだが、イルカは何も聞いてこなかった。カカシの話にやわらかく相づちをうちながらも、自分のことはいっさい語ろうとはしなかった。
 カカシが誘う。イルカは頷く。
 いつもそうだった。虚しさがどんどんつのった。
 そんな繰り返しに嫌気がさしてきて、自然と足は遠のき、ちょうどいい具合に長期遠征にでることになった。
 殺伐とした戦場でイルカのことを思い出す余裕はなく、ひきずられている自分を意識したりはしなかったのだが・・・。
 
 ため息をつきたいのは自分のほうだとカカシは思う。
 
 戦場から戻り、イルカとあっさり再会したのが昨日。変わらぬ姿のイルカに、無事だったんですねと安堵されて喜ぶ自分が馬鹿みたいだ。いつからそんなカワイイ男になっちまたったのかね、カカシさん? 泣かせた女は数知れず、クールなところがたまらなく素敵、と言われたのは過去の栄光か・・・。
 寝返りをうってイルカのほうを向けば、少し口を開けて、天井をむいて安らかな寝息をたてている。寝付くの、早すぎないか?
 八つ当たりめいた気持ちがむくむくともたげて、意地悪にイルカを見てしまう。
 そんなに簡単に眠れると思う? 辛い戦場で、後遺症めいたもののために不眠症になっているというのに、簡単に眠れるわけがないではないか。そうだよ、女にかじりついているのはたまらなく不安だからだよ。人肌に安堵するんだよ。イルカ先生さっきそう推理したでしょ? ずばり当たり。だったら気をきかせてさ、俺が相手しましょうか? ・・・とか言うわけがない。言ったら怖い。イルカ先生がそっちの道に入ってしまったかと思って、俺、泣いちゃうよ。イルカ先生の初めては俺が奪うつもりだったのに〜って。
 思考の迷路で遊んでいたら、知らず苦笑が漏れていた。
 へたに心配されないほうが、逆にこんな時はいいのかもしれない。
 音もなく起きあがり、カカシは布団のうえで胡座をかく。かたほうの膝に片肘をついてほおづえをつき、イルカをうかがう。
 幸せそうな寝顔だ。半開きの唇が思ったより柔らかかったことは知ったばかりだ。唇にその感触が残っている気がして、心臓がひとつ強く鼓動を刻む。
「好きなのかもな、まだ・・・」
 夜気に溶けるようなつぶやき。意識した途端、真実にいきついたと思った。
 
 
 自分のことは語らないイルカ。でも、見え透いた態度が、知ってほしがっていることを物語っている。
 忍のくせに、いい年して、裏街道で遊んだことがないなど、ありえない。ひとの濡れ場に顔面蒼白になるほど動揺するか? けれどイルカの言葉も態度も本当。だからそこには事情がある。言いづらい、言いたくない、事情が。
「本当は、知ってほしいんでしょ?」
 知って欲しいから、気づいてほしいから、カカシの言葉にいちいち動揺をあらわにする。本当に何も詮索してほしくないなら完璧に心を閉ざして、疑問を持たせてはいけない。平気で嘘でかためて演じなければいけないのに。
 まあそれができないのがイルカのイルカたるゆえんでもあるが。
 身を乗り出したカカシは、イルカの枕元で手をついて、吐息がかかるような位置でじっと見つめた。
「コラ。秘密主義。俺にわかってほしいなら、ちゃんと言いなさい。察してなんてやらないよ?」
 細心の注意を払って口のなかだけで呟いた。イルカはかする息がうるさいのか、目元をぴくぴくと震わせた。
 そんな様子にふと心が和む。カワイイかもと自然と思うのだから、イルカのことが好きだという気持ちは決定的だ。好きなこには意地悪したくなるというのは本当に真実なのだなあとしみじみと思う。きっと明日からもまたイルカを怒らせるような言動をとってしまうことは目にみえている。
 
 ちょっとは信用してよ。心を開いてよ。
 
 祈る気持ちを込めて、触れるか触れないかの口づけをした。

 

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