□ カカシの日記 後編−そして日常−
☆月◆日
「一緒に住むなんで言語道断だ」
その瞬間イルカの頭部に角が見えた気がした。
カカシとしては里に戻ったなら当たり前のようにイルカと住むつもりでいた。イルカの家以外に住む場所などないと思っていたのだ。
しかし人生甘くなかった。
イルカはしっかりとカカシの荷物、といっても風呂敷一つにおさまる程度だが荷造りを終えていた。
手回しのよさにカカシも隠すことなく頬を膨らます。
「イルカのけーち。けちけちちじじい」
「ケチで結構」
イルカは顔色ひとつ変えずにふんと鼻息荒く告げた。
つくづく、人生甘くない。
カカシは無言で背を向けた。
「ちょっと待て」
引き留められてぶすったれたまま顔だけ向ければ、イルカは重々しく頷いた。
「今日は、泊めてやる。久しぶりの、再会だからな」
「イルカー……」
カカシは現金にもぱあっと笑顔になる。たまらずぎゅっとイルカに抱きついた。
「大好きー」
イルカは慌てて引きはがそうとするが、かまわずに身をすり寄せた。
家の中は全く変わってなかった。匂いもそのままで、カカシは安心してちゃぶ台の前に座った。自分の体が大きくなったせいでせまく感じるが、イルカとの距離感が対等で近くなったことは嬉しい。
「猫はイルカのところに来た?」
「ああ。カカシがいなくなってすぐだったな。ひとつきくらいいたけど、またご主人の元に戻るって行っちまった」
「そっか。元気かな、あいつ」
「元気でかわらず丸々しているだろ」
「そうだね」
イルカの口調から、猫と友好な関係を築いたことがうかがえてカカシは内心ほっとする。カカシの願いを猫は忠実に果たしてくれたようだ。
イルカは台所に立って鍋の用意をしている。先に食べてろと焼いてくれたさんまをつつきつつ、ビールを飲む。満ちてくる幸福感に頬がゆるむ。こんななにげない時間の為に離れていた時間があったのだなと実感する。
「なんだよにまにまして。気持ち悪ぃな」
「なんでもな〜いよ」
それから鍋をつついて、互いが不在の日々のことを話して、あっと言う間に夜も更けた。
イルカと一緒にベッドに入ろうとしたらばかもん、と一喝された。しぼみつつ、大人しく客用布団に体を横たえる。ぱちんと電気が落ちる。おやすみ、とイルカはさっさと布団にくるまってしまった。
静かな部屋に時計の音だけが響く。
子供の頃はイルカに対して無邪気に物語りをねだったりしたが、今のカカシにそれは許されないだろうか。でも何か話してほしくてそっと名を呼んだ。
「イルカ。起きてる?」
「寝た」
「起きてるでしょ」
カカシは小さく吹きだした。
「何か、話してよ」
ねだったが、イルカは無言だ。こちらを向いてもくれない。近いのに遠いイルカにカカシは寂しくなる。すがるように見ていてもイルカは振り向かない。カカシはイルカに背を向けて布団の中で丸まった。
「カカシ……」
びく、とカカシは身をこわばらせる。イルカの声は固い。なにか、言われたらどうしよう。傷ついてしまいそうな、言葉を。イルカは受け入れてくれたが、まだ不安が残っている。本当にイルカは再会できたことを喜んでいるのだろうか。
イルカは言おうとしていることを逡巡しているようだ。カカシはいたたまれない気持ちのままに待った。
「カカシ」
イルカが身を起こす気配。何でもいいから早く言ってくれ、とカカシはぎゅっと目をつむった。
「俺、あの時お前ぇがいきなりいなくなった時」
カカシの心臓はどくどくと激しく脈打つ。なんだろう。なにを言われるのだろう。
「あの時、すっげぇ……、すっげぇ、悲しかった。辛かった」
静かなイルカの声は少し震えていた。
カカシは思わずごろりと体を転がしてイルカのほうを向いた。
イルカは、ベッドの上であぐらをかいて、膝の上で片肘をついて顔をささえ、あらぬほうを向いていた。
すねたような姿がカカシの胸に火を灯す。どこかを向いたままイルカは続けた。
「だから、もし、もしこの先またどっかに行かなきゃならないとしてもだ。頼むから、いきなり、どっかに行ったりするな。俺に一言断りをいれてから、行ってくれ。約束、してくれ」
静かに、小さく祈るような声。カカシはたまらず跳ね起きてイルカに詰め寄った。
「俺、俺はもうどこにも行かない。行ったりしない。だからイルカにどっか行くなんて言うことはない」
「カカシ……」
イルカはカカシの勢いに驚いたように目を見開く。
「俺はイルカのそばにずっといる。ずっといたい。いさせてよ、ねえ」
カカシが必死で告げているのに、イルカは呆然として黙ったままだ。この、激情といっていい気持ち。イルカはわかっているのだろうか。
カカシは目眩を覚えるほどにイルカに夢中なのに。
「イルカ……。ねえ」
カカシが手を伸ばすと、イルカはいなすように笑った。
「わかったわかった。興奮するなって。寝るぞ」
イルカはあっさりと横になってまた背を向けてしまった。
それからはカカシが何度呼んでもイルカは返事をしてくれずにわざとらしい寝息をたてたりした。拍子抜けしたカカシはぶうと頬を膨らませた。
「知ってると思うけど、俺、寝相悪いからね〜」
深夜。イルカはすっかりと寝付いた。ごろりと体を動かしていびきをかいている。
カカシはパジャマを脱ぎ捨てるとさっさとイルカの傍らにもぐりこむ。全裸で。
「イルカー」
ぎゅうと抱きついても寝付きのいいイルカは目を覚まさない。抱き心地のいい枕だとでも思っているのかカカシのことを抱き返してくれる。
ふんふんとイルカの首筋でイルカの匂いをかぐとカカシは体中に満ちてくる幸福感にうっとりとなる。
「イルカー。好きー。好きにゃー」
すりすりとイルカにすり寄るとなおいっそうの幸福感にだらしなく顔が溶ける。しかし代わりに正直な下肢はむくむくと力を得てしまう。
いれたいな、と思うが、そうもいかない。だいたい寝ているイルカにいれるのはつまらないし、同意なくそんなことをしたらきっと袋だたきにあうだろう。イルカに怒られたくはない。イルカには頭を撫でて欲しいのだ。
けれど悶々と脳裏は桃色に染まってくる。
イルカのパジャマを思い切りよくめくると、乳首に吸い付いてみた。あいかわらず毛が生えているから引っ張ってみた。続いてちゅ、ちゅと遊んでいるとすぐに固くなる。先端をねっしんに舌でねぶれば「ん……」と吐息のようなイルカの声が聞こえた。
顔を上げれば、かすかに口を開けたイルカが、鼻にかかるような無意識の甘い声をあげた。
「! あれっ?」
どくんと、思い切りよく脈打った下肢。やばい、と思った時は後の祭り。
カカシはあっさりと出してしまっていた。
恥ずかしい、こんなことで、と情けなく思うが、恋しいイルカに裸で抱きついていれば仕方ないだろうと開き直る。まあこれで落ち着いたと思えばいいだろう。
急激に襲ってきた眠気にカカシはあっさりと意識を手放した。
☆月◇日
「うわあ!」
耳元で響いた悲鳴にカカシはぱちりと目を開けた。
「カ、カ、カ、カカシ〜! おまっ、なんで、裸で抱きついてる! こらっ。離れろ!」
「うるさいなー。眠いよー……」
「いいから、起きろ」
目をこすりながらも起きあがる。大きなあくびをすれば、イルカのげんこつが降ってきた。
目から火花がちりそうな痛みに、カカシも声を荒げた。
「いったいなー。馬鹿になったらどうしてくれるのさ!」
涙目で顔をあげたカカシの眼前に、憤怒の形相のイルカがいた。
カカシは声なき悲鳴をあげて、きちんと正座する。
「カカシー。どうしてお前ぇは素っ裸で、しかも俺のベッドに寝てるんだぁ?」
ひく、ひく、と頬の肉がひきつっているイルカにカカシは縮こまったまま告げた。
「俺、寝相、悪いから……」
くわっとイルカは角をはやした。
「裸になって俺のベッドに、しかも壁際に寝ていたのがすべて寝相のせいだあ〜?」
しゅうとカカシは小さくなる。
「しかもだ。これは、なんだ?」
イルカはパジャマの裾をつきつけてきた。
イルカの紺色のパジャマのその部分は、白くかぴかぴになっていた。昨晩うっかり粗相してしまったカカシがそのままにしてしまったアレだった。
さすがにいいわけもなくカカシはごくりと喉を鳴らす。もはや笑うしかなく、こうなったら思い切りよく笑ってやれとかわいらしく首をかしげた。えへ、と音をつけたらしっくりきそうな笑顔で。
「俺、下半身も、寝相悪くて」
その瞬間イルカに首を絞めあげられた。
ヲハリ。