15. イル村さんは何故か頭にエプロンを巻いていた。そのエプロンは言わずと知れたナルトのエプロンだが今の騒動で頭からずれてしまっている。体中薄汚れて、そして焦げ臭い。 「イル村さん、なんで?」 「ぼったまあ〜」 鼻水を盛大に垂らしたブサイクな顔と鼻声でイル村さんはおーいおーいとカカシに抱きついて泣き出した。 「い、いぎてて、よかったあ! 本当によかったあ!」 ぎゅわぎゅわと泣くイル村さんの体は丸くて、重みがあって、ぬくもりがあった。 海洋生物で哺乳類。癒しの獣。カカシの胸のなかがほっとしたものに満たされた。 「俺がそう簡単に死ぬわけな〜いよ。図太いんだからさ」 「ぎゅわっぎゅわっ」 「だから海豚語わからないって」 苦笑すれば、イル村さんは体を引きはがす。目の前の顔から、てろーんと鼻水が垂れていた。ぶっと思わず吹き出したカカシだが、そのまま咳込んでしまう。気のせいではなく、部屋の中が煙いではないか。それに、部屋が傾いているような気がする。 「イル村さん、ここってどこ? あと、さっき変な音がしたけど、何かあった?」 カカシの言葉にイル村さんはきゅわっと声を上げた。 「そうでしたああ! ぼっちゃま、逃げますよ。今すぐに! 逃亡ナウでっす」 「え? あ、逃げることはもちろん大賛成だけど、さっきからなんか煙いし傾いてるんだけど」 「火事です! 火事を起こしましたわたくしイル村が!」 「はあ? マジ!?」 「マジっすおおマジっす。船の動力部にがつんと一発ですねえ、パンチをいれてやったんですよお。シュッシュッ!」 パンチを入れたなんてことはないだろうが、イル村さんの前ビレは擦り傷だらけだったし、広い面積の体は火傷を負っているしで、なんらかの冒険をしてきたことが伺えた。 「さあさあ、変態おじさんとその手下が来る前に逃げますよー」 雄々しく立ち上がったイル村さんはカカシの腕を引いたが、ぐわっと目を見開いてじろじろとカカシを見て、そして何故か吹き出した。 「ぼ、ぼっちゃま! よく見たらなんですかその恰好! 趣味悪すぎでしょ。あり得ない。あり得ないったらあり得ない! いやべつにその服自体に文句があるわけじゃあなくてですね、ぼっちゃまには……きゅわっ!」 イル村さんは辛抱たまらんとばかりに腹を抱えて大笑いだ。 「……言っておくけど、俺の趣味じゃないから」 この状況で、大爆笑……。なんたる緊迫感のなさ。 イル村さんは床に丸めた前ビレをだんだんと打ちつけて笑っている。 呆れた能天気さだが、まったくイル村さんらしい。そう思えばカカシの口元は緩んでくる。 「いやあ、笑った笑った。ささ、ぼっちゃま、逃げますよ〜」 涙を拭き拭きカカシを引っ張ろうとしたイル村さんだが、カカシが立ち上がってくれないことにようやく気付いた。 「悪いイル村さん、注射打たれて、体が思うように動かないんだ」 「きゅわ!」 飛び上がったイル村さんは物も言わずにカカシのことをがばりとお姫様抱っこした。 「さあ、行きますよ!」 「意外と力あるんだねえ」 「当然です! わたしはなんといっても木の葉家政夫協会の〜」 「わかったわかった。とにかく急いで」 「きゅわわわ」 カカシがいなすと口を尖らせながらもイル村さんはダッシュする。 部屋の外は煙にみちていた。 「ぼっちゃま、お口塞いでください」 「だから〜指先くらいしか動かないんだって」 「はっ、そうでした」 イル村さんは頭に巻いていたエプロンをカカシの口元に突っ込んできた。 「もが!?」 「とりあえずそれで我慢! ナルト坊ちゃんがカカシぼっちゃまのことも守ってくれますから」 イル村さんの信じ切った声に、そうかもしれないと思う。記憶の中のナルトは、やんちゃで、へこたれない、強い心を持った子供だった。 煙の中をイル村さんは全力で駆ける。階段までたどり着くと、どすどすと駆け上がった。 甲板に出れば、夜は深くなっていた。月は皓皓と輝いている。 しかし暢気に空を見ている場合ではなかった。船は傾いているしイル村さんとカカシの前には、敵がいた。
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