■ある木曜の出来事






 エンディングが流れて次回の予告が終わったところでイルカは我に返る。
 茶碗と箸を持ちっぱなしで固まったままテレビ画面に見入っていた。
 かたりと卓袱台に茶碗と箸を置く。
 きっと顔を上げて立ちあがったイルカはそのまま部屋を飛び出した。



「カカシせんせええええええええぇぇぇ!!!」
 ドアを蹴破る勢いで開けた。
「こ〜んばんはイルカ先生」
 カカシはベッドの上で寝ころんで愛読書を読んでいた。ずかずかと入りこんだイルカはカカシに詰め寄った。
「さっきのアニナル! 見ました? 見ましたよね? なんですかあれ! ア、アニメスタッフにカカイルがいるんですか? それともまたカカイル子さんたちがなにか手をまわしたんですか?」
 口角泡を飛ばすような勢いでイルカは言い募る。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。ほら、冷蔵庫にビールが冷えてるから、まずはくいっと。ね」
 カカシにいなされてイルカは沸騰した頭がしゅうと収まるのを感じた。言われた通り缶ビールを二本とってきてカカシに渡し、フローリングの床にあぐらをかいた。ぱきゃりと缶を開けて一気に半分くらい開けてぷはあとひといきついてやっと冷静になれた。
「落ち着きました?」
 カカシもベッドにあぐらをかいて笑っている。
「はあ。面目ないっす。ちょっと、いやかなり興奮しちゃって」
「ですよね〜。カカイラーとしては鼻血でそうな展開ですからね〜」
 カカシは納得したようにうんうんと頷くが、イルカは目をつり上げた。
「カカシ先生、誤解ないように言っておきます。俺、オタク活動は了承しましたよ。受かったら冬のコミケで喜んで売り子しますとも。でも、でもでもでも、俺はカカイルではないです」
 ずばっと言い切れば、カカシのいつもは眠そうな目が見開かれた。
「は? え? ええええ? うそ!?」
「うーそじゃありません。俺は、四代目とかあ、ガイ先生とかがあ、いいんですってばよ! もちろんプラトニックというか清らかな少女漫画のような展開ですよ」
「今時の少女漫画なんて下手な青年誌よりよっぽどエロいんですけど……」
「だからそういうのじゃなくて昔の少女漫画!」
 があと大声をあげたところでイルカは再び我に返る。こんなことを言いに来たのではなかったのだった。
「とにかく、俺はカカイルではないんです。だから今週の展開にはもの申すってところなんですよ!」
「なんで? カカイル的にはすっごくおいしい展開なんですけど」
「だからそれがおかしいでしょうが!」
 イルカは見たばかりのアニナル『イルカの試練』を思い返す。
「『イルカ』と『カカシ』は昔馴染みの知り合いなんですか!? じゃあナルトの担当が決まった時の『イルカ』の三代目とのやりとりおかしいでしょうが! それともなんですか、『イルカ』は若年性痴呆症にでもおかされて『カカシ』のことなぞ忘れてしまってたんですか? あ、なんかそういう展開の同人あったの思い出した。過去に会っているけどなんかあって記憶喪失になってて、でもって過去に二人は愛し合ってて『カカシ』だけが記憶があって『イルカ』とまた両思いになれるように頑張っちゃうって話」
「ありますよね〜。ありがちですけど記憶喪失ものはカカイラーとしてはおさえておかないとね。実は俺も次の連載は記憶喪失ものでいこうかと思ってたので創作意欲刺激されましたよ〜」
「そんなもの今更書かなくていいです! くさるほどありますから! とにかくおかしいです。来週もめちゃくちゃ『カカシ』がでてきますよ? もう俺、ベンチのシーンから固まったままでしたよ。あのベンチも普通サイズより小さくなかったですか? 二人の距離が近すぎませんでしたか? いろいろとおかしすぎる絶対!」
「まあねえ〜。噂によると、ザンプ編集部あてに、たとえばですけど『カカシ先生とイルカ先生の話が読みたいです』的な手紙がたくさんきたりすると次の展開に影響を与えることもあるらしいですよ。ほら、所詮商業誌はもうけないと話にならないから、読者の意向を汲むこともあるってことで」
 カカシはあっさり言ってくれたが、イルカには衝撃だった。
 おそろしい。このままでは健全な少年漫画が腐女子にのっとられる。
「今日の展開で俺的につぼなのは、上忍、下忍っていう立場の違いからの会話がねえ、きっとその頃『カカシ』はまだ暴れん坊だったんですよ。三代目に『イルカ』を自分の部隊に的なことを言っているあたりも『カカシ』の『イルカ』に対する気持ちがほの見えてうっほーってきましたね。『イルカ』も『カカシ』のことを凄腕の上忍の部隊長として憎からず思っている感じが画面からひしひしと伝わってきたなあ。あー、確かにアニメスタッフ、しかもかなり力のありそうなポジションにカカイルいるかもしれない」
「そんな! 健全な子供たちはあんなの見たら駄目です! カカイルなんてもう存在するだけでエロいんですからっ」
 イルカは本気で憂いているというのにカカシは意に介さず暢気に笑っている。
 今更だがイルカはカカシのオタク活動に同意したことは早まったかもしれないと思い始める。火のコミ夏の陣に参加して、常にはないことに頭がぼうっとなってしまったのかもしれない。かわいいコスプレのおねえちゃんたちやかっこいいおにいちゃんたちは確かに良かった。『イルカ』と『四代目』『ガイ』とのいい話も見つけることができた。今でもたまに読みかえしている。コミケは楽しかった。それは間違いない。だがそれとこれとカカシとカカイル活動を共にするというのはそれこそカカシというかカカイル子たち腐女子の思うつぼなのではないだろうか?
「ねえねえイルカ先生。今週ねえ、水の国でカカイルオンリーあるんですよ〜。知ってました?」
「はい!? なんですかなにがあるんですか?」
 カカシはちらしを差しだしてきた。
 そこには『カカシ』と『イルカ』のかっこいい忍服姿の絵がででんと描かれており、日曜日にカカイルオンリーイベントとやらが開かれると載っていた。
「なんです? カカイルオンリーって」
「カカイルだけのサークルさんの同人誌即売会。イベントですよ〜」
 参加サークル300超え、という文字とカカシの声が重なってイルカは硬直した。
「カ、カカシ先生……」
「なんですか?」
「カ、カカイルだけで、300以上もサークルがあるんですか!?」
「もっとありますよ〜。もともと参加していないサークルさんもあるし、申し込み多くて今回はお断りしたサークルさんもあるらしいですから。前にも言ったじゃないですか。カカイルはまだまだ凄いって」
 イルカの脳天になにかが落ちてきた。
 残りのビールを一気に飲みして、更に冷蔵庫からビールを数本持ってきて飲みきった。
「イルカ先生、大丈夫?」
 カカシにつんつんとつつかれて、イルカはゆらりと顔を上げた。
「……で、そのオンリーとやらがなんだっていうんですか?」
「ああ、うん。もしお暇なら一緒に行かないかなあって」
 笑顔のカカシは本当に嬉しそうだ。きっとまた変化でもして会場に向かい、新刊とやらを買いあさるのだろう。カカシが火のコミで買った本は段ボール3箱くらいにはなっていた。無理矢理貸されたいくつかの本はやはりエロ度が高いものが多かったが、それでも話的に読ませるものも多くて不覚にも感動するものもあった。
 カカイルっていいですよね〜とカカシは言う。
 そりゃあカカシは攻めだからいいだろう。イルカなぞ木訥だけど実はエッチでそのギャップがいいだとか、いい体をしているとか、受付でもてもてだとか、他の上忍に狙われてるとか、男に迫られるとか、現実ではないことばかり並べ立てられてカカシとのセックスであんあん喘いでいるのだ。
 ふっと苦く笑って立ちあがる。すうと息を吸い込んで大声を上げた。
「誰がオンリーなんて行くかああああ!」
 そしてイルカは来たときと同じくらい唐突に風のように去っていったのだった。








やばい! カカシとイルカ、同人活動ピンチかも〜(笑)。