□ たまご日記 猫日記 A ナルトに遭遇!




☆月◎日

 旅立ちの日。
 少しはダイエットしたと言っていたが、変わらずまるまると太ったままの猫はおじさんの傍らで幸せそうだった。
 最後にぎゅっと抱きしめたカカシに、元気でな、と一声にゃーと鳴いて去っていってしまった。

 しばらくの間大門のところで見送っていたカカシだが、完全に姿が見えなくなると、ずんと気持ちが沈んだ。カカシが見つけた唯一の仲間だった猫。遠くに行ってしまうのは正直寂しい。しゅんとうなだれると首輪の鈴がちりんと鳴る。イルカには内緒だが、外でもこっそりつけていた。
 猫はカカシの首輪を見て、かっこいい、似合うと褒めてくれた。
 イルカが買ってくれた首輪。これをつけているとカカシは幸せな気持ちになれる。イルカに好きでいてもらっているかなあと少しは思える。
 でもそれはそばでカカシを見守ってくれた猫がいてくれたおかげだった。猫が旅立ってしまった今、頼る存在もなく、まるでこの世に生まれ落ちたばかりのような心細さに包まれた。
 とぼとぼと歩いて、河原にでる。土手にちょこんと座って、膝を抱えた。
 うららかないい天気だが、カカシの気持ちはそれとは真逆なうすぐらさ。膝に顔を埋めてしばらく固まっていた。半分眠ったような状態でうとうとしていたカカシだが、風に乗って届く声に耳がぴくりと反応した。
 ぱちりと目を開ければ、下の方で、一対数人が向かい合っていた、
 その一人を確認した途端カカシの目はすわる。
 金色の光を弾く髪。ナルトだ。カカシのライバル。
 カカシが見ているともしらずに言い合いはエスカレートして、ナルトが先に相手に手を出した。すかさず相手も応酬した。二人はすぐに地面に転がった。
 最初ははやし立てていた奴らは、仲間がナルトに押され気味になると、一斉にナルトにおそいかかった。それでもナルトは喧嘩慣れしているのかうまく応酬している。パンチを受けつつも必ず自らも当てていく。
 けれど多勢に無勢。だいたいナルトを痛めるつけてる奴らは皆ナルトより少しばかり体格がいい。ナルトはふらふらになり、地面に寝転がるのも時間の問題に見えた。
「・・・・・・」
 ふむ、とカカシは立ち上がる。
 ナルトは好きじゃない。好きじゃないが、見るに見かねることもある。
「こらこら君たち」
 おほんとおっさんくさい咳払いをして近づく。
「ちょ〜っと卑怯じゃな〜いのかにゃ? 一対一でやりなさいにゃ」
 カカシは分別くさいことを口にしたが、血走った奴らはカカシを見てけっと笑った。
「うるせー。関係ねーだろー。この猫野郎」
 べーっと舌を出されて、もともと最初からないようなカカシの堪忍袋の緒は消滅した。
「みぎゃー!!!」
 ぎらりと爪を出して毛を逆立てて、カカシも参戦した。





 ちくしょー! 覚えてやがれ!
 と、今時誰も言いそうにない捨てぜりふを残して奴らはほうほうのていで逃げていった。カカシのふざけた見かけを侮っていたのか、奴らはカカシの思わぬ強さにあっさり白旗をあげたのだ。ふんとカカシは胸をはって右手の中指をたてた。
 すっきりと爽快な気分でナルトを振り返れば、尻餅をついて肩で息をしていた。
 カカシと目が合うと、にししと笑った。
「サンキュー。お前強いなあ」
 まっすぐな笑顔が気持ちいい。よく見ればなぜか頬に映えてる猫のような毛もカカシと似ており好感がもてるではないか。
「まあ、たいしたことな〜いにゃん」
「俺ナルト。お前は?」
「俺はカカシにゃ」
「ふーん。どっかで会ったことあったっけ?」
 どきりとカカシはしっぽが立つ。
 ナルトとは、まだ一才児くらいの姿だった頃にちょうどこのあたりの土手で会っている。確か、いちゃつく二人に嫌な気持ちになって、暴言を吐いた覚えがある。その後ナルトとは会っていないが、イルカの話によくでてくるものだから、ずっと会っていたような錯覚もあった。
「初対面だけどにゃ…?」
「そっかー。じゃあ似た奴に会ったことあんのかなあ」
 ナルトは腕組みをして考えていたが、まいっかと言って立ち上がった。今の喧嘩で膝小僧はすりむけ、頬は腫れ上がっているがいたって元気だ。だが着ているシャツも短パンもよれよれで、体は貧相な感じがする。きちんとした食生活なのか疑問が沸く。
「お前、いくつだにゃー」
「俺? 俺十歳だってばよ。カカシは?」
「俺は、多分、十二くらいにゃ……」
「なんだよくらいって」
 ナルトはおかしそうだが、実際問題カカシは自分がいったいいくつなのがよくわかっていない。そもそもまっとうなしのび卵ならとっくに成人していると火影は言っていた。なぜこんなにもゆっくりとした成長なのか、火影は特に何も言わないが、どう考えてもイルカとの関係に問題があるとしか思えないのだ。
 イルカのことえを思い出したら、連想ゲームのようにナルトとイルカの関係に思いが至る。なんとなく意地悪な気持ちがわいて、言わずもがななことを口にしてしまった。
「俺、イルカの家に住んでいるんだにゃ〜」
 唐突に、しかも自慢げに言ったカカシにナルトはおかしいくらいに反応した。
「まじで? イルカ先生の、子供……のわけないよな。なんでなんで? なんでだってばよ」
 ナルトが詰め寄ってくることに優越感を覚える。
「親戚でもな〜いにゃ。俺、イルカに育ててもらってるんだにゃ〜」
 ふふんと鼻を鳴らせば、ナルトの顔がみるみる曇る。
 どうだうらやましいだろうとたたみかけようとしたが、ナルトはぷいと顔を背けてしまった。
「だっせーな。俺なんか一人で生活してるんだからな。すげーだろ。俺ってばまだ子供なのに自立してるからな。へっへーんだ!」
 いーと歯をむかれたが、腹は立たなかった。明らかに、ナルトが強がっているのがわかるから。もしもカカシがもう少し小さかったら、初めてナルトを見た時だったら、ざまあみろと優越感だけに浸れたかもしれない。だが、そうは思えなかった。
 誰かに―イルカに―そばにいて欲しい。愛されたいと思うのは当然のことで、それはおいそれと馬鹿にしていいようなことではなかった。
「助けてもらったことには礼を言うけどな、カカシも自立したほうがいいぜ!」
 じゃあな、と行ってしまおうとしたナルトの服を掴んでいた。
「ナルトんちに遊びに行くにゃ」
 咄嗟にそんなことを言ってしまっていた。





 散らかってるぜーと招待された家は里の中心から少し離れたぼろいアパートだった。さびついた階段を上がって、手前の部屋。隣は入居者はいないようだ。下に四つ、上に四つ部屋があるが、いくつか空き部屋があった。
 ドアをきしませて開けると手狭な玄関。すぐに続く狭い部屋。大人が二人も入れば互いの存在に窮屈な思いをすることだろう。
 台所のシンクにはカップ麺の空が積まれ、部屋の中は巻物が至る所に散らばっていた。
 足の踏み場もないところをかき分けてベッドに座るように指示された。
 ついキョロキョロと見回してしまう。
 壁にはアカデミーのテストが張られていた。20点。大きく赤字で「次回、80点以上とったら一楽だ」と書かれている。聞くまでもなく、イルカが戻した答案なのだろう。なんとなくむっとするが、カカシはその気持ちをごくりと飲み込む。
 ナルトはグラスに牛乳を入れてきてくれた。
「なんだよ。別に面白いもんなんてないだろ?」
「ナルトは落ちこぼれなのかにゃん?」
「はあ? 何言ってんだってばよ。俺様は将来火影に……」
 無言で壁を指せばナルトは慌てて答案をはがした。
「こ、これは、ちょっと、賞味期限切れの牛乳飲んじまって具合悪くて」
「この牛乳は腐ってないだろうにゃー?」
「お客さんに腐ったのだすわけないってばよ!」
 ごくりとナルトは飲んだ。
 しばしの間。
 そして無言でトイレに行ってしまった。
 カカシはグラスをテレビの上のスペースに置く。バッカじゃねーのーと思いつつ、カカシはぱたんとベッドに背中から倒れた。
 薄汚れた低い天井。部屋の隅にはうっすらと蜘蛛の巣が張っている。雑然とした、部屋。部屋中には巻物が転がり、汚ならしいぬいぐるみなどがある。雑然としているが故に、しゃべり出しそうな部屋。寂しさを感じない部屋…。
 そういえば、イルカの部屋も決して整頓されているわけではない。
「なあなあカカシ。イルカ先生の家ってどんな感じなんだ?」
 戻ってきたナルトはカカシの隣にぱふんと倒れ込んだ。
「どんなって、お前来たことないのかにゃ」
「ないよ。イルカ先生、家には呼んでくれないってばよ」
「なんでにゃ」
「わっかんねえ。でも前に聞いたときにちょっと言ってたけど、なんか、俺の為にならないってさ〜。別にちょっと遊びに行くだけなのにな」
 ナルトは口を尖らせて文句を言う。
 ちらと横目でナルトをうかがい、カカシはふと思い出す。
 イルカが言っていたが、ナルトの出生は特殊で、里の皆から受け入れられているとは言い難いと。ナルトはきっとひとりぼっちだ。だがそれは今ひとりぼっちであって、この先続くわけではない。一番踏ん張らなければならない時に必要以上に他に依存してしまうことはナルトの為にならない……。
 なんてことをイルカが酔っぱらった時に言っていた。
 ようはそういうことなのだろう。そう思い至ったら逆にカカシは面白くない。それだけ、イルカのナルトに対する愛情が深いということだからだ。
 面白くない。が。
 ナルトと仲良くしてほしいと言うイルカの気持ちが少しわかる気がした。
 カカシはむくりと起きあがる。
「俺帰るにゃ」
「ええ〜」
 がばりと起きあがったナルトは声を上げた。
「まだいいじゃん。忍者ごっこしようぜ」
「やらないにゃ」
 呆れたカカシだが、玄関までついてきたナルトの手を掴む。
「ナルトも、行くにゃ。イルカんち」
「ええ!?」
 途端ナルトは視線をさまよわせる。
「で、でも俺、イルカ先生に怒られるってばよ」
「なんで? ナルトは俺の友達として遊びに来るんだから問題ないにゃー」
「と、友達?」
「そうにゃ」
 カカシが当たり前のように頷けば、ナルトは目をぱちぱちと瞬かせる。
「俺、カカシの友達か……」
「んにゃ!」
 カカシが大きく肯定すると、ナルトは笑み崩れた。
「じゃあ俺、カカシの友達だからイルカ先生んちに行く」
 二人一緒に外に出た。
 ぎゅっとカカシの手を握り返してきたナルトは不思議そうに首をかしげた。
「でさ〜。なんでカカシは耳としっぽがあるんだってばよ? その首輪はなんだってばよ」
「!!!」
 カカシはひくひくと口元がひきつり、耳がぴくぴくと揺れた。
 おそるおそるナルトを振り向く。きらきらと答えを知りたがっているナルトにぎこちなくほほえみかける。
「にゃーん……」
 とりあえず、鳴いて誤魔化しておいた。





 その日の夜。
 遅く帰宅したイルカは煌々と電気がついたままの部屋にしかめっつらで入ったが、ベッドで仲良く寄り添って寝入るカカシとイルカの姿に顔をほころばせた。
 ナルトの手がカカシの胸のあたりにでんと載り、カカシは少し眉間に皺を寄せていた。
 二人にタオルケットをかけ直してやって、しばし安らかな寝顔に見入る。



 そして。
 おやすみ、と小さく呟いたイルカの顔は、とてもとても幸せそうだった。









ヲハリ。