センセーを、待つ







 イルカが待ち合わせの場所に着いたのは約束の時間より30分も早かった。
 ほっと息をつけば目の前が白く煙る。夜から降り出した雪は雪はやんでいるが、景色は白に塗り込められている。雪道を楽しみながら歩いてきた。
 今日から三日間、木の葉の里にある一番大きな神社で、年に一度の冬のお祭りが開かれる。
 朱塗りの大門から続く長い参道の両脇にはぎっしりと屋台が建ち並び、寒さに負けない威勢のいい声と参詣の客たちでにぎわっていた。
 大門の周囲には待ち合わせの人々が大勢立っている。イルカはなるべく端のほうで、建物の壁に寄りかかっていた。
 イルカは今日、カカシと思いが通じ合ってから初めて待ち合わせをした。
 男同士だが、デートなのかと思うと少し頬が熱くなる。
 そして、自然と頬が緩む。
 1月のはじめにカカシと両思いになれたが、その後少しばかりごたついた。
 まずカカシは結婚すると決めた女性に謝罪に向かった。カカシは頬を赤く腫らすことになったが、あくまでもけじめで一発きめてもらったと言っていた。その女性は昔からの馴染みの店の経営者の娘とのことで、もともとカカシとは愛情よりも友情が先立つような関係だったという。
 心根もさばさばとしており、最後には祝福を受けた、とカカシは少しばかり照れながら教えてくれた。
 火影には気恥ずかしかったが二人そろってあらたまった報告をした。
 カカシは叩き出された。イルカは火影宅に隔離された。
 カカシには立て続けの任務が与えられたがそれを淡々とこなし、任務の合間に火影の元に日参し、火影を待って極寒の中をばかみたいに何時間も待つこともあった。
 火影は、根負けしてくれた。
 苦虫をかみつぶしたような顔の火影に二人そろってたっぷりと小言を言われたが、それでも、認めてくれた。ただカカシに対してはドスのきいた声で、今度イルカを泣かせたら強制的に里から抜けてもらうと脅していた。
 カカシのほうはそれでだいたい一段落ついたが、逆にイルカは友人たちからの驚きの声に囲まれることになった。
 イルカとしてはカカシとのことは広めるようなことではないと思っていたが、人通りのある住宅街での一件はいつの間にやら噂となって、周囲の人間たちにあっさりとばれてしまった。
 強制的に開かれた飲み会では根掘り葉掘りカカシとのことを聞かれ、任務先では男女問わずカカシの熱烈なファンのような見知らぬ忍たちから嫌みを言われたり、小突かれるくらいはされた。
 カカシはイルカが思っているよりも高名で人気のある上忍なのだと思い知らされた。
 イルカとしてはカカシと思いが通じ合ったことが嬉しくて、やっとかなった幸せを単純に噛みしめたいだけなのに、周りがなかなかそれを許してくれない。この先大丈夫なのかと不安にもなる。
 寒い寒い2月のあたま、ずっと立て続けだった任務と心労とでさすがに疲れたなと思ったイルカは、久しぶりに一楽に寄ることにした。
 そこに偶然いたのがカカシとナルトたちで、イルカは突然のことにのれんをくぐって一瞬棒立ちになってしまった。
 目ざとくイルカをみとめたナルトが喜々として近づいて、イルカの腕をとる。ナルトは自分の左にイルカを座らせた。ナルトの右にはカカシ、サクラ、サスケと続いていた。
 ちらりとカカシを見れば、三日月のような目で優しい表情をしていた。ほっとすると同時に心臓が正直に高鳴る。
 とんこつ醤油を頼んで、主にナルトと話をしたが、同じ空間にカカシがいるというだけで浮き立つ気分を感じた。少し前まではカカシのせいで気持ちはぐちゃぐちゃで安らげることなんてなかったのに、自分の気持ちに正直に向き合った今は心地いいものに変わった。
 ナルトは次から次に日々の修行の話を繰り出していたが、不意に、唐突に、イルカ兄ちゃんとカカシ先生は付き合っているのかと聞いてきた。
 飲み込みかけていた麺を吹き出しそうになったがイルカはなんとかそれを堪える。咳き込んで、涙目でナルトを見れば、真っ直ぐな目で問いかけている。ナルトの向こうのカカシを伺えば、目を見開いてかすかに目元を赤く染めていた。そしてイルカのことを食い入るように、どこか不安を感じさせる表情で見ていた。
 カカシの頼りない表情に、不謹慎だがイルカは安心した。カカシもイルカと同じように思いが通じ合っても不安を感じているのだとわかったから。
 手を伸ばしてきたサクラに後ろ頭をひっぱたかれたナルトは、サクラちゃんとサスケだって話してたじゃんとぶつぶつ文句をこぼしていた。
 傍らのコップを取り上げたイルカは水を飲み干してからナルトたち三人に笑いかけ、宣言してやった。

「付き合っているよ。俺とカカシセンセーは恋人同士なんだぜ」と。

 その時のナルトの顔といったらなかった。
 ぱかりと口が開いて、かくりと首がかしいだ。サクラはきゃあきゃあ騒ぎ、サスケは冷めた顔をしつつもあからさまに照れているカカシを物珍しそうに見ていた。
 店の前で3人とは別れ、家まで送るといってくれたカカシと歩き出す。
 二人きりなんて久しぶりで、イルカは軽快に歩きながら最近の出来事を話していたが、右手が、ぬくもりに包まれた。さりげなく手甲をとったカカシの左手が、イルカの右手を握っていた。
 思わず立ち止まったイルカは呆然とカカシを見つめた。それをイルカの拒絶だと勘違いしたのかカカシは慌てて手を引いたが、今度はイルカのほうから手を取った。
 カカシに笑いかけて、つないだ手を振って歩みを再開する。
 店に入るまであんなに寒いと思っていたことが嘘みたいだった。一人では温まりにくくても、二人ならすぐに温かくなる。ぬくもりを分け合える喜びに、イルカは夢見心地なほどの高揚感を覚えた。
 透き通った冬の夜、星たちに導かれて二人言葉少なに歩いた。
 家の前で向き合った時に、カカシは名残惜しげに手を離した。じっとイルカのことを見つめる目は優しいが真剣で、キスでもされるのかとイルカはなんとなく緊張した。だがカカシはふっと笑うと、数日後に開催されるお祭りに行こうと誘ってきた。イルカが勢いよく承諾すれば、もう一度手をとられて、手の甲に、カカシは頬を寄せた。
 ドキリと心臓が跳ねる。真っ直ぐに見つめられて好きだよと囁かれて、顔は沸騰する。その場で座り込みそうなほど足下がおぼつかなくなる。イルカも好きだと返したかったが、心臓がばくばくで、意味もなく口を開閉させるのが精一杯だった。けれどカカシはイルカの言いたいことがわかってくれたのか、満足げに頷いてくれた。
 カカシが角を曲がるまで見送ろうと思ったが、風邪を引くといけないからすぐに家に入るように言われた。少しだけ頬を膨らませれば、頭を撫でられた。子供にするような手つきが恥ずかしかったが、でも嬉しくもあった。
 家の中に入ったイルカは暖房をつけもせずに畳の上に寝ころがった。
 体も、心も、軽い。どこまでも浮かんでいってしまいそうだ。あんなにもカカシを拒んでいた自分はなんだったのだろう。もっと早くカカシを受け入れていればよかったのに。けれど回り道をしたからこそ、今こんなにも幸せだと思えるのだろう。
 カカシとつないだ手を胸元で握りしめた。


 ふわふわと視界を横切る白に顔を上げれば、雪が落ちてきはじめた。
 どこに着地するかわからない気まぐれな雪たち。けれど最後には地面に辿り着く。降るべき場所に、落ちてくる。
 イルカ、と呼ばれた声に顔を上げれば、カカシが慌てて駆けてくる。
 その必死な様子に泣きたいほどの安堵を覚えた。