それでもセンセー 







 偶然見かけたイルカは頬を腫らしていた。
 そればかりではない、首と右腕に包帯。心なしか足を引きずっている。傍らの友人らしき男と話しながら時たま笑ったりするがそのたびに痛そうにガーゼごと頬を引きつらせる。
 ふむ、とカカシは窓辺から乗り出していた体を引っ込めた。
「なんですか、なにか面白いものでもありましたか?」
 あぐらをかいた股におかれるしなやかな女の手。女の胸元は透けるように白く、そして髪は色がしたたってきそうなほどに黒かった。特別整った顔をしているわけではないが、少年めいたきりりとした風情が気に入っていた。
 しなだれかかる女をそのままに、カカシはくすくすと笑う。
「ちょっとね、久しぶりに会えたっていうのか見たというのか」
「まあ。なんですかねえ、それは」
 ふふ、とカカシは口もとを緩める。
 イルカが中忍になって初めての長期任務にでたのが二ヶ月前のこと。あの別れからすぐのことだ。そろそろ秋も深まってきた季節となった。
 フォーマンセルで、雪の国のほうへ行ったと聞いた。諜報を兼ねたもので、不測の事態でも起きない限り敵と対峙することはない任務。対峙したとしてもそれならばイルカ以外のメンバーが無傷なのは腑に落ちない。
「さて、どうしようかねえ」
 呟いたカカシはそのまま女を体の下に引き込んでいった。



 面倒だから直接火影にあたった。カカシとイルカの経緯を火影がどこまで把握しているかは知らないが、イルカのことを心配していると言えば、渋面を作りつつも火影は口を開いてくれた。
「任務の途中で急遽別の任務にあたってもらうことになってな」
 木の葉の部隊が展開している火の国の辺境の小競り合い。そこに加勢にいったと言う。激しい闘いがあったわけではない。イルカたちフォーマンセルは水遁に長けた者で構成されており、その力が必要なために呼ばれた。
 だれたいくさ場で陥りやすいのが風紀の乱れだ。
 戦況が長引いていたこともあり、鬱屈した空気が流れていたのだろう。
 イルカたち若い中忍は上忍に呼ばれ、くだらないことに伽をしろと命ぜられた。イルカ以外のメンバーはそれも仕方のないことと割り切って応じたが、イルカだけはかたくなに拒んだ。
「こんなのはおかしいと絶対に首をたてにふらなかったそうじゃ」
 苦虫を噛み潰したとでも言えばいいのか、火影は顔を歪めた。
 結果、次には暴力へと移行した。一人だけ血の気の多い上忍が生意気だとイルカに暴力をふるいイルカはそれを甘んじて受け、その怪我をもって開放されたのだ。
「まったく、どうしようもない連中がまだまだ外回りには多くて困りますよ。イルカも、かたくなすぎますけどね」
 呆れて肩を竦めれば、火影に睨まれる。やぶ蛇にならないうちにと退散することにした。
「それで火影さま。イルカに暴力をふるった奴は、どうしました?」
 ドアの手前で背を向けたまま尋ねる。
 ふっと火影は息をついた。
「もともと団体で動くのが苦手のようでな。今は里で休暇をとっておるが、長期の単独任務につくことが決まっておる。イルカに対する暴力は厳重注意と減俸じゃ。いくさ場での功績もそれなりにある奴じゃから、なかなか罰することが難しくてな」
「じゃあ俺が殺しておきますよ」
 するりと口から出ていた。火影がなにか言う前に、部屋を出た。
「さあて、どうしてやろうかねえ〜」
 まずは忍犬でも呼び出すかと考えながらカカシは笑った。



「イルカ」
 いきなり声をかけた。
 振り向いたイルカの腕をとる。アカデミーの建物と建物の間、中庭に通じる細い抜け道で待っていた。そのままイルカをそこに引き込んで、向かい合った。
 手を伸ばせばすぐに触れられる近さにイルカがいた。
「カカシ、センセー……」
 頬の腫れはほとんど引いたようだが、青あざはまだ残っている。首の包帯はそのままで、右腕の包帯はとれてガーゼを当てる程度にはなっていた。
「久しぶり。元気そうだけど、ひどい怪我だ」
 にこりと笑いかければイルカもつられるようにかすかに笑った。
「ちょっと、任務で」
「ああ、火影さまから聞いた。夜のお仕事断って上忍にぼこにされたんだってな」
 ずばり言ってやれば、イルカの顔から表情が消えた。
 そのまま落ちる沈黙。たった二ヶ月会わなかっただけなのにイルカの頬は心なしかこけて顔の線が鋭さを増し、いっぱしの忍のような顔になりつつあった。
「カカシセンセーは、俺が間違っていると思いますか?」
 ふて腐れたように問いかけてきたイルカにカカシはつい笑ってしまった。
 嫌いじゃないが、応えられない。そんな生殺しのようにしてカカシとの関係を絶とうとしたイルカらしい。カカシに対する問いかけにはどこかに甘えが含まれている。間違っていないと言ってほしいのだろう。心のどこかで、イルカはそう思っている。
 だからカカシは笑ったのだ。
「間違っているかどうかはわからないけど、甘ったれてんじゃないの?」
 軽薄に言ってやれば、イルカの表情があからさまに尖る。
「甘ったれてなんかいません」
「だってイルカの仲間は応じたんでしょ? もしこれが敵陣だったらさ、イルカはまずすぐに殺されるよ。任務の途中だってのにね。けど仲間達は屈辱に耐えて任務を遂行する機会をうかがうってことでしょ。忍としてどっちが正しい? どっちが甘えてない?」
「そういう言い方はやめてください。今回は仲間なんですよ。俺だってこれがもし敵だったら」
「今回できなかったことは敵にもできない。敵ならなおさらできないんじゃない?」
 言葉で追いつめれば、イルカはひたすらに睨み付けてくる。まるで毛を逆立てた猫のようでかわいいなあと思っていることはおくびにも出さない。
「もういいです。失礼します」
 去ろうとしたイルカの右腕をあえて掴んだ。
「!」
 呻いて顔をしかめるイルカを優しく抱きしめる。
「ごめんね。イルカのこと怒らせたいわけじゃないんだ。でもイルカがこの先立派な忍になれるようにって思って、ちょっとしたアドバイスだよ。そりゃあふられちゃったけどさ、イルカのこと、憎く思っているわけじゃないよ。ずっとイルカだけだって言っただろ?」
 ひっつめたイルカの髪からはシャンプーの匂いがした。カカシの体にまだ収まる肢体が愛しい。触れる空気が肌寒く感じる季節だというのに、熱くなる体に目眩がする。
 イルカと別れた二ヶ月の間、不在であるがゆえにいつだってイルカの存在を感じた。深く深く心の奥に刻まれたイルカという存在を消し去ることなどできるわけがなく、かりそめのものとわかっていても女にイルカを投影して、抱きしめた。けれどわかっている。そんなまやかしですむのなら、最初から苦しくはなかった。そうではないから、苦しくて、苦しくても、それでも求めずにいられない。
「センセー、痛いから……」
「もしかしてイルカは知らなかったのかな」
 イルカの体を離して、両肩をぐっと掴む。カカシを見つめるあどけない顔はやはり青あざが痛々しくて、あの男への報復はもっと徹底的にやるべきだったと今更だが悔やむ気持ちが沸き上がる。
「知らないって、なにを」
「上官に呼ばれた時はどうふるまえばいいのかって、イルカの先生に習わなかった? 俺も、教えてないよね」
「そんなこと!」
 かっとなるイルカをもう一度抱きしめて、耳元で囁いた。
「俺が教えてあげるよ」



 ん、ん、と必死で口を押さえるイルカを上目遣いに見れば、黒い目が潤んで、顔は赤らんでいた。
 カカシの行為に感じていることは隠しようもなく、それがカカシには嬉しい。カカシが舌を這わせると素直にひくひくと震えるものを優しく撫でて、また口の中に含む。
「っ……も、やめ、て」
 かすれた声。それが一層カカシをあおるというのに、イルカは荒い息の下から必死でカカシを止めようとする。
 イルカを壁に寄りかからせて、カカシは跪いていた。
 イルカを辱めている自覚はある。だが止められない。
 さっさととりだしたイルカの下肢を手でたくみにしごき、うっとりと飽和した気持ちで先端に口づけた。
 ぴくりと震えたイルカは制止の声をあげたが、より深くイルカを感じたくて、カカシは夢中でしゃぶった。
 水っぽい音が、イルカの息づかいが、脳を犯す。こんな外で、まだ真っ昼間だというのに行為におよんでいることが背徳感に拍車をかける。
「ねえ、イルカ。もしね、もし、どうしても命じられて逃げられない時は、ここを舐めてやればいいよ。たいがいの奴はこれで満足する。やっぱり女の体がいいのが本音だからさ、口の中を女の中に見立てて出したいだけだから」
 話しかけつつも、手を止めない。先端や裏側を嬲れば、はちきれんほどに力を増し、白い液が溢れてくる。
「気持ちいいんだねイルカ。ああ、もったいない。俺にちょうだい」
 きゅっと吸い付けば、イルカはか細い声を上げる。イルカの未熟なそこがかわいくてたまらない。イルカのことを犯してしまった時は手で触れただけだった。だが口にしたイルカのそこの感触や味はあまりに甘美で、脳は沸騰しそうだ。
 ずっとずっとイルカを思って己を慰める日々だった。女を抱いたっていけないことも多かった。イルカでなければ。イルカだから。
 イルカの根本を押さえてくわえたまま、開いた片方の手で、カカシはとっくに大きくなっている己をとりだして、握りこむ。
「イルカの舐めてたら、俺も、興奮しちゃった。一緒に、いこう……」
「やめ……っ!」
 口元にあった手をイルカはカカシの頭部に持ってくる。激しくなった口の動きに、必死になってカカシの頭をはがそうとするが、がくがくと震える足ではそれもままならず結局は背を丸めてカカシにしがみつくような格好になってしまっていた。
 口の中でびくびくと震えるイルカの射精を促すように柔らかく噛んでやれば、とうとうイルカは堪えきらずに放出した、途端、力任せのイルカの腕がカカシの顔を引きはがし、イルカの放出したものはカカシの顔面を汚すことになった。
 生暖かな感触に、カカシはびくりと震える。
 背中を電流がかけぬける。
 カカシも、射精していた。
 イルカは、汚れたカカシの顔を呆然と見つめたまま、ずるずるとくずおれる。
 堪えていた涙が堰を切ってあふれ出す。イルカはカカシを睨み付けたまま、無防備に泣き出した。
「な、……で、な、んで、こんな、こと」
 イルカが、真っ直ぐに見つめて、泣いている。
 ぞくぞくした。もう一度いってしまいそうなくらいだ。カカシは顔についたイルカの精液を拭って、もちろんそれをイルカの前で舐め取れば、イルカの表情が歪む。なにか言おうとして、嗚咽が邪魔をする。
 さすがにイルカがかわいそうで、カカシはべとべとの手のままイルカの手を握りしめた。
「どうして泣くの。気持ちよかったならそれでいいだろ。なにも恥ずかしいことじゃない。それにこんな怪我させられるなんて馬鹿らしいだろ? 次こんなことがあったら……」
 ふっとカカシは口もとを歪めた。
「でも大丈夫。イルカがこんな目にあうことはもうないよ。俺が、あの男を半殺しにしておいたから」
 告げた言葉にすぐに反応できずに、イルカは瞬きを繰り返す。
 そのさまがかわいくて、思わず頬に口づけた。
「見せしめ。これでイルカに手をだそうなんて馬鹿な奴はいない。でも敵に捕まったらさすがにどうなるかわからないから、だからなるべく外回りの任務にはださないように火影さまに言うよ」
「センセー!」
 手を思い切り払われた。そして胸ぐらをつかまれる。
 目の前には、怒り顔のイルカがいた。
「あんた、自分が何言ったかわかってんのかよっ。は、半殺し? 外回りにださない? なんだよそれ。言ってることおかしいよ」
 怒りながらもぼろぼろとイルカは泣いている。
 そんなイルカがかわいそうで、カカシは舌をだして、イルカの涙を舐めた。
「泣くな。泣くなよ。あんなやつのために、イルカが泣くな」
 ぺろぺろと動物のようにイルカの頬を舐める。
「大丈夫。大丈夫だよ。俺がいるから」
 力無く落ちていくイルカの手。鬱陶しそうにカカシは体を押される。濡れた下肢をしまったイルカは、よろよろと立ちあがった。
「イルカ」
 ぴくりと肩を震わせたが振り返らないイルカの背に、告げた。
「おまえもいっぱしの忍者だってんなら、これくらいでいちいち傷ついてるんじゃないよ。だからお前は甘いんだよ」
 冷えた声音で投げつけた。
 イルカの両の手の拳が、握りしめられる。
 そのまま去っていくイルカの背が滲んで、カカシはその場で体を横たえた。
 愛しくて、けれどもそれと同じくらいのベクトルで、応えてくれないイルカを憎くも思う。
 どうして、こんな苦しい恋になってしまったのだろう。
 ただ、愛したいだけなのに。