1.




 呼び鈴が鳴った日曜の午後。
 カカシは1階の客間のソファでうとうとしていたがしつこく鳴り続ける呼び鈴に体を起こす。家政夫の名を呼ぼうとしたがそれは昨日までのこと。解雇したのだと思い出し億劫だが玄関に向かう。
 家政夫がいない不便さはそれなりにあるのだなとため息をつく。
 かといってもう今更わずらわしい存在を雇う気持ちにもなれない。
「お届け物でーす」
 と、扉の向こうから元気な声がする。この家に何か送ってくる存在などいただろうかとドアを開ければ、そこには誰もいない。
 ふと視線を下に向ければ、ごろんと海豚が転がっていた。
「……」
 カカシはたっぷり数分はそれを見た。
 丸くて太い胴体にリボンが巻かれ、メッセージカードには、汚い字で『当選しました』と書かれている。
 どっと疲れが沸き上がる。大きなため息を落としたカカシは無言のままドアを閉めた。
 玄関先に秋風がぴゅうと吹き抜けた。



 翌日学校から帰宅すると、開け放したままの門のど真ん中に大きな箱が置かれていた。
 そこには海豚がごろりと入っていた。箱の側面には汚い字で『おうちではかえません。かわいがってください』と書かれていた。
 ちらりと箱の中の海豚に視線を向ければ、目が合う。合った途端ににぱあと微笑まれたがカカシはその途端渋い表情になり、箱の横を素通りした。
 門前に冷たい秋風がぴゅるりと吹き抜けた。



「お届け物でーす」
 と玄関から声が届く。キッチンでカップ麺をすすっていたカカシは包丁を手に立ちあがる。
 ばたんと乱暴にドアを開ければよぎる影。咄嗟に体を庇って振りかえれば、玄関ホールに海豚の置物が置かれてた。尾びれを下についてちょこんと立っている。近付いて腹のあたりを指先でつついてみた。ぼよんと弾力が気持ちいい。じっと見つめても置物だからかちんとしたままで微動だにしない。海豚のまわりをぐるぐると確認して微妙なタッチでさわさわと触れれば口元がひくひくと動く。じっと見ているとなにやら冷や汗のようなものをかきはじめている。
 手にしていた包丁でぴたぴたと腹を叩けば、置物の顔から血の気が下がるのがわかる。
 ふっと口元を歪めたカカシは声を上げた。
「パックーン、今日は海豚鍋にしたいからさばける業者呼んでほしいんだけど」
 マッハの速度で置物は消えていた。
 玄関ホールに置物が巻き上げた風が吹いた。



 最初は気のせいかと思った。目の錯覚かと思った。いや、そう思いたかったというべきか。
 だが間違いなく門から屋敷の玄関までの道の脇に海豚の置物が十体ほど置かれていた。
 昨日まではなかった。
 置物には『しあわせの置物です。こわしたりしたらだめです。優しくしてください』と書かれた紙が貼られていた。
 ひとつひとつじっくり検分してみれば、一番玄関に近い置物だけがてかてかとして、つつけばぼよよんと跳ね返す。
 ふむ、と顎に手を当ててしばし黙考、カカシは携帯を取り出した。
「あ、すみません、粗大ゴミなんですけど、たくさんあるので取りに来て貰えませんか? え? あ、そうですか、ええ、壊せると思います。なるほど、そしたら普通に燃えないゴミの日に、はいはい。ひとつだけ生ゴミなんですけど……」
 電話を切って顔を上げれば置物が一体減っていた。
 強い風が吹いて、残されたはりぼての置物がぐらぐらと揺れた。





 何回か失敗を繰り返したイル村さんは家政夫協会の寮の一室で頭をかきむしっていた。
「なんて手強いんだカカシぼっちゃまはあ」
 クビになってとりあえず火影様の元へイル村さんは戻った。カカシからすでに申し送りされていた火影さまは渋面を作ってたが、特に何も言わずにしばらくゆっくりすればいいと労ってくれた。
 しかしイル村さんにはゆっくりするつもりはない。急いでお屋敷に戻らなければカカシぼっちゃまを守れないではないか。
 そう思って早速作戦を実行したがことごとく取り合って貰えない。
「どうしたらいいんだああ!」
 部屋の中でごろんごろんと転がるイル村さんだったが、がばりと起きあがるとくわっと目を見開いた。ことは急を要するのだ。少し乱暴でも突き進むしかない。
「こうなったらもう……」
 イル村さんの目にはぎらぎらりんと炎が燃えていた。
 同じ頃−。
 はたけ邸のカカシぼっちゃまは自分の部屋の窓から門の方をぼーっと見ていた。
 ここ数日怪しい贈り物は届かないが、そろそろまた大きな荷物が届くのではないかと見ているのだ。
 だが目にはいるのはお屋敷の庭で遊ぼうと忍びこむ小学生ばかり。それでも飽きずに日がな一日カカシは外を見ていた。
「まあったく、何考えているのかねえ、あのお馬鹿な家政夫は」
 そう呟いた時の静かな微笑がとても穏やかで優しいものであることは、カカシ自身は気づくことはなかった。




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