14. 遠くから何か聞こえた気がして、カカシの意識は浮上した。 その途端、ずきんと頭が痛む。手を持っていきたくても、指先がかすかに動く程度だ。 カブトに打たれた注射のせいかと納得する。だが、意識はしっかりしていた。 カカシは薬というものが全般効きにくい体質だ。それが幸いしたと言っていいのか、体は動かないが頭はしっかりしているというなんとも中途半端な覚醒となった。 拘束はどうやら解かれているが、体が思うように動かないのだから意味がない。これでは逃げるのはとうてい不可能だ。そもそも、この部屋がどこなのかがわからないのだから、やみくもに動いてもすぐに捕まるだけだろう。 はあ、とため息をつこうとして、カカシは己の恰好にぎょっとなった。 昔の異国の王子様とやらが着そうな、ダンサーやらフィギュアスケートの選手たちが着そうな、ひらひら感満載の水色のシャツと、体のラインがきちんと出る黒のパンツ姿だった。 「うわ〜趣味悪ぃ〜」 カカシは嫌悪丸出しの声を上げていた。 誰がやったのかしらないがこんな衣装に着替えさせられたのかと顔をしかめる。 これは、カカシを買ったというどこぞの変態の趣味なのだろうか? ぶるりと体が震えたのは生理的な拒否反応だろう。 だが。 生涯着そうにない服を着ている今の自分に、ふっと気の抜けた笑みが浮かんだ。 今暴れても仕方ないかと、腹を括る。思ったより自分は肝が据わっているようだ。 父とは違って……。 今更知ってもどうしようもないことだが、大蛇丸がなんらかの手を使って父を陥れたのだということはわかった。 父は確かに優しい人だった。カカシは叱られてことなどない。大きな笑顔で、カカシのことを見守ってくれていた。あの優しい父ならば立て続けに信じていた人間に裏切られたら心を病むであろうことは想像に難くない。もちろんそれだけが理由だったとは思わない。長い間に培われた弱い部分がさらされてしまったのだろう。 大蛇丸の言うとおりだ。父の根っこの部分は弱かった。 辛かったのだろう。でも……。 「子供残して自殺してんじゃねえよ」 思わず呟いた途端に、真ん丸海豚の家政夫の姿が浮かんだ。父のことを罵倒して本気モードのパンチをもらったっけ。 クビにしたのによくわからないうちに家政夫復帰して、はたけ家にすっかりなじんでしまっていた。 もしかして、もう一生会えないのかと思うと、胸の中がつきんと痛んだ。愛犬たちの姿も浮かぶ。慕ってくれている後輩の顔も、ぶっきらぼうだが根は優しい担任の顔も。 全員と別れがたいと思っている自分がいる。 投げやりな気持ちになっていた頃が嘘のようだ。 特にイル村さんにはもう少し優しくしてやればよかったかなと思う。でも、からかったり冷たい態度をとるとイル村さんはすぐムキになるから、ついつい面白くてからかうことをやめられなかった。 「……イル村さんが来てから、まあ、面白かったかな、うん」 家の中が明るくなった気がした。 「料理の腕はよかったよね」 レパートリーも豊富で、味付けも抜群によかった。 「もう一回、イル村さんの料理、食べたかったかな」 また、会えるのだろうか? 手料理を味わえるのだろうか? 少しだけしんみりとしてしまう。 「イル村さん……」 「ぼっちゃまー!」 まるでカカシの声にこたえるかのようにイル村さんの声が聞こえるではないか。 「ぼっちゃまああ! どこだあああ! どこにいるのじゃああああ! 泣ぐこはいねかああああ!」 錯乱気味の声が聞こえる。決して幻聴ではなくはっきりと。 「イル村さん!?」 なんとか頭を上げたところで、 「そこかあああっ!」 ばきっと激しい音がして、ドアが破られた。ドアの残骸と一緒に飛び込んできた丸いもの。残骸の欠片がカカシの頭部に当たり、丸いものはごろごろ転がってカカシが横たわるベッドに激突して、ベッドはひっくり返った。 動かない体では咄嗟の受け身もとれずにカカシはしたたかに体を打った。 「ってええ……」 「ぼっちゃま!」 起き上った丸いもの、イル村さんはひっくり返ったベッドを大慌てで元に戻して、二人は朝以来の対面を果たしたのだった。
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