センセーとの夜 後編







 ベッドに下ろされたはいいが、さて、と2人で固まってしまう。
 お互い胡坐をかいて縮こまる。カカシなど普段の猫背から更に背中が丸まり、顔が全く見えない。互いが手を伸ばしたいと思っているはずなのに、ためらいに動けない。
 別にまっさらなわけではないのに、改まると恥ずかしくて仕方ない。
 なんとなく髪を結ぶ紐を解いて、かき回してみる。
 ここまでくるのが長かったなあとイルカは思う。
 出会った当初、カカシはいけすかない臨時教師で、反発を繰り返した。幼い頃に上忍に昇格しているエリート上忍はいつも上目線で、イルカを苛立たせた。
 だがカカシの人となりに接してみれば仲間や部下を思いやる尊敬できる忍だと知った。幼くして忍になるということは、それだけひとより悲しい目にもあうということだ。そんな風に思えていた矢先に友人が下忍にもなれずに忍の道を諦めることになり、誤解やら行き違いで、カカシに……。
 再会して、まさかカカシが自分のことが好きで、自分もカカシを好きになってしまうとか、恋人になるとか、そんな常軌を逸した未来なんて思い描くことなかった。
 それなのに、今からカカシに抱かれようとしている。不思議なものだと口元が緩む。
「……元気な彼女がいいなあって思っていたんだよなあ」
 呟きに、カカシは一瞬で顔を上げた。顔が、強張っている。
「イルカ、今、なんて言った?」
「え? 元気な彼女?」
 カカシに両肩を掴まれていた。容赦ない力に眉をひそめる。カカシはまるで任務中に見せるような真剣な顔をしていた。
「俺、今更イルカのこと手放せないよ。元気な彼女なんて言われても困る。絶対に手放せないから」
 カカシの怖いくらいの真剣な顔から目が離せない。何か怒らせることを言ったのだろうか?
「えと、なんとなく、大きくなったら、元気な彼女が欲しいなあって、ガキの頃に思っていただけなんだけど」
「だから許さないって言ってるだろ」
 乱暴に吐き捨てられた。
「センセー、もしかして、妬いてるの?」
 浮かんだ言葉を告げれば、カカシの顔がかっと赤くなる。レースのカーテンから差し込む月明かりでもわかるくらいだ。
「妬くに、決まってるだろ! 妬かないわけないだろ! イルカのこと、めちゃくちゃ好きなんだから! どっかに閉じ込めたいって思っているくらいなんだから」
 イルカの体は自然に動いていた。カカシに抱きついて、ぎゅっと、見た目よりもがっしりとしたその体を抱きしめる。
 愛しい、愛しい人だ。
 ぬくもりに泣きたくなる。重なる鼓動に愛しさが加速する。
「好きだ」
「イルカ」
「俺、カカシさんのこと、好きだ。もうこの先あんただけでいいやって思う」
 まだ二十歳にもなっていないイルカにとって先のことなんて想像できない。それでなくても忍者稼業なんてものは未来を夢見れない部分がある。死がいつだって隣り合わせなのだから。
 でも、それでも、カカシがいればいい。カカシがいてくれたら、もう多くは望まない。こんな深くて強い感情につける名前はひとつしかない。
「愛してるよイルカ」
 言おうとした言葉を先に言われて、イルカは反射的に顔を上げていた。カカシが照れくさそうにしているが、イルカは膨れた。
「え? なに? 嫌だったの?」
「違う! 俺が、言おうとしたのに!」
 なんだ、と言ってカカシは嬉しそうに笑う。
「言ってよいくらでも」
「いや、それは……」
 改めてと言われると恥ずかしくて言えるわけがない。目を伏せたイルカの額にカカシの唇が触れた。
「言って。お願い」
 懇願する響きの声に、イルカは目線を上げる。カカシの色違いの目が、揺れていた。どこか、不安そうに。
 イルカはめらいを捨てた。精いっぱい後悔しないで生きるのだと決めたではないか。たった一言、ただの言葉だ。
 そんなものを惜しんでどうする。
「カカシさん」
 真っ直ぐに目を見つめて、はっきりと言うのだ。
「愛してるよ、俺も」
 声にすれば、それが己の耳に入り、脳内をおかす。体中に浸透していく。カカシが好きだと体中が奏でるようではないか。
 本当に、生きていてよかった。イルカは無意識にほろりと泣いていた。
「イルカ!?」
「ごめんセンセー、嬉しくて。俺、ほんと、嬉しい。俺なんてまだまだガキだけど、でもそれなりにいろいろあってさ、死にそうな目にもあってきたけど、本当に、生きていてよかったと思う。センセーに出会えて、好きになってもらえて、俺も好きになって、本当に、幸せだなって、よかったあって思うんだよ」
 飾ることのない気持ちを吐き出せばますます泣けてきた。こんなにぼろぼろ泣いて恥ずかしいと思うがカカシから目を逸らしたくなくてずっと見つめていれば、抱き寄せられて、目元を舐められた。
 黙ったままカカシは舐めたり吸ったりと、優しくイルカを慰めるように労わるように触れてくれた。鼻を横切る傷を舐められた時は腰のあたりがかすかに疼いた。
 イルカの涙がいい加減途切れたところでカカシは苦笑した。
「イルカがかわいすぎて、俺の命縮まりそう」
「ばっかじゃねえの」
「うん。ば〜かでいいや」
 ふっと力が抜けて、2人して笑う。
 唇を寄せたのは同時だった。触れるだけのかわいいキスを繰り返したあとで、カカシの舌がもぐりこんでくる。イルカも口内に入り込んだカカシの舌に舌を絡めてみたり、甘くかんでみたりした。熱い舌が触れあっているだけで体が熱くなる。口のまわりはべたべたで、唾液が滴る。
 徐々に体がかしいで、ベッドの上に横たわり、カカシが顔の両側に手をついて、イルカを見下ろしていた。色違いの目に射抜かれて、動けない。きれいな瞳が今は隠しようもなく興奮に濡れていた。きっとイルカとて同じように飢えたような目をしているだろう。カカシが欲しいとダイレクトに伝えるような目を。
「カカシさん……」
 手を伸ばして、頬に触れればぺろりと舐められて思わずひきそうになるが素早くとらえられて、カカシはイルカを真っ直ぐに見据えたまま、指を一本一本しゃぶりだすではないか。
 赤い舌を見せつけるようにして、舐めて、噛んで、口のなかを出し入れして、指と指の間をちろちろと舐められた時にはより心臓が高鳴った。どきどきして、体の熱量が増す。
「イルカ」
 カカシの声が甘く耳に響く。イルカが顔の横に置かれたままだったカカシの手を撫でれば、カカシはイルカを横抱きにして不可をかけないように上手に転がる。
 横向きになって、イルカもカカシの指をしゃぶってみた。
 無心に舌を使えば、したこともないのに、まるでカカシの性器に舌を這わせているような感覚がして、下肢に熱がこもる。そこにタイミングよくカカシは手を伸ばしてきた。布越しでなでられただけでびくりと腰が揺れてしまう。
 ん、と目を細めて鼻から息を抜けば、カカシは気持ちいいのかと聞いてくる。こくりと頷けば、カカシはにまりとやらしげに笑った。
「かわいい、イルカ」
 かわいいと言うときのカカシの声は甘ったるい。聞いているほうが恥ずかしくなる声音だ。
 起き上がったカカシはイルカのことも起こし、壁にもたれて座らされてしまう。足を開かされその間にカカシが入り込めば次にされることは想像がつき、唇をかすかに噛む。今までに何度か経験している行為が怖いくらいに気持ちがいいと知っている。だから喉が鳴りそうになる。
 カカシはイルカの服を下ろし、すでに下着を押し上げているそこにまた下着越しに触れてきた。
「イルカ、濡れてる」
「っちいち、そういうこと、言うな」
 非難すればごめんと謝られて、上目づかいに見られた。
「ねえ、舐めていい? 舐めてほしい?」
 つっと指先が下から上へと動き、イルカの性器を下着の上からなぶる。腰が揺れるとカカシは苦笑した。
「イルカにおねだりしてほしいな」
 そんなこと言われてはいそうですかと言えるわけがないのはカカシは百も承知のはずだが、言葉をためらうイルカをかすかに見てから、あろうことか完全に固くなったそこへ頬ずりするではないか。
「センセー!」
「カカシでしょ」
 恥ずかしげもなくすり寄っていたカカシだが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。
「イルカ、もしかしてシャワー浴びたの?」
 責められているような気がしたが、イルカはこくりと頷いた。
「だって、準備とかいるだろ」
 カカシに抱かれる準備を整えることは羞恥との闘いではあったが、イルカは今日こそはと決意してきたから、乗り切ったのだ。
 今までの経験からカカシは気にしないとは思ったが、イルカは気になる。きれいにして挑むことはいいことのはずなのに、どうして責められねばならないのか。
「イルカの匂いとか味とか堪能したかったのに〜」
 とんでもないことを言いだすカカシの頭を思わずぺちりと叩いていた。
「次はシャワー浴びる前にやるから。ていうか浴びるんだったら一緒に入って、俺がきれいにしてあげ〜るから」
 不穏なことを言ったカカシはイルカの下着を思いきり下ろした。
「あ」
 ぷるんと飛び出したものは完全に濡れそぼり力を得て、イルカは己のものだというのに恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「イルカ、ばんざーいして」
 素直に従えば、シャツも脱がされてしまう。あっという間に全裸だ。今回の任務でまた傷は増えたが、それはもう気にならない。これが自分なのだからと心から思える。
 カカシは幹に手を添えると、先端をべろりと舐めた。
 舌をこすりつけるような触れ方に、どくんとまた溢れだす。
「や、ふぁ」
 カカシはイルカの真っ赤になっている顔を満足そうに見ながら、口の奥深くまで迎え入れたり、舌先でいたずらに刺激する。イルカの意思など関わりなくあふれ出るものをカカシは一滴も漏らすまいとするかのようにすする。イルカは母音しかでてこない自分の声が聞いたことのない甘さを含んでおり、たまらず口をふさぐがカカシがイルカのものをしゃぶったまま、首を振る。
 だ〜め、聞かせて、とその目が命じていた。
 しばしの逡巡。
 だが最初からイルカに勝てるはずがなく、手をはずし、カカシの望むままに声を上げてしまう。
 カカシの舌になぶられて、体をくねらせ、悶えて、思わずカカシの口の中へと腰を突き出してしまい果てていた。
 限界を訴えた後もしばらく吸い付かれ、痙攣のように腰がひくひくと動く。いついったのか自分ではわからなかった。
 肩で息をして、体からは力が抜けていた。
「イルカ、すごくかわいい。俺の舌、気持ちよかった?」
 口の端を拭うカカシが無邪気に笑うから、たった今までされていたことが現実だったのかと不思議な気がする。だが脱力したところに口づけられて、口内に広がるなんともいえない味に、目をほそめる。こんなもの、飲んでいいものじゃない。腹でもくだしたらどうするのだと、かすかな怒りが沸く。
「カカシさんって、やっぱヘンタイだよな」
 赤い顔で言っても効果はないかもしれないが、一言いっておかねばなるまいと思ったのだ。まだ思いが通じ合っていない時も汗臭い体に興奮されたこともあるし、カカシの手に吐き出したものを舐められたりした。
 イルカは少しばかり怒ったのに、カカシは何故かにっこりといい笑顔でこたえた。
「そうだよ。かな〜り変態。でもイルカ限定で変態だから、大丈夫。他ではビンゴブックに載る凄腕上忍だから」
 さらっと図々しいことを言ったカカシにイルカは目を見開く。
「何それ」
「ただの事実」
「なんだよそれ」
 笑ってしまった。笑ったまま、カカシに抱きつく。そっと手を伸ばす。カカシのそこもずっと欲望を示していた。
「……舐めるのは、ちょっとまだ勇気がいるから、手で、頑張る」
「イルカ?」
 ぎゅっとカカシに抱きついて、手を入れて、触れる。何度か触れているのに、今まで以上に大きくて固くて爆発しそうで、これが後で本当に自分の中に入るのだろうか。
 そんなことを思いながら、そっと手を動かす。自分でやる時のようにと思っても頭の中が飽和状態で、ぎこちなく上下させるしかできない。これじゃあ全然よくないだろうと思うのだが、カカシのそこはどんどん濡れてくる。どくどくと脈打つ。
 カカシがもどかしいように自分で服を脱いでいく。
「あの、カカシさん、ごめん、俺、下手で」
「うん、うまくないけど、でもイルカの手ってだけど、なにより興奮するから。やらしいから……」
 脳を抉るような色っぽく低い声で囁いたカカシが耳の奥に舌を伸ばしてきた。
「ちょっ、と、センセー、耳は!」
「いいんでショ?」
 すっかり見抜かれている。ぴちゃりと音をたてて耳をなぶられる。カカシに触れるイルカの手がおろそかになると、カカシは自分から腰を動かしてイルカの手にすり寄せてくる。
 カカシの手はイルカの上に重ねれら腰を近づけると、イルカのまた兆し始めたものを共に握りこむ。
 カカシの巧みな動きにかかればイルカは太刀打ちできない。しかも好きな相手だ。興奮はいやます。
「あ、カカシ、さん、それ、うん、いい、あ」
 イルカも思わず腰をうごめかす。だが、頂点はすぐそこまで見えていたのに、カカシは動きを止めてしまった。
「センセ?」
 快楽に崩れたぐずぐずの顔だったかもしれない。だがカカシはちゅっと鼻先へのキスを落として、嬉しそうに笑うではないか。自分は苦しいのに何故カカシは笑うのだとイルカはむくれた。
「……な、んで、笑うんだよ」
「だって、嬉しいんだもん」
「嬉しい?」
「うん。イルカが、俺のこと欲しくてたまらないって顔してるから」
「そっ、んな」
「俺はイルカのこと欲しくてたまらないから、一方通行じゃないんだって思えて、嬉しい」
 カカシも裸になった。
 忍服の上着を脱ぐ間もイルカから目を逸らさない。男相手に変な感じだが妙に色っぽくてイルカの鼓動は静まることはない。
 カカシの唇がイルカの胸の突起に吸い付いてきた。
「イルカ、すごいどきどきしてる」
 きゅっと少し強めに噛まれて、そこからぴりぴりと痺れるような感覚が走る。吸い付いて舐められてべたべたにされる。交互に吸い付く姿が必死で、かわいいと思えてしまう。
 だがカカシの指先が屹立したままの先端に触れれば、余裕な場合ではないと自分の状態に気付いた。
「カ、カカシさん、あの、さあ」
 ぶるぶると震えるそこに手を伸ばしたくなる。
「待ってイルカ。いいこだからちょっと我慢して」
 カカシに言われてのばしかけた手は行き場をなくし、イルカの銀の髪に差し入れてみた。
 そっとすいてみれば、カカシは嬉しそうに目を細める。子供のようなさまにほっとしたのも束の間、イルカを制止したくせに、カカシはいたずらに己のものを擦り付けてくる。
 さすがにイルカはカカシの髪を引っ張ってやった。
「ごめんごめん」
 よいしょと言ってカカシはイルカを横たわらせた。腰のあたりに枕を入れて、イルカの下肢が浮き上がるようにする。正面から欲望をしめす間抜けな様子が見て取れる。
「も〜うちょっと我慢してね」
 カカシは枕元からなにやら小さな瓶を取り出すと、己の手のひらに開けてそれを温めた後、イルカの奥へと塗りこみはじめる。
 さすがにさっき高められた時以上に緊張する。今更あの時のことを思い出したりはしたくないのに、かすかにだが、ものすごく痛かったことは体が記憶している。
 体が割かれそうな痛みだった。任務で痛い目にあったことはあったが、体の内側を抉られる痛みは他とは全く違う。
 体が意識せずに竦んでいたのだろう。繋がる部分を熱心にほぐしていたカカシの手が止まり、イルカに顔を近づけてきた。
「イルカ、無理なら、やめるよ。俺、イルカに我慢してまで抱かれて欲しくない」
 ちゅっと頬に優しくキスされて、イルカはかあっと頬が熱くなる。
「無理なんかじゃあ、ない。ちょっと、緊張してるだけで」
「でもさすがに、あの時のこと思い出すんじゃ……」
「思い出すけど! でも、俺はカカシさんのものになりたいんだよ。カカシさんはとっくに俺のものだから、俺だって、カカシさんのものになりたい。誰かのものになることなんてホントはできないことなのかもしれないけど、恋人として、抱き合えたら、なれるかもしれないだろ」
 無理矢理にでも奪って欲しい。奪われたい。
「言ったろ。めちゃくちゃでもいいって」
 興奮すれば顔は熱くなるし、視界は潤む。手で乱暴に拭えば、カカシは黙ったまま元の位置に戻り、再びイルカの後ろをほぐしだす。少し萎えてしまった性器にも手を添えて、イルカの快楽を途切れさせないようにする。
「もう、絶対にやめないから。どんなに泣いたって、抱くから」
 カカシは必死だった。イルカを見据える目は底光りしている。
 イルカはほっとした。ここで引かれてしまったらせっかくの決意が無駄になってしまう。今がきたるべき時なのだから、絶対にカカシと結ばれるとイルカは内心で固く決意していたのだ。
「イルカ、どう?」
 じんと痺れる感覚もあるが、カカシの長い指を感じる。一本、二本、三本と増やされた指。どうしてあんな場所に指が三本も入るのか不思議だ。指だけではなくて、最終的にはカカシの性器が入るのだから。
「ん、大丈夫、痛くない」
「よかった」
「多分、もういいよ」
「え? でも」
「こういうのって、勢いも大事だと思う」
 にっと汗ばむ顔で笑えば、カカシも笑い返してくれた。
 カカシが体を進めてきた。腰が上がる。両足がマヌケに広げられて、その真ん中に物欲しそうに濡れている自分の性器がある。その向こうにはカカシ。カカシはちゃんと準備を終えていた。匂いを嗅ぎたいだの言うくせにイルカの体のことはきちんと気遣ってくれる。
 息を吸って吐いて、よしとカカシを見つめた。両手を広げればカカシがかすかにかがんでくれて、イルカはカカシを抱きしめた。
「よし、こい」
「な〜んだよそれ。男前だなあ」
 くすくす笑って、カカシは力を抜いたイルカの深くへと己を沈めてきた。
 ある程度の場所にいくまではさすがに体が割けるような音が聞こえてくるようだった。
「イルカ、力抜いていてね」
 カカシにしがみついたまま頷いて、なんとか力をいれないようにする。
 カカシは慎重に、だがためらいはなく押し込んできた。質量のある熱いかたまりが、イルカの中へとすすんでくる。普通ならあり得ない場所で、なにも生みださない場所でカカシを受け入れる。
 はあはあと荒い息をついていれば頬に優しく唇が触れた。目を開けると、何かを噛みしめるような耐えるような顔をしたカカシが目の前にいた。一度唇に触れてから、きれいに笑った。
「入った」
「え?」
「全部入った。俺、イルカの中にいる」
 笑顔なのに、カカシはぼろぼろと泣く。
「すごく、嬉しい。俺、おれ……」
 余裕があったように見えたカカシだったのに、まるで初めて他者の体に触れたように、イルカの髪をかきあげる仕草は優しいが震えていた。
「カカシセンセー」
 はたけセンセーと最初は呼んでいた。それがカカシセンセーになって、カカシさんになった。
 泣き続ける上忍さまを抱きしめて、足を絡めて腰を引き寄せてやった。
「愛してるから、俺のこと、センセーも、たくさん愛してよ」
 そう言えば、体の中にいるカカシが膨れ上がった気がした。






 髪を優しく撫でる手に、意識は覚醒した。
 ベッドの上、俯せで眠っていた。ふと顔をあげればカカシはイルカの枕元で胡坐をかいて座っていた。もちろん裸だ。イルカはタオルケットに包まれていた。丁寧な包み方にカカシの気持ちがうかがえた。
「……俺、寝ちゃってた?」
 声がかすれている。
「うん。無理させちゃったから、三回目で落ちちゃったんだよね」
 三回目、と言われ、ぼんやりとしたまま脳裏は記憶をたどりだす。
 正面から抱き合って、カカシはあっけないほどに果ててしまった。恥ずかしそうなカカシがかわいくてつい笑ってしまえば、まだまだいけるからとムキになられて、もう一度正面からやけにしつこく挑まれ、最後は胡坐をかく膝の上に乗せられた。最後の方はずいぶんと、恥ずかしい言葉を言ってしまったような気がする。
「イルカ、かわいかった。俺鼻血でそうだった」
 片方の膝に肘をのせて頬杖つくと、カカシはうっとりと目をつむる。
「気持ちいいって言ってもらえて嬉しかった。もっとなんて言われたら頑張るしかないよね〜」
 イルカは聞くに堪えず、もう一度顔を伏せていた。
「イルカ? どうしたの? どこか痛い?」
「……恥ずかしくて、心が痛い」
「なにそれ」
 隣にカカシが近づいてきた。イルカの耳にふっと息を吹きかける。
「ねえねえ、かわいい恋人さん、こっち向いてほしいなあ」
「やだ」
「ひどいっ。泣いちゃうよ」
 耳をぱくりとくわえられて、イルカは顔を上げざるを得なかった。起き上ろうとしたが、腰に力が入らない。
「あれ?」
「ごめ〜んね。腰ぬけるほどよかった?」
 茶化す言い方がカカシらしくて、イルカは大人しく横たわる。カカシも横になって。イルカの頬を撫でてくる。じっと逸らすことのない瞳はまだ最中のように熱っぽくて、イルカの心臓もまた高鳴りそうになる。
 すっかり夜は更けて、静かな里の外から聞こえる音は時たま吼える野良犬か、野鳥の声かというところだ。汗をたっぷりかいたはずの体に不快感がないのはカカシが拭いてくれたのだろう。窓を開けたら涼しいくらいの風が入りそうだ。
 季節は、秋。そこでイルカは唐突に思い出した。
「そういえば、カカシさん、誕生日過ぎちゃったね」
 任務からばたばたしていたとはいえ、恋人の誕生日を失念したいたなんて、さすがに申し訳ない。
「いいよそれは。思い出さなくていい!」
 慌てるカカシにイルカは更に思い出す。カカシが三十になったことを。
「おめでとう三十歳。立派なおじさんだねカカシさん」
 イルカの言葉にカカシはため息をついた。
「どうせ俺はおじさんですよ〜。まだ十代のぴちぴちのイルカと違いますよ〜」
「よかったじゃん。年下の恋人で。ちゃんと将来面倒見てあげるから」
「面倒?」
「うん。先の話だけど、一緒になろうよ俺たち」
 考えることなく言葉がでていた。
「一緒って?」
「男同士だから結婚とかそういうのはいらないけど、ずっと一緒にいられるように手続きしよう。家族ですって言えるような」
 いい考えだと口にしながらイルカはわくわくしたというのに、カカシは黙り込んだまま、次には顔を伏せてしまった。
「カカシさん、どうしたの?」
 くぐもった声が何を言っているのかわからなくて、イルカが身を寄せれば、するりと抱きしめられた。きつく、強く、まるでひとつに溶け合いたいと言うかのように。
「カカシさん、泣いてるの?」
 カカシは答えない。ただ、頷く。黙ったままで体がもっと引き寄せられる。痛いけれど痛くない。もっと引き寄せてほしくて、イルカも体を寄せる。
 このまま、溶け合ってしまいなんて、馬鹿なことを思う。
 カカシとなら二つの存在が一つになれるような、そんな錯覚を覚える。
 ああ、と体の中全部から息を吐き出した。
 不思議な感覚だ。このまま時が止まりそうな感覚。
 心の底から、生まれてきて、生きてこれてよかったと、思った。

 幸せなんだと、泣けてきた。










 ※※※










 ふっと目が開いた。
 起き上ろうとして、誰かの腕に巻き込まれていると知る。
 なかなか外れない腕。銀の髪のやけに整った顔の男に抱きしめられている。
 どうしてか、お互いなにも身に着けていない。
 男は目元を赤くしているが、ひどく満ち足りた幸せそうな笑みを口元に刻んでいた。
 ここは……。
 なんとか腕を外して起き上り、周りに目を向けた。
 朝早い薄闇のなかの知らない部屋、知らない男。腰に感じる違和感。
 俺は、俺は……。










 ※※※










 幸せな、眠りについた。
 この世で一番愛しい人間を腕に、未来を夢見て、生まれてから最高に幸せな眠りに。
 なのに。
 カカシが次に目を覚ました時、ベッドの上、真っ青な顔をしたイルカが、体を折り、両腕で頭を抱えて、叫び声をあげていた。
 イルカの叫び声で飛び起きたのだ。
 何が起きたのかわからないままにイルカに手を伸ばし引き寄せれば、イルカはカカシの腕の中、意識を手放した。

 




→センセーの愛