6.




 イル村さんがはたけ邸に復帰してあっという間に日々は過ぎ、季節はすっかり冬、12月も半ばとなっていた。

「ちょっといい?」
 カカシぼっちゃまにそう言われた時にはイル村さんはぎゅわっと飛び上がっていた。夕飯の調理中だったが、おそるおそる振り返った。
「なななな、なーんでございましょうか!?」
 自分からはしつこく話しかけたりまとわりついたりしているが、ぼっちゃまから話しかけられることにはまだ少し慣れていない。いきなりクビとか言われたらどうしようと不吉な考えが頭をよぎる。イル村さんは大きな体と図々しい態度を持ってはいるが小心者なところもあった。
「二者面談があるんだけど、イル村さん、出てもらっていい?」
 ぺらっと紙を渡しつつもカカシぼっちゃまはあらぬほうを向いている。
 対してイル村さんは紙を受け取りもせずに、ぼへーと見ていた。
 イル村さんの反応のなさに苛立ったのかぼっちゃまは紙を引っ込めようとした。
「……別に、無理にじゃないから」
「ぼっちゃまっ!!!」
 イル村さんはぼっちゃまに体当たりをかましていた。
 ばいーんと跳ねたぼっちゃまもろともキッチンの壁に激突した。
「ちょっ、と! このっ、巨漢家政夫! 痛いだろ!」
 ぼっちゃまの罵声などものともせずにイル村さんは目をうるうるさせてぼっちゃまを見た。
「このイル村を、ぼっちゃまの親代わりと思ってくださるんですね! イル村感激っす! 感無量っす!」
 きゅわきゅわっきゅわわーとイル村さんは喜びの雄叫びを上げた。
「はあ!? 親代わり? じょーだんじゃないよ。なんで人間の俺に海豚の親がいるの。意味わかんない」
「ぎゅわっ。また海豚を馬鹿にして! 海豚差別許しませんよ! 海豚権保護団体から訴えられますよ!」
「そんな団体どこにあるの」
「あります! たったいま作りました。わたしが会長ですっ」
「あーもう、そういうのいいから、面談、来れるの? 来れないの?」
「行くに決まってるでしょうが! 不肖イル村、ぼっちゃまのために完璧な保護者を演じて見せますともっ。父がいいですか? 母がいいですか?」
 イル村さんのテンションはかるく天井を突き抜けた。
 クビになって復帰して、そしていきなり親代わりに昇格。これでテンションが上がらないわけがない。
 カカシぼっちゃまは目をきらきらとさせるイル村さんを無表情に見ていたが、ふっと大人びた吐息をひとつ落とした。
「海豚のままでいい。担任には身内に都合がつかないから家政夫が来るって言っておく。うちの事情は知っているから大丈夫だと思う」
 そもそもぼっちゃまの通う学校は中高大と一貫教育の名門私立校木の葉学園であるからして、ある程度の成績をコンスタントにおさめていればエスカレーター式に進学だ。
 中三の二学期最後に行われる面談は成績が危ぶまれる生徒を除き、保護者と教師の意見交換のような場に過ぎない。
 多分カカシぼっちゃまはある程度の成績をおさめていると思うが、これで成績が悪くて進学が危ないとなればそれはそれで張り切り甲斐があるというものだ。
 きゅわっとほくそ笑んだイル村さんのことをぼっちゃまは疑わしそうな目で見ていた。
「……いまなんか、悪いこと考えたでしょ。言っとくけど、成績は普通だから、普通に進学しますって言っておいてよ。家での様子とか聞かれたらイル村さんが思った通りのこと言えばいい。俺、学校と家で大差ないから」
「ええっ? じゃあ学校でも寝てばっかりなんですか!?」
「そうだね〜」
 カカシぼっちゃまはなんでもないことのように頷いたが、イル村さんにとってはゆゆしきことだ。
 学びの場で寝っぱなしとは、これは大問題ではないか!
「ぎゅわわー! ぼっちゃまにかわってイル村めが謝罪してきますっ。三学期からは心を入れ替えさせますと先生に伝えてきますよ!」
「はいはい。頑張ってね」
 終業式の日の午後、時間はそこに書いてあるから〜とぼっちゃまはひらひらと手を振って二階に上がってしまった。
 前ビレで案内の紙をがっしと掴んだままイル村さんはぽーっとしていたが、足元からパックンの声がした。
「鍋がふいておるぞ」
「ぎゃわ!」
 イル村さんは今夜のキムチ鍋の作成中であったことを思いだし慌ててコンロの火を止めた。
 ふいーと額を拭っていれば、パックンがぼそりと呟いた。
「イル村さんがいてくれてよかったわい」
「ですよねー。わたしってばかなりできる家政夫ですからねえ」
 幻の鼻が思い切り伸びているイル村さんである。
「そういう意味ではない」
「じゃあどういう意味なんですかあ?」
「カカシが身内と言ったじゃろ」
「言ってましたねえ」
 ここまで言ってもつぶらな目のままで気づかないイル村さんのことを不審な目でひと睨みしてからパックンは言った。
「カカシの一番近くにいる身内は大蛇丸じゃ。他の親戚どもはほとんどが国外におる。さすがにカカシも大蛇丸のことを警戒しておるのかもな」
「なんとっ」
 イル村さんは大袈裟にのけ反った。
「なんじゃイル村さん。まさか忘れておったわけではあるまい。あんたは大蛇丸からカカシを守るために戻ってきたのだろう」
 疑わしげなパックンに対して、イル村さんは前ビレで頭部をぺちぺちと叩きながらへらっと笑った。
「いやあ、それが、あまりに平和ですっかり忘れてましたー」
 イル村さんはパックンに思い切り噛みつかれた。






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