11.




 静かな地方都市の町の暗闇の中をイル村さんはずどどどと駆け抜ける。
 目を血走らせて鬼気迫る形相で駆けながらもイル村さんはきちんと考えていた。
 海のそば、県道沿いにある居酒屋にまずは駆けこんだのだ。イル村さんが飛び込めば、イブの今夜、赤い服をまといにぎやかに飲んでいた気の良いサーファーのおじちゃんおばちゃんたちが一斉に入口を見た。
「イル村さん、久しぶりだねえ。どうしたの血相変えて」
「ふふふふ、船! 怪しい船見ませんでしたか? 見かけないような船!」
「ふね?」
 おじちゃんおばちゃんたちは互いに顔を見合わせて暢気に首をかしげる。
「怪しいってのは、形かい? 乗っている人間がかい?」
「どっちも! 間違いなくどっちもです!」
 前ビレを振り回してわめくイル村さんに、さすがにおじちゃんおばちゃんたちも背筋を伸ばして真剣に考え出した。
「今日はひとみちゃんと高田さんが最初に来て長いこと海にでてたよねえ」
「二人とも今日は家族と過ごすって帰っちゃったよ」
「何か言ってなかったかい?」
 店にいる全員に聞こえるようにリーダー格のおじさんが声を張り上げれば、奥の方から、あの〜と手を上げるつるりと禿げあがった頭のご老人がいた。
 ゆっくりと近づいて来るのがもどかしく、イル村さんはばいんと回りを押しのけてご老体に近づいた。
「みみみみ、見たんですかおじいちゃん!」
「なんかの〜ひとみちゃんがの〜高田さんとの〜波に乗ってたんじゃわ〜。それでの〜わしがの〜浜から見てての〜」
「なんですかの〜! 早く言ってくださいの〜! ぼっちゃまの一大事なんですのおおおおお〜!」
 堪えきれずイル村さんはご老体をがくがくと揺すぶった。
「目が、目が、回るううううう〜の〜」
「イル村さん、落ち着いて! 市田さん死んじゃうよ!」
「だって! 早くしないと! 大切なぼっちゃまがあああ! ぼっちゃまが変態おじさんにさらわれたんですよおおおお!」
「見たのじゃ〜、この町で暮らして七十年〜今まで見たことがない船を〜見たのじゃ〜」
 市田さんのビブラートがかった声に、他がざわめく。顔を見合わせてああだこうだと言い合って、誰からともなく声が上がった。
「そうだ、見た! 沖合に見たことない船が停泊してたぞ」
 見た見たと口々に言う。皆が言うには普段目にしたことがないような派手な装いの外国船であったが、なんと言っても今日はクリスマスイブ。なにか催しでもあるのかもしれないと思っていたのだ。怪しいとは思えなかった。
「それで、その船は?」
「わしらが〜パーチ〜を〜始める頃に〜去って〜行ったぞ〜」
「パパパ、パーチーは、いつ! 始めたんですかの〜!」
「八時〜くらい〜でしたかなおおお〜」
 市田老人をぽーいと仲間のおじちゃんに放り投げてイル村さんはドアを蹴破って飛び出した。
 まるで嵐のような襲来に、おじちゃんおばちゃんたちは顔を見合わせて、だがイル村さんの発言の端々から一大事なのではと意見がまとまり、受話器を取り、警察へとダイヤルを回したのだった。





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